上 下
40 / 41

第四十話 祝福に包まれて

しおりを挟む
 白いカーペットの敷かれた道を、セドリックと共にゆっくりと歩く。
 先導するのは、花冠をかぶったフラワーガールのブルーベルだ。籠から花びらを一生懸命に撒く姿は大層可愛らしく、一同に笑みが溢れる。
 
 祭壇まで歩き花を撒き終わったブルーベルは、振り返ってうやうやしくお辞儀をした。拍手に包まれながら上げた頬は桃色に染まり、どこか誇らしげだ。

「坊ちゃん……俺たちの奥様を頼むよ!」

 新郎の元まで辿り着くと、セドリックはアリシアから腕を離し、レイモンドの背中をバシンッと力強く叩いた。レイモンドの頷きを見届けて、司祭役のヨゼフが咳払いをする。

「えー、ゴホンッ。この後は僭越ながら、私ヨゼフが司祭を務めさせていただきます」

「なかなか様になっているじゃないか、ヨゼフ」

「からかわないでくださいよ! これでもちゃんと出来るようにと、街の教会まで修行に行ってきたんですからねっ!」

 二人のやり取りは軽快で、共に過ごした年月と信頼を感じさせた。アリシアはそんな二人を見て、ベールの下で思わず頬を緩ませてしまう。
 
 ──旦那様に、信頼のおける仲間がいてくれて本当に良かった。からかいあったり、冗談を言ったり、お互いを想って叱ることが出来たり……それはもう、友人と呼んでも良いはずだわ。主人と従者で立場は違っても、友にはなれるはずだもの……。

「えー、では早速……汝レイモンド=スノーグースは、ミーシャ……ちょっと待ってください、ここは旧姓でいいんですかね?」

「ははっ、修行の成果はどうした?」

「ふふっ、どちらでもいいですよ。でもせっかくなので……スノーグースの姓でお願いします」

「うう、すみません……。では、レイモンド=スノーグースは、ミーシャ=スノーグースを妻とし、いつ如何なる時も、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで……妻を愛し妻を想い、妻と添い遂げることを、大いなる太陽神に誓いますか?」

「ああ、誓おう。死が二人を分かとうとも、永遠に」

 ヨゼフの問いに、レイモンドはハッキリとした口調で答える。その横顔が眩しくて尊く、アリシアは胸を熱くしながら目を細めた。

「では……ミーシャ=スノーグースは、レイモンド=スノーグースを夫とし、いつ如何なる時も、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで……夫を愛し夫を想い、夫と添い遂げることを、大いなる太陽神に誓いますか?」

「はい……誓います」

 アリシアの答えに、ヨゼフは優しく微笑んだ。

「では皆さん……今夫婦となるこの二人を祝い、祈りましょう。神が二人を守り、永遠に幸せに導いてくださいますように!」

「「「せーのっ、おめでとう~!!」」」

「二人とも、お幸せに~!」
 
「仲良くやるんだぞー!」

 温室中が温かな拍手と歓声に包まれ、二人は顔を見合わせて笑った。

 大切な仲間に祝われ、隣には愛する人がいて……。何て幸せな日なのだろう。
 こんな日が来るなんて、今まで想像できただほうか?
 
 人生において、辛く苦しい日の方が多かった二人にとって、その幸せは信じられないほどに大きかった。
 嬉しくて今にも飛び上がりそうになる一方で、夢なのではないか……と疑う自分もいる。

 だが目の前の愛する人は、間違いなく血の通った人間だ。繋いだ手から伝わる温もりが、それを思い出させてくれる。

「旦那様……これを」

 感動の涙を拭きながら、ヨゼフが美しい小さな箱を取り出した。

「結婚式用ではなかったですが……頼まれていた例の物です。急いで今日に間に合わせたのですよ」

「……ありがとう。こんな良き日に渡せて良かった」

 小箱を受け取ったレイモンドはアリシアに向かって跪き、ゆっくりと小箱を開いた。
 そこには眩いばかりに青白い光を放つ氷の魔石が嵌め込まれた、銀の指輪が入っていた。

「婚約指輪だ。受け取ってもらえるだろうか?」

 感動のあまり言葉を詰まらせながら頷くと、レイモンドが指輪を取り、丁寧にアリシアの薬指に嵌めた。

「俺の指輪にも新しく氷の魔石を嵌めこんだから、お揃いだ。──これで貴方も、雪合戦が上手くなるな」

「ふふっ……氷の魔石があれば百人力です。次は負けませんからね」

 もう一度会場が拍手に包まれ、サリーがヤジを飛ばしてくる。

「最後は……ねえ、あれでしょ!」

「そうだ~、キスしなさ~い!」

「そうだぞ、やっちまえ坊ちゃん!」

 やんややんやの歓声の中、アリシアが顔を真っ赤にしてレイモンドを見つめた。

「そ、そんな急に言われても、心の準備が……! どうします、レイモンド様……」

 レイモンドはしばらく考え込んだ後、無言でアリシアのベールを上げた。
 迫り来るレイモンドの美しい顔に、アリシアはギュッと目を瞑る。

「わ、わ、わ……! ちょっと待ってくださ……」

 レイモンドはそのまま……アリシアの額に、優しくキスをした。

「貴方の心の準備が出来るまで……いくらでも待とう。今日は、ここで」

 間近でいたずらっ子のように微笑むレイモンドの顔に、ときめきと鼓動が抑えられない。
 
「なんだ~、つまんないの~」

 ブルーベルの目を両手で塞ぎながら、マールが呟く。

「後は二人のお楽しみっつーのかい。ケチだねー!」

「まあいいじゃねえか、二人には二人のペースがあんだ。ゆっくりやれよー!」

「ちょっとセドリック、アンタどっちの味方なのさ!」

「そりゃあ俺は、いつだって坊ちゃんと嬢ちゃんの味方だよ!」

 賑やかな中式典が終わり、続いて食事の運びとなった。

 白い長テーブルの上には、色とりどりの果物やサラダ、鮮やかな料理などが所狭しと並んでいる。

「わあ……! すごい、すごいです!」

「驚くのはまだ早いよぉ……ほら!」

 続いてエリオットが運んできたのは、巨大なウエディングケーキだった。
 タワー状の空色のケーキは真っ白なアイシングクリームで繊細に飾られ、氷の紋章や白い花々が緻密に描かれている。

「まあ……! これ、エリオットが作ったんですか!?」

「ふふん、そうなの! ぼく、お菓子作りの方が向いているみたい。将来はパティシエになろうかなぁ?」

「ああ、驚くほど上手く出来ているな。ここの細工なんか、工芸品みたいだ。……でも、パティシエになって何処かへ行ってしまったら、困るな……」

「えへ、だいじょうぶ! そしたら、ここでパティシエとして雇ってもらうからぁ! 三食おやつに夜食まで、全部ケーキになっちゃうかもだけど……。あ! このケーキ、デザインはマールがしてくれたんだよぉ」

「マール! 流石です、こんなの王宮のパーティでも見たことがないですよ……!」

「ふふん、二人をイメージしてデザインしたのよ~! ベースは雪の降るスノーグース領を、周りの装飾とアイシングクッキーで氷と花を~……」

「あー、はいはい! マールのセンスが良い事はみんな承知なんだから、早く食べちまおうよ!」

「なによサリー! さっきの仕返し~!?」

「まあまあ……とにかく、本当に素晴らしいケーキです! 食べるのがもったいないくらい……でもせっかくなので、いただいちゃいましょう!」

「奥サマのそういう潔いとこ、好きだわ~」

「ふふっ、ありがとうございます。ケーキはいくら綺麗でも、食べられないと可哀想ですからね!」

 その後和気藹々とケーキカットが行われ、楽しい食事会となった。笑顔が弾け、たくさん食べ、たくさん飲み……会の終盤で、アリシアが呟いた。

「ふう……一生分くらいいただきました……。こんなに豪勢で色鮮やかな食卓、ハレ巫女の洗礼の儀式の時みたいです……」

「あ、そうだ。奥サマって、前は巫女だったんだろ? 巫女の洗礼式ってどんな感じなんだ?」

「別に面白いものでもないですよ? 祭壇に太陽の恵みを並べて踊ったり……」

「ええっ、おどるの? どんな感じか見てみたい~!」

「さんせ~い、ちょうど余興にいいんじゃない? 二次会ってことで」

「余興って! 一応神聖な儀式なんですからね! まあ正式なものでもありませんし、力を失った私がやっても、何も起こりはしませんけど……うむむ、そう考えれば、確かに余興ですね」

「貴方が良いなら、俺も見てみたいな。巫女の儀式がどんなものなのか」

「レイモンド様まで……もう、仕方ありませんね。本当に別に面白くもないですよ?」

 しぶしぶ立ち上がったアリシアを、皆の歓声と拍手が包んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

溺愛されたのは私の親友

hana
恋愛
結婚二年。 私と夫の仲は冷え切っていた。 頻発に外出する夫の後をつけてみると、そこには親友の姿があった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

window
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...