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第三章 新生活の始まり(※書籍2巻からの続きとなります)

新しい日常

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「とりあえずこんなもんか」

 午前中の畑仕事を追えた俺は、軽く腰を叩きながら本日の成果を眺める。

 今日は、畑とその周りに生えた雑草を抜くという作業をずっと行っていた。
 ずっとしゃがみ込んで、地面から草を取り除くという単純作業は、体よりも神経に疲れが出る。
 というか種のおかげもあってか、腰の痛みや疲れはほとんど感じない様になっているはずなのに、つい腰を叩いてしまうのは何故だろうか。

「ともかく初めて植えたにしては立派なもんだ」

 畑の畝には既にいくつかの野菜が実り始めている。
 ただ、 ファルナスやサーディスの商店で売っていた野菜に比べると、どの野菜もかなり小ぶりなのだけが気になる。
 キャベツは前世のキャベツの半分程度、ニンジンも細く短い。
 アマアマイモは土の中なので調べられないが、たぶん同じように小ぶりな芋が出来ていると思う。

「緑の手の力をセーブしすぎたかな? でもまだ感覚が掴めなてないんだよな」

 農作業に関して俺はズブの素人である。
 緑の手さえあればなんとかなるんじゃないかと考えていたが、どうやら農業というのはそんなに甘いものではないらしい。

「とりあえず明日には最初の収穫は出来そうだし、ファルナスに行くかな」

 薬草の育て方について詳しいファウナさんなら、もしかすると野菜の栽培についてもよく知っているんじゃないだろうか。
 他にもトルタスさんなら、ファルナスで野菜を作っている農家の人とも繋がりがあるかも知れない。
 あまり街の中を見て回る時間は無かったけれど、街の外にいくつか畑らしきものはあった記憶がある。
 この辺りは女神様が言っていた様に強い魔物や動物はあまりいない。
 そのおかげで頑丈な壁に囲まれた街の中でなく、外でも野菜の栽培が可能なのだろう。
 一応、その畑は柵に囲まれていたが、前世の田舎で見かけた一メートルも高さのない猪避けのようなものでしかなかった。
 ウリドラの母親くらいの獣が突っ込めば、あっさり突破出来てしまうだろうが、逆に言えばそれはファルナス近辺にはそんな獣も魔物もいないという証左でもある。

「何度か家の周りの森を散策してみたけど、ワイルドボアなんてどこにもいなかったもんな。いったいウリドラたちはどこから来たんだか」

 とはいえワイルドボアは、魔物ではなく獣だ。
 つまり魔力が薄い地域に住んでいてもおかしくはないし、何処か遠くの地から何かしら訳あってこの山にやって来たのだろう。

 魔物の場合は、魔力を糧にしているのもあって、魔力が薄い地では消費する魔力量を補充することもままならないまま弱り死んでいくらしい。
 だけど獣であるワイルドボアは、餌さえあればこの辺りでも生きていける。

 しかし不運にもこの辺りを縄張りにしていた狼どもに見つかり襲われ、自らの子であるウリドラを守る為に戦い命を失ってしまった。

「そういえばウリドラはドラゴンらしいから魔物だよな?」

 俺は今日も縁側で居眠りしている球体に目を向ける。
 暖かな日差しを受けて、やわらかそうな体毛を揺らしながら眠るその姿からは、魔力の薄さが影響してる気配を微塵も感じない。

「もしかして獣と魔物の間の子だと、土地の魔力量に影響を受けないってことか? だとしたら、もし凶悪な魔物と獣が交わった魔物がいたとして、そんな魔物なら世界中何処にでも現れる可能性があるってわけか」

 でもそんな話は今まで聞いた事は無い。
 と言っても、ウリドラの正体を知っているのは俺だけだ。
 エレーナたちにも、この地方に住むワイルドボアの変種だとしか伝えていない。

「だって『ドラゴン』だもんな……」

 この世界におけるドラゴン――竜種は、どうやら畏怖の存在だとのこと。
 と言うのも、かつてこの世界の国々を滅亡寸前まで追い詰めた魔物の軍団において、その旗頭になっていたのがドラゴンだったからだ。
 当時のことについて、女神様から詳しく聞いてはいないが、エリネスの話によるとドワーフの国を襲ったのは焰竜と呼ばれるファイヤードラゴンで、国中を火の海にされたとか。
 炎耐性の高いドワーフでなければ、異世界の授け人たちが現れる前に滅んでいたかもしれないと、言い伝えられているらしい。

「たしか倒した後に残された『焔の宝珠』とかだけは今も王城の地下にあるらしいけど、一度見てみたいな」

 つまり前世で言うドロップアイテムみたいなものなのだろう。
 最強の魔物を倒すとレアアイテムが手に入るのはお約束だ。

「いやいや、ゲームじゃないんだから」

 焔の宝珠はその名が示すとおり焔の力を宿した球体で、ドラゴンの力の源だと言われているらしい。
 いわゆるコアってやつだろう。
 強大な魔力の固まりであるそれは授け人たちの力を持ってしてもすぐに消滅させることは出来なかった。
 なので彼らは長い年月を掛けて宝玉から力をゆっくりと吸い出す仕組みを作ったのだという。
 そしてその吸い出された力は今、ダスカール王国を支える重要なエネルギー源の一つとなっている。

「王都中の炉を賄えるくらいのエネルギーをずっと吸い出されてもまだ尽きないって、流石ドラゴンのコア」

 それほどの力を持つ焰竜を相手にして倒した授け人たちってどれだけ強かったのだろうか。
 たぶん今の俺なんて足下にも及ばないんだろうな。

「でもまぁ俺はこの世界に戦いに来たわけじゃないし、今はもうドラゴンみたいな世界を滅ぼしかける位強い魔物はいないってエレーナも言ってたから、これ以上強くなる必要はないよな。それにこれ以上種にたよってちゃ自分の体が制御出来なくなりそうだし」

 とはいえ『まりょく』だけはなんとかしたいところだ。
 この世界でのステータス同士の関連性はよくわかってないが、魔力の高さと魔法に対する耐性は比例するんじゃないかと考えている。
 なぜなら実際に俺自身が物理攻撃に対しては強いのに、魔法の攻撃に関してはからっきしだからだ。

「久々にステータスでも見てみるかな」

 俺は自分自身に向かって【品質鑑定】を使ってみる。

=========

名前:田中 拓海
種族:人族Ω
性別:男
年齢:21歳
属性:無
職業:見習い農家

HP 100/100 MP 2/2

ちから   186
ぼうぎょ  214
スタミナ  128
すばやさ  52
まりょく    1
きようさ  117

=========

=========

【各種耐性】

物理耐性 128
火耐性   1
水耐性   1
風耐性   1
土耐性   1
精神耐性 20

【保有能力】

緑の手グリーンハンド
ゾーン

=========


 相変わらず『まりょく』の値は増えていない。
 そして同じく耐性も低いままだ。

「火、水、風、土の耐性ってのが本当に魔法耐性なのかはわかんないけどさ」

 日常生活で土や水を触ってダメージを受けたりすることもないし、少し位強い風が吹いたところで死にかけたりすることはないし、何より『まりょく』の値と比例してる以上、間違いないとは思うが。

「エレーナに火魔法をぶつけて貰って試すのも怖いし」

 今度、女神様に聞いておこう。
 俺は心の中の『女神様への質問リスト』にその疑問を追加する。

「シーダさんが魔力を増やす種を見つけてくれるのを祈るしか無いな」

 そんなことを呟きながら俺は畑仕事に使った農具を地面から拾い上げると、そのまま納屋に片付ける。
 昼からは畑仕事を休憩して、エレーナとエリネスさんと共に家の周囲の森を探索する予定なのだ。
 とはいえ闇雲に森の中を彷徨いても仕方が無いので、今日はエレーナがダークタイガーに襲われていた例の泉を目指すことになっている。
 あのときは俺もかなりテンパっていたのもあって、一番近くにある泉だというのに何も調べず帰ってきてしまった。

「綺麗な泉だったくらいしか覚えてないもんな」

 今回、余裕が出来てやっと家の周りの状況を調べようとなったときに真っ先に思い浮かんだのはあの泉だ。
 というか、それ以外は街道しか知らないわけだから、他の場所が出てくるわけはないのだが。

「食べられる魚とかいるかもしんないし、泉の周りって他にも茸とか採れたりして」

 魔導蔵にまだまだ食料が残っているとはいえ、それもいつか尽きる。
 野菜は緑の手《グリーンハンド》とシーダさんのおかげで目処は付いたし、卵も近いうちにディーテが産んでくれるはずだ。
 だけどそれ以外の食物に関しては街で買うか自力で手に入れないといけない。
 特に問題なのは魚や肉などの生ものだ。
 この世界ではマジックバッグやマジックボックスは貴重品な上に、入れたものの状態を保存する機能があるようなものは更に少ない。
 なので魚や肉のような生ものを長距離運ぶ為には、氷系統の魔法が使える魔法使いを雇うのが普通らしい。
 そしてそんな魔法使いを雇う余裕のあるのは貴族や大商会の商人くらいで、ファルナスのような小規模の新興都市にやってくる事は稀なのだとか。

 とはいえファルナスは山に囲まれているため、肉に関しては獣を狩れば自給自足が可能なので誰も問題にしてはいない。
 魚についても、俺はまだ行ったことは無いが、待ちから半日くらい離れた場所に川があってそこで川魚や海老、蟹も捕れるという。

「そういえばバルガスさんたちも、暇なときは狩りに行くとか言ってたっけ」

 田舎の町であるファルナスでは、傭兵の仕事はそこまで多くはない。
 主に商隊の警護や、定期的に行われる街周辺の安全確保、街道の保全などが彼らの仕事だ。

 商隊の警護以外は、本来なら国がやるべき仕事じゃないかと思わなくもないが、独立性の高いエルフ族の国であるこの地では、なるべくその地方に住む者達が自分たちの生活インフラを守るというのが当然らしい。
 とはいえ先日サーディスに向かう為に通った主要な街道については国が常に兵士を巡回させて、警備や保全をしているという。
 いつの時代も何処の世界でも街道は生命線だ。
 主要街道ともなれば特に。

「タクミさーん」

 農具の片付けを終えて井戸で手を洗っていると、エレーナが玄関から出て来て、畑の方に向かって俺の名を呼んだ。

「こっちこっち」
「あっ、もう終わってたんですね」

 俺の声にエレーナは振り返る。
 サーディスで買った異世界風の服に、我が家に置いてあったエプロンを身につけ、頭に三角巾を巻いている姿は、妙に様になっていた。

「ああ。思ったよりやることがなくてね」

 俺は井戸のポンプに引っかけて置いたタオルで手を拭くと、そのタオルを首にかけて玄関に向かう。

「お昼が出来たんで呼びに来たんですけど、ちょうど良かったみたいですね」
「俺もそろそろかなって思って切り上げることにしたんだ。ん? この匂いは……」

 エレーナに続いて玄関に入ると、鼻腔を何やら醤油の匂いの混じった甘い香りが刺激する。

「今日のお昼ご飯は『肉じゃが』を作ってみたんです」
「こっちの世界にも肉じゃがってあるんだ」

 驚きながら靴を靴箱にしまっていると。

「ないですよ」
「え?」

 エレーナの口から予想外の返事が出て来て手を止め、思わず振り返る。

「これです」

 そんな俺の目の前に、エレーナは一冊の古びたノートを嬉しそうな顔で差し出した。
 なんだろう。
 ノート自体は日本で昔からある有名な大学ノートで、この世界のものでは無いのは確かだ。
 だとするとこの家の中に置いてあったものだろうけど、 見覚えがあるようなないような……。

「そのノートは?」

 俺は首を捻りながらエレーナに尋ねる。

「えっ、知らないんですか? これですよ」

 その問い掛けにエレーナは驚きながらノートの裏表をひっくり返して見せた。
 どうやらエレーナが向けて居たのは裏表紙だったらしく、表にはそのノートのタイトルがちゃんと書かれていた。

「……秘伝レシピメモ……?」

 ノートの表紙に控えめに書かれていた文字に見覚えがある。
 これは母さんの字だ。
 ということは。

「妹さんの部屋の本棚に置いてあったんです」
「そんな所に?」
「はい。漫画……というものを読んで見ようとおもって本棚を見たら、本と本の間に挟まってて」

 女神様の力なのか、この家の中のものに関しては異世界言語で書かれているものもエレーナたちでも読むことが出来るらしい。
 そのことを知ったのはファルナスに向かう直前だった。
 どうりて最初にあったときからずっと文字に関してエレーナたちから質問がなかったわけだと、それを知った時に納得がいったものだ。
 逆翻訳魔法みたいなものが家全体に掛かっているのかもしれないと、そのときは考えていたことを今さらながらに差し出されたレシピ帳を見て思いだした。

「俺はこんなの知らないけど、アイツのために母さんが作ったんだろうか」

 俺はレシピ帳を受け取って開く。
 そこには懐かしい母の文字で様々な家庭料理のレシピが図解入りで記されていた。
 予想通り妹のために母が作ったものらしく、所々に妹に向けてだろう言葉が見受けられる。

「凄くわかりやすく書いて貰ってて、母も感心してました」
「あの人、変に凝り性だったもんなぁ」

 俺は今は亡き母のことを思い出しながらページをめくっていく。
 そして件の肉じゃがレシピにたどり着いた時だった。
 レシピの片隅の小さな文字に気がついた。

「タクミさんの大好物……なんですよね?」

 そこには『拓海の大好物。甘めの方が喜ぶ』と懐かしい母の文字があった。

「あ、ああ……そう……だった」

 確かに小さな頃は甘い肉じゃがが大好きだった。
 でもいつからだろう。
 昔はあれほど好きだった母の作る肉じゃがの甘さが苦手になったのは。
 このレシピがいつ書かれたのかはわからないが、高校に上がる頃には既に俺はもう少し甘くないほうがいいって何度も伝えていたはずだ。

「私たちは肉じゃがって料理を食べたことがないので上手に出来たかどうかわかりませんけど」

 エレーナは玄関から台所へ向かいながら、僅かに不安の色を含んだ声で言葉を紡ぐ。

「それでも拓海さんのお母様に負けないくらい美味しい肉じゃがが出来たって思ってます」
「心配なんてしてないさ」

 俺は昔を思い出したせいで少しだけ浮びかけた涙を袖で拭きながら玄関を上がる。
 そして何事もないようにそう答えてから。

「なんだってエリネスさんが一緒に料理してくれてたんだから」

 と、戯けた言葉を口にしたのだった。
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