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第二章 白き聖女の誕生編

第二十二話 聖女育成計画

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「──牡鹿が私に触れた瞬間、霧散しました」
「霧 散」
「はい。……跡形もなく、消え去りました」

・・・・・・・・・・・・・・・

 鹿の角が当たるか否や、サフランの体が大きく白い光を放った。
 
 いつまでも来ない衝撃にサフランがうっすらと目を開けると、鹿はどこにもいなかった。
 足元には、巨大なアメジストの原石のみが転がっていた。

 その後丸一日かけて山を捜索したが、魔獣は一匹も見つからない。すっかり正常化した山を、討伐隊は狐に化かされたような思いで後にしたのだった。
 
・・・・・・・・・・・・・・・

「おそらく、リラがくれたこのネックレスの神聖力で、魔獣の持つ魔力が浄化されたのだと思います」

 サフランは首元から、服の内側に入れていたネックレスを取り出す。中央の大きなダイヤモンドは、渡した時の虹色の輝きを失っていた。

「お母さまの体に常にヒールがかかっている状態になっていたから、触れただけで魔獣を浄化したということですか……!?」
 
「はい、魔獣にヒールをかけると浄化しますからね。あれほど大きい魔獣を倒すには膨大な神聖力が必要なので、試したことはありませんでしたが……」

 あなたのくれたダイヤのおかげですよ、とサフランはリラの頭を撫でる。リラは再び滲んでくる涙を、ゴシゴシと手のひらで擦った。

「じゃあ神聖力付与したダイヤがあれば、誰でも魔獣が倒せるということですか?」
 
「その通りです。使用は一度きりですし、相当な神聖力を付与したものがあれば……ですがね。小さなダイヤでは、こうは行かなかったでしょう」

 サフランは首元のネックレスを外し、返しますね、と言いながらリラの首に付け替えた。それが教会から無断で借りたネックレスだったことを思い出し、リラはサアッと青ざめる。
 ──後で菓子折りを持って謝りに行かなければなりませんね……。

「魔獣と遭遇するのはそうある事ではありませんから、それよりもいつでも『ヒール』が使えるというのが大きいですよ!」
 
 怪我をした時や風邪を引いた時、いつでもヒールで治療出来るわけではない。
 基本は教会に行き、度合いによって大小の寄付をして治療してもらうが、それでも完治するとは限らない。かける神聖力の大きさによって、効果が違うからだ。

 村によっては一般人と同程度の神聖力しかない者が配属されている場合もあるし、腕の良い神父から多額の寄付を迫られる場合もある。
 はっきりした相場が決まってないため、神父次第で一回のヒールの金額が変わるのだ。お金を支払えない貧しい庶民は、治療を受けられない時もある。

 それに討伐や戦地では、すぐにヒールがかけられないことが多い。神職者が同行することもあるのだが、危険な戦地に行きたがる者は少なく、人手不足で小さな怪我も治せずに命取りになることがあるのだ。

「神聖力付与石が流通すれば、多くの人を救えるかもしれませんね……!」

 リラは目を輝かせながら、胸の前で組んだ指をぎゅっと握りしめた。戦地で怪我をした人や、教会のない村の人たちを救う手立てとなるかもしれない。
 
 するとサフランがリラの前に屈み込み、肩に手を置いてこう言った。

「そこでです、リラ。──あなた、聖女になる気はありませんか?」

「……へ?」

 突然の問いかけに、思わず間抜けな声を出してリラは目を丸くした。

「ど……どういうことですか?」

「心優しいあなたのことだから……神聖力付与石──長いので、『聖石』とよびましょうか。……聖石を、無償で流通させるつもりですね?はっきり言いますが、その考えでは甘いです」

 サフランはリラの額をツンと指先でつつく。図星だったためリラは何も言えずに、額を手で押さえてサフランを見つめた。

「聖石が無償で流通すれば、まず教会が困るでしょう。ヒールで寄付が稼げないとなれば、運営が成り立ちません。生活に困窮する人が大勢出るでしょうし、反発が起きればリラの身も危ないです」

「た、たしかに……。困る人が出るというのは、考えつきませんでした……」

「それに貴方たち二人で聖石を作ったとしても、国民全体に行き渡る量を作るのは不可能です。逆に高額で転売されて値段が釣り上がり、本当に必要としている人たちの手に渡らなくなるでしょう」

「考えてみれば、お母さまの言う通りですが──でもそれと聖女と、どのような関係が……?」

 サフランは立ち上がり、周囲を軽く見渡してから言った。

「……つい話を進めてしまいましたが、パーティの場ではなんですから、続きは部屋で話しましょうか。会が終わったら、リラもテディも執務室にいらっしゃい」

 リラとテディは顔を見合わせて、コクンと頷いた。

 その後祝賀会は楽しい雰囲気で続いたが、後半になると何故か酔った騎士達が握手を求めて次々と二人の元を訪れた。
 
 騎士達は、リラに向かっては「聖女」テディへは「天使」と口々に呟き、中には握手をしながら涙を流す者もいた。二人は困惑しながら、列を成す騎士達の握手に応えるしかなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お母さま!あれはどういうことですか……!?」

 酔った騎士達にもみくちゃにされ(最終的には胴上げもされた)、乱れた髪のリラとテディがサフランの執務室を訪れた。騎士達に理由を問いかけたものの、酔った彼らからは支離滅裂な答えしか返ってこなかった。

「地震の後、二人は領地中を巡って治療や復興を行なったでしょう?あれで大勢の人が命や生活を救われました。……それに苦しい討伐の中での聖石の働きもあって、アメジスト領では『聖女と天使の姉弟』と噂されているようなのです」

 サフランは椅子に腰掛けながら、優雅に紅茶を飲んでいる。

「お姉さまの聖女は良いとして、ぼくが天使ですか!?ありえません!」

「あら、私の弟は天使のように可愛いですよ!それに本来ならば『神の器』、教皇の座を手に出来る者です。天使じゃ役不足なくらいですよ!」

 リラは赤くなるテディを抱きしめながら、頭をうりうりと撫でる。サラサラの純白の髪に虹色に輝く大きな目、日焼けをしない真っ白な肌は天使そのものだ。

「そこで私は思いついたのです。──聖女から、聖石を教会に授けようと!」

 サフランは二人を見てニッコリと微笑んだ。
 
 家庭教師のパドマが初めて家に来た時の母を思い出して、二人は思わず背筋を伸ばす。
 ……母はこの笑顔の裏で、何を計画しているのだろうか。

「ヒールは教会の専売特許ですから、混乱を招かないためにも教会に話を通すのが筋でしょう。リラから教会に、聖石を『卸す』形をとるのです」

 テディでも良いのですが、テディが教会に見つかれば、教皇として祀りあげられてしまいますからね……と、サフランは呟く。

「テディはまだ小さいですし……まだまだ一緒に暮らしたいです!」

 リラがそう言って抱きしめると、テディは「お姉さまと、年はそんなに変わらないですよ……」と言いながらも嬉しそうに俯いている。

 サフランはその様子を見て微笑みながら、こう続ける。

「そして卸した聖石を、教会から販売してもらうのです。販売価格は、そうですね……。通常のヒールの値段×1.5+ダイヤの原料代、でどうでしょうか?まだ検討の余地はありますが」

 サフランは、手元の羊皮紙にメモを取りながら続ける。

「そしてこちらからは、通常のヒールの値段+ダイヤの原料代で卸します。そうすれば、教会は聖石を売ることでヒール×0.5の代金を稼ぐことが出来ます」

「通常のヒールの値段と同じ価格で、聖石を市民に売ってもらっては駄目なのですか?」

「値段が同じならば、人々はヒールでなく聖石を求めるでしょう。需要過多となりますし、ヒーラーとしての神職者たちが職にあぶれてしまいます。あくまでも、基本はヒール、非常時のための聖石、のスタンスが良いと思います」

 低価格で流通させるのが市民のためと思っていたが、教会で出来るヒールと意図的に棲み分けをした方が良いかもしれない、とリラも納得して頷く。

「聖石は、定価で販売することを徹底してもらいます。教会でいつでも同じ値段で手に入るとなれば、転売も減るはずです。……そうすれば、教会で直接受けるヒールの値段も、自ずと相場が決まるでしょう。聖石よりも高い寄付を求めるわけにはいきませんから」

 サフランは顎の下で手を組み、リラを見てニッコリと笑った。

「……そこで、聖女の出番です。教会も神と無関係の石を売る訳にはいきませんが、聖女から授かったという体でいきましょう」

「で、ですが……私が聖女というのはおこがましいです……」

「王都の教会へは花祭り以来行っていませんが、あの時騒がれたのを覚えているでしょう?あなたの金の目は『聖女の瞳』……聖女を名乗るに相応しい神聖力の持ち主です」

 それに中身もね、と言って、サフランは娘の額にキスをする。

「聖石を普及する前に、聖女の力を教会に知らしめましょう。そして、聖石の流通に関して主導権を握るのです!……全ては国民のため──そしてアメジスト領の発展の為です!!」

 サフランのコバルトブルーの目の奥が、メラメラと燃えている。
 今まで見たことのない熱量に、リラとテディは二、三歩後退りをした。

「聖石の話が広まれば、クズ石と言われていたダイヤの価格も上がるでしょう。まずは市場に出回っているダイヤを買い占めましょう!そして……来たる七月七日、次の花祭りの日が、聖女デビュー日です!!」
 
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