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第17話 子爵の呼び出しと髪の話と
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「いやぁ、探しましたよ」
孤児の子供たちのために通りで軽い料理と食材を買ってスラムに戻った俺は、日が暮れ始めたころに子供たちにまた来ると告げてから宿に向かった。
途中、例の店に寄って鞄が無事被害者の元に届いたことだけ確認し、お礼を言いたいので会いたいという被害者女性からの伝言に「当然のことをしたまでです」と『人生で一度は言ってみたい台詞リスト』を消化。
スッキリした気分で大通りまで出たはいいが、すっかり暗くなった町並みは昼間とは別物に見えて。
迷子になりつつもなんとかたどり着いた宿で待っていたのは可愛い女の子――ではなくひげ面の中年男マーシュだった。
「宿を出て服を買いに行ったと聞いて近くを探したのですが。こんな時間までどこに?」
「いや、まぁ色々あって。あと道に迷っちゃってね」
「そうですか。初めての街は迷いますからね。それで色々とは?」
マーシュにスラム街でのことを話すかどうか迷った。
もしかするとこの世界の住民である彼ならあの子供たちを救える方法を何か知ってるかも知れない。
「いえ、アンリ様のプライベートに踏み込む権利はわたくしにはありませんね」
子供たちのことをどう相談するかを考えていたのを勘違いしたのだろう。
マーシュはそういって質問を取り消すと「実はわたくしがアンリ様をお捜ししていたのには理由がありまして」と別の話を切り出してきた。
「実は子爵様がアンリ様にお会いしたいと申されまして」
「俺に?」
「はい。野盗から荷物を守ってくれたお礼をしたいと」
そういえばマーシュが運んでいた荷物は、この街を治めている子爵が客だったんだっけか。
子爵という地位がどれほどのものか、貴族制度に詳しくない俺にはよくわからない。
それにそもそも前世の世界とこの世界では爵位とか地位の意味が同じとも限らないし。
「お礼って、何かくれたりするんでしょうかね?」
「どうでしょう。もしかすると仕官の打診くらいはされるかも知れませんね」
「仕官かぁ……」
冒険者にもなれなかったし、無職な俺が貴族の元で働くってのも悪くないかもしれない。
しかしそれは俺がお金に困っていた場合だ。
今の俺には家を一軒買えるほどのお金がある。
換金してない魔石もプラスすればこの先もお金に困ることは無いし、何より俺の体のこともある。
俺の無敵の体は食事も水も必要としない。
なので最悪お金を全て失ったとしても何ら不安なことは無いわけである。
それにせっかく異世界に来たってのに、いきなり誰かに縛られて自由を失うのも嫌だ。
出来れば俺は自由にこの世界を旅したい。
「ただ単にお礼と金一封くらいかもしれませんがね」
「会うのを断ることは出来ないのかな?」
「……えっ」
まさか俺が断るとは思っていなかったのだろう。
マーシュは一瞬驚いた表情を浮かべた。
もしかして貴族様からのお誘いを断るのはタブーだったのだろうか。
「いや、貴族様に会ったら緊張しちゃって何かやらかしてしまいそうだから」
「アンリ様なら大丈夫でしょう」
まぁ、別に会うくらいなら問題ないか。
あっちも自分の大切な荷物を守って貰ったから、ただ単にお礼をしたいだけかもしれないし。
仕官の話があっても適当に理由を付けて断れば無理強いはされないだろう。
まぁ無理強いされてもはねのければ良いだけか。
「わかりました。会いましょう」
「会ってくれますか。よかった」
あからさまにホッとした表情を浮かべるマーシュ。
もしかすると俺が断れば彼の立場は悪くなっていたかもしれない。
それを理由に頼まれれば俺は断れなかっただろう。
だけど彼はそれをしなかった。
最後まで俺自身の判断を優先してくれたのだ。
「マーシュさんのためですから」
だから俺は彼のためにこの街のトップに会うことに決めたのだ。
「それでは明日、朝7時頃お迎えに上がりますね」
「えっ……7時?」
「早すぎますか?」
「えっと。変なことを聞くようで悪いんですけど」
「もう慣れましたよ。何でも聞いて下さい」
「じゃあ聞きたいんですけど――」
そうして俺はマーシュにこの世界の時間と月日の数え方について聞いて見ることにした。
結果は。
「1日24時間。ひと月が30日で12か月で一年ですか」
「はい。アンリ様の国では違うのですか?」
「だいたいは一緒ですね。ただひと月が30日固定じゃなくて31日の日もあれば28日の日もあったんで」
「どうしてそんなバラバラなんですか? 統一した方がわかりやすいでしょうに」
「どうしてなんだろうねぇ……」
色々と理由はあったことは覚えているが、人に説明できるかと言われれば無理だ。
なので俺は適当に誤魔化しつつ先ほどの約束について返事をした。
「それじゃあ明日の朝7時ですね」
「はい。約束では9時に子爵の館に出向くことになってますので」
「9時ならもう少しゆっくり出てもよくないです?」
「一応貴族様の邸宅へお邪魔するわけなので、その前に色々と準備をしておきませんと」
そう言って俺の顔を見るマーシュ。
服屋でちょっと整えて貰ったといっても、その後スラム街を走り回ったり色々したせいで見かけがかなりよろしくないことになっているようだ。
「なるほど。これじゃあさすがに失礼に当たりますもんね」
「すみません。こちらからお願いしたことなのに」
マーシュは心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にしないで下さい。俺もそろそろ髪切ったりしようかなって思ってたんで」
森の中の放浪中に、雑に髪や髭は石で作ったナイフでセルフカットしていた。
だけど鑑もなにも無かったので正直今日初めて見たとき思ったよりマシで驚いたくらいだ。
「それでは明日7時に。おやすみなさいませ」
「おやすみ」
部屋を出て行くマーシュに軽く手を振り彼を見送った後。
「髪と髭が無敵じゃ無くて良かった……けど、毛根は無敵であって欲しいよ」
俺は顎と頭を触りながら、そうボソっと呟いたのだった。
孤児の子供たちのために通りで軽い料理と食材を買ってスラムに戻った俺は、日が暮れ始めたころに子供たちにまた来ると告げてから宿に向かった。
途中、例の店に寄って鞄が無事被害者の元に届いたことだけ確認し、お礼を言いたいので会いたいという被害者女性からの伝言に「当然のことをしたまでです」と『人生で一度は言ってみたい台詞リスト』を消化。
スッキリした気分で大通りまで出たはいいが、すっかり暗くなった町並みは昼間とは別物に見えて。
迷子になりつつもなんとかたどり着いた宿で待っていたのは可愛い女の子――ではなくひげ面の中年男マーシュだった。
「宿を出て服を買いに行ったと聞いて近くを探したのですが。こんな時間までどこに?」
「いや、まぁ色々あって。あと道に迷っちゃってね」
「そうですか。初めての街は迷いますからね。それで色々とは?」
マーシュにスラム街でのことを話すかどうか迷った。
もしかするとこの世界の住民である彼ならあの子供たちを救える方法を何か知ってるかも知れない。
「いえ、アンリ様のプライベートに踏み込む権利はわたくしにはありませんね」
子供たちのことをどう相談するかを考えていたのを勘違いしたのだろう。
マーシュはそういって質問を取り消すと「実はわたくしがアンリ様をお捜ししていたのには理由がありまして」と別の話を切り出してきた。
「実は子爵様がアンリ様にお会いしたいと申されまして」
「俺に?」
「はい。野盗から荷物を守ってくれたお礼をしたいと」
そういえばマーシュが運んでいた荷物は、この街を治めている子爵が客だったんだっけか。
子爵という地位がどれほどのものか、貴族制度に詳しくない俺にはよくわからない。
それにそもそも前世の世界とこの世界では爵位とか地位の意味が同じとも限らないし。
「お礼って、何かくれたりするんでしょうかね?」
「どうでしょう。もしかすると仕官の打診くらいはされるかも知れませんね」
「仕官かぁ……」
冒険者にもなれなかったし、無職な俺が貴族の元で働くってのも悪くないかもしれない。
しかしそれは俺がお金に困っていた場合だ。
今の俺には家を一軒買えるほどのお金がある。
換金してない魔石もプラスすればこの先もお金に困ることは無いし、何より俺の体のこともある。
俺の無敵の体は食事も水も必要としない。
なので最悪お金を全て失ったとしても何ら不安なことは無いわけである。
それにせっかく異世界に来たってのに、いきなり誰かに縛られて自由を失うのも嫌だ。
出来れば俺は自由にこの世界を旅したい。
「ただ単にお礼と金一封くらいかもしれませんがね」
「会うのを断ることは出来ないのかな?」
「……えっ」
まさか俺が断るとは思っていなかったのだろう。
マーシュは一瞬驚いた表情を浮かべた。
もしかして貴族様からのお誘いを断るのはタブーだったのだろうか。
「いや、貴族様に会ったら緊張しちゃって何かやらかしてしまいそうだから」
「アンリ様なら大丈夫でしょう」
まぁ、別に会うくらいなら問題ないか。
あっちも自分の大切な荷物を守って貰ったから、ただ単にお礼をしたいだけかもしれないし。
仕官の話があっても適当に理由を付けて断れば無理強いはされないだろう。
まぁ無理強いされてもはねのければ良いだけか。
「わかりました。会いましょう」
「会ってくれますか。よかった」
あからさまにホッとした表情を浮かべるマーシュ。
もしかすると俺が断れば彼の立場は悪くなっていたかもしれない。
それを理由に頼まれれば俺は断れなかっただろう。
だけど彼はそれをしなかった。
最後まで俺自身の判断を優先してくれたのだ。
「マーシュさんのためですから」
だから俺は彼のためにこの街のトップに会うことに決めたのだ。
「それでは明日、朝7時頃お迎えに上がりますね」
「えっ……7時?」
「早すぎますか?」
「えっと。変なことを聞くようで悪いんですけど」
「もう慣れましたよ。何でも聞いて下さい」
「じゃあ聞きたいんですけど――」
そうして俺はマーシュにこの世界の時間と月日の数え方について聞いて見ることにした。
結果は。
「1日24時間。ひと月が30日で12か月で一年ですか」
「はい。アンリ様の国では違うのですか?」
「だいたいは一緒ですね。ただひと月が30日固定じゃなくて31日の日もあれば28日の日もあったんで」
「どうしてそんなバラバラなんですか? 統一した方がわかりやすいでしょうに」
「どうしてなんだろうねぇ……」
色々と理由はあったことは覚えているが、人に説明できるかと言われれば無理だ。
なので俺は適当に誤魔化しつつ先ほどの約束について返事をした。
「それじゃあ明日の朝7時ですね」
「はい。約束では9時に子爵の館に出向くことになってますので」
「9時ならもう少しゆっくり出てもよくないです?」
「一応貴族様の邸宅へお邪魔するわけなので、その前に色々と準備をしておきませんと」
そう言って俺の顔を見るマーシュ。
服屋でちょっと整えて貰ったといっても、その後スラム街を走り回ったり色々したせいで見かけがかなりよろしくないことになっているようだ。
「なるほど。これじゃあさすがに失礼に当たりますもんね」
「すみません。こちらからお願いしたことなのに」
マーシュは心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にしないで下さい。俺もそろそろ髪切ったりしようかなって思ってたんで」
森の中の放浪中に、雑に髪や髭は石で作ったナイフでセルフカットしていた。
だけど鑑もなにも無かったので正直今日初めて見たとき思ったよりマシで驚いたくらいだ。
「それでは明日7時に。おやすみなさいませ」
「おやすみ」
部屋を出て行くマーシュに軽く手を振り彼を見送った後。
「髪と髭が無敵じゃ無くて良かった……けど、毛根は無敵であって欲しいよ」
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