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1巻

1-2

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「わかった、そこに樽を置いてくれ」
「はいよっと」

 僕は目の前に置かれた樽の口に向けてコップを傾ける。
 どばばばば。
 水が滝のような勢いでコップから樽に注がれ始めた。
 この一週間、砂漠の中を旅する一団における水の供給係として何度もコップから水を出す作業をしていたおかげか、水量の調整がかなりできるようになっていた。
 今回の旅での唯一の救いは、僕が水をいつでもどこでも出せること。そのおかげで砂漠の旅なのに、水という一番重く重要な荷物を積み込まなくて済んだ。
 空いたスペースには、バードライ家からもらった手切れ金で準備した大量の資材を積み込むことができた。

「坊ちゃんなら領地運営に失敗したとしても、真水が貴重な船乗りとか長距離移動する人たちのところへ行けば重宝ちょうほうされること間違いなしですぜ」

 あの日以来落ち込んでいた僕を、そんな言葉でなぐさめてくれたルゴス。
 今回の追放劇に巻き込まれたというのに、嫌な顔一つせずついてきてくれたことに今更ながら感謝する。
 心の中でね。口にすると恥ずかしいし。

「ありがとよ、坊ちゃん」

 樽一杯に水を注ぎ終えると、彼はとんでもなく重くなっているはずの樽をヒョイッと肩に担ぐ。
 その人間離れした膂力りょりょくには、いつも驚かされる。
 ルゴスとの付き合いも長くなる。
 兄や姉は頑固なこの男のことを嫌っていたが、僕は彼の腕前を高く評価していた。
 丁寧な言葉遣いこそできないが、その仕事はどれもこれも素晴らしいものばかりである。

「そうだ、坊ちゃん。俺らは今から家臣団総出で、この館の修繕をする予定なんですがね」
「わかった。あとは任せるよ、ルゴス」
「おう、任せといてくださいな。とは言っても、これだけボロボロだと最初から建て直す方が早いとは思うんだが……人手も資材も足りねぇからなぁ」
「とりあえずみんなが住めるくらいまで修繕できればいいよ」
「それと馬小屋だな。早めに作ってやんねぇとデルポーンの奴がうるさくってよ」
「馬は大事な労働力になるかもしれないし、デルポーンの望む通りに作ってあげてよ」
「あいつの望み通りに作るとろくでもねぇことになりかねねぇんだけどな。坊ちゃんの頼みじゃ仕方ねぇ」

 ルゴスは樽を抱えている方と逆の手で頭をかきながら、視線を横にいたバトレルに移動させる。

「そうだ、バトレルの爺さんにも頼みたいことがあるんだが」
「何用でございましょう」
「実は、中の掃除をメイドのラファムに頼んだんだけどよ。残ってる調度品とか家具をどうするか爺さんに聞いてきてくれとか言われてよ。なんせ元は貴族様の持ち物だ。俺たちが勝手に捨てたりしたら、問題になりかねねぇからな」
「左様ですか。それでは私も館へ行った方がよろしいでしょうね」
「ああ、頼むぜ。それが済まねぇことには修繕も進まねぇんだわ」

 ルゴスの言葉にうなずき、バトレルは僕に向き直る。

「それでは私は館に向かいますので、坊ちゃまは館が使えるようになるまで馬車でお休みくださいますようお願いします」
「ああ、わかった」
「それでは」

 ルゴスとバトレルは館へ向かっていった。
 その後ろ姿を見送ったあと、僕は館に背を向け町の方を振り返る。

「馬車の中って言われても、この中、とんでもなく暑いんだよな。それに」

 眼下に広がる町を見て、独り言を続ける。

「これから自分が治める町のことを少しくらいは知っておいた方がいいだろう」

 本来なら大貴族の子である僕が護衛もつけず町に出るなど、ありえないことだ。
 けれど、今の僕はその貴族家を追放された身である。
 自暴自棄?
 確かにそれもあるのかもしれない。
 だが僕の心を支配していたのは、どちらかと言えば冒険心だった。
 今まで、ずっと護衛なしで町に出るということはなかった。
 幼い頃、馬車で町を通る時に窓から垣間かいま見た、自由に駆け回る子供たちがうらやましかった。
 今なら。
 僕のことを誰も知らないだろうこの町であれば、僕はあの時の子供たちのように自由に出歩けるかもしれない。
 そういった考えが頭に浮かんだ時、自然に僕の足は町を目指して丘を下り始めていた。
 歩む先にどんな出会いが、そしてどんな未来が待っているかを思い、少しだけ期待しながら。


     ◇     ◇     ◇


「これが僕の治める町か」

 領主館を出たあと、僕は町の中心にあるはずの泉に向かって歩いていた。
 その場所は領民たちが毎日のように集まってにぎやかだと聞く。
 デゼルトや領地についての知識を、短い旅の間に専属教師のエンティア先生から学んだ僕は、ひとまずそこへ向かうことにしたのだ。
 エンティア先生もまた優秀ではあったがゆえに、僕と共にバードライ家を追放された一人であったが、その話はまたいずれするとしよう。
 彼女の話によれば、もともと砂漠にあったオアシスを中心にできたこの町は、四、五年前に大干ばつが起こったせいで泉の水量が一気に減少。
 人々は水を求め町の各所に井戸を掘り、そこから水を得る生活へと変化したという。
 町の中央にあるという小さな泉は、オアシスの今の姿なのだそうな。

「と、馬車の中では聞いていたんだけど」

 僕はたどり着いた、かつて泉があったであろうひび割れたくぼみの前で立ち尽くしていた。
 エンティア先生が言っていたオアシスの場所は、ここで間違いないはずだ。
 しかし泉や植物は既に枯れきって、無残な姿をさらしていた。

「どういうことだ?」

 デゼルトに僕と共に送られることがわかってから、エンティア先生はこの地についての知識を様々な書物を読んで集めたらしい。
 だが、オアシスが完全に枯れてしまったなどという情報はなかった。
 それに……

「毎日人々が集まる賑やかな場所なんじゃなかったのか」

 周りを見渡しても、この窪地くぼちに人の姿はまったくない。
 町の住民たちも枯れてしまった泉を見るのは辛いのだろうか。
 時折通り過ぎる人を見かけるが、こちらに目を向ける者はほとんどいない。
 人々の顔は、誰も彼も覇気はきがなく、声をかけるのもためらわれた。
 そんな時だった。
 枯れ果てた泉のそばでぼーっとしている、見慣れぬ僕のことを不思議に思ったのか、一人の少女が恐る恐るといった風に僕に話しかけてきたのだ。

「あ、あのぅ」
「はい?」

 彼女の年の頃は僕と同じか、やや若いくらいだろうか。
 褐色かっしょくに日焼けした肌は健康的に見えるが、その体は明らかにやせ細っていた。
 不毛の地の栄養問題は、かなり深刻なようだ。
 そしてそれは、僕が解決しなければならない案件の筆頭でもある。

「もしかしてあなた様は、新しく赴任ふにんされた領主様――」

 少女がおずおずと言った。
 新しい領主が赴任することは先触れで伝えてあったが、それが僕だとなぜわかったのか。
 もしかして僕の外見も伝わっていたのだろうか。
 だとすると一人で出歩いたのは、やはり不用心だったかもしれない。

「――の臣下の方でしょうか?」
「ああ、僕が領……え?」
「もしかして違いましたか。すみません」

 どうやら彼女は僕が領主の臣下の一人だと思って話しかけてきたようだ。
 僕は住民の声を聞くよい機会だと思い、話を合わせることにした。

「いや、間違いじゃないよ。突然だったから驚いただけさ。でもどうしてそう思ったんだい?」
「ええ、実は……」

 彼女によれば、先触れで新しい領主が十年以上ぶりにやってくることが伝えられたらしい。
 だが領主がどんな人物なのか等の詳細は、一切伝えられなかった。
 きちんと連絡は届いていたのに、出迎えの一つもなかったのは少し寂しい。

「それで普段町で見かけない僕を、領主様の臣下だろうと?」
「ええ、この町はそれほど大きくなくて、全員顔見知りのようなものですから。外から人がやってくるとすぐわかるんです」

 僕たちは、もともとはオアシスの水辺にあったというベンチに二人で座る。
 ちなみに、このベンチの横にはかつて大きな木が生えていて、木陰こかげを作ってくれていたらしいのだが、泉の水が減ると共に枯れてしまい、今は根を残すのみとなっている。

「私が生まれた頃は、まだこの木も少しは葉をしげらせていたんですよ」

 そう寂しそうに呟く彼女は、バタラと名乗った。
 この町の商店の娘で、時折やってくる行商人から品物を仕入れて生計を立てているとのこと。
 国に見捨てられた町にも行商人はやってくるのかと少し驚きつつも、僕は彼女の話を聞く。

「実はもともとこの泉は、長い間かけてゆっくりと水量が下がってきていたんです」
「そうなんだ。そしてそんな状態にとどめを刺したのが例の大干ばつなんだね」
「はい。いつもなら雨季の間に、水量はある程度回復していたのですが」

 日に日に下がっていく水位に、人々は戦々恐々とした日々を送ってきたらしい。
 なんせこの不毛の地で水は貴重だ。
 その水が手に入らなくなるということは、町の死に直結する。

「今のところ、井戸の水はまだ枯れていませんが、それもいつまで持つか……」
「井戸の水源である地下水も、かなり少なくなっているってことかな」
「そうだと思います。水を節約するために畑も縮小することになって、最近では麦も野菜も不足してきているのです」

 砂漠で畑を維持するためには、かなりの水が必要になるのはわかる。

「今はまだなんとか、狩りで得た肉で食料はまかなえているのですが、井戸の水が枯れてしまえばどうしようもありません」

 隣の町からデゼルトにたどり着くまでの間、少しだが荒れ地の空を飛ぶ鳥を目にしていた。
 町の人たちは、あのような数少ない動物を狩ってかてを得ているという。
 しかし、それだけでは到底、人々全てを養えるとも思えないのだが。
 まだこの町に着いたばかりの僕が知らない狩り場でもあるのだろうか。

「お願いですっ」

 そんなことを考えていると、バタラが突然僕の手を握り頭を下げる。

「どうか、領主様に今の窮状きゅうじょうを伝えていただけないでしょうか。みんなを、町を助けてくださるように。どうか」

 握りしめられた僕の手に、彼女の涙が落ちる。
 王国に見捨てられてもなお、彼女たちはこの過酷な環境で、ずっとデゼルトを守ってきたのだろう。
 もしかしたらそうしなければならない理由があるのかもしれないが、それでも彼女たちはここで暮らしていきたいと願っている。

「ああ、わかった。君の願いを僕は……この地を治める領主として叶えようじゃないか」

 きっと。
 そう、きっと僕の加護コップは、今日のために女神様が与えてくださったものに違いない。
 だったら最初から『神託』の時にそう伝えていてくれれば、悩みもしなかったろうに。

「えっ。領主……様?」

 涙目のまま僕の顔を見つめ返すバタラが、驚いたように目を見開く。

「今から君に奇跡を見せてあげるよ」

 僕は彼女を一人ベンチに残して立ち上がり、枯れ果てたオアシスの中央に向かって歩きだす。
 歩きながら右手に魔力を込めてコップを出現させ、ぐっと握りしめた。
 誰が見ても、『神具』だとは思わないだろう。
 だが、このコップは間違いなく、女神様から僕に託された神の力だ。
 たとえ、ただ水を生み出すという力しか持たなくても。
 王都で何不自由なく暮らしている人たちからすれば、まったく役立たずなガラクタに思えたとしても。
 さぁ、始めよう。

「僕がこの町の……この領地の新たな領主シアン=バードライだ!」

 高らかな宣言と共に、僕が握りしめていた『神具コップ』から、大量の水が枯れたオアシスに降り注いだ。
 どばばばばばばばっ。


 かなりの勢いで水が窪地に流れ込んでいく。
 王都からの旅の途中で、特訓してきた甲斐かいがあったというものだ。
 からびていた底が徐々に湿り気を帯び、やがて水面が形成される。僕のいている靴が水中へ沈み始めた。

「凄い!」

 岸で、バタラが驚きの声を上げて僕を見ている。
 しかし今気がついたが、水を注ぎ込むのに窪地の真ん中近くまで来る必要はあったのだろうか。
 バタラがいる岸から流し込めばよかったのでは?

「いいところを見せようと調子に乗ってしまった……しかし今更あそこまで戻って、チョロチョロと流し込むのもかっこ悪い気がするな」

 僕はチラリと岸で声援を送ってくれているバタラを見る。
 既に足首まで水に浸かってしまっている以上、今更れることを気にしても仕方がない。
 ある程度水が溜まるまではこの場で水を出し続けることに決め、コップに魔力を流し続けた。
 女神様から与えられた力を使うためには、対価として相応の魔力を使う。
 このコップの場合、僕が流し込んだ魔力が変換され、水を生み出しているのだ。
 王国では、女神様から加護を得るための成人の儀は、貴族以外は行わない。
 それは魔力の強い者同士で婚姻するなど、長い年月をかけて魔力の素養を高めてきた貴族以外の階級では、加護を使えないと言われているからだ。
 逆に言えば貴族の子に生まれたにもかかわらず魔力の低い者は、その貴族家から廃籍はいせきされることも珍しくない。
 全ては魔力を高めるためだ。

「ぐっ……」

 水を出せば出すほど、僕の体の中から大量の魔力が吸い出されていく。

「これは思ったよりきつい……か」

 今まで、これほどの量の水を出したことがなかった。
 樽一杯程度ならそれほど魔力が奪われる感覚はなかったが、僕が今泉に注ぎ続けている水はその何十倍もの量である。
 さすがに限界が来る前に一旦休んだ方がいいか。
 そんなことを考えていると、不意に何人もの人々の声が耳に届いた。

「おい、何が起こっているんだ」
「窪地の真ん中にいるあの子は何者なんだ」
「水を作り出してるのか」
「魔法? だとするとまさか貴族様か?」

 町の人々が異変に気づいて次々と集まってきたようだ。
 たぶん、僕を応援する大きなバタラの声が聞こえたのだろう。

「あの人は、今日やってきた新しい領主様なんです」

 バタラがやってきた人々に僕の正体を告げると、口から口へそのことが伝わっていき……
 それにつれて彼らの表情が驚きから喜びへ、そして畏敬いけいへ変化する。

「領主様ーっ!」
「がんばれー!」

 僕の少し苦しげな表情が見えたのか、戸惑いの声が徐々に声援になっていく。
 大丈夫だ。
 まだいける。
 既に水位は、僕の膝上ひざうえあたりまで来ている。
 これが腰のところくらいまであれば大丈夫だろうか?
 感覚としてはギリギリだが、それでも僕は水を出すのをやめなかった。
 ここでやめたら、せっかく僕のことを応援してくれている領民たちとバタラに格好がつかない。
 やがて騒ぎを聞きつけたのか、領主館から何人かの家臣たちがこちらに駆け下りてくるのが目に入った。
 先頭を走って来るのはバトレルだろうか。
 勝手に領主館を離れ、一人でふらふらと出歩いたことを怒られるかもしれないな。
 どばばばばばば。
 そんなことを考えている間も、コップからは水が流れ続ける。
 そして僕の体からは魔力が吸い出され続けていく。
 いつの間にか苦しさは消え、周りの音が遠くなっていくような、不思議な感覚が体を包み込み始めた。

「そろそろいいかな……って、あれ……っ?」

 目標としていた水位に近づいたことで気が緩んだのだろうか。
 一瞬、視界が揺らめく。
 昔、体験したことがある。
 これは魔力切れの兆候ちょうこうだ。
 兄と姉に負けないようにと、毎日夜遅くまで魔力量を増やす訓練をしていた時だったか。
 エンティア先生から『魔力を限界まで消費することによって、回復時に魔力の最大量が増えたという研究結果がある』と聞き、何度も試してきたのだ。
 おかげで今の僕は、たぶん王国でもトップクラスの魔力量を誇っているはずだ。
 明確に数値として表れるものではないから、あくまでも推測でしかないが。

「魔力切れなんて随分……ひさし……ぶり……」

 意識が朦朧もうろうとする中、岸からバタラが水量の増した泉に飛び込んでくるのを目にする。
 まだ注ぎ込んだばかりでにごった水が彼女の服を濡らし汚していくが、彼女は気にもせず、ただ僕だけを見ていた。

「領主様っ‼」

 なんだよ、そんな泣きそうな声を出して。
 僕なら少し休めば大丈夫さ。

「領主様ぁっ‼」
「坊ちゃま!」
「坊ちゃん!」

 どこか遠くからみんなの悲鳴のような叫び声が聞こえる。
『ノブレス・オブリージュ』って言うだろ?
 僕は貴族としての、領主としての義務を果たしているだけだよ。
 もっとめてくれていいのだよ。
 ばさばさばさっ。
 バタラが差し伸べた手をつかもうと、僕はコップを握っていない方の手を差し出し……
 ざっぱーん!
 そして前のめりに水面に向かって倒れ込んだ。
 濁った水が全身を包み込むのを感じながら、僕はそのまま意識を失ったのであった。


     ◇     ◇     ◇


 ここは……どこだ?
 ぼんやりとした意識が覚醒かくせいすると、僕は真っ白な広い部屋の中、ぽつんと一つ置かれた椅子に座っていることに気づいた。
 周りをゆっくりと見回すが、目に入るものは白い壁と床と天井だけで、他には何もない。

「確か僕は魔力切れを起こして、バタラの手を取ろうとして……そして泉の中に倒れ込んだはず」

 もしかすると、あのまま溺れて死んでしまったとか?
 だとすれば間抜けな話だ。
 家族に馬鹿にされ。
 貴族たちにさげすまれ。
 婚約者にも婚約を破棄されて。
 そして国からも見捨てられた不毛の僻地へきちに追放された。
 そんな僕がたくさんの人たちに期待や尊敬に満ちた目で見つめられ声援を受けたら、舞い上がってしまうのも仕方ないではないか。
 僕はうつむいて自分の両手を見つめた。
 そこに握られていたのは、僕が女神様に与えられた小さな一つのコップ。
 水しか出せない、なんの役にも立たないと散々馬鹿にされたコップ。
 けれど、今はデゼルトの町を一時的にとはいえ救うことができた。
 偉大なる神具が、僕の手の中に確かに存在した。
 その時、バタラという名前をふと思い出す。
 魔力切れを起こした僕を助けるために、服が汚れるのも気にせず、濁った水の中を泥まみれで駆けてきたあの少女はどうなったのだろう。
 僕は彼女の願いを叶えて、悲しげな顔を笑顔に変えるために頑張ったのに、最後に見た彼女の表情は笑顔ではなくて――

『目覚めましたか』

 誰もいなかったはずの空間に、突然優しげな女性の声が響く。

「誰?」

 僕はその声にハッとした。
 無意識に強くコップを握りしめていたのか、指の痛みに少し顔をしかめる。

「まさか……女神様?」

 指の力を緩めつつ顔を上げると、そこには一人のやや幼げな女性が気遣わしげな顔で僕を見ていた。
 長く、白く、うっすらと光を放つ髪。
 王国美術館に飾られている、容姿端麗たんれいなエルフ族の絵画もかすむほどの美貌びぼう
 一年ほど前、僕が『神託』を受けた時に出会った女神様が、変わらない姿でそこにたたずんでいた。
 僕はあの日と同じように、一瞬その美しさに意識の全てを持っていかれそうになる。

『お久しぶりですね、シアン=バードライ』

 鈴を転がすような声が、僕の意識をつなぎ止めた。
 ああ、この声。
 今目の前にいるのは、間違いなくあの女神様だ。
 僕は慌てて椅子から降り、地面に片膝をつき礼をとる。

『そんなにかしこまらなくてもいいのですよ』
「いいえ、そういうわけにはまいりません」
『相変わらず頑固なのですね』

 女神様はそう言って小さく笑い声を漏らした。


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