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第三章 新生活の始まり(※書籍2巻からの続きとなります)

意外な決着

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 つるん。

「やっぱだめかぁって、危なっ」

 テンイールの体表でぬめり、バランスを崩したところに、その尾ひれが叩き付けられる。
 慌てて俺は地面を蹴って一旦距離を置くと、拳を振って粘液を払い落とした。

「タクミ様」
「なんですか?」
「私なら光の剣でテンイールを倒せるかもしれません。ためしてみても良いでしょうか?」

 たしかにエリネスさんの光の剣なら、あの滑りごと切り刻めるかもしれない。

「お願いします」

 泉にウネウネと逃げ込んでいくテンイールから目を離さずにそう答えると、エリネスさんが木の陰から出て来る。

「俺が囮になりますから、ヤツが地面に落ちたタイミングで攻撃してください」
「わかりましたわ」

 返事と共にエリネスさんの手に光の剣が顕現する。
 何度見てもかっこいい。
 これが物語だったら、粘液如きに苦労して拳をぬめらせている俺じゃ無く、確実に彼女が主人公だろう。

「あっ。出来れば切り落とすのは頭だけにしておいて貰えると助かります」
「貴重な食料ですものね」

 エレーナと違い、エリネスさんはテンイールを食べると言ったことを普通に受け入れてくれたようだ。
 生まれた時からお嬢様育ちというわけでなく、辺境の地でかなり『おてんば』に育ってきた彼女らしい。
 その『おてんば』がどれほどだったのかは、彼女の光の剣捌きを見れば容易く想像が付く。

 そんなことを考えつつ、俺は意識を泉に向ける。

「俺を喰うことを諦めないでくれよ」

 泉に逃げ込んだテンイールが、そのまま深淵に帰ってしまえば倒すチャンスは無い。
 そうなると今夜の食事の楽しみが無くなるだけでなく、今後この泉を利用するのが難しくなってしまう。
 泉の主だろうテンイールが人間を襲わない魚であれば問題は無かったが、明らかに俺たちを餌にしようとして来ている以上は、鰻を食べたいという下心を置いてもここで倒しておくべきだ。

「よし、まだ俺を狙うつもりだ」

 ぐるぐると先ほどと同じように泉の中を周回する姿を見て、俺はホッと息を吐く。
 飛び上がるための助走だろう。
 ヤツの泳ぐ速度が徐々に増していく。

「頑張ってください、お母様っ!」

 エレーナの声援に合わせたかのように、ぐるぐる回っていたテンイールが、その速度を維持したまま泉の中央の深淵部分に向かう。
 そして数メートルほど潜り込んだあと、体を一気に水面にむかって反転させる。

「来ます!」
「はいっ!」

 俺はテンイールの攻撃を避けるために、僅かに腰を落として足に力を込める。
 と同時に俺のゾーンが発動して、水面を突き破る巨体の動きがスローモーションと化した。

「ギリギリまで引きつけるっ」

 心の中でそう呟く俺の体にテンイールの影が落ちる。
 今までで一番高く跳躍した巨体が、泉の上空から差し込む陽の光を隠したのだ。

 とはいえやることは変わらない。
 俺はただ落ちてくるヤツの攻撃を躱し、後をエリネスさんに託すだけだ。

「は?」

 なのに。

『グモォォォ』

 空高く飛び上がったテンイールが、その最高到着点から一向に落ちてこないまま、長い体をうねらせて周囲に粘液を飛ばし出したのだ。
 まさか空を飛ぶ力もあるのか。
 それにこの粘液はまさか――

「エリネスさん! 粘液に毒か何かがあるかもしれません! 逃げてくださいっ」

 飛行能力も粘液攻撃も、今まで隠していたテンイールの奥の手に違いない。
 俺はそう判断して、降り注ぐ粘液を避けながらエリネスさんに向かって叫んだ。
 そのときだった。

『コカーッ!』

 頭上から聞き慣れた鳴き声が轟き、森に響き渡った。

「あの声は……アレウス?」
『コカッコカーッ!』

 俺は足を止め、鳴き声の元を探すべく天を見上げる。
 蠢くテンイールの巨体にばかり意識を取られていて気がつかなかったが、その陰から羽ばたく虹色の羽が覘き。

『コカーッ!』

 一際高い鳴き声と同時に鈍い音が木霊したかと思うと、テンイールの体が大きく波打つ。
 アレウスが、その鋭いクチバシをテンイールの頭に突き刺したのだ。

「エグいことするなぁ……」

 脳天を貫かれたテンイールは、びくりびくりと数度痙攣したように体を動かし、そのままだらりと動きを止める。
 どうやらアレウスの一撃は、的確にテンイールの急所を貫いたらしい。

「あらあら、うふふ。私の出番は無かったようですわね」

 エリネスさんが笑いながら光の剣を消す。
 一方、俺が予想外の出来事に唖然と空を見上げていると。

『コカーッ』
『こけっこけっ』

 可愛らしい鳴き声と共に、ばさばさっと小さな羽ばたき音が聞こえ、アレウスの背からディーテが飛び降りてきた。
 まさかディーテを乗せたままだとは思わなかった俺は、慌てて落ちてくるディーテの落下地点に向かうのだった。

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