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第二章 白き聖女の誕生編

第二十九話 守るべき人

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「ハッハァ!大掛かりな魔法を使ってるから警戒しちまったが……何てことは無かったぜ、聖女様よぉ!」

 リラを拘束する男がニヤリと笑う。汚れの目立つ粗末な服に、傷だらけの筋肉質な腕……盗賊のような風貌だ。

「お姉さま!」

 拘束から逃れようとした拍子に、テディの頭から認識阻害帽が落ち、純白の髪の毛が露わになった。

「おおっ?依頼はあっちの二人だけでしたが、この坊主、髪が真っ白っすよ親分!……おまけにこのかあいらしい顔!高く売れそうじゃねえっすか?」

 若い男がテディの頬を鷲掴みにし、ぐいと自分の顔に近づける。リラは手錠をガチャガチャいわせながら抵抗するが、魔法が発動しない。
 
「テディ!! ……は、離してください!」

「おっと、暴れない方がいいぞぉ。よく分からねえが、その手錠は魔力を吸い取るらしいからな……暴れた分だけ苦しむことになるぜぇ」

 男が言った通り、手錠に触れるたびに魔力が減り、力が抜けていく感覚がある。罪人を拘束する時に使う、魔法防止リングだ。
 リラの頭に罪人として処刑された過去がフラッシュバックし、思わず体が固まってしまう。

「二人を離せ!!」

 ノアが駆け寄ろうとするが、いつの間にか賊達が周りを囲みジリジリと間を詰めてきていた。10人ほどだろうか、体格の良い男達がノアを捕らえようとしている。

「お前たちは何者だ、何が目的でこんなこと……」

 ノアが髪の毛を逆立たせて威嚇し、火球を数個自分の周りに出現させる。

「ノア!火は駄目です、死んでしまいます……!」

「そうだぞ、王子様よぉ!お前みたいなちいちぇ子供が、魔法なんか使ったら死んじまうぞぉ!生きて連れて来いって言われてんだからなぁ、頼むよぉ」

 賊が炎で焼かれて死んでしまう、という意味で言ったのだが、勘違いした男が馬鹿にしたようにヘラヘラと笑った。

 リラを捉えている男が親玉らしく、周りの仲間に指示を出して囲みの輪を縮める。男がポケットから取り出した折り畳みのナイフをリラの首筋に添わせると、ひんやりとした刃が僅かに肌に触れた。

「ほら、大人しく捕まってくれよ王子様ぁ。聖女様がキズモノになっちまうぞぉ」

「ノア!ノアだけでも逃げてください……!」

「……お前たち、ただで済むと思うなよ……」

 ノアが冷え切った表情で右腕を天に掲げると、空中に巨大な火球が出現する。少し離れたリラの顔までジリジリと焼けそうなほど、周囲が異常な熱気で包まれた。

「おい!おい、なんだよこれ!聞いてねえぞぉ!」

 男が火球を見て怯んだ瞬間、リラは男の腕に噛み付いた。男はギャッと声を上げ、リラを投げ飛ばす。
 リラは勢いのまま建物の壁にぶつかり、ずるりと崩れ落ちた。

「リラ!!」

 ノアが駆け寄りリラを抱き起こすと、後頭部に触れた手が赤く血濡れている。ノアは全身の血が冷え切るのを感じた。
 
 どこかで、こんなことがあったような……そして、リラを失ってしまったような……。存在しない記憶に、ノアの心臓がドクリと音を立てた。

「ノア……」

 うめく様なリラの声に、ノアはハッと我に帰る。

「リラ!!大丈夫……!?」

「……火は、いけません……危ないですから……」

「あんな奴ら、燃やしちゃえばいいんだよ!!リラをこんな目に……」

 リラはふるふると弱々しく首を振ると、ノアの右耳に触れた。

「水、で……」

 ノアはハッとし、リラからもらったイヤリングの存在を思い出す。紫色のアメジストの石は、水魔法を使えるようにさせてくれるはずだ。

「……水魔法は使ったことがないけれど、やってみるね……」

 ノアは優しくリラを横たえると、ゆらりと立ち上がった。火球があるために身動きの出来ない男たちに向けて、両手を広げる。

「おい、何をする気だ!やめろぉ……」

 大きく息を吸いこんだまま呼吸を止め、ノアは両手を振り下ろした。その瞬間、水の塊が男達の頭の上に出現し、顔全体を覆う。

「がっ!ぼっ……」

 男達はしばらく水球を取り払おうともがいた後、なすすべもなく崩れ落ちた。男達が気を失うと、水球は地面に流れ落ちて消えていった。

「ノア!彼らは……」

「……気絶させただけだから、大丈夫。しばらくは起きないと思う」

「お姉さま!! 大丈夫ですか!?」

 気絶した男の腕を押し退け、テディが二人に駆け寄ってくる。リラに触れる手はブルブルと震え、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。

「大丈夫です……テディは?怪我はありませんか……?」

「ぼくは全然……。それよりも、お姉さまが!」

「傷もそうだけど、魔力枯渇がひどい……これが魔力を吸い取り続けているんだ、どうにかしないと」

 ノアが手のひらについたリラの血を舐めとると、髪が真っ黒に変わった。『解除〈アンロック〉』で手錠を外し、ぐったりとするリラをきつく抱きしめる。

「僕が魔力を供給するから、テディはヒールを!」

「は、はい……」

 テディは真っ青な顔でガクガクと震えている。ノアはテディの腕をギュッと掴み、引き寄せた。

「テディ! しっかりして、リラを治すんでしょう!?今はヒールに集中して!」

「はい……!」

 目から絶えず涙を流しながら、テディは『治療〈ヒール〉』を唱える。リラはぼんやりとする意識の中、「大丈夫ですよ……」と呟きながら、テディの頭を撫で続けていた。

 ・・・・・

 傷が塞がり魔力も少しも戻ったところで、リラはふらりと立ち上がった。

「リラ! 無理しないで!」

「もう大丈夫そうです。二人とも、ありがとうございます!」

 リラがいつもの力こぶを作るポーズをすると、テディは気が抜けた様子でぼんやりと微笑んだ。頬には涙の跡がくっきりと残り、痛々しい。

「それよりも、彼らを拘束しないと……あいにく草の魔石の手持ちがなくて……」

「それなら大丈夫だと思う。水球の中に空間を作っておいたから、やつら、酸素不足で気絶してるだけなんだ……ちょっと!」

 ノアが親玉の脇腹を軽く蹴飛ばすと、男はハッと目を覚ました。

「……おいお前、今すぐに死にたくなかったら、仲間たちを拘束しなさい。どうせ僕たちを捕らえるために、ロープとか隠してるんでしょ?」

 ノアが手に火球を出現させると、男は尻餅をついたまま「ヒィッ」と後退りした。

「逃げられるなんて思わないでね。王族の僕を攫おうとした以上、王級指名手配犯だ。それに僕の持てる全ての手段を使って、リラに怪我をさせた罪……魔界の果てまで追いかけて、絶対に償わせるからな」

 ノアが笑顔で火球の勢いを強めると、男は勢いよく立ち上がった。

「は、はいぃ! 絶対に逃げられないように拘束しますぅ!!」

 男は路地裏に隠してあった荷物からロープを取り出し、気絶している仲間たちをキツく縛り上げた。最後の一人を縛った後、自分も両手を上げて大人しく縛られ御用となった。

・・・・・

 路地裏を出た後、ノアは大通りを警備していた騎士団隊員達に男共を引き渡した。隊員と共に王城に戻ろうとするノアを、リラが引き止める。

「……ね、今日は一緒にいましょう」

「でも、やつら依頼でって言ってた。首謀者を吐かせないと……」

「それは、大人たちがやってくれるでしょう。……今日は一生に一度の洗礼式ですし、ノアのお誕生日です。こんな悲しい終わり方にしたくありません」

 リラはノアの手を取り、まっすぐ目をみつめる。

「あとちょっとだけ……お願い、ね?わがままを聞いてくれませんか?」

「……わかったよ、僕がリラの頼みを断れないこと、わかってて言ってるんでしょう?」

「ふふっ、ありがとうございます。……あとお願いついでに、もう一つ。花祭りが終わるまでの間、両親には何があったか黙っていてもらえますか?体はもう治っているし、心配をかけたくなくて……」

 『洗浄〈クリーン〉』の魔法で、リラの頭や服の血はすでに綺麗になっている。パッと見ただけでは、酷い目にあったことは分からないだろう。

「わかった。でも花祭りが終わったら、ちゃんと報告するんだよ。それに今夜は、しっかり休むこと。約束してね」

 リラはノアの指に小指を絡ませて、コクリと頷いた。

・・・・・
 
 三人が待ち合わせ場所に到着すると、サフランとマシューが駆け寄ってきた。

「遅かったですね!……何かあったのですか?」

 ただならぬテディの様子に、サフランは腰を屈めて心配そうに頬に手を当てる。

「ちょっと色々……。でも解決済みですから、大丈夫です!……あの、最後に一箇所だけ、行きたいところがあるのですが……」

 リラの固い笑顔にサフランは何かを察したようだが、立ち上がってため息をついた。

「本当は今すぐ領地に帰りたいところですが……あなたの言うことだから、何か意味があるのでしょう。一箇所だけ行ったら、帰りの馬車でちゃんと話してもらいますからね」

「ありがとうございます!では……劇場に」

・・・・・

 劇場では花祭りに合わせ、創世記の演劇が行われていた。美しくたなびく衣装を着た演者達が舞い、魔法で花が咲き、客席に配置された宝石達がキラキラと光を放つ。

 観劇が初めてだったテディは、最初こそ浮かない顔をしていたものの、次第に夢中になり目を輝かせて拍手をしている。笑顔が戻った様子に、リラはホッと胸を撫で下ろした。

「……テディに嫌な思い出を残さないように、劇場に来たの?」

 隣に座るノアが、小さな声で囁く。

「……そうです。最後に、楽しい気持ちで終わってほしくて……」

 リラはノアの方に顔を寄せながら続ける。

「……ノア。今日はわたし、ノアとデートが出来てとっても楽しかったですよ。バレッタを買ってもらって、美味しいものを食べて、射的で遊んで……」

「……そうだね」

「とても幸せな一日でした。怖いこともあったけれど、それで台無しになんてならないくらい。あんなことで、今日の楽しい思い出を塗り替えないでくださいね」

 リラは知っている。幼い頃のある一日が、体験が、大きなトラウマとなって、後々まで影響をもたらしてしまうことを。

 リラは席から身を乗り出し、ノアの頬にキスをした。ノアは目を見開いて頬を押さえる。

「ほら、キスまでしたのですから、良いお誕生日ですよね?……それとも、わたしのキス……そんなに価値はないかな?」

 真っ暗な客席が舞台の光で一瞬照らされ、耳まで真っ赤に染まったリラの顔がノアの瞳に映る。
 
 ノアは少し笑って、リラの手を握った。

「あは、リラには敵わないな……。うん、最高の誕生日だよ」

 舞台を見据えるノアの目には、決意の色が現れていた。

「……強くなるから、僕。どんな時でも、リラを守れるように……」
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