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第一章 幼少期編

第一話 幽閉された姫君

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「まったく……誰よ、アイツをこんな所に閉じ込めたのは……」

 古びた石塔の螺旋階段に、場違いなヒールの音が響き渡る。ローブについたフードを目深にかぶった人物は、自らの杖で周囲を照らしながら階段を上っていく。

「まあ、私なんだけど、ね!……っと」

 フードの人物は息を切らしながら、錆び付いた扉の前で立ち止まった。扉には鎖が何重にも絡まり、錆びた南京錠がかかっている。

「『解錠〈アンロック〉』」

 フードの人物が杖を近づけて呟くと、鍵は外れ、鎖が騒々しく音を立ててほどけていった。
 
 重低音を響かせながら扉が開くと、中にいた少女がビクリと体を震わせる。その拍子に、少女の手と足を拘束している鎖が僅かに音を立てた。
 
 乱れた紫の髪に粗末な服を着た少女は、やつれた青白い顔でフードの人物を力なく睨みつける。

「あらぁ、ご機嫌よう、アメジスト伯爵令嬢!……と、伯爵位は剥奪されたんだったわね。では、リラと呼べば良いかしら?」

 フードの人物がローブを脱ぐと、赤いドレスに艶やかな長い黒髪がこぼれ落ちた。リラと呼ばれた少女と対照的に、手入れの行き届いた身なりだ。

「……何の用でしょうか、サクラ皇太子妃様」
 
「そんなに睨まなくたって良いのに!……やっぱり、婚約者が奪われたのが憎い?」

 サクラと呼ばれた少女はふわりとしゃがみこみ、リラの頬を掴んで無理矢理に目線を合わせる。

「それにしてもおかしいのよね~、他の攻略対象者は簡単に落とせたのに、最推しのノア様だけ攻略出来ないなんて!」
 
「……何のことでしょうか?」
 
「ふふん、もうリセットだから教えてあげるけど、この世界はゲームの世界なの!私が主・人・公の」

 状況が飲み込めないリラの表情にサクラは満足げな笑みを浮かべ、杖で豪奢なソファを出してボスンと勢い良く腰掛ける。

「イケメンな推したちを攻略して自分のものにする、いわゆる乙女ゲームなわけ。そしてあなたは、悪役令嬢役ってこと」

 いぶかしげに見つめるリラを指差しながら、サクラは退屈そうな表情で続ける。

「今回は幽閉エンドにしてみたんだけど、どう?前回は国外追放で、その前は娼館送り…もちろん処刑も一番最初にやったわ!もうこれで7回目のループなの」

 その瞬間、リラの頭にこれまでの7回の人生の記憶が流れ込んできた。殺される家族、使用人たち、そして自分……。
 リラは唇を噛み締めながら、声を絞り出す。

「……お父さまを……みんなを殺して、何がしたいのですか」
 
「何って……あなたを悪役に仕立て上げて、それを許して憐れむ聖女ー!な私を引き立たせているだけ。──攻略しやすくするためにね。周りの人を殺す必要はなかったけど、7回も同じゲームをやってると飽きちゃった」

 サクラは口に手を当て大きくあくびをすると、頬杖をつきながら金色の瞳でリラを見つめた。

「どう?私が憎い?」
 
「……あなたが、私の大切な人たちにしたことは……決して、許されることではないでしょう……」
 
「あは、いいわ!ようやく人間らしくなって。あなたの偽善者聖女ムーブにはもう飽き飽き。──まあ何にせよ、あなたは殺さなきゃいけないんだけど。次のループに進むために、あなたの死が必要だから」

 サクラはそう言って小声で呪文を呟くと、杖を鋼鉄の剣に変えた。リラは目から溢れる涙をそのままに、唇に血を滲ませてサクラを睨みつける。

「いざ殺されるって時でも、命乞いもしないのね。……そういうところが、大嫌いだったわ。──サヨナラ」

 剣が空気を切るように宙を舞い、リラの身体を斜めに引き裂く。
 その瞬間、サクラの後方のドアが勢いよく開いた。

「リラ様!!」

 燃えるような紅い髪をした少年がサクラを押し退け、倒れているリラの元に駆け寄る。

「な!?あなたは……ノア様!?」
 
「サクラ!!お前は……兄上を、国を操るだけでなく、リラ様まで……」

 驚くサクラをよそにノアは懸命にリラに呼びかけるが、流れ出した血で辺り一面が赤く染まっていく。

「リラ様、だめです、リラ様……」
 
「……ノ……ア……さま」

 リラがかすかに目を開けると、ぼんやりとした視界の中でも分かるほど、顔を歪めるノアの姿があった。
 ノアの目からこぼれた涙が、リラの頬を伝わって落ちていく。

「そんなに、泣かないで……ください……。最後に、あなたに会えて良かった。……あなたは、優しい人、だから……どうか、恨まず、生きて……」
 
「そんな……行かないでください、リラ様……」

 泣き崩れるノアの肩に、サクラがポンと手を置く。

「その子はどうせあとちょっとで死ぬわ。もうリセットが始まるだろうから、最後に一つだけ教えてくれない?あなたの攻略方法は……」
 
「お前は、お前だけは、絶対に許さない……」

 ノアがゆらりと立ち上がると、周囲を異様な熱気が包む。涙を拭ったノアが杖を向けると、何もないはずのサクラの足元から炎が立ち昇った。

「熱!?何これ!?まさか……!?ねえ、早まらないでよ、ねえ!?」
 
「リラ様、私も……一緒にいきます。来世こそは、共に……」

 その瞬間、サクラを炎が包みこみ、やがて石塔も真っ赤な炎と共に崩れ落ちるのだった……。


 ・・・・・・・・・・・・・・・


「───リラちゃん、リラちゃん!」

 どこかで自分を呼ぶ、間の抜けた声がする。

「……リラちゃん、リラちゃんてば!」

 リラがハッと目を覚ますと、虹色の瞳を輝かせた、世にも美しい顔が鎮座していた。

「はっ……え!?」
 
「良かった~!リラちゃんてば、ずっと目を覚さなかったから、心配しちゃった!」

 ほーっと胸を撫で下ろす美しい顔の持ち主は、白とも銀ともつかない、虹色に光沢する長い髪をフルリと振るう。

「ここは……?私は死んだはずでは……?」

 リラはあたりを見渡すがキラキラと光る何もない空間に、ふわりと身体だけが浮かんでいる。

 汚れていたはずの体はキレイになり、お気に入りの白い礼拝用のワンピースを身につけていた。

「浮かんだままじゃ話しづらいかな?……ほいっと!」

 長髪の人物が指を動かすと、ポンッ!という音と共にフカフカの大きなクッションが数個飛び出し、どこからともなく現れた猫足の可愛らしいソファの上に置かれた。

「座って……と、まずは自己紹介かな」

 長髪の人物は中性的な顔をわずかに傾け、胸に手を当てる。

「私は、あなた方が神と呼ぶものです」

 神は切れ長な美しい目元をゆるめ、厳かに微笑んだ。
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