異世界ソロ暮らし 田舎の家ごと山奥に転生したので、自由気ままなスローライフ始めました。

長尾 隆生

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炭火の魔力

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 井戸の横には先日俺が魚を外で捌くためにと作ったヒエン竹と木で作った簡易台所がある。
 俺は井戸の水を汲み上げると、その水で台所全体を洗い流してから、同じく水洗いした自家製まな板をその上に置く。


「さてやりますか」

 一人暮らしの間に魚の捌き方をネット動画で覚えてはいたが、実際に捌いた回数は数回だ。
 鱗とりやら骨やらなにやらの始末が面倒くさくて、すぐに出来合いのものしか買わなくなった俺だが、この世界ではそうもいかない。

 俺は虹銀魚をクーラーボックスから取り出し、水洗いしてまな板の上に置く。
 綺麗な鱗の輝きに見とれそうになるが、その鱗こそ魚料理最初の壁である。
 というわけでまずは鱗取りからだ。

「じゃじゃーん! カレースプーン!」

 誰も見てないのに某ネコ型ロボットのような台詞を口にしながらカレースプーンを天に掲げる。
 魚の鱗を取るには鱗取り器というようなものも存在するのだが、生憎我が家の台所には見当たらなかった。
 包丁の背を使ったりする方法もあるのだが、俺はお手軽さでこのカレースプーンを使った鱗取りをすることにしたのである。

「このパリパリッとした感触がたまらないんだよな」

 スプーンを尾の方から頭の方へ、魚の表面をなぞるように動かすと、パリパリと鱗が爆ぜるように取れていく振動が手に伝わる。
 魚の処理はまだ慣れていないが、このところ連日で捌いていたおかげで随分と手際は良くなった気がする。
 それもこれも母さんがレシピ本に、魚の捌き方を図付きで書き残してくれたからだ。

「お湯を掛けると取りやすくなるんだけどさ」

 品質鑑定で虹銀魚の鱗はアートの素材に使われると記載されていた。
 お湯を掛けると虹銀魚の綺麗な鱗がくすんでしまいかねない。

「飛び散った鱗もあとで拾わなきゃな」

 そんなことを考えながら、俺は鱗が飛び散らないようにスプーンの角度を低くしながら鱗を取り除いていく。
 陽光にあたると鱗が輝くおかげで、剥がし残しがあればすぐにわかるのもありがたい。

「こんなところか。さて次は内臓を取り出してっと」

 スプーンを包丁に持ち替え、俺は慎重に虹銀魚の腹を切り開く。
 そして内臓を生ゴミ用のバケツに入れてから、塩を混ぜた井戸水で魚の腹の中を軽く洗い流す。
 母さんのレシピ本によると、塩水で洗うと臭みが取れて身が引き締まるのだそうな。
 ちなみに生ゴミは生ゴミ処理機を使って畑の肥料にするので無駄は一切ないことも付け加えておく。

「出来上がりっと。さすがにこの大きさの魚の処理はまだ時間が掛かるな」

 俺は処理を終えた虹銀魚をエレーナが井戸の横に準備しておいてくれたトレイに乗せる。
 頭と尻尾がはみ出すがしかたない。

「さて、このまま一気に全部処理していくぜ」

 そうして俺は釣ってきた全ての魚の処理を同じように済ますと、魚を満載したトレイを持ってエレーナの元に向かった。

「お疲れ様です。火起こしは終わってますよ」
「おっ、良い感じの火加減だな。早速焼き始めよう」
「はい。それじゃあ網を乗せますね」

 エレーナがそういって脇に置いてあったヒエン竹で作った網を焜炉の上に乗せる。
 焔竜えんりゅうのブレスでも燃えない竹というのは本当に便利だ。
 鍛冶仕事で日頃からよく火を使うドワーフたちが重宝がるのもわかる。

「ハケで油を塗ってっと」

 調理用のハケで網に油を塗っていく。
 初めて魚をヒエン竹の上で焼いたときに皮がくっついて大変なことになって以来、この方法で何かを焼く前には油を塗ることにしている。

「最初は小さい魚から――と見せかけて、今日一番の大物からだ!」
「はみ出ちゃいますよ?」
「大丈夫、斜めに置けば……ほら、ギリギリ網の上に全部乗るだろ」

 内心では頭くらい落としておけば良かったと思いつつ、俺は30センチもある虹銀魚を炭火で焼き始めた。
 この炭はダスカール王国で作っている炭で、ヒノキという木を材料にして作られたものだ。
 前世でも同じ名前の木はあるが、あのヒノキとこちらの世界のヒノキが同じものかは俺には解らない。
 ただドワーフたちが言うにはヒノキを使った炭は非常に高品質で火力も強く、料理から鍛冶まで何にでも使えるのだとか。

「でも、お手伝いのお礼が炭で本当に良かったんですか?」

 ダスカール王国での戦いの後も、何度か転送魔道具を使って俺たちは王都で復興の手伝いをした。

「お母様もフィルモア公爵も、お金でも何でも褒賞として渡したいと言っていたのに」
「う~ん。王国はまだまだこれから復興にお金も資材も必要だろ?」


 焔竜――というか、焔竜の力の一部を身に宿した元王位継承第一位のルーティカ皇太子が暴れたせいで、王都とその近隣にあった森や草原、畑などは無残に燃え尽きた姿になっていた。
 そのままだと復興にかなり時間が掛かり、食料なども不足してしまうということで、エリネスさんに頼まれて俺は密かに王都と王都周辺のそれらを緑の手グリーンハンドを使い、ある程度まで復活させたのである。
 おかげで今まで力加減がわからず使いこなせていなかった緑の手グリーンハンドが、ある程度は思うとおりに制御出来るようになったのは嬉しい誤算だった。

「だから俺が貰うわけにはいかないと思ってさ」
「それはそうですけど」
「それにさ」

 俺はヒエン竹で作った火かき棒で炭の位置を調整しながら続ける。

「山の中でのスローライフには炭がピッタリだと前々から思ってたんだよ」

 こんな所に住んでいるのに、女神様と魔導器具のおかげで前世と変わらない便利な生活を送れている。
 そのことに関しては感謝しているし、もし家も魔導器具もない状態で異世界に放り出されていたら、今頃の飢え死にしていたかもしれない。
 だけど、せっかく森の木々に囲まれたおのシチュエーションの中で、魔導器具のIHコンロで料理をすると言うのは味気なさすぎると俺は思っていた。

「だから『炭』なんですか?」
「そういうこと。あとは門外不出の炭作りの方法も教えて貰った上に――」

 俺は火かき棒をバーベキューコンロの横に立てかけると、菜箸に持ち変える。

「っと、もうそろそろひっくり返した方がよさそうだ」

 ヒノキの炭は火力が強い。
 まさに『火の木』だ。
 なので油断していると真っ黒焦げになってしまう。

「尻尾を持ちますね」
「ああ、俺は頭の方だ。いくぞ、せーのっ」

 俺はエレーナとタイミングを合わせて虹銀魚を持ち上げると、くるっと一回転させる。
 じゅわーっ。
 魚から染み出た油が炭に落ちて、香ばしい香りを煙と共に立ち上らせた。

「結構脂がのってる魚なんだな」

 そういえば品質鑑定で『皮下にゼラチン質を多く含む』とかあったっけ。

「美味しそうな匂いがします」
『ぴぎゅう!』

 いつの間にか縁側で惰眠をむさぼっていたはずのウリドラがエレーナの足下にやって来ていて鼻を鳴らす。
 口元から落ちた涎が、ひとしずく地面を濡らす。

「ったく。お前は食い物の臭いがしたらすぐに起きてくるよな」
『ぴっ!』
「え? 美味しそうな臭いがしたら目が覚めるのは当たり前だって?」

 そういうもんか?
 ただ単にウリドラが食い意地張っているだけなんじゃなかろうか。

 そんなことを考えている間にも、炭火の遠赤外線がじっくりと虹銀魚の身を焼いていく。

「もう少しで焼けそうですし、大きめのお皿持って来ますね。たしか台所の下の棚にありましたから」
「ん? ああ、たしかにここにある皿じゃ乗りそうにないもんな。頼むよ」

 やっぱり半分くらいに切ってから焼けば良かったな。

「でも大きな魚をまるごと焼いて食べるってのもやってみたかったしさ」

 俺はそんな言葉を溢しながら、菜箸で魚の焼け具合を確認しながら、エレーナの戻りを待つのだった。


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