1 / 4
第一話 「大嫌い」なんて言わないで!
しおりを挟む
「あんたなんて、だいだいだいだい……大っ嫌い!!」
これは俺の、遠い記憶。
「その甲高い声、すぐ泣く弱っちいとこ、ムダにやさしいとこ……私の憧れの『かしわん様』と大違いなんだから!」
ジャングルジムのてっぺんで、サラサラの髪をツインテールにした美少女が叫んでいる。
「だからもう……そんな声で泣かないでよ」
記憶の中の俺は地面に座り込んで、女々しくわんわんと泣いていた。
公園の桜は満開を過ぎ、花びらが絶えず宙に舞っている。
ジャングルジムから降りてきた少女がため息を吐き、ポケットから取り出したハンカチを差し出す。
「あんたなんて大っ嫌い、だけど……あんたのその声聞かなくて済むなら……その、手紙だけとかなら、やり取りしてやってもいいし……」
俺はハンカチを受け取らず、拳でゴシゴシと目を擦ってから弱々しく立ち上がった。
「花ちゃん……ぼくのこと、そんなに嫌いだったのに……今まで遊んでくれてありがとう。寂しいけど、もう関わらないから……」
「えっちょっと……あの……」
「引っ越し先でも、元気でね……」
小さい俺は、後ろも振り向かずに走り去った。
彼女がハンカチを握りしめて、呆然と立ち尽くしていることも知らずに……。
◇◇◇◇◇
あの日から6年、俺は高校二年生になった。
ひ弱だったあの頃の違い、高校ではそこそこ上手くやっている……と思う。多くはないが親友と呼べる友はいるし、勉強も部活も順調と言っていいだろう。
しかし桜の花を見ると、今でも思い出してしまう。
大好きだった幼馴染に「大嫌い」と言われた、幼いあの日のことを……。
窓の外の桜を見て物思いに耽っていると、担任が勢い良くドアを開けて入ってきた。
「はーい、今日は急だけど、このクラスに転校生がきます」
担任の言葉に、「こんな時期に?」「男?女?」と教室全体がざわめく。
パンパンッと手を叩きそれを鎮めた先生は、ドアの外を覗くようにして入室の合図をした。
数秒の間の後、堂々と胸を張った美少女がずんずんと大股で入室してくる。
色素の薄い茶色い髪をサラサラと揺らし、少し吊り上がった大きな目に満面の笑みを湛えた彼女は、こう名乗った。
「花宮ほなみです。よろしくお願いします」
「はい、花宮さんです。中途半端な時期だけど、みんなよろしくねー、拍手!」
教室から拍手が沸き起こり、ヒューヒューと口笛を吹く者や「よろしくねー!」と掛け声をかける者もいる。
花宮と名乗る少女は照れ臭そうに微笑み、深々とお辞儀をした。
「じゃあ花宮さんは……あの一番後ろの席ね。──あっ、そこ段差が……」
「えっ? わっ……きゃんっ!」
花宮は教壇と床との僅かな段差で足を滑らせ、ドシンッ!と大きく尻餅をつく。
教室は一瞬シーンと静まりかえった後、大きな笑いに包まれた。
「どんまーい!」
「花宮ちゃんドジっ子なんだ、かわい~!」
すれ違う生徒達に口々にいじられながら、花宮は顔を真っ赤にして超スピードでこちらに向かってきた。
俺の隣の席にたどり着いた彼女は、口をつぐんだまま勢い良く着席した。
「花ちゃん……だよな。久しぶり」
その言葉を聞いてこちらを向いた花宮は、びっくり箱から飛び出すオモチャのように跳ね上がった。目をまんまるく見開き、震える指で俺を指差しながら叫ぶ。
「な、な、な……あんた、ユースケ!?」
「おい、落ち着けって! みんなが見てる……」
「なっ……何よその声!? 昔と全然違うじゃない!」
「当たり前だろ、何年経ったと思ってるんだ──ほら、とにかく早く座って……」
担任が困った顔で、座れのジェスチャーをしている。
クラス中の視線が集まっているのに気が付き、花宮は空気が抜けるように、ゆっくりと着席をした。
「……声変わりしたんだよ、中二の時に……」
「ねえわかったから、小声で喋らないで……」
手元にあったプリントで顔を覆い隠した花宮は、消え入りそうな声で呟く。耳が真っ赤になっているが、具合が悪いのだろうか。
「そうだった、ごめん。俺のこと大嫌いだもんな、声も聞きたくないよな」
「な、んで……それは、違うって……」
「花ちゃん、悪いけど……一限英語で、お互い教科書を読み合わないといけなくて──」
「花ちゃんって、呼ばないで……!」
絞り出した声でそう告げた花宮は、涙目でこちらを睨みつけてくる。手に持っているプリントが、ぐしゃりと握りつぶされていて不憫だ。
「……ごめん。じゃあ、花宮。教科書の84ページを……」
結局その時間、花宮は教科書で顔を隠したまま、目を合わせてくれることはなかった。
これは俺の、遠い記憶。
「その甲高い声、すぐ泣く弱っちいとこ、ムダにやさしいとこ……私の憧れの『かしわん様』と大違いなんだから!」
ジャングルジムのてっぺんで、サラサラの髪をツインテールにした美少女が叫んでいる。
「だからもう……そんな声で泣かないでよ」
記憶の中の俺は地面に座り込んで、女々しくわんわんと泣いていた。
公園の桜は満開を過ぎ、花びらが絶えず宙に舞っている。
ジャングルジムから降りてきた少女がため息を吐き、ポケットから取り出したハンカチを差し出す。
「あんたなんて大っ嫌い、だけど……あんたのその声聞かなくて済むなら……その、手紙だけとかなら、やり取りしてやってもいいし……」
俺はハンカチを受け取らず、拳でゴシゴシと目を擦ってから弱々しく立ち上がった。
「花ちゃん……ぼくのこと、そんなに嫌いだったのに……今まで遊んでくれてありがとう。寂しいけど、もう関わらないから……」
「えっちょっと……あの……」
「引っ越し先でも、元気でね……」
小さい俺は、後ろも振り向かずに走り去った。
彼女がハンカチを握りしめて、呆然と立ち尽くしていることも知らずに……。
◇◇◇◇◇
あの日から6年、俺は高校二年生になった。
ひ弱だったあの頃の違い、高校ではそこそこ上手くやっている……と思う。多くはないが親友と呼べる友はいるし、勉強も部活も順調と言っていいだろう。
しかし桜の花を見ると、今でも思い出してしまう。
大好きだった幼馴染に「大嫌い」と言われた、幼いあの日のことを……。
窓の外の桜を見て物思いに耽っていると、担任が勢い良くドアを開けて入ってきた。
「はーい、今日は急だけど、このクラスに転校生がきます」
担任の言葉に、「こんな時期に?」「男?女?」と教室全体がざわめく。
パンパンッと手を叩きそれを鎮めた先生は、ドアの外を覗くようにして入室の合図をした。
数秒の間の後、堂々と胸を張った美少女がずんずんと大股で入室してくる。
色素の薄い茶色い髪をサラサラと揺らし、少し吊り上がった大きな目に満面の笑みを湛えた彼女は、こう名乗った。
「花宮ほなみです。よろしくお願いします」
「はい、花宮さんです。中途半端な時期だけど、みんなよろしくねー、拍手!」
教室から拍手が沸き起こり、ヒューヒューと口笛を吹く者や「よろしくねー!」と掛け声をかける者もいる。
花宮と名乗る少女は照れ臭そうに微笑み、深々とお辞儀をした。
「じゃあ花宮さんは……あの一番後ろの席ね。──あっ、そこ段差が……」
「えっ? わっ……きゃんっ!」
花宮は教壇と床との僅かな段差で足を滑らせ、ドシンッ!と大きく尻餅をつく。
教室は一瞬シーンと静まりかえった後、大きな笑いに包まれた。
「どんまーい!」
「花宮ちゃんドジっ子なんだ、かわい~!」
すれ違う生徒達に口々にいじられながら、花宮は顔を真っ赤にして超スピードでこちらに向かってきた。
俺の隣の席にたどり着いた彼女は、口をつぐんだまま勢い良く着席した。
「花ちゃん……だよな。久しぶり」
その言葉を聞いてこちらを向いた花宮は、びっくり箱から飛び出すオモチャのように跳ね上がった。目をまんまるく見開き、震える指で俺を指差しながら叫ぶ。
「な、な、な……あんた、ユースケ!?」
「おい、落ち着けって! みんなが見てる……」
「なっ……何よその声!? 昔と全然違うじゃない!」
「当たり前だろ、何年経ったと思ってるんだ──ほら、とにかく早く座って……」
担任が困った顔で、座れのジェスチャーをしている。
クラス中の視線が集まっているのに気が付き、花宮は空気が抜けるように、ゆっくりと着席をした。
「……声変わりしたんだよ、中二の時に……」
「ねえわかったから、小声で喋らないで……」
手元にあったプリントで顔を覆い隠した花宮は、消え入りそうな声で呟く。耳が真っ赤になっているが、具合が悪いのだろうか。
「そうだった、ごめん。俺のこと大嫌いだもんな、声も聞きたくないよな」
「な、んで……それは、違うって……」
「花ちゃん、悪いけど……一限英語で、お互い教科書を読み合わないといけなくて──」
「花ちゃんって、呼ばないで……!」
絞り出した声でそう告げた花宮は、涙目でこちらを睨みつけてくる。手に持っているプリントが、ぐしゃりと握りつぶされていて不憫だ。
「……ごめん。じゃあ、花宮。教科書の84ページを……」
結局その時間、花宮は教科書で顔を隠したまま、目を合わせてくれることはなかった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる