上 下
33 / 41

第三十三話 可哀想なダリア

しおりを挟む
「………………………………は?」

 気の抜けたアリシアの返事に、ロイは仰け反りながら笑い声を上げる。

「あまりの俺の優しさに、驚きすぎて言葉もないか! まあ……妻としては無理だが、愛人か側室としてなら迎え入れてやらなくもない、と思ったのだ。お前は見目だけは良いし、魔力もそこそこあるから、侍らせておくのは最適だろう? お前がいない間、雑務が溜まっているのだ」

 後ろから顔を出したクロエが、扇で口元を隠しながらクスクスと笑う。

「ロイさまの温情に感謝して、潔く戻ってくることね。あなたがいないと、ロイさまの執務が回らないのよ。忙しい私には、あんな雑用をする時間はないわ。あなたは無能だけど、雑務をこなす才能だけはあったようだから……お似合いの仕事でしょ?」

 ──自分から婚約破棄しておきながら、「戻ってこい」ですって……!?
 あまりの図々しさに言葉を発せずにいると、後ろで壁に磔になっているダリアが叫ぶ。

「ちょっと……ちょっと待ってよ、ロイさま! お姉さまが側室になるんじゃ、アタシはどうなるの……!?」

 王子は複数の妻を持って良いことになっているが、一つの家名からは一人という決まりだ。たとえ側室だとしても、アリシアかダリアのどちらか一人しか迎え入れられないことになる。

 ロイはダリアの方を向きもせず、不快そうに目を細めて言った。

「猫撫で声で名前を呼ぶな、気色が悪い。お前は実家にでも帰れば良かろう。ハレ巫女の力が欲しくて婚約はしたが、力が弱すぎて話にならん。あんな短時間のハレでは、巫女巡業でも余興にならないと聞いている。役に立たなければ、お前のような猫女……側に置いておく意味もない」

「そんな……嘘でしょ? 役立たずのお姉さまを選んで、こんなにかわいいアタシを捨てるというの……!?」

 その言葉に、クロエが憐れみの表情を浮かべて告げる。
 
「自己評価の高さだけは尊敬するけど……ほんっとうに何の役にも立たなかったわ。わたしの代わりに行ってくれるって聞いてた巫女巡業も駄目、雑務も駄目、おまけにそのファッションセンス! 隣に並ぶのが恥ずかしくなっちゃう。姉妹二人で仲良く婚約破棄されて……フフッ、滑稽なことね」

「クロエ……あなた……!!」

 ダリアが怒りに肩を振るわせていると、周囲からクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「やっぱりな。あいつ婚約破棄だってよ」

「何をする訳でもなく、ウロチョロと王子に付き纏うだけだったものね。周りの人には横柄で、王子の前だけでは猫を被って……」

「巫女巡業、見たか? あまりのハレの短さと効果のなさに、見た人全員が逆に呆気に取られるって噂だぞ」

 周りを取り囲む視線に、ダリアは顔が燃えるように熱くなるのを感じる。

 ──何よ、何よ、何よ! アナタたちの方が無能じゃない! 何も分かってないクセに、勝手なことばかり言って!

 歯を食いしばりながら睨みつけた先には、悲しげに視線を向ける姉の姿があった。
 笑うでも、嘲るでもなく、まるで……心底心配しているとでもいうような。その視線に、一層はらわたが煮え繰り返る。

 ──元はと言えば、全部お姉さまのせいよ。婚約破棄されたのも……お姉さまみたいに、こうやって笑われているのも!!

 最初に出会った日から、お姉さまが憎くて仕方がなかった。アタシにないものを全部持っているから。
 能力も、美貌も、富も、教養も、お父さまからの愛も。
 美しい服に、手入れされた髪。そして美しい所作のお辞儀カーティシー。育ちの違いを見せつけられたようで、嫉妬の炎に灼かれたわ。
 
 下町で隠すように育てられたアタシは、ボロ布のような服にボサボサの髪で、力もなくて……。母親だって遊んでばかりで、ろくに愛された記憶も無い。同じお父さまから生まれたはずなのに、どうしてこうも違うの?
 
 それなのにアイツ……母親が死んだくらいで「悲劇のヒロインです」みたいに悲しんで……。自分が恵まれていることに気が付かないから……アタシが、ぜーんぶ奪ってやった!
 
 ハレ巫女の力も、母親の形見の宝石も、婚約者もお父さまも。どんどん昔のアタシみたいに「可哀想」になっていくお姉さまを見ていると、自分が強くなったようで安心したわ。

 最後に夢見ていた「お姫さま」になれれば、完全に完璧に、お姉さまに勝てたのに……。

「何なのよ、これ……」

 もう二度と会わないと思っていたのに、誰よりも綺麗になって、目の前に現れて。隣には絵本の王子様みたいなイケメンの夫もいて、仲良さそうにしちゃって……。
 それでアタシを、「憐れむ」ですって……!?

「何よ、お姉さま!! もっと笑いなさいよ! 憎いアタシがこんな目にあって、うれしくて仕方がないでしょう!? 周りと一緒になって、石を投げつければいいじゃない……アタシがそうしたように!!」

 それでもアリシアは、静かに首を振った。

「全部全部……お姉さまのせいだ。──お姉さまのせいなんだ!!」

 アタシがいつまでも「可哀想」なのも、いつまでも生まれのせいで満たされないのも!!!
 
 ダリアは全身の魔力をかき集め、手のひらを握りしめた。髪は逆立ち、顔は茹でダコのように真っ赤に変わり、ブルブルと震え出す。

 小さく呟いた呪文と共に火の玉がいくつか出現し、レイモンドが作り出した氷の杭を少しずつ溶かしていった。やがて杭が溶け落ちて壁から解放されたダリアは、雄叫びを上げながら、炎を纏った拳でアリシアに殴りかかる。

「全部全部、燃えてしまえ!!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

処理中です...