上 下
4 / 4

第四話 「大好き」なんて言わないで!

しおりを挟む
「……また『かしわん』の声を聞いてるのか?」

 数日後、お弁当をくれると言うので屋上に来てみると、花宮はスマホに繋がったイヤホンで何かを聴いていた。

「……そうよ、悪い?」

 上目遣いでこちらを向いた花宮が可愛く、心臓がドコドコと煩く音を立てる。
 いつもは「無表情」と言われる顔が、こんな時だけは有難く感じる。

「いや、悪くはないが……それよりも、転校数日で立ち入り禁止の屋上にいる方が、悪ではあるな」

「え!? サキが、屋上は人が来ないから穴場スポットだって……」

「……立ち入り禁止だから、人が来ないんだろう」

 同じく幼馴染であるサキに完全にからかわれている花宮は、はあ……と大きく肩を落とした。

「まあ……時々使っている人もいるし、見つからなければ大丈夫だろう。となり、いいか?」

「と、となり!? いや、そりゃそうよね、でも……。3メートル! 離れて座って!」

 弁当を食べる時でもこうか。やはり、相当嫌われているらしい。俺は大人しく3メートル離れた場所に座り込んだ。

「……相変わらず、かしわんが好きなのか?」

「うん、好きよ。……ほら、私、父親がいないじゃない? だからかな……寝る前にかしわんの声を聞くと、落ち着いてよく眠れるの」

 花宮はイヤホンを胸に抱き、空を見上げて呟く。

「だからかしわんは、私の理想の父親像なのかもしれない。小さい頃は、何で好きなのか分からなかったけど……」

「あの……俺の声は、かしわんの声に似ていたり……しないか?」

 恐る恐る尋ねた俺の方を、花宮は驚いた顔で振り向く。
 
「は!? アンタの声なんか、似ても似つかないわよ! かしわんの声は渋くて大人っぽくて、聞いていて落ち着くけど……。アンタの声は、その……心拍数の上がるような……」

 その反応に、俺は大きくため息を吐いた。

「そうだよなあ……。毎回花宮に赤い顔をさせてちゃ、落ち着くとはほど遠いよなぁ……」

「え!? そ、それ、どういう意味……!?」

 ビクリと体を浮かせた花宮は、耳まで赤くして目をパチパチとする。
 
「ほら、どうしてか分からないが、俺が話すと顔が林檎みたいに真っ赤になるだろ? 俺の声が嫌いだから、怒りでそうなるんだろう?」

「おっ……怒ってるわけじゃ……」

 花宮は体育座りをした腕の中に顔を埋めて、ぶつぶつと何かを呟いている。

「大好きな花ちゃんを振り向かせようと思って、今まで色々頑張ってきたけど……やっぱり無駄だったな。そんなに嫌いなら、やっぱりもう関わらない方がいいよな?」

「……は? 今、なんて?」

 急に顔を上げた花宮は、先程とは打って変わって蒼白な顔でこちらを見つめる。

「いやだから、そんなに嫌いならもう関わらないって……」
 
「その前よ、その前!」

「ああ、花ちゃんが大好きだから振り向いて欲しくて……って?」

 言い終わるのを待たずに、花宮の顔が再び真っ赤に戻っていく。

「うわ、怒ってるのか? 嫌いなやつに好きって言われたら、気分が悪いよな……すまん」

「いや! 待って、違くて……ちがうの」

 立ち上がった花宮は、両手で顔を覆っている。膝はふるふると震え、指の間から見える顔は変わらず真っ赤だ。

「怒ってる……わけじゃない。怒るわけない。だって、だって私……」

 両手を下ろして、薄く涙の溜まった目で花宮が俺を見つめた。
 ああ、なんて美しい瞳だろう……と、俺は思わず見惚れてしまう。

「昔から、ユースケのことが……大好きだったから!」

 大きな目をギュッと閉じ、花宮は叫ぶようにそう言った。
 
「……え? あの時、大嫌いって……」

「あれは……! 私が引っ越す時、アンタがあまりに泣くから……悲しいし、好きだし、離れたくないし、泣かせたくないし……感情がぐちゃぐちゃになって……」

 へなへなと座り込んだ花宮は、いじけたように指で地面にくるくると円を描いている。

「それにあの時のアンタが、あまりにも『かしわん』と違うのに……理想の人と違うのに、好きなのはおかしい! って思っちゃって……」

 花宮は俯いたまま、チラリとこちらを上目遣いで見つめる。

「だから、その……ごめん。私が幼かったから、ユースケのこと傷つけて……」

「いや……いいよ。うん、いい。──じゃあつまり、俺はもっと花宮に近づいて良いってことだな?」

「え!? それはちょっと……心の準備が」

 返答を待たずに近づいた俺は、あまりの至近距離に自分でも驚いてしまう。
 心が浮き立って、思わず大胆な行動を取ってしまった……。少し動けば肘同士が触れ合いそうな近さに、激しく動く心臓の鼓動が聞こえてしまわないかと心配になる。

「昔みたいに、花ちゃんと呼んでいいか? それとも……ほなみ?」

「まってまってまって、ちょっと待って! 過多! 供給過多すぎる!!」

 花宮は小さな両手で、俺の顔を押し退けようと抵抗する。本気で嫌がっているのでないと分かれば、それが愛おしくて仕方がない。

「ははっ、また林檎みたいになって……かわいいな、ほなみは」

「あ……駄目、あまりに過多すぎる。もう無理……」

 耳元で囁いた俺の声に、花宮はプシューと音を立ててショートしてしまった。

 目を回している花宮の顔を眺め、俺は微笑んだ。
 
 これからは、何度でも君に「大好き」と言おう。
 いつか君に、この声も「大好き」と言ってもらえるように。

 晴れ渡る空の下。遠くで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。



○○○○○○○○○○○○○○○


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 本当に短いラブコメですが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
 (感想や評価等いただけますと、泣いて喜びます……!)

 最後に自作の宣伝で恐縮ですが……。


『【ハレ巫女】妹の身代わりに「亡き妻しか愛せない」氷血の辺境伯に嫁ぎました~記憶も能力も失った「ハレの巫女」が、氷の呪いを溶かして溺愛されるまで~』

という長編を連載中ですので、ぜひ覗いていただけますと嬉しいです。
(ほのぼの+時々シリアスな長編ファンタジーです!)

https://www.alphapolis.co.jp/novel/409291970/541739702

 改めまして……最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

大人な軍人の許嫁に、抱き上げられています

真風月花
恋愛
大正浪漫の恋物語。婚約者に子ども扱いされてしまうわたしは、大人びた格好で彼との逢引きに出かけました。今日こそは、手を繋ぐのだと固い決意を胸に。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

私の好きなひとは、私の親友と付き合うそうです。失恋ついでにネイルサロンに行ってみたら、生まれ変わったみたいに幸せになりました。

石河 翠
恋愛
長年好きだった片思い相手を、あっさり親友にとられた主人公。 失恋して落ち込んでいた彼女は、偶然の出会いにより、ネイルサロンに足を踏み入れる。 ネイルの力により、前向きになる主人公。さらにイケメン店長とやりとりを重ねるうち、少しずつ自分の気持ちを周囲に伝えていけるようになる。やがて、親友との決別を経て、店長への気持ちを自覚する。 店長との約束を守るためにも、自分の気持ちに正直でありたい。フラれる覚悟で店長に告白をすると、思いがけず甘いキスが返ってきて……。 自分に自信が持てない不器用で真面目なヒロインと、ヒロインに一目惚れしていた、実は執着心の高いヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、エブリスタ及び小説家になろうにも投稿しております。 扉絵はphoto ACさまよりお借りしております。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...