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3巻
3-3
しおりを挟む「ヒューレ嬢ちゃんも、最初会った時は話に聞いていたエルフ族とちょっと違っていて戸惑いましたがね。馬たちの代わりに、帰ったらお礼しなきゃならないっすね」
「ドワーフの村で何かお土産でも買っていくといいんじゃないか? 酒のつまみになりそうなものとかさ」
ドワーフ族は無類の酒好きだが、酒造りの腕は人族には及ばない。
そのため彼らはデゼルトの町へ、危険を冒してまでサボエールを買いに来ていた。
ということはドワーフの村で何かを買うなら食べ物の方がいいだろう。
アクセサリーとかそういったものは、ヒューレは喜びそうにないし。
「砦に着いたら馬たちにまた冷たい水を飲ませてあげようか?」
「あんまり冷たすぎるとお腹こわしちまうんで、いつものようにほどほどでお願いするっすよ、坊ちゃん」
氷キューブは初代に比べれば制御しやすくなった。初代は際限なく周囲のものを冷やしてしまったからな。
といっても、まだ試作品段階の代物だ。
時々誤作動を起こして、入れた水やお酒が凍る寸前まで冷やし続けてしまうことがあったりもする。
そういったわけで馬たちに飲ませる前に、一度【コップ】から普通に出した水と混ぜて温度調整しないといけないのだ。
「坊ちゃん。俺たちのサボエールは凍る寸前くらいまで冷やしてもかまわねぇからな。いや、むしろそうしてくれ」
タッシュの言葉に、スタブルも無言で頷いて同意する。
元々はぬるいサボエールしか知らなかった彼らだが、ヒューレのせいでもうすっかりキンキンに冷えたサボエールの虜である。
もちろん僕も、今では果実酒やサボエールは冷やしたものしか飲めなくなってしまっていた。
「もちろん。キンキンに冷やしますよ」
「そいつは楽しみだ」
そんな会話を続けているうちに、さっきまで遠くに見えていた砦がいつの間にやらかなり近くまで迫ってきていた。
ここまで来ると、砦の今の状態がよくわかる。
デルポーンが口にした通り、砦の上部はかなり崩れてしまっていた。そこだけ見ると、とても今も使われている施設には見えない。
しかし遠目からはわからなかったが、天井付近を除いた下の方はきっちり手入れされていて、扉や窓などもまったく壊れた様子はなかった。
ドワーフたちから聞いていた通り、彼らが地上の拠点として作り直したのだろう。
「馬は右の奥に厩舎があるからそっちだな」
タッシュが砦の右側を指さしながらデルポーンに言った。
そちらを見ると、確かに厩舎のような建物があった。
「俺たちは使わねぇんだけどよ。荷物置き場にちょうどよかったんで直したんだ」
「じゃあ中は荷物でいっぱいなんじゃ?」
「いや、確か今置いてある荷物はそんなに多くねぇはずだ。だから馬二頭くらいなら余裕だろうよ」
元々は王国が荷馬車を往復させていた時に作られた厩舎らしいが、今はドワーフたちの物置となっているとのこと。
もちろん当時は砂上馬蹄なんてものはないはずなので、専用の道がデゼルトから繋がっていたに違いない。もっとも、今は砂で埋まってしまっているけれど。
いつか余裕ができたらまたその道を復活させて、ドワーフとの交易路をより便利にしたいものである。
デルポーンは僕が下馬するのを手伝うと、更に荷を下ろしてから僕に声をかける。
「それじゃあ坊ちゃん。あっしは馬を休ませてきますんで、先にタッシュさんたちと砦の中に入っておいてくださいっす」
そう言って馬たちを厩舎の方へ連れていくのを僕は見送った。
今回連れてきた馬は二頭。
僕とデルポーンでそれぞれ一頭。
ドワーフたちにも勧めたのだけれど、彼らは徒歩の方が速いと言って断られたのだった。
最初はただ遠慮しているだけかと思ったのだが、実際町を出て防砂林を越えた先の足場が悪くなってくるあたりから、彼らの言葉が嘘でもなんでもなかったと思い知らされることになったのである。
「坊ちゃん。早く宴会の用意を始めようぜ」
砦の大きな門の横にある扉から、荷運びを終えたタッシュが戻ってくる。
「よっと」
そして座り込んで休んでいた僕を軽く抱え上げると、そのまま砦の中に荷物と同じように運んでいく。
「ちょ、ちょっと」
いくら僕が小柄だからって、あまりにも子供扱いしすぎやしないだろうか。
「わかりましたよ。すぐに準備しますからもう下ろしてください。僕も子供じゃないんですから一人で歩けますって」
さすがに恥ずかしくなって、顔に熱が上るのを感じながら叫ぶ。
タッシュに運ばれる形で砦の中に入って最初に驚いたのは、そこら中に光石が埋め込まれて輝きを放っていたことだった。
日の光の下ほどではないが、窓から離れた場所でも十分な光量がある。
デゼルトの町にあった光石も、ドワーフたちがもたらしたものだったはずだ。
「それにしてもこの光石っていうのは便利なものですね」
「ああそうだな。この石を使いだす前は、俺たちも坑道の奥とか建物では魔力灯ってもんを使ってたんだがよ、それが結構魔力食いでな」
「魔力灯ですか」
「なんでぃ坊ちゃん、知らないのか。これだよ」
そう言いながら、タッシュは僕を抱えていない方の手を自らの髭の中に突っ込んだ。
いや、実際には服の中だろうけれど、僕には髭に手を突っ込んだようにしか見えない。
タッシュは髭――もとい、服の中から、握りこぶし二つ分ほどの大きさの、縦長の器具を取り出した。
「見てな」
タッシュが器具に魔力を流し込み始めた。
すると――
「うわっ、まぶしいっ」
突然器具が輝き始めた。
坑道の奥で使用していたというだけある。
その光量は僕が思っていたより遙かに強く、僕は思わず両手で目を覆った。
「おおぅ、すまんすまん。久々に使ったから光量調整がおかしくなってたみたいだな。さすがに俺もまぶしいぞ」
タッシュは「がっはっは」と豪快に笑い、何やらゴソゴソとし始めた。どうやら魔力灯を操作しているらしい。
しばらくして、両目を塞いでいる僕にタッシュの声が届いた。
「これでどうだ」
僕は両手を開き、少し眩んでいた目をゆっくりと開ける。
魔力灯は先ほどよりもかなり光量が小さくなり、壁の光石ほどの輝きまで抑えられていた。
「これが魔力灯ですか。人間の国にも似たようなものはありましたけど、あんなに強く光るものはさすがになかったからびっくりしました」
「まぁそりゃ仕方ねぇわな。人間程度の魔力量であれだけ光らせようと思ったら、あっという間に魔力が枯渇して倒れる。最悪、死んじまうだろうな」
タッシュは魔力灯を消すと、また服の中に仕舞い込んだ。
それにしても、何度見ても髭から道具を出し入れしているようにしか見えない。
もしかしたら、本当にあの髭が収納になっているのではなかろうか。
僕たちは人類以外の種族のことはあまりに知らなすぎる。
なんせ大エルフのことを、聞き間違いでハイエルフという名前だと思い込んでいたくらいだ。
「魔力灯は確かに便利なんだが、ドワーフの魔力でも一日使えれば御の字、ってくらいの魔力を消費しちまう。だから光石ができてからは、一部の物好き以外は使わなくなっちまったんだ」
そう言ってまた豪快に笑いながら、タッシュは明るく照らされた砦の廊下を歩いていき、やがて扉の前で止まる。
「着いたぜ、坊ちゃん。この中が宴会場だ」
タッシュは扉を開き、先に中へ入っていく。
そのあとに続くように扉を潜って、僕は中を見た。
「って、ただの大広間じゃないですか。まぁ、机と椅子と酒樽があればドワーフの皆さんはどこでも宴会場にしちゃいますけど」
部屋の中は思ったより広い空間になっていて、中央に大きめの机と、それを囲むように椅子が並んでいた。
部屋の壁沿いには、いくつもの酒樽が置かれている。
「がっはっはっは。坊ちゃんも言うねぇ。まぁでもよ、ここは正真正銘、俺たちが旅立ちの前とあとに儀式として宴会をする場所なんだぜ」
タッシュは笑いながら何個も並んだ樽を指さした。
もちろん中は空っぽなのだろう。
僕は「やれやれ」といった表情をわざと浮かべてその樽のそばに向かう。
「はいはい、わかりました。この樽に【コップ】で酒を注げばいいんでしょ」
「おぅ、頼むわ。今日はドワーフ族は二人しかいねぇから、酒樽二個にサボエールと果実酒をそれぞれ満杯にしてもらえば足りるだろ」
「僕はお酒は少しでいいですよ。あとは紅茶でも飲んでますから、ドワーフ族に付き合う犠牲者はデルポーンだけにしといてくださいね」
そう返事をしつつ、バッグから氷キューブ試作二号を取り出す。
そして少し操作してから樽の中に放り込んだ。
氷キューブ試作二号は、僕がヒューレに依頼した簡易的な温度調節機能と、起動・停止機能が備わっている。
ただ先ほど述べたように、時々温度調節機能が誤作動を起こしてしまう不具合がある。
ほぼ完成形のような出来ではあるのだが、ヒューレが『試作品』と呼んだ理由はそこにある。
あんなぐうたら駄エルフではあるが、もの作りに関しては妥協を許さないらしく、僕が帰るまでには絶対に不具合を全て解消しておくと意気込んでいた。
そういうところや酒好きな点を見ると、彼女はエルフなのにドワーフと変わらないように思えてしまう。
まぁ元々僕が抱いていたエルフやドワーフに関する想像も、王都に残る曖昧な記録を元にしたものでしかないので、実は彼らも似た者同士なのかもしれない。
もちろん外見や住んでいる場所はまったく違うわけだけれど。
「じゃあやりますかね。なんの問題もなくここまでたどり着けたおかげで魔力もほとんど減ってないし、この程度なら余裕だな」
僕は【コップ】のスキルボードを開いて【サボエール】を選択する。こうすることで、【水】以外の液体も出すことが可能なのだ。
そして右手に【コップ】を出現させ、樽に向けて傾けた。
最近になって何度か能力が開放されて、聖杯の力が戻ってきた影響なのか、【コップ】から出す液体の量と速度が増してきたのを実感していた。
そのおかげで、大きな酒樽をサボエールで満杯にするのにもそれほど時間はかからず終わった。
「次は果実酒だな。もう一つ氷キューブがあればいいんだけど、今は一個しかないからこっちは常温で」
スキルボードを操作してもう一方の樽に【果実酒】を入れていると、僕が入ってきた扉と反対側の扉からスタブルがやってくるのが目に入った。
確かあちらには大渓谷があったはずだ。
スタブルは宴会場に入ってくると、せっせと荷物と備蓄品を確認し、中から食料品や食器類を取り出して宴会の準備をしているタッシュの方へ歩いていく。
そのまま彼はタッシュと何やら話を始めた。
しばらくすると、スタブルから何かを聞いたらしいタッシュが僕のそばまで歩いてきて、説明してくれた。
「坊ちゃん、どうやら下りるのは早くても明日の昼過ぎくらいになりそうだ」
本来なら儀式という名目の宴会のあと、しばらく休憩してからすぐに大渓谷の底に向かう予定だったのだが、それが延期になったという。
どうやらスタブルは、僕たちが宴会の準備をしている間に、大渓谷の底に下りるためにドワーフたちがこの砦に取りつけたという昇降装置の最終確認をしていたらしい。
それと同時に、大渓谷へ安全に降下できるかどうかを調べるのも彼の仕事なのだとか。
しかしスタブルが昇降装置を調べに行ったところ、大渓谷内の上層部で風が渦巻いているのを確認したのだとか。
パハール山とエルフの森から吹き下ろしてくる風と、大渓谷の中から吹き上がる風によって、まれに大渓谷には歪な風の流れが起こる時がある。
半日から一日程度で収まるのだが、その風が吹いている間に昇降装置を使うと、予想外の風のあおりを受ける可能性があるため危険なのだそうだ。
そのためドワーフたちは風が落ち着くまで待ってから降下するのだという。
この砦で儀式を行うようになった理由も、元々はその風が収まるまでの時間潰しが始まりだった……とかなんとか。
「とまぁ、そういうわけでよ。慌ててもしゃーねぇからゆっくり宴会を楽しもうじゃねぇか」
「はぁ……別に風とか言い訳しなくても宴会はするんでしょうに」
「そうだけどよ。ほら坊ちゃんみたいな真面目っ子は何かと理由つけないとはっちゃけられねぇだろ?」
「じゃあその風という話は嘘なんですか?」
「いや、スタブルが言うには危険な風は本当に吹いてるらしい。俺たちだけなら無理すりゃ下りられるが、坊ちゃんを連れていくなら万全を期した方がいいだろう?」
「それはそうですね」
「だからよ。これも女神様……だっけ? その粋な計らいだと思って、一緒に酒を飲んではっちゃけようや」
タッシュが髭を豪快に揺らして笑いながら、机の上にあったジョッキを僕に手渡してくる。
「別にはっちゃける気はないですけどね」
「坊ちゃんの、ちょっといいとこ見てみたいってな」
「そういうの、あんまりよくないですよ」
「お堅いねぇ」
僕は一つ大きなため息をつくと、ジョッキを受け取った。
「じゃあ少しだけですからね。僕、お酒はあまり強くないから」
タッシュもジョッキを持ち、そしていつの間にか同じくジョッキを取り出していたスタブルと三人で酒樽の方に向かう。
「あっ、もう宴会始まってたんすか? 呼んでくださいよ!」
後ろから扉の開く音と同時に、デルポーンの声が響いた。
僕らはデルポーンを手招きし、それぞれキンキンに冷えたサボエールを雑に掬い取ってからジョッキを掲げた。
「それじゃあこの先の安全を願って」
タッシュのかけ声と共に、大広間に「乾杯!」と大きな声と、ジョッキをぶつけ合う音が響き渡ったのだった。
雑に始まった宴会はなかなかに盛り上がり、やがて夜も更けていく。
エリモス領最果てにある捨てられた砦で、僕たちは夜遅くまで色々な話をした。
お酒は一杯だけであとは紅茶で誤魔化すはずが、僕が婚約破棄をされた話で変に盛り上がったせいで、つい悲しい記憶が呼び起こされてお酒が進む。
成人してからほとんどお酒を飲むことがなかったため、段々と頭が痛くなってきた。
そこで、変に悪酔いする前にデルポーンを生贄……ではなくドワーフたちの話し相手に残して、砦の中に作られた寝室に向かうことにした。
正直、ドワーフたちの酒宴にまともに付き合えるとしたらヒューレくらいのものだろう。
僕は気絶するように眠りに落ち、そして翌朝。
目覚めた僕が宴会場に顔を出すと、そこには無残な姿のデルポーンと、豪快ないびきをかきながら眠る二人のドワーフの姿があった。
眠る時もジョッキを大事そうに抱きかかえている彼らの脇で、デルポーンは顔を真っ青にして眠っていた。
間違いなく起きたら二日酔いになっているに違いない。
床に倒れている三人を横目に僕は宴会場を通り抜け、昨日スタブルがやってきた扉を開け廊下を進んでいく。
「この扉の向こうかな」
廊下の突き当たりの重い扉を、僕はゆっくりと開いた。
その先には、僕がずっと夢見ていたあの場所――大渓谷があった。
「うわぁ……」
目の前に広がったとんでもない光景に、思わず感嘆の声を上げる。
「これが大渓谷なんだ……想像してたよりも凄い景色だな」
左右、地平線の向こうまでずっと続く巨大な溝。
下を覗き込んでみるが、もちろん底など見えるはずもない。
「吸い込まれそうだ」
僕は身震いをすると、一歩あとずさる。
対岸は薄いもやがかかってはっきりとは見えないが、広大な森が広がっているのがわかる。
「本当に聞いていた通り、対岸はぼやけてよく見えないな。でもあれがヒューレが住んでいたっていうエルフの森なんだろうな」
目の前の巨大な渓谷は、この大陸をほぼ真っ二つに割って存在していると本には書いてあったが、実際に目にするまで半信半疑であった。
けれど実際目にして、それが真実だと直感が告げている。
そして大渓谷の上空には、対岸をぼやけさせている薄いもやが広がっているのだが、その中を鳥のようなものが何十も飛んでいるのが見えた。
遠目でも巨大さがわかるそれは、文献にも記されていた大渓谷の飛行型魔獣だろう。
文献によれば王国が大渓谷の開発を始めた時、邪魔になる飛行魔獣の排除を行おうとして多数の犠牲を出したとか。
国内から魔獣を一掃した王国ですら敵わなかった理由も、見た瞬間に理解した。
あんな化け物共と戦えば当たり前だ。
「たまに王都に現れる魔獣とは、桁違いに強いのだろうな」
王都にいた頃、時々大渓谷や国外から魔獣が迷い込むことがあった。
もちろんすぐに王国軍によって討伐されるのだが、たぶんあれは目の前の飛行型魔獣のような強大な存在に追い出された、弱い魔獣だったに違いない。
「この壮大な景色をバトレルやエンティア先生にも見せてあげたかったな」
今回の旅に出発する日のこと。
エンティア先生はまたもや動けないほどの熱を出して倒れたのだった。
本人は死んでも行くと玄関まで這ってきたのだが、さすがにそんな病人を連れていけるほど簡単な道のりではない。
彼女は僕だけでなくドワーフたちやバトレルにも止められたが、それでも「連れていけ」と駄々をこね続けた。
結局、メディア先生が連れてきてくれた魔植物のジェイソンによって、ぐるぐる巻きにされて医務室へ強制連行されることになった。
その後、エンティア先生はジェイソンの蔦でベッドにがんじがらめにされ、熱が下がるまでそのまま拘束を続けることが決定。
あとのことはメディア先生に任せて僕らはそのまま旅に出発したわけだけど……
「エンティア先生、結構重症っぽかったけど。まさか死んでないよね?」
「私なら生きてますよーっ!」
「えっ」
僕の呟きに、予想外の方向から返事がして空を見上げた。
そこには崩れかけの砦の櫓と、その上にぽつんと置かれた何やら四角い大きめの籠。
そしてその籠から顔を出していたのは――
「エンティア先生! どうしてそんなところに」
「皆さんを追いかけてきたんですよ。いやぁ、間に合ってよかった。既に下まで行かれてたらどうしようかと心配していたんです」
『その時は我が渓谷の底まで運ぶ羽目になるところじゃったわ』
エンティア先生の頭の上にはシーヴァが載っていた。どういうわけか、とてつもなく疲れた表情をしている。
『とりあえずこれで用件は果たしたじゃろ……少し休ませてほしいのじゃ』
シーヴァの言葉から推察するに、エンティア先生はシーヴァに運ばれてこの砦までやってきたようだが……
「しかしシーヴァくんがいて助かりましたよ。いやぁ、凄かった。さすが自称魔獣の王というだけはありましたね」
エンティア先生は上機嫌に言って、籠の外に出て櫓からひょいっと下りてきた。
シーヴァも地面に着地し、フラフラと宴会場に向かう。向こうから漂ってくる食べ物の匂いを嗅ぎつけたらしい。
僕は混乱しかかっている頭を左右に振り、エンティア先生に話しかけた。
「落ち着いて、どうやってここまで来たのか最初から話してくれないか? というか熱はもう大丈夫なの?」
エンティア先生は昇降装置の横に備えつけられていた長椅子に腰かけ、口を開いた。
「そうですね、ではあの日ジェイソンくん……でしたっけ。メディア先生の下僕に捕らわれたあとからでいいですか?」
下僕って。
どうやらあの時無理やり拘束されたことを恨んでいるようだ。
「そこからでいいよ。熱を出した理由から聞いても仕方ないし。どうせドワーフの村に行けるからって、いつかの遺跡探索の時のように徹夜で余計なことして風邪を引いたとかそんなことでしょ?」
「余計なこととは失敬な。私は大渓谷についての様々な資料をですね――まぁいいでしょう」
エンティア先生はコホンとわざとらしい咳払いをして、話し始めた。
僕たちが旅立ったあとに何があったのかを。
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