上 下
6 / 42

モブは強敵相手に無双する

しおりを挟む
「いいくにつくろうかまくらばく――」

 隠し通路を開く暗証番号を入力している時だった。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
『グルァァァァッ!!』

 背後から幾つもの獣の咆哮が轟いたのである。

「えっ!」

 俺は慌てて後ろを振り返る。
 腰にぶら下げたレイピアもどきを抜くどころか、突然の出来事にその存在すらわすれていた。

『グゴアアアア!』

 ビュンッと風を切るような音が耳に届く。
 と同時に視界に巨大な影と、その影が振り下ろした俺の体ほどもある腕が目に入った。

(死……)

 気付いたときにはその腕の先で月明かりを受けて鈍く輝く鋭い爪が、もう俺の体を切り裂く一瞬前で。
 俺は死を覚悟した。

 そして次の瞬間。

 ガンッ!

 頭上から振り下ろされた鋭い爪から、咄嗟に頭を庇おうとした腕を直撃する音が響く。

 ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 それも一度だけでは無く二度、三度。
 足下が地面に沈み込むほどの衝撃が何度も繰り返され続けた。

「……あれ?」

 ドガァァツ!

 時々別の個体からも横合いから豪快な腕の一撃が俺の体をなぎ払うように振るわれる。
 だがその全てが体を少し揺らす程度にしか俺には感じられなかった。

 俺は思いっきり閉じていた目をゆっくりと開ける

「ま……マスカーベア!?」

 目の前で必死に咆哮を上げながら攻撃を繰り返している身長五メートルは優に超える巨大な魔物マスカーベア。
 それが二体そろって俺の体に攻撃を繰り返していたのだ。

 殺戮熊と名付けられたその魔物は、ゲームでもかなりの強敵だったと記憶している。
 なんせレベル60位まで上げた勇者パーティですら、油断すると『致命的な一撃』という攻撃で回復役を一撃死させられて撤退するか逃げるかの二択を迫られるほどの魔物だったので忘れられるわけが無かった。

 ゲームではこのあたりに来るときの勇者のレベルは50前後である。
 それをこの森でレベル上げして70位まで上げるのが定番だった。

『禁断の裏技』が発見された後はカンストの99まで二時間もかからず上げることが出来た。
 だがそれが雑誌に載る前までは、いかにマスカーベアに倒されずに他の魔物と戦い続けられるかがこのあたりでのレベリングの肝であった。

 さいわいマスカーベアの『すばやさ』がかなり低く設定されていたおかげで高確率で『にげる』が成功するため、無駄に戦おうとさえしなければなんとかなったのだが。

『グガワッ!?』

 俺はそんなゲーム内でも調整ミスとさえ言われた凶悪な魔物の振り下ろされた爪を掴んでみた。
 思ったより簡単に掴めたことに拍子抜けしてしまう。

『ググググガガガガガガァァァ』

 俺の行動に、何をされたのか理解出来ずに僅かに固まっていたマスカーベアがうなり声を上げて俺の手から爪を引き剥がそうと暴れ出す。
 だがどれだけ暴れても俺の手は爪を掴んだまま離れない。

「もしかして俺、とっくにレベルがカンストしてたのか?」

 レベル60前後では一撃死の危険性もあるマスカーベア。
 だが『禁断の裏技』によってカンストした勇者であれば、魔法も使わず攻撃しか出来ないマスカーベアは雑魚以下に成り下がっていた。

 そのあたりのゲームバランスもガバガバなのがドラファンクオリティである。

『ガウガアアアア』

 そんなことを考えていると、もう一体のマスカーベアが異変を察して逃げ出していく。
 一緒に襲ってきたからツガイか兄弟なのかとも思ってたが薄情なものである。 

「しかしまさか初の実戦がザコ狩りじゃなくてマスカーベアになるなんて予想外すぎだ」

 しかもゲーム内で散々痛めつけられたその攻撃が今の俺には全く効いていないのだ。
 それが『禁断の裏技』によるレベル上げの成果であることは間違い無いだろう。 

 ということは最初心配していたモブ村人だからレベルキャップが低い、もしくはレベルが上がっても強くなれないかも知れないという心配は杞憂に終わったということになる。

 しかも既にマスカーベアの攻撃すら蚊ほどにも効かないレベルまで俺は到達しているらしい。
 これだけ強くなっているのならばもう魔王軍から村を守ることは可能かもしれない。

『グガガガガガガガガガァ』

 人が考え事をしているというのに、マスカーベアはその間もずっと暴れ回って、捕まれていない方の腕で俺を叩いたり足で蹴ったりしてくる。
 さすがにうざったくなった。

「お前、ちょっとうるさいよ」

 俺は軽い調子で爪を握った腕を振り上げた。

『ヒギュアアアアアアア』

 まるでそこらに落ちている小石を投げたような感じで空中に放り投げたマスカーベアが落ちてくるのを見上げながら俺は僅かに腰を落とし拳を握りしめる。
 そしてちょうど手の届く範囲まで落ちてきた瞬間を狙って正拳突きを放った。

 バシュッ!

 一瞬だった。
 俺の放った正拳突きはマスカーベアの体に打ち込まれ、その体を破裂させる蚊のように一瞬で拳が当たった部分を中心に四散してしまったのである。

「うげぇっ」

 頭の上でかっこつけて攻撃してしまったせいで、飛び散った肉片と血が俺にドバドバと降り注ぐ。
 この世界はゲームの世界だが現実だ。

 コックルもそうだが、倒したからと言って経験値とドロップアイテムだけ残して消えるわけでは無いことをすっかり忘れていた。

「ぺっぺっぺ。口に入っちゃったよ。お腹壊さないだろうな」

 俺は口と鼻から入ってきたマスカーベアのあれやこれやを吐き出しながらうんざりとしながら。

「このまま村に帰ったらさすがに誤魔化せないか……しかたない。コックル汁を浴びたくは無いけど他に手段もないし」

 俺は先委程までの高揚した気分から一転。
 とぼとぼとした足取りで体と服に付いたマスカーベアの残骸を洗い流すべく、コックルのエキスが溶け込んだあの泉へ引き返すのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

稼業が嫌で逃げだしたら、異世界でのじゃロリ喋る妖刀を拾いました

日向 葵
ファンタジー
 現代社会に現れる魔物、鬼を専門に退治する鬼狩りの家に生まれた鬼月諸刃は、家業を捨てて料理人になりたかった。  目的の鬼を倒してしまい、未練をなくした諸刃に鬼狩りを続ける意味はない。じっちゃんの説得を振り切り逃げ出した。  逃げ出した先にいたのは、幼馴染の飛鳥。両親が料理人で、彼女の両親の影響で料理人を目指すようになった。そんな彼女とたわいない日常会話をしながら、料理を教わりに彼女の家に向かう途中、謎の魔法陣が現れる。  が、一分ほどたっても一向に動かない。  待ちくたびれていたら突然はじき出されて落っこちた。  一人変な洞窟のような場所に転移させられた諸刃は、そこでのじゃのじゃ喋るロリ声の妖刀を拾う。 「よし、これで魚でも切るか」 『のじゃああああああああ、な、生臭いのじゃあああああああ』  鬼狩りという稼業から逃げ出した諸刃は、料理人になることが出来るのか。  そして、のじゃロリの包丁としての切れ味はいかに……。  カクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。

レオナール D
ファンタジー
大切な姉と妹、幼なじみが勇者の従者に選ばれた。その時から悪い予感はしていたのだ。 田舎の村に生まれ育った主人公には大切な女性達がいた。いつまでも一緒に暮らしていくのだと思っていた彼女らは、神託によって勇者の従者に選ばれて魔王討伐のために旅立っていった。 旅立っていった彼女達の無事を祈り続ける主人公だったが……魔王を倒して帰ってきた彼女達はすっかり変わっており、勇者に抱きついて媚びた笑みを浮かべていた。 青年が大切な人を勇者に奪われたとき、世界の破滅が幕を開く。 恐怖と狂気の怪物は絶望の底から生まれ落ちたのだった……!? ※カクヨムにも投稿しています。

処理中です...