放逐された転生貴族は、自由にやらせてもらいます

長尾 隆生

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2巻

2-1

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 ◆序章◆


 俺、山崎翔亜やまざきとあはある日、プレアソール王国という国の貴族家の次男、トーア・カシートとして、異世界に転生した。
 貴族の子息ならば悠々自適ゆうゆうじてきな生活が送れると思ったのだが――優秀な兄と比べ、剣も魔法も劣る落ちこぼれだと八歳という幼い年齢にもかかわらわず、とある辺境のとりでに、修業の名目で送られることになる。隣接する森から絶えず魔物が押し寄せる危険な環境に置かれた俺は、猛者もさたちにきたえられながら、死に物狂いで何とか生き残る日々を過ごしていた。
 そして十年後、十八歳になった俺は父の死をきっかけに王都に呼び戻されるが、当主を継いだ兄、グラースから、勘当かんどうを言い渡されてしまう。
 貴族の身分を捨て冒険者になった俺は、同じく冒険者になったばかりのニッカとグラッサという少女たちと知り合い、行動を共にすることになる。
 そんな最中、ラックラという悪徳商人が、グラッサを誘拐ゆうかいしようとする事件に巻き込まれてしまう。
 その事件の最中、俺はニッカとグラッサそれぞれが特殊な力の持ち主であることを知る。
 ラックラの目的はその特殊な力だったのだ。
 その後、兄グラースの力を借りつつ事件を解決した俺たちだったが……その騒動のせいでいつまた彼女たちの力を我が物にしようとたくらやからに襲われるかもしれないと、俺、ニッカ、グラッサの三人は、王都を脱出して俺が育った辺境砦へと向かうことにした。
 そして王都を出ていくつかの馬車を乗り継ぎ、追っ手の心配もなくなった頃。
 俺はやっと気兼ねない話が出来るようになっていた。


「――星の創世神話か」

 辺境砦に向かう馬車の中で俺は、ニッカが大事そうに胸に抱いている、ボロボロになった本を見ながらつぶやく。

「はい。私、この本が大好きで昔から何度も読み返しているんです」
「あ、やっぱりトーアも気になってたんだ。ニッカっていっつもその本を持ち歩いてるんだよね。こんなときでも読んでるんだもん」

 ニッカはうれしそうにうなずき、グラッサが苦笑しながらそう言う。

「トーアさんも読んだことありますよね?」
「小さい頃に読んだはずだけど、もうずいぶん昔だから内容はうろ覚えだな」
「だったら今から私が教えてあげますから聞いてくださいね」

 ニッカはそう言って、本の内容を熱く語り出す。
 それはこんな内容だった――


 はるか遠い昔、命なきこの世界に、かごと共に女神めがみが舞い降りた。
 女神は、まず世界に命が芽吹くように作り替えた。
 そして十人の子を産み、その子らに世界に命を生み出すようにと願いを伝えると、自らは永い眠りについた。
 後に十神とがみと呼ばれることになる彼らは、女神より与えられた英知と揺り籠に眠っていた命の種を使い、様々な命を芽吹かせるため、世界中に旅立った。
 それから幾星霜いくせいそう
 永い時を経て、世界は人や獣、魚や昆虫、そして植物と様々な命があふれる地となった。
 やがて眠りから目覚めた女神は、十神が自らの願い通り世界を命で満たしたと聞いて歓喜したが……その喜びは長くは続かなかった。
 女神は自らが思い描き願った世界に、数多くの異物が存在していることを知ったのである。
 そして女神はなげき悲しみ……そして激怒した。
 十神は女神がなぜ怒っているのかわからず戸惑った。
 自分たちは女神の――母の望んだように世界に命を芽吹かせたはずである。
 女神が『異物』と呼ぶ命も、彼らからすれば等しく愛おしい命なのに、なぜ女神はそれをこばもうとするのか。
 十神たちは女神の怒りを収めようと、多様な命溢れる星の素晴らしさを説いた。
 しかし女神はその異物たちを決して認めようとしない。
 それどころか、ついにはこの世界を自らが望む姿にするため全てをやり直すと決定した。
 それは、星に生まれた全ての命を無に帰すということに等しい選択だった。
 十神は自らの生みの親である女神には逆らえない。
 彼女の命令は絶対であり、つまり自らの手で、自らが生み出した命を消さねばならないということである。
 幸いなことに、まだ女神から最終的な命令は彼らに下されていなかった。
 世界を作り直す準備のため、揺り籠へ戻った女神を見送った彼らは考えた。
 動くなら今しかない。
 十神たちは女神を止めるためにはどうすれば良いか話し合った。
 自らの子も同然の命たちを守るにはどうすれば良いのか。
 結論はすぐに出た。
 女神をもう一度眠りにつかせるしかない、と。
 女神を眠らせる方法はわかっている。
 なぜならかつて女神が眠りに入るとき、その手伝いをしたのが十神たちだったからだ。
 世界中の命を守るため動き出した十神たちは、女神が休息するすきを突いて彼女を永い眠りにつかせることに成功する。
 そして今も十神は眠り続ける女神を見守り続けているという――


 日頃はおとなしくひかえめな彼女にしてはめずらしく身振り手振りを交えて語られたのは、この世界の創世神話だった。
 俺も幼い頃に、この世界のことを知るために本で読んだことがある。
 ただ、カシート家に置かれていた本は内容が少し変わっていて、目覚めた女神によってこの世界は今も見守られている、という優しい話で終わっていたはずだ。
 しかしニッカの語り聞かせてくれた創世神話では違った。
 目覚めた女神は見守るどころか、世界を滅ぼそうとすらしたという。創生神どころか邪神……いや、破壊神ではないか。
 それにしても神様ってやつは、前世の世界でも今世でも、なぜこんなに自分たちが作った人や世界を滅ぼしたがるのだろう。たとえ全知全能の神であっても、失敗する未来を見抜けないものなのだろうか。
 いや、もしかすると人という存在は、全知全能のはずの神すらも予測出来ないほどの生き物なのかもしれない。
 だからこそ神々は、人を――世界を滅ぼし、作り直そうとするのだろうか。
 そんなことを考えながら、俺は子供の頃読んだ創生神話と彼女が語った物語の違いを、ニッカに話して聞かせた。

「――それは女神教が作ったうそのお話です」

 すると予想外に強い語気で、ニッカがそう言った。

「女神教?」
「はい。あの人たちの教義では、この世界を滅ぼそうとしたのは女神様ではなく十神様たちなどとされているらしいんです」

 女神教という名称は記憶にはないが、ニッカが語った教義には聞き覚えがあった。
 なぜなら俺は辺境砦で、女神を解放しろと叫ぶ奴らと何度も戦ったことがあったからである。
 彼らが女神教なのかはわからないが、もしそうだとすれば、なぜ彼らは砦を破壊しようとするのだろうか。あの砦の先には、凶悪な魔物がうごめく魔の森しかないというのに。

「トーアさん?」
「ん?」
「もしかしてトーアさん……女神教を信じているんですか?」

 不安そうなニッカの問いかけに、俺は大きく首を横に振る。

「まさか。ただ俺の家に置いてあった本の話をしただけだぞ。あの本は別に大切そうにされたわけでもないし、カシート家が女神教とやらを信じていた様子もなかったしな」
「そうですか。よかった……でも、だったらこっちが本当の創世神話なのは信じてくれますよね」

 力強く本を抱きしめて告げるニッカに俺は、「それじゃあいつか女神様が目覚めたら、この世界は滅ぶってことか」と苦笑を浮かべる。

「そうならないように今も十神様たちは女神様が眠る『揺り籠』を見守り続けてくれてるんです。それをあの人たちは……」

 ニッカは本を強く抱きしめ、彼女にしては珍しく嫌悪感けんおかんもった声でそう呟いた。
 この話はこれ以上長く続けてはいけない気がする。
 俺は何気ない風を装いながら話を変えることにした。

「それはそれとして、本当に良かったのか?」

 俺は正面に座るニッカとグラッサの顔を交互に見ながら尋ねる。

「何が?」
「どういう意味です?」

 首をかしげるグラッサと、何のことかわからないといった表情のニッカに、俺は言葉足らずだったことを反省して言い直す。

「本当に辺境砦に向かって良かったのかってことさ」

 提案しておいて今更だが、今も辺境砦では、魔物だけでなく様々な妨害工作をしかけてくる奴らとの戦いは続いている。
 世間的には辺境砦に向かうことは死にに行くようなものだと認識されている……まぁ、実際には堅牢けんろうな造りで、戦闘に参加せず身を守るだけなら安全なのだが、普通の人はそんなことは知らない。
 そんな場所に、特殊な力を持っているといってもまだまだ駆け出し冒険者である女の子二人を連れていくという判断は正しかったのか。俺は王都を出てからずっと、心の端にそれが引っかかっていたのである。
 もし俺に気を遣ってくれたのだとしたら申し訳ない。

「そんなこと心配してたの?」

 だがグラッサから返ってきたのは、あきれたようなそんな言葉だった。

「私たちが嫌々付いてきたように見えますか?」

 一方、ニッカはわずかにまゆを寄せて不満そうに口をとがらせながら、俺の目をまっすぐ見返してきた。
 たしかに王都を出てから、彼女たちは一度たりとも不安そうなそぶりを見せたことはない。
 むしろどちらかと言えば、辺境砦のことを興味津々きょうみしんしんに尋ねてくるほどだった。
 俺はそれを不安を誤魔化ごまかすためだと勘違いしていたが、そうではなかったらしい。

「そうか……それなら良かった」

 俺は胸の奥につっかえていたものがストンと落ちた気持ちで、背中を馬車の壁に預けた。

「でもちょっとだけ不満もあるんです」
「え?」

 ニッカの言葉に、俺は首を傾げる。

「今まで三台くらい馬車を乗り継いできたけど、どれもこれも人が乗るような馬車じゃないからおしりが痛くって」
「あー、わかるぅ。揺れる度に振動がお尻にくるんだよねぇ」

 そう言って自分たちのお尻をさする二人から、俺は慌てて視線をそらす。
 たしかに俺たちは、自分たちの足跡そくせきをなるべく残さないように、普通の乗合馬車は避けて、個人商の馬車に乗っていた。護衛を引き受けることで、同乗させてもらっているのだ。
 そして大抵の個人商人の馬車は、荷物をせるためのもので人を乗せるようにはなっていないため、乗り心地がいいとは言えなかった。

「そういえばトーアさんは痛そうにしてませんよね?」
「俺は慣れてるから」

 俺は辺境砦にいた頃、物資の搬送はんそうのため、今乗っているのと同じような荷馬車で砦と近くの街を何度も往復するという経験を積んでいた。
 そのおかげで、この程度の振動であれば全然苦にならなくなっていた。

「いや、ごめん。気が回らなかったな」
「トーアってそういうとこあるよね」
「そういうところって、どういうところだよ」

 俺の言葉に、グラッサはニヤリと笑う。

朴念仁ぼくねんじんってことよ」
「朴念……いや、そこまでか?」
「そういえば私、トーアさんが笑っているところを見たことがないです」
「そ、そうか? 俺としては結構笑っている気がするけど」

 ニッカに言われて、最近いつ笑ったか思い出そうとする。

悪巧わるだくみのときにニヤニヤはしてるけどね」
「うっ」

 たしかに思い起こせば、敵対してきた連中をらしめたときくらいしか笑ってなかった気がする。
 いや、それを笑っていたことにふくめて良いのだろうか。

「……善処するよ」

 俺は二人に向かってそう告げると、両手の指を口の両端に当てて、無理矢理笑顔を作って見せた。

「あははっ、何それ」
「ふふっ。それじゃあダメですよ」

 そう言って俺の顔を見ながら笑う二人。

「やっぱりこれじゃだめか」

 その笑顔を見ているうちに、俺も自然に笑顔になっていたらしい。グラッサが声を上げる。

「あっ、今の顔。それよ、それ」
「初めてトーアさんの笑顔を見た気がします」

 ガタゴト揺れる馬車の中。
 大量の荷物に囲まれながら、俺たちは順調に目的地である辺境砦に向かっていく。
 追っ手に見つからないことばかり気をつけてきたが、もう少し二人のことも気にかけないとな。
 俺はそう自省しながら、次の街に着いたらお尻に優しいクッションか何かを買ってあげようと心のメモに書き込んだのだった。


「――まさかこんなところで足止めを食らうなんてね」

 王都を出ていくつかの馬車を乗り継ぎ、辺境砦に向かうまでの道中で最大の街であるロッホの近くまで来た俺たちだったが――街を目の前にして、野宿をいられることになった。
 というのも、俺たちが乗っていた馬車が街道に出来た溝に車輪を引っかけたせいで故障してしまったからである。
 それは今日、王都を出て十日目の昼。
 前方、つまり目的地であるロッホのある方向から、荷馬車の集団がやってきたのがそもそもの原因だった。
 ロッホは王国北部の町や村と王都を結ぶ交易路の中心に位置する交易拠点の街だ。そのため、特に王都方面の道は大量の物資を詰んだ馬車が多く行き来している。
 俺たちが乗った荷馬車もそのうちの一つで、王都とロッホを往復して商売をしているようだ。ただ、俺たちのような駆け出し冒険者に護衛を頼むくらいの弱小商人なので、それほど大きくない馬車一台と、俺たち以外は馬車には商人一人だけしか乗っていない。
 旅の途中に商人とは色々話をする機会があったが、彼は現在家族をロッホに置いて、この王都ロッホ間の商売で金を稼ぎ、店を構えるための資金を貯めている最中なのだそうだ。
 話がれてしまったが、問題はその対向車……いや、対向馬車の列を避けるために街道の脇へ馬車を寄せたあとに起こった。
 商人が言うには、あの荷馬車の列は王国でも指折りの商人のもので、変に目を付けられれば商人としてやっていけなくなるほどの相手なのだそう。
 だから相手が我が物顔で街道を通り抜ける間、弱小商人は脇に避けて通過を待つという暗黙の了解になっているのだという。
 というわけで俺たちの馬車は路肩に寄って……体感で三十分ほど待っただろうか。
 やっと馬車の列が通り過ぎ、遅れを取り戻そうと慌てて路肩から街道へ馬車を移動させようとしたところで、突然馬車が大きく揺れ、なんとも言えない嫌な音がした。

「やっちまった……」

 同時に聞こえた商人の声に、俺たちは慌てて荷台から外に飛び出した。

「何かあったんですか?」
「困ったことになっちまった」

 御者席から降りた商人が、何やら馬車の車輪をのぞき込みながらそう答える。

「車輪がへこみにまっちまったんだよ……そのせいでじくの方もちょいと曲がっちまったみたいでね」

 どうやら草に隠れて御者である彼には見えない位置に、予想外の凹みがあったようだ。
 そして運悪くそれに馬車の車輪が嵌まったせいで、先ほどの揺れが起こったという。
 その結果、車輪と車軸が故障してしまったということらしい。
 まったく、ついていないなと俺は内心でぼやく。

「直りますか?」

 ニッカが心配そうに商人に尋ねた。
 もし直らないなら助けを呼びに行く必要があるだろう。
 だが当の商人はニッカの質問に軽い調子で答えた。

「ああ、これくらいの事故はよく起こるから修理道具も部品も積んである。だが、お前さんたちに手伝ってもらっても半日くらいはかかるだろうな」

 彼にとってはこの程度の故障は日常茶飯事にちじょうさはんじなのかもしれない。

「半日だと夜になっちゃうね」

 空を見上げながらグラッサが呟く。
 前世の世界と違って、この世界では街灯なんてものは街以外にはない。
 つまり日が暮れれば、周囲は完全にやみに沈んでしまう。
 魔法で道を照らしながら進むことは可能だが、街道として整地されているとはいえ、障害物がたまに転がっているような道を進むのは危険だ。
 それもあって、こういった場合はその場で野宿して、翌日朝日が昇ってから動き出すのが基本となっている。

「それじゃあ二人は野営の準備を頼む。俺はこっちで馬車の修理を手伝う」

 俺はテキパキと、グラッサとニッカに指示を出す。

「はい。わかりました」
「あ~あ、今夜は久々に宿で眠れるって思ってたのになぁ。しゃーない」

 素直に野営道具を取り出すために馬車に向かうニッカと、だるそうにその後に付いていくグラッサを見送った俺は、同じく修理道具を馬車から下ろし始めていた商人の元へ向かう。

「手伝いますよ」
「重いぞ」
「大丈夫。鍛えてますから」

 そうして、いくつかの道具と予備部品を準備してから、俺と商人は馬車の修理を始めた。
 魔法を使えばもっと簡単に修理は可能だが、お忍び逃避行とうひこうの身である以上は、あまり目立つことはしたくない。
 結果的に、茜色あかねいろの空が闇に沈もうとする頃に、ようやく修理を終えた俺と商人は、ニッカたちが用意してくれていた夕食にありつくことが出来た。
 ニッカとグラッサ――というか主にグラッサは俺の予想に反して、かなり料理上手だとこの旅で知った。逆にニッカは下準備までは出来るものの、調理に関しては不得手なのだとか。
 二人は村を出て王都までやってくる間、食事は自炊じすいしていたという。
 その間に何があったのかは聞く気はないが、自然と役割分担が決まっていったのだろう。
 そんなグラッサの料理は、商人にも気に入られたようだ。

「ごちそうさま。いやぁ、君の作る料理は私の妻の料理と同じくらい美味しいよ」
「それって褒めてるんだよね?」
「もちろん。妻の料理はロッホの最高級店の飯より美味しいからね」
「褒めすぎだよ」

 食後、商人とグラッサがそんな会話を交わしているときだった。
 俺は周りの空気が微妙に変わったことを察した。

「何かいる」
「えっ」

 俺の雰囲気が変わったことを察した三人が声を潜める。

「囲まれてる。十匹……いや、二十匹はいるな」
「この辺りに出る魔物で、それほどの群れだとすると……フォルドウルフでしょうか?」

 商人の震え声に俺は小さく頷く。

「安心してください。フォルドウルフなら俺たちでなんとか出来ます。いけるな?」
「任せて!」

 俺の言葉にグラッサが腰からショートソードを抜き放ちながら答える。

「ニッカは彼を馬車へ。危険だからなるべく外に顔を出さないように注意してくれ」
「はい。二人とも、気を付けて」
「安心しろ。誰も傷つけさせないさ」

 俺はこの旅の途中で覚えた笑顔を彼女に向けて、そう口にする。
 そして二人が馬車に入ったのを見届けると、横で愛用のショートソードを構え辺りを警戒しているグラッサに「やれるか?」と一応聞いてみる。

「もちろん。あたしだって戦えるってところを見せてあげるよ」

 自信満々な言葉の割に、手も足も僅かに震えているが、やる気だけは伝わってくる。
 彼女にしてみれば、魔物と戦うのはダンジョンでゴブリンやタウロスに襲われて以来のことだ。
 あれだけ酷い目にあったというのに逃げ出さないだけでも、立派なものだと思う。
 本来ならグラッサも馬車へ避難させ、俺が魔物を一掃いっそうするのが一番安全なのは間違いない。
 だがそうすると、Fランク冒険者の俺一人でフォルドウルフ二十匹を倒すことになり、事情を知らない商人に疑問を持たれかねない。
 今は変に目立つのは避けたい。
 こんなことなら、兄貴の力で冒険者カードを追跡不可能なようにしたときに、ランクも上げてもらえばよかったな……まぁ、後悔してももう遅いんだが。
 内心で後悔をしつつ俺は気を取り直して、グラッサに語りかける。

「じゃあ一緒に戦うか。でも無茶はするなよ」
「わかってる。もう、あのときみたいな思いはしたくないしね」

 グラッサはそう言って気合いを入れる。
 考えようによっては、今回の夜襲は、彼女にトラウマを克服こくふくさせるいいチャンスかもしれない。
 俺がフォローすれば、グラッサの実力でも大きな怪我は負わないだろう。それで彼女が魔物に対する恐怖心を払拭ふっしょく出来るなら、願ったりかなったりだ。冒険者を続けていく以上、魔物との戦いは避けられないわけだし。

「一匹も馬車に近づけるんじゃないぞ」
「もちろん!」

 そう言葉を交わした直後、俺たちの準備が整うのを待っていたかのように、闇の中でじりじりと間合いを詰めてきていたフォルドウルフの動きが変わった。


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