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第三十二話 磔の巫女
しおりを挟む「や、やめて!! 誰か、誰か助けて!!」
顔を真っ青にし腕を振り解いたダリアを、レイモンドは壁際に追い詰める。
「妻の親族だからと今まで黙っていたが……俺の勘違いだったようだ。お前と彼女の血が繋がっているとは、とても思えない」
「な、何を言って……」
「俺の大切な妻を虐げていたのは、お前か?」
レイモンドの顔が間近に迫り、ダリアは息を呑む。
「能無しの役立たずをうまく使ってやっただけなのに、何が悪いのよ……」
「……痛い目をみないと分からないようだな」
レイモンドはテーブルに置いてあったグラスを掴むと、中の水をダリアに向かって投げるように振りかけた。
「キャッ!?」
勢い良く飛び散った水は一瞬にして凍りつき、ダリアのドレスや髪を壁に固定する杭と化す。
「な、何よこれ!? 離しなさい!!」
アリシアは慌ててレイモンドを止めようと縋り付く。
「レイモンド様、おやめください! これでは貴方が、周囲から怖がられてしまいます……!」
「構うものか。貴方を虐げてきた者を目の前にして、その上侮辱されて……。貴方の尊厳を守ることが、何より大切なのだから」
「何よ、話が違うじゃない! 辺境伯は、血も涙もない化け物だったんじゃないの!? 残忍で人に触れられない、愛せない雪男だって……何でお姉さまみたいな愚図が愛されているのよ!?」
「俺が化け物でないように見えるなら、それは妻のおかげだ。それをお前は……」
足元からピキピキと音を立てて氷の柱が立ち上ってきたのを見て、ダリアは涙目で叫んだ。
「なんで……なんでお姉さまが愛されるの!? 分かったわ、愛玩用ね? お姉さま、見た目だけはマシだもの。着せ替え人形の服を取られそうになったら、それは怒るわよね。それならねえ、私の方がキレイだと……」
「着せ替え人形だと? 笑わせるな。彼女は、ドレスの一枚さえも着たがらない女性だ。いつも家のために駆け回っていて、アクセサリーの類いなど付けてくれないほどなのに……」
その言葉を聞き、ダリアが勝ち誇ったように笑い声を上げる。
「アハッ! なーんだ、やっぱり使用人扱いなんじゃない。家にいた時と同じだわ。無能のお姉さまが必要とされる場所なんて、どこにも……」
嘲るダリアの言葉を遮るように、レイモンドはドンッと壁に勢い良く腕をついた。
「彼女を無能だと侮辱するな! 俺の妻は、愛することを知っている。人を幸せにする笑い方と、心から楽しませようとする気持ち……。それ以上にかけがえのないものは無いと言うのに、他に何が必要だ?」
睨み合う二人の側で、アリシアは動けずにいた。
公衆の面前で喧嘩をし氷の魔法を使ったら、レイモンドが恐れられてしまうかもしれない。本当は止めなければならないのに……レイモンドがダリアに反論する一言一言が、今まで虐げられきた記憶を溶かしていくように、じんわりと温かく胸に沁み渡っていく。
必要だ、と言ってくれた。何の取り柄もない人間じゃない、かけがえのないものを持っていると……。「大切な妻だ」と、そう言ってくれたのだ。
「……レイモンド様、もう大丈夫です。ありがとうございます」
アリシアは溢れ出る涙を拭きながら、そっとレイモンドの肩に触れた。
「しかし……」
「妹からどう思われようとも、もう構いません。貴方が大切に想ってくれている……それだけで十分です」
「貴方にした仕打ちを考えれば、全く足りないとは思うが……貴方が止めろと言うなら、やめておこう。一応貴方の親族だからな」
「……お互い、身内には苦労いたしますね」
「ああ、全くだ」
二人が見つめ合って微笑んでいる横で、ダリアが壁の杭から逃れようとジタバタ暴れ回っている。
「ちょっと、この氷を何とかしなさいよ! アタシを誰だと思っているの!? 誇り高きサンフラワー家の令嬢で、ロイ王子の婚約者よ!? そうだ、ロイさま、ロイさまー!? 助けてください、ここに不遜な輩が……」
「ギャンギャンと喚くな、やかましい」
突然聞こえた言葉に、辺りがシンと静まり返った。声の方向を向いたダリアの顔が、パァッと明るくなる。
「ロイさま!! 助けに来てくれたんですね!? 見てください、ほら! アナタのカワイイ婚約者が、凶暴な怪物にやられて……」
ロイはダリアを一瞥すると、深いため息をついた。そのままアリシアの方に視線を向け、口の端を上げる。
「久しいな、ミーシャ=サンフラワー。またお前の顔を見る日が来るとは……息災で何より」
アリシアは感情を無にして、黙ったままお辞儀をする。
顔を上げた先に見えたのは、灰色の髪にブルーの瞳の、かつての婚約者の姿。その後ろには、アリシアを陥れた女性……「アメ巫女」のクロエ=ハイドランジアも見える。
「……訂正しろ。彼女の姓はもう、サンフラワーではない。ミーシャ=スノーグースだ」
レイモンドがロイとアリシアの前に立ちはだかり、サッと腕を伸ばした。それを見てロイは僅かに眉を上げた後、フンッと鼻で笑い飛ばす。
「聞いたぞ。俺から婚約破棄された後、スノーグース家に嫁いだそうじゃないか。辺境での暮らしはどうだ? 苦痛しかないだろうが……帰る場所がないお前は、逃げられないものな」
ロイはレイモンドを無視したまま、ツカツカとアリシアに歩み寄り、手を差し出した。
「可哀想なお前に、救いの手だ。お前を、俺の元に戻してやろう」
「…………………………は?」
顔を真っ青にし腕を振り解いたダリアを、レイモンドは壁際に追い詰める。
「妻の親族だからと今まで黙っていたが……俺の勘違いだったようだ。お前と彼女の血が繋がっているとは、とても思えない」
「な、何を言って……」
「俺の大切な妻を虐げていたのは、お前か?」
レイモンドの顔が間近に迫り、ダリアは息を呑む。
「能無しの役立たずをうまく使ってやっただけなのに、何が悪いのよ……」
「……痛い目をみないと分からないようだな」
レイモンドはテーブルに置いてあったグラスを掴むと、中の水をダリアに向かって投げるように振りかけた。
「キャッ!?」
勢い良く飛び散った水は一瞬にして凍りつき、ダリアのドレスや髪を壁に固定する杭と化す。
「な、何よこれ!? 離しなさい!!」
アリシアは慌ててレイモンドを止めようと縋り付く。
「レイモンド様、おやめください! これでは貴方が、周囲から怖がられてしまいます……!」
「構うものか。貴方を虐げてきた者を目の前にして、その上侮辱されて……。貴方の尊厳を守ることが、何より大切なのだから」
「何よ、話が違うじゃない! 辺境伯は、血も涙もない化け物だったんじゃないの!? 残忍で人に触れられない、愛せない雪男だって……何でお姉さまみたいな愚図が愛されているのよ!?」
「俺が化け物でないように見えるなら、それは妻のおかげだ。それをお前は……」
足元からピキピキと音を立てて氷の柱が立ち上ってきたのを見て、ダリアは涙目で叫んだ。
「なんで……なんでお姉さまが愛されるの!? 分かったわ、愛玩用ね? お姉さま、見た目だけはマシだもの。着せ替え人形の服を取られそうになったら、それは怒るわよね。それならねえ、私の方がキレイだと……」
「着せ替え人形だと? 笑わせるな。彼女は、ドレスの一枚さえも着たがらない女性だ。いつも家のために駆け回っていて、アクセサリーの類いなど付けてくれないほどなのに……」
その言葉を聞き、ダリアが勝ち誇ったように笑い声を上げる。
「アハッ! なーんだ、やっぱり使用人扱いなんじゃない。家にいた時と同じだわ。無能のお姉さまが必要とされる場所なんて、どこにも……」
嘲るダリアの言葉を遮るように、レイモンドはドンッと壁に勢い良く腕をついた。
「彼女を無能だと侮辱するな! 俺の妻は、愛することを知っている。人を幸せにする笑い方と、心から楽しませようとする気持ち……。それ以上にかけがえのないものは無いと言うのに、他に何が必要だ?」
睨み合う二人の側で、アリシアは動けずにいた。
公衆の面前で喧嘩をし氷の魔法を使ったら、レイモンドが恐れられてしまうかもしれない。本当は止めなければならないのに……レイモンドがダリアに反論する一言一言が、今まで虐げられきた記憶を溶かしていくように、じんわりと温かく胸に沁み渡っていく。
必要だ、と言ってくれた。何の取り柄もない人間じゃない、かけがえのないものを持っていると……。「大切な妻だ」と、そう言ってくれたのだ。
「……レイモンド様、もう大丈夫です。ありがとうございます」
アリシアは溢れ出る涙を拭きながら、そっとレイモンドの肩に触れた。
「しかし……」
「妹からどう思われようとも、もう構いません。貴方が大切に想ってくれている……それだけで十分です」
「貴方にした仕打ちを考えれば、全く足りないとは思うが……貴方が止めろと言うなら、やめておこう。一応貴方の親族だからな」
「……お互い、身内には苦労いたしますね」
「ああ、全くだ」
二人が見つめ合って微笑んでいる横で、ダリアが壁の杭から逃れようとジタバタ暴れ回っている。
「ちょっと、この氷を何とかしなさいよ! アタシを誰だと思っているの!? 誇り高きサンフラワー家の令嬢で、ロイ王子の婚約者よ!? そうだ、ロイさま、ロイさまー!? 助けてください、ここに不遜な輩が……」
「ギャンギャンと喚くな、やかましい」
突然聞こえた言葉に、辺りがシンと静まり返った。声の方向を向いたダリアの顔が、パァッと明るくなる。
「ロイさま!! 助けに来てくれたんですね!? 見てください、ほら! アナタのカワイイ婚約者が、凶暴な怪物にやられて……」
ロイはダリアを一瞥すると、深いため息をついた。そのままアリシアの方に視線を向け、口の端を上げる。
「久しいな、ミーシャ=サンフラワー。またお前の顔を見る日が来るとは……息災で何より」
アリシアは感情を無にして、黙ったままお辞儀をする。
顔を上げた先に見えたのは、灰色の髪にブルーの瞳の、かつての婚約者の姿。その後ろには、アリシアを陥れた女性……「アメ巫女」のクロエ=ハイドランジアも見える。
「……訂正しろ。彼女の姓はもう、サンフラワーではない。ミーシャ=スノーグースだ」
レイモンドがロイとアリシアの前に立ちはだかり、サッと腕を伸ばした。それを見てロイは僅かに眉を上げた後、フンッと鼻で笑い飛ばす。
「聞いたぞ。俺から婚約破棄された後、スノーグース家に嫁いだそうじゃないか。辺境での暮らしはどうだ? 苦痛しかないだろうが……帰る場所がないお前は、逃げられないものな」
ロイはレイモンドを無視したまま、ツカツカとアリシアに歩み寄り、手を差し出した。
「可哀想なお前に、救いの手だ。お前を、俺の元に戻してやろう」
「…………………………は?」
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