上 下
12 / 42

モブはずぶ濡れになる

しおりを挟む
 翌日、俺は宿まで誘いに来てくれたミラと一緒に村の中を巡った。

 昨日、夕日の中で初めて会ったときは、美しいと思えるほどのイケメンさにちょっとドギマギしてしまったが、村を一緒に歩いてお互いのことを話す内にそんな気持ちは薄れていった。
 かわりに昔から友人であったかのようにミラと俺は男友達として仲良くなっていった。

 特に彼も俺と同じように狩人として既に働いていると聞いて、それからは獲物の狩り方や解体の時のあれこれ。
 他にもスミク村周辺では見かけない川に住む動物や魔物の話は興味深く、村の案内そっちのけで路地の横で話を続けてしまったほどである。

「あー、楽しかった」
「そうだね。僕も楽しかった」
「それにしてもハシク村のややこしさには参ったよ」

 元々は川沿いの小さな村でしかなかったハシクは、川を遡上する船が発明されてからこのあたりの村々と大都市を繋ぐ交易拠点として一気に発展したという。
 ハシクが未だに『村』なのも、村の建物が無秩序に建てられて分かり難くなっているのもその発展があまりに急だったせいらしい。

「村長の家とか冒険者ギルドとか、もう一度ひとりで行けと言われてもたどり着ける気がしないぜ」
「あはは。確かに分かり難いかもね。でも商業ギルドは港の真ん前だからさすがにわかるだろ?」
「あそこだけはな。でも村長の家なんて『ここがそうだ』と言われなきゃわからないくらい普通の家だったし、冒険者ギルドは辺鄙なところにあるし」
「冒険者ギルドはあまり民家が多いところに建てると騒音問題とか出て来るからしかたないんだよ」

 冒険者自体が荒くれ者で、冒険から帰ってくると夜遅くまで酒を飲んで騒ぐ輩が多いということもある。
 だがそれよりも冒険者ギルドの鍛冶施設が問題なのだとミラは言う。

「魔物退治とか素材集めとかでもけっこう武器とか防具とか道具とかが傷ついたり壊れたりするからね」
「それをお抱えの鍛冶師とかが夜の内に修理するのか」
「一応その仕事場には防音結界は張ってあるけど、それでも人の出入りとか結構多いからね。街中だと普通に騒音なんだよ」

 ゲームでもクエストを受けたり報酬を貰ったり出来る冒険者ギルドは商業エリアか町外れとか辺鄙な場所にあるなと思ってたけど。

「そんな理由があったんだな」
「でもおかげで僕も結構稼がせて貰ってるからね。あの人達お金払いが良いんだ」
「稼ぐって……いったい何をして……」

 荒くれどもを相手にミラはいったい――

「昨日みたいな人捜しの仕事とか情報集めの手伝いとか、あと冒険に必要な物資の買い出しとか色々だよ」
「そ、そうだよな。うん。わかってた」

 俺は自分の中の邪な心を誤魔化すようにそう行ってミラから目を反らしてなんとなく空を見上げた。
 心なしか少し前より雲が増え、暗くなってきている。

「あとは北の森にある花畑を案内しようと思ったんだけど」

 ぽたり。

 ミラの残念そうな声と同時に、上を向いた俺の頬に水滴が落ちた。

「雨だから無理か」

 ぽたぽたぽたと落ちてきた雫がザーザーとした雨に変わるまで、ほとんど掛からなかった。
 まるでゲリラ豪雨だ。

「やばっ」
「アーディ、宿に戻るよ」
「お、おう」

 俺とミラは頭を両手で雨粒から庇うようにして走り出す。
 途中、同じように急な雨に襲われて慌てて雨宿りの場所を探している人たちとすれ違う。
 そして宿までたどり着いたころ、既に俺とミラはずぶ濡れになっていた。

「べちゃべちゃだ」
「ごめんよ。まさか雨が降り出すなんて思わなくて傘も持ってなかったから」
「仕方ないさ、それより――」

 水もしたたるいい男。
 どこか妖艶な色気まで感じるミラの濡れ姿から目をそらしつつ俺は言葉を続ける。

「早く帰って着替えた方が良いんじゃないか?」
「そうだね。もう少し雨が弱くなったらいったん家に帰るよ」

 宿の屋根を撲つ雨の音はかなり激しい。
 窓の外に目を向けるが、バケツをひっくり返したような雨でほとんど外が見えないくらいだ。

「最近こんな変な天気が多くて困ってるんだ」
「今まではなかったのか?」
「うん。僕が小さな頃も、にわか雨が降ることはあったけどね。ここまで急に土砂降りになることはなかったかな」

 それも魔王と何か関係があるのだろうか。
 ゲームで何かこういうことに関係したイベントがあった気がする。

 俺がゲームの内容を思い出そうとしていると。

「あんたたち、ずぶ濡れじゃないか!」
「おばさん。床を塗らしてしまってごめんなさい」

 宿の億から宿の女将がドスドスと出て来て、俺たちの姿を見て驚いていた。

「すみません。急にゲリラ……大雨が降ってきて」
「そんなことはわかってるさ。それよりもそのままじゃ風邪ひいてしまうかもしれないね」
「何か拭く物でも貸して貰えますか? お金は後で払いますから」

 一応財布は持って出かけていたのでお金はすぐに払える。
 だがポケットの中もずぶ濡れで、そのまま渡すのは気が引けたのだ。

「いいよそんなもの。それよりもちょうどさっき風呂を沸かしたから入っておいで」
「いいんですか?」
「アンタはお客様なんだから良いに決まってるだろ」

 この世界は魔法が存在する。
 そのおかげで風呂が宿にあるというのはそれほど珍しくない。

 なんせ水魔法と火魔法さえあれば簡単にお湯が出来るのだから。

「あとミラもついでだから一緒に入っていきな」
「ぼ、僕も?」
「当たり前だろ。いつも風呂が空いてるとき使ってるじゃないか」
「それはそうだけど」

 何故かムネの前で手を組んでもじもじと俺の方をチラチラ見て風呂を渋るミラ。

「早く行きな。アンタに風邪ひかせたら、テッドに会わす顔がないじゃないか」

 その背中を女将が行きよい良く叩く。
 テッドというのはミラのお婆さんの名前だと後で聞いた。

「わ、わかったよ。入るよ」
「ほら、アンタもだよ」
「それじゃあ入らせて貰うよ」

 そして俺とミラは女将に急かされながら宿の奥にある風呂場へ急いで向かった。
 床に水に濡れた足跡が付くが、この世界は中世ヨーロッパ風の世界観なので基本土足だ。
 なので宿の一階の床は汚れることを前提として作られている。

 とはいえ全身ずぶ濡れの俺たちが通った後はかなり水浸しになってしまっている。
 脱衣所の前で後ろを振り返るとけっこう大変なことになっていた。

「風呂入ったあとで掃除を手伝わせて貰おう」
「そ、そうだね」

 俺は若干の後ろめたさを感じながら脱衣所の扉を開けたのだった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

処理中です...