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第三十一話 恥をかくのは誰か

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「グズで無能なお姉さまが、よりにもよって王家の舞踏会に来るなんて! 自分の立場を忘れたようね?」

 口元をニヤリと歪めたダリアは、ツカツカとアリシアに歩み寄り、額に指を突きつけた。

「お姉さまは能力を無くして、ロイ様に婚約破棄された一家の恥晒しなのよ! よく社交会に顔を出せたわね、本当に精神だけは図太いこと!」

「……」

 アリシアが黙っていると、ダリアは頭からつま先まで舐めるように視線を動かし、高らかな笑い声を上げた。

「ちょっとはまともな見た目になったようだけど、やっぱり愛されてはいないようね! なあに? このドレス……黒と白しか使われてないじゃない。こんなの舞踏会で見たことないわ! 地味だしダサ過ぎて、笑いが止まらなくなりそう。旦那からお金をかけてもらえてない証拠で……」

「……ダリア」

 アリシアの真剣な眼差しに、ダリアが僅かにたじろぐ。

「な、何よその目つき。お姉さまのクセに生意気……」

「私を悪く言う分には構いませんが、このドレスを貶すのは許せません。これは私の大切な仲間が心血を注いで作ってくれたものなのです。撤回してください」

「そんなの……いくらシンケツ? で作ったって、ダサいものには変わりな……」

「貴方のそのドレスの方がダサいですの」

「な、何ですって……!?」

 アリシアの後ろから、ロッティがぴょこりと顔を出して告げた。

「そのドレス……どこでお買い上げになられたんですの? うちでは絶対に取り扱っておりませんわ! そんなどピンクでリボンだらけの子供っぽいデザイン、成人前のお子ちゃましか着ないですの! よく貴方のサイズがありましたわね」

「な、な……! これは特注品なのよ!? それに、アンタの方が子供服じゃない!」

「子供の私が子供服を着て何が悪いんですの? たしかに私の趣味じゃあありませんが、上質な子供用ドレスを着て舞踏会に参加することで、協会の広告塔になっているんですの。もちろん、あなたのようなゴテゴテドレスだったら、頼まれても願い下げですが……」

「こ、この……!!」

 顔を真っ赤にするダリアに目もくれず、ロッティはアリシアのドレスをウットリとした目つきで撫でる。

「それに比べてこのドレス……銀糸を使った精密な刺繍に、類を見ない斬新なデザイン! 作り手の圧倒的な情熱を感じますし、全体が細部に至るまで統一されていますの。これをダサいと思うなら、貴方のセンスの方が終わっていると自覚した方がいいですの」

「何ですって……!?」

 周りを囲む人々が頷いたりクスクス笑ったりするのを聞き、ダリアの顔が一段と赤さを増す。
 ロッティは微笑みながらアリシアのドレスの裾を捲り、ふわりと風を入れて膨らませた。艶やかな黒のドレスは、孤高の黒猫の尾のように柔らかく靡いて揺れる。

「それにこの黒は、色遣いが派手な舞踏会では逆に目立ちますわね。ここまで話題になれば、今日をきっかけにモノトーンコーデが流行すること間違い無しですの! うちでも今すぐに扱いたい品質ですが……オーダーメイドですのよね? 着る人にぴったりと合うように設計されていますもの」

「そうなんです! さすがロッティさん、お目が高いですね……!」

「ふふーん! あったり前ですの! 審美眼はラベンダー協会に必須の能力で……」

「ちょっとあなた! 黙りなさい!」

 怒りに髪を逆立てたダリアが、ロッティに向かってブルブルと震えながら拳を振り上げる。

「あーコワコワ。だからお貴族様は苦手ですの~」

 肩をすくめ、両手を上げて「やれやれ」のポーズをするロッティを、従者のアルノーが肩に背負い上げた。

「ちょっとお嬢、見境なく喧嘩するのやめてよ! ほら、撤収!」

「ああっ……スノーグース家のお二人、今度改めて領地にうかがいますの~! では、さらば!」

「こら、待ちなさい!」

 荷物のように抱えられ、ロッティはあっという間に人混みの中に消えていく。
 追いかけ損ねたダリアは、涙を滲ませた目尻をキッと吊り上げてアリシアを睨みつけた。怒りのため、フーッフーッと荒い息をしている。

「ふんっ……いくら良いドレスって言ったって、着るのがお姉さまじゃ勿体無いわ! ……そうだ、良いものだって言うんなら、アタシが着た方が良いわ! そのキラキラしてる髪飾りも! ほら、これとかこれをくれたみたいに……お姉さまのものは、全部アタシのものになる運命なんだから!」

 ダリアの首元にあったのは、「ミーシャ」の母親の形見のネックレスだった。
 いくら泣いて縋ろうとも、ダリアはアリシアのものを奪い取り、二度と返してはくれなかった。土下座する手をヒールで踏み躙り、彼女と継母は心底楽しそうに高笑いをしていた。
 
 忘れていた悔しい想いが胸に蘇り、アリシアはグッとドレスを握りしめる。
 今まで、反論をしたことなどなかった。しようとも思えなかった。そんな気持ちは、とうの昔に何度も何度も丁寧に踏み躙られ、消えてしまっていた。

 でも、今は──隣に、レイモンドが居てくれる。
 
「これは……私のものです。決して貴方に渡したりなどしません。レイモンド様や仲間達が、私にといってプレゼントしてくれた、大切なもので……」

「ふーん、そんなの知らないわ。いいから早く貸しなさい」

「やっ……やめてくださ……」

 髪飾りに伸ばされたダリアの腕が、パシッと音を立てて掴み止められる。それはこれまで見たことが無い程に冷ややかな目をした、レイモンドの手だった。

「ヒッ……!? 触らないで!! 凍っちゃうわ!!」

「……その減らず口を止めるためなら、お望み通り凍らせてやろうか」
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