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第二十八話 喧騒の中で、二人
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二人が会場へ足を踏み入れると、周囲の人間がザワザワと騒ぎ出した。
「おい、誰だあの二人は? あんなに美男美女なら、一度見れば忘れないはずだが……社交界で見たことがないよな」
「女性の方は……サンフラワー家の長女じゃないか? ほら、ロイ王子の婚約者だった。以前と雰囲気が随分違って見えるな」
「サンフラワー家の? 前はいつも暗い顔をして、自信なさげに俯いていたじゃないか。あんなに美人だったか? …………と、待て! ということは、男性の方は……スノーグース家の!?」
「おいおいおい、何で領地から出てきたんだ!! 近寄ったら凍ってしまうぞ!! 避けろ!」
二人が誰かということ伝わると、人混みが割れるように道が出来ていく。
「見て、ミーシャ=スノーグースよ。何にも出来ないって噂の。王子から婚約破棄されておいて、よく社交界に顔を出せたわね」
「顔だけは良いけど、頭が足りてないんじゃない? 婚約破棄されて、すぐ呪われたスノーグース家に嫁いだんでしょ? 私なら恥ずかしくて、領地から出られないわぁ」
「呪い持ちの伯爵と、傷物の公爵令嬢……ある意味お似合いの二人かもね」
クスクスと笑いながら噂する声が二人の耳まで響くが、レイモンドはさもないような顔で歩き続ける。
「人が多いのが嫌だと思っていたが……皆距離をとってくれるから、案外歩きやすくて良いな」
「ええ、その通りですね。それに私達、お似合いですって! 王のご希望通り『仲睦まじく』見えているでしょうか?」
目線を落としたレイモンドが、口の端を僅かに上げて微笑む。その笑顔に、アリシアの心は高鳴った。
レイモンドが隣にいる。それだけで、無敵になったような気分だった。
記憶が戻る前……「ミーシャ」だった頃、あれほど怖かった人々の目線が、こちらを嘲笑う声が、全く気にならない。
自分に何も無い時は、周りからの承認を常に求め続けていた。
でも、今なら分かる。自分が愛する人……「たった一人」から、認めてもらえるだけで良いのだ。
それだけで、自分は自分として生きていくことが出来るから。
会場の中心まで歩を進め、レイモンドは立ち止まった。人々は二人を避けるように距離をとっているため、周囲だけにぽっかりと空間が出来ている。
「……これは踊りやすいな」
「初心者な私達を気遣って、距離を置いて下さっているのですよ。皆さん、随分親切ですこと!」
皮肉を言いながらニッコリと笑うアリシアに、レイモンドがおずおずと手を差し出した。
「……本当に、俺と踊ってくれるのか? ずっと手を握ることになるし、体も触れ合う。──怖く、ないのか」
「あら、レイモンド様を怖いと思ったことはありませんよ! 呪いも、そしてこの手も」
差し出された手に、アリシアはそっと手を乗せた。
薄い手袋越しに、二人の体温が混じり合う。
「これはアピールでもあるんですよ。手を握っても体が触れ合っても、凍ったりしませんよって。レイモンド様の呪いは怖いものではないという事を、ここに居る人達に知らしめたいんです。本当は、手袋も外して欲しいところですが……」
「それは駄目だ!」
「ふふっ、レイモンド様はそう仰いますよね。では、今日はこれで……」
アリシアの背中に回されたレイモンドの指先が、いつもよりほんの少し冷たい。普段通りに見えるが、レイモンドでも緊張するのだろうか?
「ダンスは不慣れなんだが……」
俯き気味に呟かれたレイモンドの声は、不安そうに消えていく。
「大丈夫ですよ! ……とにかく、楽しみましょうね」
今にも震え出しそうな気持ちを隠し、アリシアは微笑んだ。
否が応でも、注目される。
いくら人の目線が気にならなくなっても、このダンスが今後のレイモンドの評価に繋がると思うと……怖くて仕方がなかった。
自分が台無しにしてしまうのではないか。
美しいレイモンドの横に立つのに、自分は相応しくないのではないか。
長く「ミーシャ」として暮らしてきたネガティブな思考は、簡単には消えてくれない。
(でも私には、サリーが丹精込めて作ってくれたドレスがある。マールが綺麗にお化粧もしてくれた。それにダンスは……旦那様と数えきれないほどしてきたじゃないの。昔に戻ったみたいに「楽しみましょう」、アリシア……。)
自分に言い聞かせている内に奏者の準備が終わったようで、会場が静まり返る。
高鳴る鼓動を感じながらゆっくりと目を閉じると、会場に始まりの一音が響き渡った。
この国の舞踏会の始まりは、ワルツ。
音楽と共に、緩やかに……そしてスピーディーに、二人の体が動き出す。
どちらが合わせる訳でもなく自然に、ぴったりと歩幅が合った。
ステップ。
ステップ。
ターン。
フワリ、フワリ……と、ダンスの動きに合わせてアリシアのドレスが軽やかに揺れる。
回転と共に白いドレスの裾が大きく広がり、美しく円を描いた。
踊る二人の姿を見て、周囲の人々は息を呑んだ。
「見て、綺麗……」
「二人だけ別世界のようだわ。真夜中に雪が降っているようなあのドレスも、踊っている二人も……美しすぎて、絵画から出てきたみたい」
しかし周りの雑音は、もう二人の耳には届かない。
レイモンドとアリシアの瞳には、目の前の相手しか映っていなかった。
不安な思いは、ダンスの始まりと共に綺麗に消え去ってしまった。今はもう、夢中で体を合わせるばかり。
音楽も喧騒も消え去った二人だけの世界で、レイモンドは過去の記憶を思い出していた。
・・・・・
よく晴れた日の昼下がり。
太陽の光が入る大きな窓の部屋で、少年だったレイモンドとアリシアは踊っていた。
ぴったりと息の合った二人のダンス。音楽は執事のマシューが、窓辺に腰掛けてバイオリンを弾いている。
「うふふっ……ちょっと! 回りすぎじゃないですか?」
レイモンドにクルクルと回されながら、アリシアが笑い声を上げた。
白いエプロンと水色のワンピースが、柔らかな光の中でふわりと宙を舞う。
「この間のお返し! ……ほら、ジャンプ!」
レイモンドがアリシアの腰を持ち上げ、高々と掲げた。
「わ、わあ!! 高いですってば~!」
「あははっ! そーれ!」
高い高いの状態で一回転すると、アリシアは悲鳴に近い笑い声をあげた。
「ひゃあ! あははっ! 下ろしてください~!」
「いいぞ坊ちゃん、もっとやっちまえー!」
椅子に腰掛け観戦していたセドリックが、ワインを傾けながらヤジを飛ばす。
笑い声と光で溢れる幸せな日常の一ページ。
二人の足元では氷狼のブランが、一緒にダンスを踊るように跳ね回っていた。
・・・・・
ハッと気付くと、赤毛でそばかすの「アリシア」が、ミルクティベージュの髪の彼女に変わっている。
意識が飛んでいたというのに、体は自然と動いていた。まるで記憶の中で、過去の「アリシア」と踊っていたかのように。記憶の続きのままのように……。
「……楽しい、ですね」
目の前の彼女が、頬を高揚させながら呟いた。
汗で額に張り付いた髪が、照明の光を受けてキラキラと輝いている。
「こうして……レイモンド様と踊れることが、たまらなく嬉しいのです」
彼女は耳元で囁き、目を細めて幸せそうに微笑んだ。
その瞬間、ワルツの音楽は終盤に差し掛かり、一際大きな音を立ててピアノが奏でられる。
アリシアの笑顔に見惚れていたレイモンドは、その音で我に返った。
(いけない。マールに言われた通り、作戦を実行しなければ……。)
腕を大きく伸ばしてターンする最中……アリシアの頭の髪飾りに手を触れる。すると髪飾りの氷細工が、高い音を立てて砕け散った。
「え? わっ……!?」
(髪飾りが……壊れたの!? でも旦那様が触れた感覚があったし……何かのパフォーマンス? あ! もしかしてここが、マールの言う「ダンスの終盤で頭を回すところ」……!?)
アリシアは髪が緩むのを感じながら、言われた通りに頭を大きく回す。
その振動で結われていた髪が完全に解け、ターンと共にブワリと広がった。
「まあ……!」
遠巻きに二人を見ていた観客が、感嘆の声を上げる。
髪飾りの氷細工は極細かに砕け散り、魔法のようにアリシアの広がった髪を彩った。ターンと共に長い髪がキラキラと無数の輝きを放ち、スローモーションのようにゆっくりと揺らめく。
「…………美しいな」
思わず口から出た言葉に驚いたのは、レイモンド自身だった。
まさか自分が、女性に対してそのような感情を抱くとは。
「……へっ……え?」
目を見開いたアリシアの口から、気の抜けた声が漏れ出た。
その顔は真っ赤に染まり、長いまつ毛に縁取られた大きな目が、さらに大きく開かれる。
間近に迫ったコバルトグリーンの瞳を直視した時、レイモンドの心臓がドクンと跳ね上がった。
「…………ひまわりの、瞳……?」
「おい、誰だあの二人は? あんなに美男美女なら、一度見れば忘れないはずだが……社交界で見たことがないよな」
「女性の方は……サンフラワー家の長女じゃないか? ほら、ロイ王子の婚約者だった。以前と雰囲気が随分違って見えるな」
「サンフラワー家の? 前はいつも暗い顔をして、自信なさげに俯いていたじゃないか。あんなに美人だったか? …………と、待て! ということは、男性の方は……スノーグース家の!?」
「おいおいおい、何で領地から出てきたんだ!! 近寄ったら凍ってしまうぞ!! 避けろ!」
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「見て、ミーシャ=スノーグースよ。何にも出来ないって噂の。王子から婚約破棄されておいて、よく社交界に顔を出せたわね」
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「呪い持ちの伯爵と、傷物の公爵令嬢……ある意味お似合いの二人かもね」
クスクスと笑いながら噂する声が二人の耳まで響くが、レイモンドはさもないような顔で歩き続ける。
「人が多いのが嫌だと思っていたが……皆距離をとってくれるから、案外歩きやすくて良いな」
「ええ、その通りですね。それに私達、お似合いですって! 王のご希望通り『仲睦まじく』見えているでしょうか?」
目線を落としたレイモンドが、口の端を僅かに上げて微笑む。その笑顔に、アリシアの心は高鳴った。
レイモンドが隣にいる。それだけで、無敵になったような気分だった。
記憶が戻る前……「ミーシャ」だった頃、あれほど怖かった人々の目線が、こちらを嘲笑う声が、全く気にならない。
自分に何も無い時は、周りからの承認を常に求め続けていた。
でも、今なら分かる。自分が愛する人……「たった一人」から、認めてもらえるだけで良いのだ。
それだけで、自分は自分として生きていくことが出来るから。
会場の中心まで歩を進め、レイモンドは立ち止まった。人々は二人を避けるように距離をとっているため、周囲だけにぽっかりと空間が出来ている。
「……これは踊りやすいな」
「初心者な私達を気遣って、距離を置いて下さっているのですよ。皆さん、随分親切ですこと!」
皮肉を言いながらニッコリと笑うアリシアに、レイモンドがおずおずと手を差し出した。
「……本当に、俺と踊ってくれるのか? ずっと手を握ることになるし、体も触れ合う。──怖く、ないのか」
「あら、レイモンド様を怖いと思ったことはありませんよ! 呪いも、そしてこの手も」
差し出された手に、アリシアはそっと手を乗せた。
薄い手袋越しに、二人の体温が混じり合う。
「これはアピールでもあるんですよ。手を握っても体が触れ合っても、凍ったりしませんよって。レイモンド様の呪いは怖いものではないという事を、ここに居る人達に知らしめたいんです。本当は、手袋も外して欲しいところですが……」
「それは駄目だ!」
「ふふっ、レイモンド様はそう仰いますよね。では、今日はこれで……」
アリシアの背中に回されたレイモンドの指先が、いつもよりほんの少し冷たい。普段通りに見えるが、レイモンドでも緊張するのだろうか?
「ダンスは不慣れなんだが……」
俯き気味に呟かれたレイモンドの声は、不安そうに消えていく。
「大丈夫ですよ! ……とにかく、楽しみましょうね」
今にも震え出しそうな気持ちを隠し、アリシアは微笑んだ。
否が応でも、注目される。
いくら人の目線が気にならなくなっても、このダンスが今後のレイモンドの評価に繋がると思うと……怖くて仕方がなかった。
自分が台無しにしてしまうのではないか。
美しいレイモンドの横に立つのに、自分は相応しくないのではないか。
長く「ミーシャ」として暮らしてきたネガティブな思考は、簡単には消えてくれない。
(でも私には、サリーが丹精込めて作ってくれたドレスがある。マールが綺麗にお化粧もしてくれた。それにダンスは……旦那様と数えきれないほどしてきたじゃないの。昔に戻ったみたいに「楽しみましょう」、アリシア……。)
自分に言い聞かせている内に奏者の準備が終わったようで、会場が静まり返る。
高鳴る鼓動を感じながらゆっくりと目を閉じると、会場に始まりの一音が響き渡った。
この国の舞踏会の始まりは、ワルツ。
音楽と共に、緩やかに……そしてスピーディーに、二人の体が動き出す。
どちらが合わせる訳でもなく自然に、ぴったりと歩幅が合った。
ステップ。
ステップ。
ターン。
フワリ、フワリ……と、ダンスの動きに合わせてアリシアのドレスが軽やかに揺れる。
回転と共に白いドレスの裾が大きく広がり、美しく円を描いた。
踊る二人の姿を見て、周囲の人々は息を呑んだ。
「見て、綺麗……」
「二人だけ別世界のようだわ。真夜中に雪が降っているようなあのドレスも、踊っている二人も……美しすぎて、絵画から出てきたみたい」
しかし周りの雑音は、もう二人の耳には届かない。
レイモンドとアリシアの瞳には、目の前の相手しか映っていなかった。
不安な思いは、ダンスの始まりと共に綺麗に消え去ってしまった。今はもう、夢中で体を合わせるばかり。
音楽も喧騒も消え去った二人だけの世界で、レイモンドは過去の記憶を思い出していた。
・・・・・
よく晴れた日の昼下がり。
太陽の光が入る大きな窓の部屋で、少年だったレイモンドとアリシアは踊っていた。
ぴったりと息の合った二人のダンス。音楽は執事のマシューが、窓辺に腰掛けてバイオリンを弾いている。
「うふふっ……ちょっと! 回りすぎじゃないですか?」
レイモンドにクルクルと回されながら、アリシアが笑い声を上げた。
白いエプロンと水色のワンピースが、柔らかな光の中でふわりと宙を舞う。
「この間のお返し! ……ほら、ジャンプ!」
レイモンドがアリシアの腰を持ち上げ、高々と掲げた。
「わ、わあ!! 高いですってば~!」
「あははっ! そーれ!」
高い高いの状態で一回転すると、アリシアは悲鳴に近い笑い声をあげた。
「ひゃあ! あははっ! 下ろしてください~!」
「いいぞ坊ちゃん、もっとやっちまえー!」
椅子に腰掛け観戦していたセドリックが、ワインを傾けながらヤジを飛ばす。
笑い声と光で溢れる幸せな日常の一ページ。
二人の足元では氷狼のブランが、一緒にダンスを踊るように跳ね回っていた。
・・・・・
ハッと気付くと、赤毛でそばかすの「アリシア」が、ミルクティベージュの髪の彼女に変わっている。
意識が飛んでいたというのに、体は自然と動いていた。まるで記憶の中で、過去の「アリシア」と踊っていたかのように。記憶の続きのままのように……。
「……楽しい、ですね」
目の前の彼女が、頬を高揚させながら呟いた。
汗で額に張り付いた髪が、照明の光を受けてキラキラと輝いている。
「こうして……レイモンド様と踊れることが、たまらなく嬉しいのです」
彼女は耳元で囁き、目を細めて幸せそうに微笑んだ。
その瞬間、ワルツの音楽は終盤に差し掛かり、一際大きな音を立ててピアノが奏でられる。
アリシアの笑顔に見惚れていたレイモンドは、その音で我に返った。
(いけない。マールに言われた通り、作戦を実行しなければ……。)
腕を大きく伸ばしてターンする最中……アリシアの頭の髪飾りに手を触れる。すると髪飾りの氷細工が、高い音を立てて砕け散った。
「え? わっ……!?」
(髪飾りが……壊れたの!? でも旦那様が触れた感覚があったし……何かのパフォーマンス? あ! もしかしてここが、マールの言う「ダンスの終盤で頭を回すところ」……!?)
アリシアは髪が緩むのを感じながら、言われた通りに頭を大きく回す。
その振動で結われていた髪が完全に解け、ターンと共にブワリと広がった。
「まあ……!」
遠巻きに二人を見ていた観客が、感嘆の声を上げる。
髪飾りの氷細工は極細かに砕け散り、魔法のようにアリシアの広がった髪を彩った。ターンと共に長い髪がキラキラと無数の輝きを放ち、スローモーションのようにゆっくりと揺らめく。
「…………美しいな」
思わず口から出た言葉に驚いたのは、レイモンド自身だった。
まさか自分が、女性に対してそのような感情を抱くとは。
「……へっ……え?」
目を見開いたアリシアの口から、気の抜けた声が漏れ出た。
その顔は真っ赤に染まり、長いまつ毛に縁取られた大きな目が、さらに大きく開かれる。
間近に迫ったコバルトグリーンの瞳を直視した時、レイモンドの心臓がドクンと跳ね上がった。
「…………ひまわりの、瞳……?」
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