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第一章 幼少期編

第十一話 ポップコーンと甘い誘惑

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 劇場に着いたは良いが、馬車からのエスコートをどちらがするかで口論となり、結局リラは両手をノアとアレクに支えられながら下車することとなった。

 薄暗い劇場に入ると、足音が吸い込まれるようなフカフカの赤い絨毯が一面に広がっている。
 王立劇場であるため、庶民の中でもお金持ちの者や、貴族達がほとんどらしい。みな小綺麗な格好をしている。

 執事のヨハンが保護者代わりに三人を先導し、チケットの受け渡しや席に着くまでをそつなくこなす。
 ノアは劇場が初めてなのか、周りをキョロキョロと見渡して目を輝かせていた。

「……あちらに、ポップコーンも売っているぞ」
 
「ええ!?うそでしょう……観劇中に食べていい……ってこと?」
 
「そうだ。だが、王族はそんな市井の食べ物など口にしないが……」
 
「今日はお忍びですから食べても良いのですよ、坊ちゃん。──三人とも、何か買いませんか?」

 ノアが喜びのあまり倒れそうになるところを、アレクが慌てて支える。リラはそれを見てクスクスと笑った。
 
 今までどんなループでも、これほど仲の良い二人は見たことがなかった。あくまで、血の契約の主人と従者の関係だったのだ。

 結局ノアはポップコーン、リラは大きな輪の形のチュロス、アレクはポテトを買ってもらった。
 
 ノアのポップコーンは色とりどりのとうもろこしを弾けさせたカラフルなもので、「あとで二人にもあげるからね!」と、鼻をふすふすさせて喜んでいる。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 大きなブザーが鳴り響き、劇が始まった。

 劇の内容は、火と水の精霊の悲恋の物語だった。
 
 ヒラヒラとたなびく衣装を纏った精霊役の役者達が、時折本物の魔法を交えながら話を進めていく。
 かなり強力な魔法使いがいるのか、大きな水球が浮遊したり、客席にいても熱さを感じるくらい派手に炎が上がったりする。

 ノアはポップコーンの存在も忘れて、ぽかんと口を開けながら食い入るように舞台を見つめていた。
 リラはというと、どの舞台装置にどんな魔石が使われているのか、考察するのに夢中だった。

 ふとアレクの方を振り向くと、あくびを噛み殺しながら眠そうな目をしている。執事がアレクの耳元に口を寄せ、周囲に聞こえないくらいの小声で囁く。

「坊ちゃん……眠かったら寝てもよろしいですよ。昨夜も遅くまで勉強なさっていましたから……」
 
「いいや、起きている。王は観劇中に寝たりしないからな」

 アレクが時々変な顔になりながら眠さを堪えるのを、リラは横目で見つめていた。

 アレクは元来、素直で真面目な性格なのだ。父である王を心から尊敬していて、王のようになりたい、王に認めてもらいたいという一心で、常に努力を怠らなかった。

 王は一国のあるじとしては立派かもしれない。
 しかし長年忠実であった家臣や近しい親類さえも、役に立たないとなれば切り捨てる冷徹さは、父親には向いていなかった。

 アレクのことは跡継ぎとしてしか見ておらず、ただ結果だけを求めた。
 どんなにアレクが努力しても、王太子ならば出来て当たり前、出来なければ出来るまでやれ──そんな対応だった。
 
 以前までのループでは、アレクは終に、求めていた父親からの愛を得ることは出来なかった。

「……ご立派ですね。アレクさまが頑張っている姿、王にも見ていただきたいものですね」

 リラがそう囁くと、アレクは正面を向いたまま目を見開いて固まる。目はすっかり覚めたようだった。

「……父上は国のことで忙しいからな。俺を構っている暇はないだろう」

 暗い場内でもわかるくらい耳を赤くし、アレクはそのまま舞台を見つめていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ほんっっと~~に面白かったですね!母さまにも見せたかったです」

 ノアは馬車の中に戻った後も、興奮冷めやらない様子で足をバタつかせていた。
 結局半分ほどしか減らなかったポップコーンを脇に抱え、「リラと兄さまもどうぞ」としきりに勧めてくる。

「観に行けば良いだろう。チケットぐらい、いつでも手配してやる」
 
「ほんと!?兄さま、だいすき!」

 ノアが抱きしめると、アレクは顔を赤くしてそっぽを向いた。そんな二人を、リラとヨハンはニコニコと見つめていた。

「さて、この後はどうしますか?目的の観劇は終わりましたが……」
 
「あの、私行きたいところがあるのですが……」

 リラがヨハンに耳打ちをすると、少し驚いた表情になってから頷いた。ヨハンが御者に行き先を告げ、馬車が動き出す。

「どこに行くというのだ?」
 
「ふふっ、着いてからのお楽しみです」
 
 皆で歓談をしていると、すぐに馬車が止まった。
 劇場からあまり離れていない所を見ると、王都中心の繁華街のようだ。

「……ここです!」

 馬車から降りると、そこは小さなかわいい洋菓子店の前だった。
 
 煉瓦造りの壁にアップルパイの看板が下がっており、煙突からはリンゴとバターが焼ける甘く香ばしい香りが漂ってくる。人気店のようで、席はほぼ満席だ。

「こ、ここは……『La pomme d′Emilie』ではないか!!店主のエミリが作るリンゴの焼き菓子が人気で、特に焼き立てのアップルパイが絶品だという……」

 アレクはハッとした顔になって、侍女たちが噂していて……と、ごにょごにょと口籠もる。

 そう、アレクは大の甘い物好きで、特にアップルパイに目がないのであった。

 前回までのループでも、威厳の為に甘党なのを隠していたアレクは、人前で甘い物を一切口にしなかった。
 
 だがリラが執務室を突然訪問した時、大量の角砂糖を紅茶に入れているアレクの姿を目撃してしまい、それが発覚したのだった(誰にも言わないようにと、誓約書まで書かされた)。

 今日の劇場でも、スイーツがあるにも関わらずポテトを選んでいたアレクは、おそらく現在も甘い物を食べる姿を見せないようにしているのだろう。

「私、ここのタルトタタンが食べてみたかったのです。さあ、参りましょう!」
 
「ど、どうしてもと言うなら、入らないこともない……」
 
「さあ兄さま、入って入って!」

 アレクはノアに背中を押されながら、店内に入る。
 
 カランカランとドアについた大ぶりの鈴がなり、「いらっしゃーい!」と店主の女性の快活な声が響く。
 
 アレクは興奮を顔に出さないように意識しながらも、目をキラキラさせて店内を見渡している。

「……さっきのぼくみたいですね」

 劇場ではしゃいでいた自覚があったようで、ノアがリラに耳打ちをした。

 席に着くと、アレクは写真入りのメニュー表を食い入るように読んでいる。
 リラとヨハンがタルトタタン 、ノアがアップルクランブルを頼むが、アレクは「コーヒーを……」と消え入りそうな声で呟く。

「……コホン、坊ちゃん。本日は城下視察も兼ねていますので、ここは一番人気のアップルパイを頼むべきかと……」
 
「そうだな!視察なのだから仕方がないな!では、このスペシャルアップルパイを一つ頼む!」

 三人の温かい目に耐えきれず、アレクはメニュー表の後ろに顔を隠した。

「王は、甘い物など好かんのだ……人前でスイーツを食べるなど……」
 
「でも、王太子なら……?」
 
「……まあ、王太子なら、よいかもしれん」

 お前はそればかりだな……と、アレクが真っ赤な顔でリラを睨みつけた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「はいよー!お待ちどおさま!焼きたてアツアツのアップルパイだよー!」

 大柄な店主の女性が、アレクの目の前に湯気を立てるアップルパイを置く。
 
 アップルパイは三つ編みにされたパイ生地で縁取られ、格子状の艶やかに焼かれたパイの上に、色とりどりの花びらが乗せられている。
 
 プレートには生クリームとバニラアイス、カットフルーツなどが添えられ、見るからに美味しそうだ。

「見てくれ!このパイのツヤと繊細な細工を!飴色のリンゴがゴロゴロ入っているぞ、土台のパイ部分は……」

 そこまで一気に捲し立ててから、恥ずかしそうに口をつぐんだ。熱いうちにお召し上がりを、とヨハンに促され、ゆっくりと口に運ぶ。

「……っーーー!!」

 アレクが声にならない歓喜の声を上げると、皆は顔を見合わせて笑った。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

「……はぁ、お腹いっぱいですね」

 ノアがお腹をさすりながら満足げに呟いた。全員が食べ終えたためヨハンが会計に立とうとすると、アレクが服の裾を掴んで静止する。

「あの……」

 アレクが声をかけたのは、店主の女性だった。

「なんだい?坊ちゃん」
 
「……あなたがエミリ……さん、ですか?」
 
「そうだよ、どうした?」
 
「あの……とても美味しかった、です」

 アレクが慣れない敬語でたどたどしくそう言うと、エミリはアハハと豪快に笑ってアレクの頭を雑に撫でた。

「そりゃ良かった!うれしいよ、また食べに来ておくれ」

 アレクがこのように頭を撫でられたことは、今までにあったのだろうか。
 帽子を両手で押さえてうつむきながら、王子は照れた顔を隠していた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 よほど気に入ったのか、アレクはホールのパイをテイクアウトしてから馬車に乗り込んだ。
 
 馬車が動き出してからも、何とかしてあの店主を王城にパティシエとして召し上げられないだろうか……とブツブツ呟いている。

 考え込んでいるアレクの帽子を借り、リラが「なるほど、光の魔石と水の魔石で認識阻害を……」などと呟いている時、突然馬がいななき馬車が急停車した。

 リラの頭に、馬車が襲われマリーと共に殺された過去がフラッシュバックし、背中に冷や汗が流れ落ちる。
 
 大丈夫?と、ノアが心配してリラの側に寄ると、外から何やら喚き立てる少女の声が聞こえた。

 窓の外を見ると、目の前に豪華な馬車が立ち往生している。
 
 馬車の前には薄汚れた少年が倒れており、その横には濃い緑色の髪をした少女が仁王立ちしていた。
 貴族だろうか、フリルとリボンがたくさんついた高価そうなドレスを着ている。

「私の馬車の前を横切るなんて!死刑よ、死刑!」
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