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第三十四話 私の居場所

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「全部全部、燃えてしまえ!!!」

 怒り狂うダリアの拳を、アリシアは冷静にサッと掴み止める。みるみるうちに拳の炎が吸収され、呆然とするダリアの体を、アリシアは優しく抱きしめた。

「……婚約破棄されて、みんなに笑われて、辛いわよね。恥ずかしくて、どこかに隠れたくて、誰かに当たりたくなる気持ちも分かる。私もそうだったから。──でも、手加減してくれたんでしょ? 腐っても姉妹だものね。大丈夫、私が隠してあげるから……」

 そっと包み込まれるように頭を抱えられて、何故だか分からないが涙が溢れ出てきた。

 ──手加減なんて、するわけないじゃない。この炎魔法が、アタシの全力だった。それをお姉さまは、赤子を相手にするように、何でもない様子で止めて……。
 
「ああ、分かった。これが『無力感』ね……」

 魔力不足で遠くなる意識の中、ダリアは消え入る声で呟いた。

 崩れ落ちる妹の体を抱きかかえながら、アリシアの視線は力強くロイを見据えた。

「ロイ様。お誘いの件ですが……お断りします。貴方の元へは戻りません」

 周囲のざわつきの中、ロイは信じられないといった顔でアリシアを指差す。

「な、なんだと? 俺よりも……王室よりも、その男の元にいることを選ぶのか? あの何もない辺境の地に、骨を埋めることになるんだぞ?」

「何もないなんてことはありませんよ。スノーグース領には、私の大切な人達が居ます。それに今は冷たい土地ですが、もっともっと豊かになっていくはずですから」

 平然と言い退けるアリシアに、クロエが戸惑いの表情で問いかける。

「そんな……じゃあ、王室の雑務はどうなるの? あなたがやらないから、執務がずっと滞っているのに……」

「クロエ様。地方から上がってきた報告書を下読みして整理し、適切な形でロイ様にサインしていただくことが『雑務』ですか?」

 諭すような視線に、クロエはグッと言葉を詰まらせた。

「そ、それは……」

「どれも国の運営に関わる、重要な書類です。不足している情報があれば確認し、間違いがあればサインをいただく前に訂正しなければなりません。ロイ様はろくに文書を読みませんから、事前に確認しなければ差異がでます」

「おい、ろくに読んでないとは……」

 ロイの怒りの言葉は耳に入っていない様子で、クロエは弱々しく顔を顰める。

「でもそんなの、時間がかかるし……」

「それが『王妃候補』の仕事……貴方がやるべき仕事なのです。それに、書類の意味がしっかり理解出来れば、時間はかからないはずですけれど……。そのために、王妃教育も行われてきたのですから。それでも時間がかかるのでしたら……僭越ながら、王妃教育で何を学ばれてきたというのです?」

「なっ……あなた、無礼よ!!」

「ああ、失礼いたしました。クロエ様は、私への妨害工作の方に集中されていましたものね。教師や大臣達への根回しに一生懸命でしたから……そういう外交の力も、王妃には必要だというご判断なのでしょう?」

「な、な……」

 震えるクロエを横目に、アリシアは困った様子で頬に手を当てて首を傾げた。

「しかしこれからは、もう少しお勉強の方にも力を入れていただかないと。報告書類の精査以外にも、他国の要人や各地の領主との面会のセッティング、王国行事の進行など、やるべき事が多々ありますから。こちらも、決して『雑務』などではありませんけれども。それ以外に、何に忙しいと言うのです?」

「そんな……あ、う……ひどいですわ! ロイさま、助けてくださいまし!」

「お前、あまりクロエを虐めるな!!」

 嘘泣きをしながらもたれかかるクロエを抱き、ロイが怒りの形相で叫んだ。それに対し、アリシアも負けじと姿勢を正して続ける。

「ロイ様もです! 巫女の巡業を『余興』ですって? 巫女巡業は、古くから続く伝統的な行事ですよ。それに、ただの見せ物ではなく……各地に実りの晴れをもたらし、恵みの雨を降らし、豊穣の願いを叶えるものなのに。王家の力を見せつける娯楽と考えていらしたら、大間違いですわ!」

「貴様……能力もないのに、生意気なことを……!」

「ええ、その通りです。私は『能無し』ですから、尚更王室は務まらないでしょう。ただ王家の権威を見せつけるためだけに、聖なる巫女の力を使われているようでしたら……私の妹も、お返し願いますわ。巫女の力は、そんなことのために利用されるべきものではありませんから」

「ふ……不敬だ、不敬!! 王室への侮辱罪として、お前を……」

「何をする気だ? ロイ」

 冷え切ったレイモンドの言葉に、辺りがシンと静まり返った。彼が放つオーラは冷たくひりつくようで、周囲の温度が数度下がったように感じられた。ピリピリとした空気に、観衆は身動きもとれぬまま体を震わせる。

「彼女を害する気なら、俺が相手になろう。彼女は俺の妻……スノーグース伯爵夫人だ。スノーグース家を敵に回して、困るのは王室じゃないのか?」

 レイモンドはカツカツとロイに歩み寄ると、耳元で囁いた。

「俺と王室との関係を、今この場でバラされたくなければ……大人しくした方が懸命だ、弟よ。それに、彼女に指一本でも触れてみろ──俺の全ての力をかけて、国中を大寒波に陥れてやる。そうなれば……お前も死に、この国も終わる」

 青ざめたまま固まっている肩に触れると、ロイは「ヒッ……」と声を出して飛び上がった。見ているこちらが可哀想になるほどの怯え様に、レイモンドは呆れて息を吐く。

 一部始終を見ていた群衆は、そこかしこでヒソヒソと声を上げ始めていた。

「もしかして……スノーグース伯爵ってすごいのか? 王子に向かって、あんな風に言うなんて。それに見ろよ、王子のあの真っ青な顔……」

「それに……こうして並んでみると、二人って何となく似てない?」

「似てるっていうか……ねえ?」

「レイモンド様の方が……」

 綺麗……と口から出そうになる言葉を、群衆はグッと飲み込む。
 
 二人の全体的な雰囲気はよく似ていたが、並んで立ってみるとレイモンドの美しさが際立っていた。
 王家も「銀髪」と評されてはいたが、絹のように光沢し、透き通るようなレイモンドの髪と比べると、ロイの髪は「灰色」だろう。
 瞳の色も、レイモンドの深い青と比べると「ロイヤルブルー」と称えられるロイの水色の目が安っぽく見えてしまう。

 顔立ちや背格好も、全体的に子供っぽい印象のロイが隣にいることで、レイモンドの彫刻のような美しさがより際立って感じられた。

「もう、いいか? 一曲躍ったのだし、もう十分だろう。俺達は帰らせてもらう」

 退屈そうにそう告げるレイモンドに、ロイはコクコクと震えながら頷いた。

 レイモンドの凛々しい立ち振る舞いに、アリシアは何とも言えない感動を覚えていた。
 小さい頃を知っている身としては、母のような。一方で、自分の為に全力で怒りを露わにする姿に、ときめきを覚えてしまったことも確かだ。

 胸の高鳴りを抑えながら夫に駆け寄ろうとしたアリシアの腕を、何者かが掴んだ。グイッと勢いよく引かれ、胸元に抱き寄せられる。

「随分と楽しそうじゃないか、レイモンド=スノーグース」
 
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