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第二章 白き聖女の誕生編

第二十三話 聖石を育てよう!

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 それからの四ヶ月は、怒涛の日々だった。

 まずサフランは、市場のダイヤモンドを可能な限り買い占めた。
 
 ダイヤは魔力補助機能が無く装飾品にしか使用出来ないため、宝石商の間では通称「クズ石」と呼ばれている(神を象徴する石に対して大変失礼な話だが)。
 
 マーガレットの花からも取れる上、世界中の山から産出されるため安価だが、神聖力が付与出来るとなれば価格が跳ね上がるだろう。特に大きめのダイヤは貴重になるに違いない。

 不審に思われないよう、ダイヤを買い占める際には土台となる指輪やネックレスチェーンなどと一緒に仕入れた。宝石商は、アメジスト領が何か新しいアクセサリー事業を始めるのだと思っただろう。

「うわぁ……これは、壮観ですね……」
 
「さあ、どんどん神聖力付与していきますよ!」

 うずたかく積まれたダイヤモンドを前に、リラは腕まくりをして鼻息を荒くした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 リラとテディは、毎日聖石作成に勤しんだ。一つ一つのダイヤに、丁寧に神聖力を付与していく。
 
 討伐前日のように銀の箱に入れて一斉付与する方法も試したが、効き目が薄くなってしまうため、特注した銀の台座の上に乗せて一つずつ付与することとなった。
 
 人手を増やそうと領地の神父にも手伝ってもらったが、極めて小さいダイヤに対しても付与することは出来なかった。
 魔石への付与と同じように、聖石を作るには相当な量の神聖力と才能が必要らしい。

「それにしても……大きいダイヤはめったにありませんね」

 テディが付与の合間に一息つきながら、そう呟く。リラはテディにビスケットと熱い紅茶を差し出した。

「大きい怪我を治すには、それだけ大きなダイヤが必要になりますもんね。何とかして、マーガレットから大きいダイヤを作り出せないでしょうか……」

「ぼく、マーガレットからダイヤが出来る所を見たことがないんですが、どんな感じなんですか?」

「ええと……確かこの本に……」

 リラが本棚から、コバルトグリーンの分厚い本を取り出す。慣れた手つきでページを捲り、中央あたりで手を止めた。

「ありました!絵しかありませんが、こんな感じです。花が終わると、中央にダイヤが出来るのですよ」

 開かれたページには、花びらが萎れかけたマーガレットの中央に、小さなダイヤが一粒輝くイラストが描かれている。

「へえ……これ、ダイヤを植えるとまた花が咲くんですか?」

「ダイヤになった種は、花にならないのです。ダイヤを囲む、この周りの部分の種からは芽が出るのですが……」

「うーん、不思議ですね……。じゃあどうすれば、このダイヤの部分を大きく出来るんでしょうね?種扱いなら、肥料をあげれば良いとか?」

「肥料をあげた時のダイヤの大きさの比較なら、確かこのページに……」

 リラがページを捲りながら、はたと手を止める。

「……マーガレットの花に、ヒールをかけるのはどうでしょうか?」

「ええ?植物にヒールをかけたらどうなるんですか?」

「ええと……枯れかけた花が元気になったとか、折れた枝が治ったとかいう記述がこの辺りに……」

 リラが本棚から本を出してはページを捲り、机の上に積み上げていく。その勢いに、テディは呆気にとられて姉の姿を見つめるしかなかった。

「……つまり、お花自体は人体扱いなんですよね!ヒールが植物に直接作用するということです。ならば、花壇全体にヒールをかければ、銀の受け皿がなくても神聖力を吸収してくれるのでは……?それが成長すれば、自然に聖石になるのやも……」

「……難しいことは良くわからないのですが、とにかくやってみましょうか?」

「その通りです、テディ!案ずるより産むが易しですね!!」

 それはちょっと違う気がします……と言うテディの言葉を待たずに、リラは彼の手を引いて庭へと走るのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「さあ!ヒールをしましょう!!」

「待ってください!この花壇全体にヒールをかける気ですか!?」

 5メートル四方もあろうかという花壇の前で手をかざすリラを、テディが慌てて止める。

「効果があるかもわからないのに、非効率ですよ!それにこんな広い範囲にヒールを使ったら、お姉さまの体が心配です!全力でやる気でしょう?」

 リラは不自然な笑みを浮かべながら、ゆっくりとテディから目を逸らす。テディはやれやれ……と肩をすくめて言った。

「……お姉さまは、魔石や聖石のことになると周りが見えな過ぎです。今まで何度限界を超えて倒れたか……。ちょっと落ち着いてください」

 齢8才の弟に叱られ、リラはしょんぼりと頭を垂れる。テディはため息を吐くと、近くの鉢植えを手に取りリラに手渡した。
 
 鉢にはマーガレットの葉が青々と茂っており、つぼみを持っている茎もある。

「最初は、一鉢からいきましょう。くれぐれも倒れない程度に、余力を残してくださいね!わかりましたか?」

 腰に手を当てて言い聞かせる姿は、母であるサフランそっくりだ。その姿に思わず笑みをこぼしながら、リラは頷いた。

「ではいきます……『治療〈ヒール〉』!」

 リラが目を瞑って唱えると、鉢植え全体が白く光を放った。すると葉が急速に伸び、茎のてっぺんに丸みが出来てくる。そのままつぼみがぐぐぐっと膨らみ……ポンポン!と次々に花を咲かせた。

「わあ!すごいです、すごい!」

 テディがパチパチと手を叩きながら飛び上がると、リラもゆっくりと目を開けた。

「成功……ですか?」

 フラリと傾くリラを、テディが急いで抱き止める。

「もう!お姉さま、あれほど限界を超えないようにと……」

「ね、見てください!花が!」

 見ると、真っ白の花びらが虹色に煌めいている。花びら自体は白い色をしているのに、表面がうっすらと光を放っているのだろうか?光の当たる角度によって違う色を見せる花びらは、聖石の輝きのようだった。

「すごく……綺麗ですね」
 
「はい!……あ、でも消えてしまいました……」

 光は数十秒で消え、普通の花びらに戻ってしまった。だが植物自体はみずみずしくハリがあり、とても元気に見える。

「まだ種にはなりませんでしたが、とにかく毎日ヒールをかけてみます!結果はどうあれ、貴重な実験データですよ!」

「ヒールをかける時には、絶対ぼくを連れて行ってくださいね!一人で庭で倒れたら大変ですからね、約束ですよ!!」

「……とりあえず、今日もう一回……」

「だ!め!です!!」

 目を輝かせて花を見つめ続けるリラを横目に、テディは再び深いため息を吐くのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「……いよいよ、花祭りまで一週間となりました。一度作戦をおさらいしておきましょう」

 家族揃っての夕食の際、サフランがそう切り出す。

「お姉さまは来年の二月に十歳になるから、今年の花祭りの洗礼式に出るんですよね?」

「その通りです。王国中の十歳の子どもが、洗礼式に参加しますからね。アレキサンダー殿下と、ノワールも今年が洗礼式のはずです」

 王国では、四月から次の年の三月末までを一括りにして年齢を管理している。神曰く「地球の日本という国のしきたりが引き継がれている」そうだ。
 
 アレクが五月、ノアが七月生まれのため、次の年の二月に生まれたリラと同い年の扱いなのだ。

「洗礼式では子どもたちが教会に集められて聖歌を歌った後、壇上の聖書の上に手を置いて名前を名乗ります。──その時に聖書に神聖力を込めるように言われるのですが……まあ普通はヒールが出来ませんから、何も起こりませんよね」

「もちろんワシの時も何も起こらなかったぞ!」

 父マシューは何故か得意げに胸を張る。
 サフランは、夫を見て苦笑しながら続ける。

「洗礼前から教会に通っていた熱心な子どもや、もともも神聖力の適性が高い子どもも稀にいます。その時は聖書にヒールをすることが出来て……真後ろにある神の像にはめ込まれたダイヤが光ります」

 どういう仕組みかはわかりませんが……とサフランは頬に手を当て小首を傾げる。

「ですから本番は……倒れないギリッギリまで、全力でヒールをしてください」

「……全力で」

「全力で、です。そうすれば今まで誰も見たことが無いほど、ダイヤが光ることでしょう。リラほどの神聖力を持つ人は他にいませんし、この年齢でヒールをここまで使いこなしている人は聞いたことがありません」

 サフランはいつもの笑顔で、ニッコリとリラに微笑みかける。
 確かにこの年齢で、毎日ヒールをかけ続けている者はいないはずだ。大人の神職者でも、ここまで連日ではないだろう。

「その輝きが教会中を照らし、リラが聖女であることを教会や世間に知らしめてくれるでしょう!……まあその演出が無くとも、金の瞳が聖女の証なのは教会が重々ご存じのはずですが」

 当日の状況を想像し、リラがフォークを持つ手を震わせる。
 ──100%、間違いなく、大騒ぎになるに違いありません……!!

「そしてね、私達は参加している子どもの親御さんたちに、このネックレスを配っておきます」

 サフランがテーブルに置いた小さなボックスから、キラキラと光るネックレスを取り出す。
 ネックレスには、マーガレットの花の形を象ったダイヤのモチーフがついている。

「うふふ、商品を毎年確実に売るには、どうしたら良いと思いますか?──プレゼントを贈る習慣を、イベント化してしまえば良いのですよ!バレンタインデーや母の日のように!」

 サフランは心底嬉しそうに笑いながら、ネックレスを愛おしそうに撫でる。

「十歳の洗礼式には、親から子に、神聖力が付与されたダイヤのネックレスを贈るという伝統を作ります。今年はその一例目ということで、ネックレスは無償で配りましょう。──リラの美しい聖女の姿と共に、このネックレスの噂も瞬く間に広まるに違いありません!」

 リラも当日忘れずにつけて行ってくださいね、とサフランが固まるリラの首にネックレスをかける。

「聖石はアメジスト領を挙げての一大事業です。……地震の被害が出たジーフ山の茶畑の整備もしたいですし、ヤーズ港の古くなった漁船も買い替えたいですし……。領民の幸せのためには、とにかくお金がかかるのです!」

 サフランが目の奥を情熱でメラメラと燃やしながら、リラの手を両手で握りしめる。
 
「娘を利用するようで大変心苦しいですが……。聖女であることは、いずれバレることです。ならばとびきり素敵な聖女デビューを飾りましょう!一緒に頑張りましょうね!」

 ──そうでした、お母さまはアメジスト領を一代で黒字経営にした、敏腕女性領主……。

 リラはあまりのプレッシャーに、額から汗が止まらなくなっていた。テディもマシューも、用意周到な計画の恐ろしさにブルブルと震え、テーブルを小刻みに揺らし続けている。

「全ては国民と──アメジスト領の発展の為に!」

 震える食卓の中で、ワイングラスを掲げるサフランだけが、強烈に光を放っていた。
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