上 下
9 / 9

8

しおりを挟む

 

 ひなたを公園で下ろした後、少し走ったところで車を止めて一服する。

 煙で肺を満たした後、細く長く吐き出す。灰色が輪郭をぼかして消えていく様を追いながらここ数日のことを考える。俺はいったいどうしてしまったのだろうか。
 自分がこれからどうしたいのか、そのために何をするべきかを考える。
 夏樹が持ってきた資料にもう一度目を通す。どの家も色々と抱えているものだ。やりようはいくらでもある



 道の向こうを誰かが横切るのが見えた。ひなただ。ふらふらとキャリーバッグとボストンバッグを持って公園の中に入っていく。先程ここで別れた時は帰れることに安心した様子であったというのにこの短時間で何かあったのだろうか。夏樹が調べた情報から判断するに何かあったとしてもおかしくはないはないが。

 ひなたはベンチに座るとそのままただ呆然と前も見つめていた。俺も特に何かするというわけではなくそんなひなたを遠くから見ている。
 砂場で遊ぶ子供達を見てここでひなたも幼い頃は遊んだのだろうか、などというどうでもいいことを考える。



 すっかり日も暮れて肌寒くなってきてもひなたはまだそこを動こうとはしなかった。いつまでここにいるつもりだ。ひなたの体は細く、無駄な脂肪なんてものは付いていなかった。これ以上ここにいては身体に良くない筈だ。
 どうしたものかと考えたのち

「おい」

 声をかけることにしたのだ。




 _________________________
 _______________
 _______

 そのうちまた連れてこようとは思ってはいたがまさか今日の今日になるとは思ってもみなかった。

 ひなたは車に揺られている間も俺の部屋についた後も心ここにあらずといった様子だ。
 リビングのソファーに座らせるとホットミルクを作って渡す。
 小さな身体を丸めてちびちびと口をつける様子はまるで子猫のようだ。
 落ち着いた頃合いを見計らって口を開いた。

「それで、なんでまたあんなところにいたんだ」
「…消えてって言われたんです……」

 マグカップの中を見たまま小さく言葉が返ってきた。

「お前はなんか悪いことでもしたのか」
「そう、ですね…私のせいなんです…
 私のせいで父が亡くなってしまったんです」
「何があったのかは知らないがわざとだったわけじゃないんだろ」

 嘘だ。何があったのかは知っている。夏樹が調べた資料に書いてあった。
 ひなたの父・氷室克哉ひむろかつや。妻と2人の娘がいる。3ヶ月前に交通事故に巻き込まれ、病院に運ばれる前に死亡。経営していた会社には借金3000万有り。借金は保険によって大部分は返済された模様。なお、__________。
 ざっと目を通した資料には他にも色々な情報がのっていた。

 パッと顔を上げて真っ直ぐに俺を見つめる。ポロポロと涙を流して目元は赤くなっている。

「もちろん!もちろんです…!父のこと大好きだったんです…わざとなわけないじゃないですか…!
 でも、私がわがまま言ったせいで父は交通事故にあってしまったんです。私の誕生日にケーキを買ってきて欲しいってお願いしてたんです。その帰り道に事故に遭って…私が殺したと言われても否定できません…」
「それは違うだろ。事故を起こした奴が悪いんじゃないのか」
「それは…でも母も妹もみんなお前が悪いって言いますし、私自身もあのときわがまま言わなければこんなことにはならなかったって考えてますし…」

 うっうっと嗚咽を漏らして泣き出してしまった。
 そう、資料にあった事故の日付はひなたの誕生日のものであった。自分のせいで愛する父が死んでしまったと自責の念に駆られるのも無理もない展開だ。おまけに残された家族にも責められてそんな事ないと言える精神の持ち主の方が希少だろう。

「残された父の会社の借金があってお金が必要だったんです…だから頑張って働いてお金を用意すれば少しは許してもらえるんじゃないかって思ったんです。
 でも母に出て行けと視界から消えろと言われまして…そうですよね、お金なんかあったって父は戻ってこないですし私が父の事故を引き起こしてしまった事実が消えることはありません。
 でもいざ消えろと言われたら頭が真っ白になってどうしていいのかわからなくて、そもそも私に行くところなんてありませんしお金もありませんし…」
「なるほど。それで俺の誘いに乗ったってわけか」
「はい…頼れる友達もいなくて…母に許してもらえるよう努力するつもりですが、しばらくは無理だと思いますし…
 働いてお金ができたらすぐに出ていきます…!少しの間だけ置いてください…!」

 おおよそ予想通りの展開だ。まああの母親が許すとは思えないがそれもまた俺にとっては好都合、そう言うことなら話は早い。


「行く当てがないなら好きなだけここにいろ。だがその代わり…」

 トンとひなたの肩を押す

 ドサッ

 リビングのソファーに押し倒すとそのままその柔らかな唇にかぶりつく。クチュクチュといやらしい水音が辺りに響く。眉を歪ませてギュッと目を瞑って為されるがままのひなたを見ているとじんわりと何かが満たされていく感覚がする。

 クチュ

 上の歯列をなぞって、舌を絡ませて

 ジュルリ

 唾液を流し込み続ければやがてコクリと飲みくだす。白い喉が音を立てて動くその様が俺の劣情を掻き立てる。

「ッァ、やぁ」

 本能的に逃れようとする身体を抱きとめて頭にも腕を回す。離れてしまった唇を再び重ねてもっと深くまで舌を差し込み蹂躙する。
 抵抗する力も徐々に弱まり完全に俺の腕に体重を預けてなされるがままだ。
 服の隙間から手を差し込んでブラのホックを外しツーと背骨に沿って指を這わせればピクピクと体を震わせて目尻に涙を浮かべる。
 頬も赤く染め上げてしまって、初めての夜と比べても明らかに快楽に従順になっているようだ。
 その証拠に初めは一方的に絡ませていた俺の舌にひなたのそれが絡みついてクチュクチュと激しく蠢いている。俺の手でこいつの身体を変えたのだと思うと頭がカッと熱くなった。
 もっともっと深く味わって骨の髄まで貪りたい。この衝動を抑えることなく何度も角度を変えて唇を重ねる。
 やわやわと胸を揉みしだきながら時折硬くなった先端に掠めるように軽く触れるとビクンと大きく腰が跳ねる。塞がれた口の合間から漏れる嬌声が俺の鼓膜を震わせる。ひなたは体が押さえ込まれてロクに身動きが取れず快感を逃すこともできないようで、与えられた快感をただ享受して俺の腕の中でビクビク震えている姿にまた頭に熱が集まる。


 しばらくそうして熱が引いてきた頃、チュポンと音を立てて舌を引き抜くと名残惜しそうにひなたの赤く腫れぼったくなった舌が小さな口から顔を出した。
 少しだけのつもりが思ったよりも長くしてしまった。

 舌をしまうのも忘れて子犬のようにハァハァと荒い呼吸を繰り返す姿のなんと哀れなことか。だらりと腕が垂れて背をソファに預け俺を潤んだ瞳で見上げている。

「ここに置く間、お前は俺のものだ。いいな」

 はだけた胸元を隠すこともしないで、整わない息のまま可哀想な獲物はこくりと頷いた。




 腰が抜けてしまったひなたを抱き上げて客室のベッドまで運ぶ。
 おどおどと俺を見上げる姿はあまりに滑稽だ。

「心配しなくても今日は抱かない。風呂も明日にして今日はもうゆっくり休め」

 また襲われるとでも思っていたようだが今日のところはやめといてやることにする。ベッドに下ろすとそのまま客室を後にした。



 身体も精神も消耗しきっている今は快楽漬けにして身体から堕とすには絶好の機会ともいえるがそれでは面白くもなんとも無い。ひなたの中で俺はすでに最低な男だ。逆に言えばこれ以上悪く思われることもそうそう無いとも言える。だからここは焦らずじっくり攻めるべきだ。優しさに飢えてるあいつに偽りの甘い餌をやって俺に依存させてしまえばいい。
 どん底の人間は手を差し伸べられると無意識にその手を取ってしまう。可哀想に、自分を無理やり犯すような男が"優しい"わけがないと言うのに。そんなこともわからずにすやすやと眠っているあいつは危機意識というものがまるでない。まあ、そんなものはあったところで壊してしまえばいいのだ。
 夏樹の持ってきた資料を見るに、俺が少し手を加えればあの家からひなたを追い出す段取りをつけることは容易だと判断していた。まあ、その必要もなかったわけだが。この状況はとても都合がいい。
 俺のテリトリーに引き込む。ひとまずの目的は達成された。飛んで火に入るなんとやら、せいぜい俺の手の上で踊ってもらおうではないか。


 街の灯りが広がる夜の景色を切り取る窓には口元が緩やかに弧を描いている夜の獣が映っていた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

亜希暁
2021.08.16 亜希暁

めっちゃ面白いです!
続き待ってます(*ˊᗜˋ)

解除
はなみ
2020.07.27 はなみ

続きが気になってたので更新嬉しいです。
次の更新を楽しみにしてます。

東屋 志季
2020.07.28 東屋 志季

感想ありがとうございます!
そう言っていただけて嬉しいです。励みになります^ ^
ゆっくり更新になるかと思いますが、楽しんでいただけましたら幸いです(*´꒳`*)

解除
咲大
2020.07.27 咲大

おはようございます。
更新ありがとうございます。
続きが気になっておりました。
また続きを楽しみにしております(^^)

東屋 志季
2020.07.27 東屋 志季

こんにちは。感想ありがとうございます!
ゆっくり更新にはなりますがお付き合いいただけましたら嬉しいです^ ^

解除

あなたにおすすめの小説

とりあえず、後ろから

ZigZag
恋愛
ほぼ、アレの描写しかないアダルト小説です。お察しください。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?

すず。
恋愛
体調を崩してしまった私 社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね) 診察室にいた医師は2つ年上の 幼馴染だった!? 診察室に居た医師(鈴音と幼馴染) 内科医 28歳 桐生慶太(けいた) ※お話に出てくるものは全て空想です 現実世界とは何も関係ないです ※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます

伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】

ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。 「……っ!!?」 気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。