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4巻
4-1
しおりを挟む◆序章◆
俺、山崎翔亜はある日、プレアソール王国という国の貴族家の次男、トーア・カシートとして、異世界に転生した。
貴族の子息ならば悠々自適な生活が送れると思ったのだが――落ちこぼれだった俺は八歳にして、とある辺境の砦に、修業の名目で送られることになる。隣接する森から絶えず魔物が押し寄せる危険な環境に置かれた俺は、猛者たちに鍛えられながら、死に物狂いで何とか生き残る日々を過ごした。
そして十年後、十八歳になった俺は父の死をきっかけに王都に呼び戻されるが、当主を継いだ兄、グラースから、勘当を言い渡されてしまう。
貴族の身分を捨て冒険者になった俺は、同じく冒険者になったばかりのニッカとグラッサという少女たちと知り合い、トラブルに巻き込まれつつも行動を共にするようになった。
王都を出た俺たちは、途中の町で出会ったチェキという少女も仲間に加え、旅を続けていたのだが、魔王イサイドの訃報を知り、ヴォルガ帝国に向かう。
そこでイサイドの正体がエムピピという名前の機械――多目的開拓惑星調査装置であることと、訃報はそのAIであるエムピピが長期間スリープモードになっていたための誤報だったこと、そしてエムピピを動かせるファウラという魔族の少女が実質的な魔王であることを知った。
時を同じくして、エルフ族のラステルという男によって、グラッサとニッカ、そしてチェキまでもが誘拐されてしまう。
女神の狂信者であるエルフの王、ランドロスの目的は、神託として授かった『封印から女神を解放し、世界をあるべき姿に導く』というもの。
その手段として、エムピピと同型の機械である第二の魔王――『神魔』をファウラに起動させようとし、三人を人質に取ったのだ。
起動した神魔に苦戦を強いられた俺たちだったが、俺の師匠たちの助力もあり、神魔とエルフの一味を撃破。
エルフたちの野望を打ち砕くことに成功したのだった――
「ん……ここはどこだ……」
目を覚まして最初に目に入ったのは木製の天井だった。
ゆっくりと体を起こし、まだ寝ぼけた頭のまま視線を彷徨わせる。
どうやら俺はどこか見知らぬ部屋のベッドで眠っていたらしい。
「なんだか怠いな」
どれくらい眠っていたのだろう。
ムダに長く眠りすぎた朝のような倦怠感を覚える。
「たしか俺は、あのエルフのクソ野郎をぶん殴ったあと倒れたんだったか」
徐々に記憶が戻ってくる。
神魔との戦いで体内の魔力をすべて使い果たした俺は、そのまま倒れて意識を失ったのだ。
「怠いし頭が痛い」
俺は額に手を当てて、今まで経験したことのない倦怠感と頭痛に顔をしかめる。
意識がはっきりすると共に、それまでぼんやり感じていた体調の悪さを改めて実感させられ、俺はベッドの上で動けないまま時が流れた。
がちゃり。
やっとそんな苦しみに慣れた頃だろうか。
部屋の扉が小さな音を立てて開き、一人の少女が顔を覗かせた。
「あっ……」
少し暗い表情で部屋に入ってきたのは、俺の旅の仲間のニッカだった。
「おはようニッカ」
俺は出来る限りの笑みを浮かべ、そう口にして手を振ってみせる。
彼女は再生魔法というレアスキルを持ち、どんな怪我でも時間さえかければ治すことが出来る回復師でもある。
そんなすごい力を持つ彼女だが、出会った当初は魔力制御も下手で、通常の回復魔法の何倍もの時間をかけないと軽い傷すら治せなかった。しかし俺の特訓のおかげで、今ではその回復速度も実用レベルまでに成長していた。
「目が覚めたんですね!」
心配そうだった彼女の表情が、ベッドの上の俺を見て一瞬で明るさを取り戻す。
「良かった……本当に良かったーっ」
笑顔のまま涙を浮かべたニッカは、扉を閉めることも忘れてベッドに駆け寄ってくる。
そして俺の手を両手で包み込むように握りしめ、ボロボロと涙を溢した。
「もう目覚めないんじゃないかって、私、私っ」
「お、落ち着けニッカ」
しゃくり上げるように泣くニッカの姿に、俺は焦りを覚える。
「俺、いったいどれくらい寝てたんだ?」
「ひっく……今日でちょうど十一日です」
「じゅ……十一日ぃ!?」
過去に俺は、辺境砦の特訓の最中に魔力切れで意識を失った経験はある。
だがそのときは一日眠っただけで、翌日には普通に目が覚めた。
だから今回も一日、多くて二日くらい眠っていただけだと思っていたのに、まさか十日以上も意識を失っていたなんて。
「心配かけてゴメンな」
俺が意識を失っている間、彼女はよほど不安だったに違いない。
逆の立場だったらと考えると胸がキュッとなる。
「いいんです。トーアさんが目を覚ましてくれたらそれで」
涙を流しながら笑顔を向けるニッカの姿に、どれだけ自分が彼女に心配をかけてしまったのかを思い知る。
きっとグラッサやチェキ、ファウラたちにも同じように心配をかけただろう。
皆にも謝らないとな。
そんなことを考えていると――
「おーい、ニッカぁ。水とタオルを持ってきた……よ?」
部屋の外から水桶を手にしたグラッサが姿を現し、驚きの表情を浮かべる。
「って、トーア!」
「トーアがどうかしたのかい?」
そのグラッサに続いて姿を現したのはチェキだ。
何枚かのタオルを抱きかかえていた彼女は、目覚めた俺を見て思わずタオルを床に落とす。
部屋の入り口で呆然とした表情で立ち尽くす二人に向けて、俺は声をかける。
「よぉ。おはよう」
どうやら彼女たちは全員元気そうだ。
特に神魔との戦いで吹き飛ばされて怪我を負ったチェキのことは心配だっただけに、ホッとすると同時に自然に表情が緩む。
「なに笑ってんのよ! アンタ、あのあと本当に死にそうになってたんだよ」
水桶の中の水が飛び散るのも構わず、グラッサが床を一歩一歩強く踏みしめるように歩み寄ってくる。
怒りとも喜びともつかない表情を浮かべる彼女の言葉に、俺は顔を青ざめさせる。
「そ、そんなにヤバかったのか?」
「レントレットさんの魔力回復ポーションがなかったらどうなってたかわからないって、リッシュさんも言ってたくらいにはね」
眉根を寄せて、少し呆れた顔でチェキがグラッサの言葉を補完するように教えてくれた。
「そっか」
レントレットとリッシュは、二人とも俺が辺境砦で暮らしていたときの師匠で、エルフとの戦いで力を貸してくれた。
レントレットは、辺境砦で『ハーブエルフ』というあだ名で呼ばれるほど、薬草に精通している。
彼女の作るポーション類は、品質も効能も通常のものよりも遙かに上回っており、市場に出回ればとんでもない金額で取引されるようなものである。
それほどの魔力回復ポーションを使ってもらっても、十日以上目覚めることが出来なかったという事実に、いかに自分が楽観的でいたのかを思い知らされた。
そして、そんな状態の俺が目覚めるのをずっと待っていてくれた彼女たちの思いも。
「どうやら俺が思っていた以上に皆に迷惑をかけてしまったみたいだな。ごめん」
俺は改めて緩んだ心を引き締めると、三者三様の表情で俺を見る三人に向かって、深々と頭を下げるのだった。
一通りの謝罪を済ませたあと、俺が意識を失ってからのことを、看病してくれていた三人の仲間たちが話してくれた。
まず、ここは俺たちが潜入したエルフの国の首都、ランドリエールにある、とある民家とのことだった。
どうして敵地であったランドリエールにいるかだが……
あんな騒動があったから、エルフの国はかなり混乱しているのではと思ったのだが、俺が思っていたほどでもなく、静かなものらしい。
というのも、あの戦いの場に王族を含むほぼ全ての女神狂信者たちが集まっている間に、俺たちの協力者で反女神を掲げる組織、ウィレンディの代表であるレアルスが動いていたそうだ。
彼は軟禁されていた第一王子ロステルを、仲間たちと共に解放することに成功したという。
王族でありながら密かにウィレンディを支援していたことが発覚し、王位継承権を剥奪されたロステル王子は、表向きには大人しく軟禁生活を送っていた。
だがその裏では厳しい監視をかいくぐり、ウィレンディと連絡を取り合い、王城内でも静かに協力者を増やしていたのだ。
王子はウィレンディの手によって軟禁から解き放たれると、すぐに協力者たちと共に行動を起こした。
王都に残っていたウィレンディ構成員と連絡を取って、王都内の女神派を全員拘束。
そして、拘束した女神派とウィレンディから聞き出した情報をもとに、あの戦いの広場へ駆けつけた。
……しかし彼がたどり着いたのは、神魔が破壊されて、俺がランドロスを殴り倒し、全てが終わったあとだった。
それでもその場にいた人たちから話を聞いて、部下たちやウィレンディに的確な指示を出し、事後処理を進めた手腕は見事なものだったらしい。
「その王子が、今は国王代理なのか」
ちなみにランドロスは生き延びており、重罪を犯した犯罪者が収監される特別牢に収監されたようだ。
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俺が頷いていると、ニッカとグラッサが思い出したように言う。
「王子様、トーアさんが眠っている間に一度だけこの病室まで来てくれたんですよ」
「エルフを女神の呪縛から解放してくれた英雄に感謝を伝えたいってね」
英雄か。
それを言うなら俺にじゃなくエムピピだろうに。
神魔という化け物相手に、正面からまともに戦えたのは同スペックの魔王だけだった。
俺はその手伝いをしたにすぎない。
砦から外の世界へ旅立ったときには、誰にも負ける気はしなかった俺だが、上には上がいるという現実を突きつけられていた。
そのことを考えて少し凹む。
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もし俺が間に合わなければ、三人とも命を落としていた可能性もあるのだから。
ランドロスのクソ野郎のことを思い出し、怒りがふつふつと湧いてきた。
いっそのこと特別牢とやらに乗り込んで、トドメでも刺してやろうか。
そんなことを考えている俺の耳に、とんでもない爆弾が飛び込んできた。
「でもその王子様なんだけど、もしトーアがこのまま目覚めなかったら絶対に許さないって、ニッカが怒って追い出しちゃったんだ」
「追い出したって……王子というか今の国王をか?」
俺ですらめったに怒った姿を見たことがない、まるで聖女様だと言われたこともあるニッカが怒ったのか。
「ニッカって怒ると怖いんだよね」
日頃優しくて温厚そうな人ほど、怒ったときは怖い。
それでも一国の国王を追い出すほどとは……
「あのときは、トーアさんがもう目覚めないんじゃないかって心配で、他に何も考えられなくて……」
とはいえ、特にニッカに対して何かお咎めがあったわけでもなく、むしろ彼は『無神経だった』と更に謝罪の言葉を残して帰っていったらしい。
「とりあえずその王子だか新国王様だかには一度挨拶しに行かなきゃな」
「挨拶って、殴り込むんだったらあたしも行くよ?」
「わ、私も」
物騒なことを口にするグラッサと、それに同意しようとするニッカに俺は唖然とする。
いったいこの二人は、俺のことを何だと思っているんだ。
「何言ってんだ。普通に当事者の一人として『ご挨拶に伺う』だけに決まってるだろ」
俺は苦笑いを浮かべながら彼女たちにそう返したのだった。
「そうだ、ファウラたちはどうしているんだ? それに師匠も」
俺はここに顔を見せていない、ファウラと二人の師匠について尋ねた。
ファウラはエムピピと共に、三日ほどランドリエールの王城に滞在したそうだ。
エルフの国といくつかの条約を締結したあと、ヴォルガ帝国の混乱を収めるために国に戻っていったという。
帝国の皇帝である魔王が突然、なんの説明もなく王城から飛び出してどこかへ行ってしまったのだから、大騒ぎになっているのは想像に難くない。
魔王不在を好機と見て、魔族の一部が不穏な動きをし始めたという情報も届いていたらしく、騒ぎが落ち着くまでは帝国には近づかない方がいいとファウラは言い残していったようだ。
今の帝国はまだ、魔王という絶対的な力に頼るしかない状態だから仕方ないとはいえ、いつかはそんなものがなくても平和に統治される国になってほしいものだ。
それに元々、魔族が力を欲して個人主義となったのは、北方の不毛で危険な地で生き抜くためである。
だが、今の帝国は南部の肥沃な地で様々な作物を育てることが出来るまでになっている。
その上、今では他国との交易によって、プレアソール王国に次ぐと言われるほど豊かな国にまで発展し、危険を冒さずとも暮らしていくことが出来ている。
まだまだ長い年月がかかるかもしれないが、今の平和を守り続けることが出来れば、力だけを頼りにしてきた魔族も変われる日が来るに違いない。
幸い長命種であるファウラにも、機械であるエムピピにも十分な時間があるのだから。
次に師匠たちについてだが、こちらはあの戦いの翌日、俺に伝言を残して辺境砦に向かったらしい。
伝言の内容は『目覚めたら辺境砦まで来い』とたった一言だけだったそうだ。
なんというか、簡潔にもほどがあるだろう。
とはいえ元々俺たちは、王都から辺境砦に向かう予定だった。
珍しい能力を持つニッカとグラッサを、王国中枢から守るためだ。
それが迂余曲折してこんな所まで来てしまっただけで……伝言がなくても行くことに変わりはない。
ちなみにレントレットは意識を失っている俺に無理矢理魔力回復ポーションを飲ませたあと、十日もあれば目覚めるだろうと言い残していたとか。
実際に十一日で目覚めたわけで、さすがハーブエルフと言ったところか。
「まったく、師匠たちは相変わらずだなぁ。でも、砦に向かう前にやることはやっとかなきゃ。まずは新しい国王様とやらに謁見させてもらおうか」
まだ正式に戴冠式を終えていないとはいえ、国王は国王である。
しかも今はその国中が混乱している最中。
本来であれば、よそ者の相手をしている時間はとてもではないがないだろう。
とはいえ、国王も先の事件の当事者である俺の言葉は無視出来ないはず。
そんなことを考えながら、俺はエルフの国を去る前の後始末をするために動き出したのだった。
◆第一章◆
俺が目覚めて四日。
十日以上も眠っていたせいで、まだまだ万全ではないものの、普通に動く分には問題なくなった頃、王城から迎えがやってきた。
一応の用心のためにニッカとグラッサには留守番をしてもらい、俺一人で王城へ向かった。
「トーア様ですね。ようこそお越しくださいました」
王城へたどり着くと、立派な門の前で仕立ての良い服を身に着けたエルフの男が、綺麗な姿勢のまま腰を折る。
「王の元へは私がご案内させていただきます。さぁ、こちらへ」
そうして城内をしばらく歩き――
「こちらで王がお待ちです」
「ここに王が?」
「左様にございます」
てっきり王城の謁見の間に通されると考えていた俺は、とてもではないが一国の王に謁見する部屋とは思えないごく普通の扉の前に案内され戸惑う。
そんな俺の戸惑いをよそに、男は軽くその扉を三度ほどノックする。
「トーア様をお連れいたしました」
そして一言告げると、扉を開き俺を部屋の中へ招いた。
戸惑いを隠せないまま部屋に入ると、そこは思っていたよりも更に質素な内装で、応接室というより執務室と言った方が正しい部屋だった。
「ようこそ、トーア殿。本来であれば私が出向かねばならなかったのだが」
その部屋の中央。
他のエルフたちよりはお金がかかっていそうではあるが、国の長の服装としては質素な洋服を着た若いエルフが笑顔で俺を出迎えてくれた。
隠しきれない疲労が滲む笑みを浮かべる彼が、ロステル王なのだろう。
エルフの年齢は見た目だけではわかりにくい。
眼の前のロステル王も、俺より少し年上にしか見えないが、実年齢はもっと上のはずだ。
エルフの見た目は、人間で言えば十代後半から老衰で死ぬ寸前まであまり変わることがないと聞いている。
もちろん完全に成長が止まるわけではなく、徐々に老いてはいくらしいので、エルフ同士だと大体の年齢はわかるとかなんとか。
とはいえ他種族からすると、何年経っても同じに感じる。
「いえいえ。お忙しい中、謁見させていただけただけでも感謝してます」
「そう言ってもらえるとありがたい。さぁ、座ってくれたまえ」
俺が一応貴族らしい礼を返すと、ロステル王は部屋のソファーを指し示し、対面に二人で座る。
驚いたことに、ここまで案内してくれたエルフはそれを見届けると部屋を出て行く。
まさか王と二人っきりになるとは思わなかったが、もしかするとエルフの国ではこういうのが普通なのだろうか。
なにせ、エルフという種族は謎が多い。
国内、それも王都に他種族がいることなど、エルフが幻惑の森の中で力をつけて以降は初めてのことだと思う。
だからもしかするとエルフの王への謁見は、この部屋でサシで行われるのが当たり前なのかもしれない。
そんなことを考えていると――
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