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待ちわびた目覚め

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「ん……ここは……」

 目を覚まして最初に目に入ったのは木製の天井だった。
 ゆっくりと体を起こし、まだ寝ぼけた頭のまま視線を彷徨わせる。
 どうやら俺はどこか見知らぬ部屋のベッドで眠っていたらしい。

「なんだか怠いな」

 どれくらい眠っていたのだろう。
 ムダに長く眠りすぎた朝のような倦怠感を覚える。

「たしか俺はあのエルフのクソ野郎をぶん殴ったあと倒れたんだったか」

 徐々に記憶が戻ってくる。
 俺は魔王イサイドことエムピピと共に、エルフ共が目覚めさせた第二の魔王『神魔』と、それを操る女神の狂信者であるラステルを倒した。
 そして神魔との戦いで体内の魔力をすべて使い果たした俺は、そのまま倒れて意識を失った。

「怠いし頭が痛い」

 俺は額に手を当てて、今まで経験したことのない倦怠感と頭痛に顔を顰める。
 意識がはっきりすると共に、それまでぼやけていた体長の悪さを改めて実感させられ、俺はベッドの上で動けないまま時が流れた。

 がちゃり。

 やっとそんな苦しみに慣れた頃だろうか。
 部屋の扉が小さな音を立てて開き、一人の少女が顔を覗かせた。

「あっ……」

 少し暗い表情で部屋に入ってきたのは俺の旅の仲間のニッカだった。

「おはようニッカ」

 俺はできる限りの笑顔を浮かべ、そう口にして手を降って見せる。
 
 彼女は再生魔法リザレクションというレアスキルを持ち、どんな怪我でも時間さえかければ治すことが出来る回復師でもある。
 初めて会った当初は魔力制御も下手で、通常の回復魔法の何倍もの時間をかけないと軽い傷すら治せなかった彼女だが、俺の特訓のお陰で今ではその回復速度も実用レベルまでには成長していた。

「目が覚めたんですね!」

 そんな彼女の表情が、ベッドの上の俺を見て一瞬で明るさを取り戻す。

「良かった……本当に良かったーっ」

 笑顔のまま涙を浮かべたニッカは、扉を閉めることも忘れてベッドに駆け寄ってくる。
 そして俺の手を両手で包み込むように握りしめ、瞳からボロボロと涙を溢した。

「もう目覚めないんじゃないかって、私、私っ」
「お、落ち着けニッカ」

 しゃくり上げるように泣くニッカの姿に、俺は焦りを覚える。

「俺、いったいどれくらい寝てたんだ?」
「ひっく……今日でちょうど十一日です」
「じゅ……十一日ぃ!?」

 過去に俺は、辺境砦の特訓の最中に魔力切れで意識を失った経験はある。
 そしてそのときは一日眠っただけで、翌日には普通に目が覚めた。
 だから今回も一日、多くて二日くらい眠っていただけだと思っていたのに、まさか十日以上も意識を失っていたなんて。

「心配かけてゴメンな」

 俺が意識を失っている間、彼女はよほど不安だったに違いない。
 逆の立場だったらと考えると心がキュッとなる。

「いいんです。トーアさんが目を覚ましてくれたらそれで」

 涙を流しながら笑顔を向けるニッカの姿に、どれだけ自分が彼女に心配をかけてしまったのかを思い知る。
 きっとグラッサやチェキ、ファウラたちにも同じように心配をかけたに違いない。
 皆にも謝らないとな。
 そんなことを考えていると。

「おーい、ニッカぁ。水とタオルを持ってきた……よ?」

 部屋の外から水桶を手にしたグラッサが姿を表し、驚きの表情を浮かべる。

「って、トーア!」
「トーアがどうかしたのかい?」

 そのグラッサに続いて姿を表したのはチェキだ。
 何枚かのタオルを抱きかかえていた彼女は、目覚めた俺を見て思わずタオルを床に落とす。

 部屋の入口で呆然とした表情で立ち尽くす二人に向けて声をかける。

「よぉ。おはよう」

 どうやら彼女たちは全員元気そうだ。
 特に神魔との戦いで吹き飛ばされて怪我を追ったチェキのことは心配だっただけに、ほっとすると同時に自然に表情が緩む。

「なに笑ってんのよ! アンタ、あのあと本当に死にそうになってたんだよ」

 水桶の中の水が飛び散るのも構わずグラッサが床を強く一歩一歩踏みしめるように歩み寄ってくる。
 怒りとも喜びともつかない表情を浮かべるグラッサの言葉に俺は顔を青ざめさせる。

「そ、そんなにヤバかったのか?」
「レントレットさんの魔力回復ポーションがなかったらどうなってたかわからないってリッシュさんも言ってたくらいにはね」

 眉根を寄せて、少し呆れたようにチェキがグラッサの言葉を保管するように教えてくれた。

「そっか」

 辺境砦でハーブエルフとも呼ばれるほど薬草に精通したレントレット。
 彼女の作るポーション類は、通常のものよりも遥かに品質も効能も上回り、市場に出回ればとんでもない金額で取引されるようなものである。
 それほどの魔力回復ポーションを使ってもらっても十日以上目覚めることが出来なかったという事実に、俺がいかに楽観的な考えでいたのかを思い知らされた。

 そしてそんな状態の俺が目覚めるのをずっと待っていてくれた彼女たちの思いも。

「どうやら俺が思っていた以上に皆に迷惑を掛けてしまったみたいだな。ごめん」

 俺は改めて緩んだ心を引き締めると、三者三様の表情で俺を見る三人に向かって深々と頭を下げたのだった。
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