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4巻

4-2

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  ◇     ◇     ◇


「ほほぅ。それでまたお前たちは、我がダンジョンに風穴かざあなを開けたというわけじゃな」

 ダンジョンの最下層。初めてこの場所にやってきた時と同じく、威厳のある姿で出迎えたシーヴァが鼻頭はながしらにしわを寄せ、僕たちをにらみつけている。必死に抑えているようだが、その声は震えており、相当怒っているのが伝わってくる。

「だ、大丈夫なのですかシアン様」

 僕の後ろにすがりついているヘレンが、震えながら問いかける。
 確かに、目の前の魔獣の正体を知らない彼女からしてみれば、今にも襲いかかってきそうな剣幕けんまく魔獣シーヴァは恐ろしくて当たり前だ。

「大丈夫。僕と彼は友達だからね」
「お主と友達になった覚えはないのじゃっ! 毎度毎度、屋根をぶち壊して友達の部屋にやってくるやつがどこにいる」
「ここにいるよ。というか、そもそもシーヴァがいつまでたっても帰ってこないし、連絡もよこさないのがいけないんだよ」
われも一人でゆっくりと過ごしたい時があるのじゃ。それにしばらく放置しておったせいで、ダンジョン内の魔獣が増えすぎて色々なところが壊されていてな。修理するのが大変じゃったんじゃぞ」

 どうやらシーヴァの姿が見えなかったのは、そういう理由らしい。
 増えすぎた魔物の間引まびきを行うことも彼の仕事の一つで、それをおこたると最悪スタンピード――魔獣の暴走が起こってしまうかもしれないとのことだった。さすがにそれは困る。

「わかったよ。僕が悪かった。また前みたいにきっちりと修理して帰るから」
「当たり前じゃ。ところで、お主に隠れて震えておる可愛い娘は何者じゃ? 初めて見る顔じゃが」

 シーヴァの興味が僕の後ろにいるヘレンに移ったようだ。
 きっと彼女にナデナデしてもらおうと思ったに違いない。

「そうだ、紹介するよ。彼女はヘレン=ファリソン。僕の婚約者だ」

 僕は後ろにいたヘレンの手を引き、自分の横に立たせた。
 彼女の顔には、まだ恐怖の色が浮かんでいた。ただ僕とシーヴァのかけ合いを見て少し安心したのか、優雅にカーテシーをして、引きつった笑みを浮かべつつも気丈きじょうに自己紹介をした。

「はじめまして。シアン=バードライの婚約者であるヘレン=ファリソンと申します。以後お見知りおきを」
「ほほぅ。なかなかに美しく気品のある娘ではないか」

 シーヴァは鼻先に寄せたしわをゆるめ、巨大な口をいびつにゆがめてヘレンを見つめた。
 彼女を怖がらせないように笑っているようだが、その姿では美味うまそうなえさを前に舌なめずりしているようにしか見えない。現にヘレンの笑顔は更に引きつって、顔色も青くなっていた。

「お、おめいただいて嬉しく存じます」
「我は女性には優しいゆえ安心するがよい。ところでシアンよ」
「なんだい?」
「新しい婚約者を連れてきたということは、いつもお主と一緒にいるあの娘はどうしたのじゃ」
「バタラなら、今頃町で成人の儀の準備をしていると思うけど?」
「そういう意味ではないのじゃ。この娘が婚約者ということはあの娘のことは振ったのか? それとも振られたのかのう?」

 シーヴァの目に、あからさまに愉快ゆかいそうな色が浮かぶ。

「あ、あの、よろしいでしょうか?」

 ヘレンが横合いから声をかけた。

「なんじゃ?」
「バタラさんは私と同じくシアン様の婚約者でございますわ」
「何っ! 二人も婚約者がおるじゃと……しかもこんなひよっこに器量きりょうよしが二人も」

 愕然がくぜんとした表情を浮かべたシーヴァに、なぜそうなったかの経緯を僕とヘレンが説明する。

「お主も無駄に苦労を背負せおいたがる男よのう」

 全てを説明し終えると、なぜかあわれみの表情を向けられてしまった。
 僕は憤慨ふんがいしつつも本来の目的を思い出し、一つ深呼吸して心を落ち着かせた。
 ヘレンはシーヴァに慣れたようで、僕とのめから、どうやって町にやってきたのかなど、様々な話を続けていた。
 やがてその話が一段落ついた頃。
 シーヴァが僕に視線を移動させ、突然念話ねんわで脳に直接言葉を送り込んできた。

『このヘレンとかいう娘には、我の正体のことは話しておらぬようじゃな』
『女性にはシーヴァの正体をばらさないって約束したからね』
殊勝しゅしょうな心がけじゃ。それでは、ここにいる間は我のことをダンジョン主と呼ぶがよい』

 ダンジョン主ね。確か前は魔獣の王とか名乗っていたのに謙虚けんきょになったものだ。
 僕はヘレンにも、彼のことをダンジョン主と呼ぶように伝えた。

「ところで、お主は屋根をぶち抜いてまで、一体我のダンジョンに何をしに来たのじゃ?」
「それなんだけど、実は――」

 僕はシーヴァに今回ダンジョンまでやってきた理由を伝えた。
 獣人族の結婚式とバタラの成人の儀のために、真の女神像が必要なこと。
 女神像の材料となる魔晶石を、ダンジョン下層にいる大型の魔獣から取り出したいこと。
 大型魔獣を倒すのには危険がともなうため、シーヴァの力を借りたいこと。
 これらを伝えると、彼は一瞬考えたような素振そぶりを見せ、あっさりと承諾しょうだくしてくれた。

「なるほどのう。お主の婚約者たちにはこれからも世話になるじゃろうし、力を貸してやるのじゃ」
「僕には?」
「お主とは貸し借りなしの間柄じゃ。毎度毎度、大事に作り上げたダンジョンをぶっ壊しよってからに」

 文句を言いながらもシーヴァは少し体をもたげた。どうやらやる気になってくれたようだ。

「それでは我の力を分け与えた眷属けんぞくを召喚してやろう。しばし待つがよい」

 シーヴァの体から白いけむりが吹き出した。視界が完全に奪われてしまう。
 煙には匂いも味もなく、特になんの害もないようでき込んだりもしなかった。
 やがてゆっくりと晴れていくと――

「あれはなんですの?」

 ヘレンが指さす先。徐々に晴れていく煙の中に、四本足で立つ一体の獣が現れた。

「犬……ですの?」

 そこに現れたのは、僕にとってはいつもの見慣れた姿。
 デザートドッグに擬態ぎたいしたシーヴァだった。

「えっ、えっ。どうしてこんなところにワンちゃんがいますの? それにダンジョン主様はどこへ?」

 ヘレンは巨大な魔獣がいたはずの場所に、突如として可愛らしい犬がちょこんと現れたことに驚きを隠せないようだった。ダンジョン主と目の前の犬が同じだとは言えない。
 どう説明すればいいのか考えていると、シーヴァが突然、僕とヘレンに向かって一直線に走ってきた。

「きゃっ」

 胸元めがけ思いっきり飛び込んできたシーヴァを、ヘレンは思わず両手で抱きしめた。
 受け止めたヘレンの腕の中で、シーヴァは「きゅーん」と可愛らしい甘えた声を上げる。
 先ほど見せていた威厳溢れるダンジョン主の姿は、既にない。

「えっと……そのデザートドッグが、ダンジョン主様の眷属だよ」
「このワンちゃんがダンジョン主様の眷属ですの? こんなに可愛いのに?」

 甘えるシーヴァの策にはまり、戸惑いつつもまんまとその頭をナデナデしはじめるヘレン。
 それを呆れて見つめながら僕は答える。

「見かけと違って凄く強いんだ。信じられないかもしれないけど」
「とてもそうは見えませんわね。でもあのダンジョン主様が力を分け与えた眷属と仰っていましたから、きっとお強いのでしょうね。あら、そういえばダンジョン主様は一体どこへ?」
「さぁね。気まぐれなヤツだし、用件を聞いてそいつを僕たちに残したから、あとはもういいだろうって奥にでも引っ込んじゃったのかもね」

 僕は、ダンジョン主を探すようなふりをしながらそう答える。

「それでさ、そのデザートドッグが例のシーヴァなんだ」
「えっ?」
「町のみんなはシーヴァが僕の飼っている飼い犬だと思っているけど、本当はダンジョン主様の眷属を預かっているだけなんだよ」

 ヘレンは信じられないのか、腕の中のシーヴァと僕を何度も見比べる。

「わふんっ」

 シーヴァはわざとらしくヘレンの手に頭をこすりつけ、甘えながら吠える。

「ほら、シーヴァもそうだって言ってるよ……たぶんだけど」
「シーヴァちゃんはこの場所で生まれ育ったとシアン様が仰っていたのは、そういう意味だったのですね」

 ダンジョンの外で話したことを思い出したのだろう。僕の言ったことを信じてくれたらしい。

「わふんっ!!」
「もしかして、私たちの言葉もわかるのかしら?」

 小さく吠えたシーヴァの頭を優しく撫でるヘレン。

「眷属だからね。なんとなくはわかるんじゃないかな」

 本当はしゃべれるし、念話も使えるのだけれど。

「シーヴァちゃんはとても賢いのですわね。我が家にも犬がいましたけれど、シーヴァちゃんみたいに甘えてくれなくて寂しかったのです」

 そういえば、彼女の家にも何匹か犬がいた記憶がある。けれど、あれは警備のための軍用犬で、シーヴァなんかと比べものにならないほど凜々りりしく、見た目だけで強さが伝わってきた。
 確かにあれに比べたら、今のシーヴァがとんでもなく可愛く見えるのも仕方がない。
 楽しそうにシーヴァの体を撫で回すヘレンと、恍惚こうこつの表情を浮かべるダンジョン主を横目に、僕は魔晶石狩りの準備を始めることにした。

「さてと、ヘレンもシーヴァもそれくらいにして、本来の目的のために作戦会議をしようじゃないか」
「わかりましたわ」
「ガルルルル」

 撫でられるのを邪魔されたシーヴァは、かなり不満そうだ。だけど、いつまでもここに居るわけにはいかない。早く魔晶石を手に入れて女神像の製作に取りかからないと、成人の儀に間に合わなくなってしまう。

「坊ちゃん。俺らはいつでも行けますぜ」
「うむ。問題ない」
「シーヴァの力、久々に見せてもらうっすよ」

 ルゴスと二人のドワーフ、タッシュとティンが自らの装備の具合を確認し終え、声をかけてきた。
 ドワーフ族の三人はシーヴァのことを、大渓谷の主であるセーニャのところにいた頃から知っているらしい。

「わふんっ」
『任せておけ』

 シーヴァからヘレン以外の全員に念話が送られる。

「じゃあ作戦を伝える。シーヴァとヘレン以外には繰り返しになるけど、一応みんな聞いてくれ」

 僕はそう告げると、全員の視線が集まったのを確認してから説明を始めたのだった。


     ◇     ◇     ◇


 今僕たちがいるのは、シーヴァの部屋から出て少し進んだところ。つまりダンジョンの最下層だ。
 以前シーヴァから聞いていたので知ってはいたのだが、最下層は龍玉の魔力が最も濃いため、ダンジョンの中でも特に強力で大型の魔獣が棲息している。
 シーヴァに呼び出され初めてダンジョンを訪れたあの日、もし僕たちが正攻法で攻略していたならば、とんでもない強さの魔獣と何度も戦うことになっていたはずだ。
 そして僕たちは今、そのとんでもない強さの魔獣と戦闘している。
 シーヴァから協力の了承を得たあと、僕らは彼に案内されて、無駄に豪華ごうかなつくりの扉を開き外に出たのだが……そこに待っていたのは、予想通り強力な魔獣たちであった。
 作戦としては、女神像の素材になりそうな魔晶石を持っている大型の個体を探し、それ以外の魔獣をシーヴァが引きつけている間に、狙った個体を倒すというものだった。
 扉を出て少し進んだところで、目的に見合った魔獣が見つかった。
 他の魔獣より一回り大きい体躯たいくから、その体内に持つ魔晶石の巨大さを想像できる。
 僕の合図で、シーヴァが目標以外の魔獣を引きつけるために飛び出す。
 同時に、僕たちはシーヴァの部屋の中で立てた戦略通り、魔獣に攻撃を仕掛けた。
 まずはティンとタッシュのドワーフ二人が土魔法を使い、障壁を作り上げ魔獣の動きをにぶらせる。
 その間に、僕が【コップ】から粘性ねんせいの高い液体の【コンタル】と【砂糖水飴】を地面にぶちまけ、ヘレンが【拘束螺旋】でそれを巻き上げる。ドワーフたちの攻撃で動きが鈍っている魔獣にコンタル水飴を絡みつかせ、そのまま全身を包み込んだ。
 即座に倒すほどの力はないが、二種類の泥状物質に体を包み込まれた魔獣は苦しそうにもがく。
 これだけ粘性のある混合物で包まれたら、まず息はできないだろう。
 ダンジョンを降りてくる間に考えたこの連携技が、最下層の魔獣にも効果を発揮したことに安堵あんどしつつ、僕はヘレンの手を引き後ろに下がりながら声を上げた。

「今です」

 その声にこたえるように二人のドワーフが動きだす。

「おうっ! 行くぞティン!」
「はいっす!」

 かけ声と同時に、二人のドワーフが先ほどまで魔獣の動きを止めていた土魔法の障壁を解く。
 既にヘレンの【拘束螺旋】に閉じ込められた魔獣に障壁は必要ない。
 ドワーフたちは土魔法を使って鋭利えいりな槍を作り出した。

「「オオオオォォッ」」

 二人のドワーフの雄叫おたけびと共に、その槍が魔獣に向けて解き放たれた。魔獣は、必死になって体に巻きつくコンタル水飴を引きがそうと暴れている。
 槍が突き進む場所のみを、ヘレンが魔法を操作し開いていく。そうしてできたコンタル水飴の隙間に、二本の槍が真っすぐ突き刺さる。
 魔獣が大きな口を開き、断末魔だんまつまの叫びを上げた。

「グギャオォォォォォォゴボボ」

 大きく開いた口はすぐにコンタル水飴によってふさがれてしまい、あたりは静寂せいじゃくに包まれた。

「自分で考えた作戦とはいえ、これはえげつないな……」

 コンタル水飴を操っているのはヘレンだ。お嬢様である彼女にこんなことをさせるのは少し気が引けてしまう。しかし、ヘレンは自分の力が役に立っていることに嬉しそうな顔をしている。
 僕の心中での葛藤かっとう余所よそに、強大な魔獣は土槍の攻撃に耐え切れず、地響きと共にその巨体を地面に横たえ、動かなくなった。

「坊ちゃん。魔晶石が出てきましたぜ」

 早速、倒れた魔獣の心臓近くをタッシュが切り裂く。
 そこから現れたのは、ドワーフの頭より大きい結晶体――魔晶石だった。
 タッシュはそれをかかげるようにして持ち上げ、魔獣の体から飛び降りる。

「それじゃ、あっしたちはシーヴァと一緒に周りを警戒しておきますんで、後処理はお願いしますぜ」

 そう言い残しタッシュは警備につくため歩いていってしまった。
 僕は彼から受け取った魔晶石の表面についた血を、丁寧にいて綺麗にする。この短時間で、既に魔晶石のサイズが小さくなっている気がした。少しずつだが魔素が空気中に溶けていっているのだろう。
 僕は急いでその魔晶石を、ルゴスと、大エルフのヒューレが徹夜で作ってくれた大きな冷却箱の元まで運んだ。シーヴァの部屋での作戦会議中に【コップ】を使い、箱の中には水を三分の一くらいまでめてある。水面にうっすらと氷が張っているところを見ると、水温はこの短い間に既に零度れいど近くまで下がっているのだろう。
 僕はゆっくりと、氷の上に魔晶石を置くように入れる。
 すると、パキッと小さな音を立て表面の氷が割れ、魔晶石は水の底にゆっくり沈んでいく。

「色が変わっていきますわ」

 ヘレンは水の中で色を変える魔晶石に驚いている。

「魔晶石は冷たい水に触れると、表面にまくが張って真っ黒になるんだ。どういう理屈かはまだわかってないらしいんだけどさ」

 その状態になった魔晶石は形体が固定され、魔素に戻って空気中に霧散することがなくなる。
 やがて中心まで固定化が完了すると、加工素材として使える状態になるのだ。

「シアン様、水の中に入れる前より魔晶石が小さくなっているような? もしかして魔素が水に流れ出てしまっているのではありませんの?」
「いいや、これは魔素が結晶として固まる時に起こる現象……らしい。本で読んだ知識で、実際に目にするのは初めてだけどね」

 見ているうちに魔晶石はみるみる縮んでいく。
 もしかして本に書いてあったことは間違いで、このまま溶けるように消えてしまうのではないか。そんな不安にられながらも、僕はヘレンを安心させようと、表情を引き締めて水中を見つめ続けた。
 やがて縮小が止まり、これ以上変化しないことを確認して、僕は冷たい水の中から固まって黒くなった魔晶石を取り出した。入れる前はドワーフの大きな頭ほどあったが、拳二つ分くらいの大きさに縮んでいる。できれば女神像の全てを魔晶石で作り上げたいが、王都の女神像ですら使われている魔晶石の量は大人の拳一つ分くらいらしい。
 なぜ重要な儀式に使う女神像に、少量の魔晶石しか使われていないのか。その理由がわかった気がする。
 ドワーフたちやシーヴァの力を借りてようやく倒せる強力な魔獣。
 そして、ヒューレのおかげで作ることができる冷却箱があって、ようやく拳二つ分の魔晶石を得られるのだ。
 僕らは運よくドワーフたちやシーヴァ、ヒューレの協力を得ることができたからよかったものの、国は拳一つ分の魔晶石を手に入れるために一体どれほどの犠牲ぎせいを払ったのだろうか。考えただけで身震みぶるいしてしまう。

「坊ちゃん、終わりましたかい?」

 取り出した魔晶石を眺めていた僕らの背に、タッシュの声がかかる。

「見張りありがとう。作業の間、魔獣が襲ってこなくてよかったよ」

 僕はそう答えつつ振り返った。すると、そこには何やら荷物を抱えたドワーフたちがいた。

「それは……もしかして」

 タッシュとスタブルが抱えてきたものを見て、ヘレンが目をまん丸にしながら問いかける。

「ああ、魔晶石だ」

 二人のドワーフが言った。なんと、彼らは先ほど僕たちが死闘の末に手に入れたものと同じか、それ以上の大きさの魔晶石を、何個も抱えていたのである。

「一体それはどこで?」

 その質問に対する答えは、彼らからではなくその足下から返ってきた。

「わんっ」
『なんじゃ。お主らがほしがってたものじゃろ? ほら、さっさと処理せんか』

 タッシュの足下で毛繕けづくろいをしながら吠えたのは、シーヴァだった。

「もしかして、これ全部シーヴァが?」
「わふっ」
『当たり前じゃろ。ほれ、せっかく持ってきてやったのに、早くせんと消えてしまうぞ』

 耳の後ろを後ろ足でくシーヴァから、軽い調子の念話が届く。
 たった一体の魔獣ですら、全員が全力で戦ってようやく倒せたのに、タッシュたちが抱えている魔晶石の中には、先ほど僕たちが採取したものより倍近く大きいものもある。
 その魔晶石を体内に宿していた魔獣は一体どれほどの巨体だったのだろうか。想像もつかない。

「シアン様、とりあえず急いで加工しませんと、魔晶石が小さくなってしまいますわ」
「あ、ああそうだな。血を拭いている時間はなさそうだから、全部この箱の中に放り込んでください」

 僕は二人のドワーフに慌てて指示を出した。

「わかった。ほらティン、急げ」
「はいっす」

 ゴロゴロゴロと、様々な大きさの魔晶石が、次々と冷却箱の中に放り込まれていく。
 できるだけ大きめの冷却箱を用意してほしいとヒューレに頼んでおいてよかった。
 表面の氷を突き破って沈んでいく魔晶石を眺めながらそう思う。
 しかしタッシュたちが抱えてきた魔晶石は思っていた以上に多く、結局は冷却箱の容量ようりょうをこえてしまい、水中に全て沈み切らなかった。水面から顔を出しているものは、魔素として空気中に霧散してしまうが、仕方ない。可能な限りは持って帰りたいのだが。
 僕は【コップ】を取り出し、箱がいっぱいになるまで水を注いで悪あがきをしてみた。
 そうこうしているうちに先に入れた分が縮んで素材化され、水面に沈み切れていなかった魔晶石が水没していく。やがて全ての魔晶石の素材化が終わると、僕たちは協力して冷却箱のふたを中身が漏れないようにきっちりと閉めた。これだけの量があれば、王都の女神像と同じものが何体も作れそうだ。

「君のおかげだ。ありがとうシーヴァ」

 お礼を言い、シーヴァの頭を撫でようと手を伸ばす。
 だが、シーヴァは僕の手を素早い動きでいくぐると、一瞬で僕の背後にいたヘレンの腕の中に飛び込んだ。

「くぅ~ん」

 そして甘えた声を出すと、彼女の胸に顔をりつけた。

「うふふっ、こんなに甘えん坊さんで可愛らしいのに、魔獣を何体も倒せるほど強いなんて信じられませんわね」

 ヘレンは甘えてくるシーヴァにまんまとだまされて彼の頭を優しく撫で始める。
 僕は複雑な気持ちでそれを眺めるしかなかったのだった。


     
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