少年補助士のお仕事日記〜いつか冒険者になるために〜

空見 大

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専属としての初依頼

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朝の光を浴びてムートはいつも通り目を覚ます。
いつもと違ったことと言えば隣で寝ている人物がいる事だ。
昨日彼女に言われた通り、隣にいることが夢ではなかったことを再確認しつつ、ムートは朝の調理を開始する。
昨日作ったものの余り物がいくつか、それに野菜とスープにパンを用意したら立派な朝食の出来上がりだ。

「…おはよう」
「おはようございます。すごい寝癖ですよ」
「風呂に入るとどうしてもね。ムートはどうして髪の毛荒れてないんだい?」
「シャンプーだけじゃなくてリンスーも使ってるので……なんですか、睨まないでくださいよ。ちゃんと下に隠しておいてあったんですよ?」

隠しておいてはいたものの、事実置いてあったので文句を言われる筋合いはない。
そう目で表現するムートに随分と図太くなったものだと思いつつ、ディアーナは下でさっと髪を洗い流すとテーブルに着く。
椅子を使わないで食事を行うのはディアーナにしてみれば慣れないことではあるが、これから慣れていく必要のあることなので落ち着いて料理を待つ。

「次からはムートにどこにあるか聞いてから使うようにするよ」
「勘弁してくださいよ、あれめちゃくちゃ高いんですよ?」
「そんなもの気にならないくらい私が魔物を倒せば良い話さ」
「死なないように気をつけながらですがね。どうぞ」

金銭を追い求めてその果てに死ぬなどあってはならない、ムートとディアーナはそれだけは出会う前から共通の認識として持っている。
まさかそんなことなどあり得ないが、冒険で命を落とすつもりなど二人ともさらさらない。
笑みを浮かべるディアーナを見て冗談を理解してくれていると思いながら、ムートは黙々と食事を口に運ぶ。

「今日はどうしますか?」
「もちろん今日も外に行くつもりだよ。そうだな…五匹だ」
「五匹って…何を?」
「もちろん魔猪を五匹だ」
「簡単に言ってくれますね全く。本気出したらまだまだいけるって事ですか?」
「もちろん。強いんだよ私、それに一番強い武器はまだ見せてないしね」

強いことはもちろん知っているつもりだったが、そこまでいうのであれば相当の自信があるのだろう。
限界点がどれほどなのかムートとしても気になるところだし、もし想定よりも遥かに強ければ少し強めの割のいい魔物を狙うのも悪くはないだろう。

「とりあえずはご飯食べ終わったら組合に行って、依頼書の確認ですかね」
「そうだね」

この空気感にももう随分と慣れ始めたものだ。
そんなことを思いながらムートは自分の作った朝食に頬を緩ませるのである。

/

さて、そんなこんなでやってきた冒険者組合。
やはりというかなんというか、冒険者組合帝国支部きっての期待の星といこともあってかディアーナに集まる視線の量はとてつもない。
かつてムートが共に旅した有名冒険者達と同じか、下手をすればそれよりも視線を集められるのは英雄の孫という肩書きあってのものだろう。
いつもならば多少名が通っていたとしても補助士だからと意識の外に置かれがちなムートであったが、ディアーナと契約を結んだと言う噂が広まっているのか今日ばかりはそうもいかず、ディアーナと同じかさらにそれよりも視線を浴びることになった。
気丈に振る舞うディアーナが横にいたからこそなんとかムートも平静を保てているが、もし自分一人でここに来ていたらと思うとおっかない。

「ディアーナ様、依頼書は本当にこちらでよろしいので?」
「様はいりませんよ、私も彼らと同じ冒険者です。それもまだ札色すら決まっていない駆け出しの。気楽になさってください」

冒険者組合は管理を行う場であって金銭を直接生み出す場ではない。
低い位の冒険者に対してはそれなりに強く出ることができても、最高位クラスの冒険者はもちろんその下二つくらいまでは、冒険者組合としては居なくなられては非常に困る存在なのだ。
なにせ彼らが討伐できる魔物は金になる、素材が金にならずとも危険生物の討伐による報奨金が、個人に支払われる代金とは別に組合に国から支払われるのでいなくなられると困る。
そんなこんなで高位の冒険者達は組合から優遇される立場にあり、たとえ駆け出しであろうとも上位になる事をほぼ約束されているも同義のディアーナに下手に出るのは当然とも言えた。
だからこそディアーナには出来るだけ最初は簡単な依頼をこなし、危険度の少ない依頼をしておいて欲しかったのである。

「そうは言いますが……」
「それでは。ムート、先に行っておくわね?」
「分かりましたよ」

だがそんな彼等彼女等では決意の固まったディアーナを動かすことなどできるはずもなく、残されたムートは受付嬢からなんとかしろよという視線を全身で浴びていた。
だが受付嬢がどうにもならない事をムートに頼ったからと言ってどうにかなるわけでもない、もう少し依頼の難易度を上げるくらいならどうとでもなるだろうが組合側としてもそれは避けたいはずだ。
ムートに押し付けてまで組合側の提案を断ったあたり、昨日ディアーナにムートの事を付けさせた組合の人物は相当に頑張ったらしい。
それから必要な書類を書き終えたムートが組合の外に出ると、少しだけ不機嫌そうなディアーナが立っていた。

「依頼受けてきましたよ?」
「──あ、ああ。ありがとう」
「どうかしました?」
「いやなに、面倒事を押し付けてしまったのを反省しているんだよ」

珍しく返答が止まったディアーナに対してムートが問いかけると、明らかに嘘であろう言葉が返ってくる。
悪意あっての嘘ではなく、こちらに気を遣って事実を隠している素振りを見せるディアーナに対してムートは気づいていないフリをした。

「あんなの補助士の仕事の内ですよ? 戦闘は任せてますから、これくらいの事なら別に良いんですよ」

何があったのか正確なことがわからない以上、ムートが話しかけられるのはこの程度のことだろう。
補助士の仕事のうちの一つとして書類整理がある以上、先程行ったのだって業務の範疇の一つでもある。
それほど気にするような事ではないのだが気になるのならこれくらいのフォローはするべきだろう。

「それじゃあ討伐に行きますか」
「ああ、そうだね」

/

昨日と同じただっぴろい平原で、ムートとディアーナはとぼとぼと歩いていた。
魔猪の数は探せば見つかる程度にはいる、魔物の繁殖方法は未だに判明していないことが多いが魔猪は通常の猪が変化したり魔猪同士で交尾したりと繁殖方法が多いので魔物の中でもそれなりに数が多いのだ。
だがムート達は先ほどから魔猪を探せないでいた。

「とは言ってもさすがに五体も探せませんよ浮いてるの」

単独で歩いている魔猪というのは群れから逸れたものであったり、群れを追われてしまったようなものばかりである。
これが番である二匹以上であれば話は変わってくるのだが、一匹だけとなるとどうしても数が少ない。
ディアーナの安全を考慮して力量差がある限りは安全であろう一対一の状況を作ろうとしていたムートだが、そんなムートに対してディアーナから提案が出された。

「二体くらいまでなら大丈夫だろう。一対一より多数戦闘の方が得意なんだ」

その言葉が本当かどうかは別として、自信を持ってそう口にしたディアーナの言葉を信じてムートは軽く当たりを見回す。
時間にして数秒、二匹で共に行動している魔猪の姿が目に入る。
街道からかなり離れた場所に居るので魔物の数もそれだけ多いのだ。

「そういう事なら構いませんけど。早速見つけましたよ」
「要望通り二匹か、流石だねムート」
「肉眼でよくこの距離見えますね? 褒めても何も出ませんよ。とりあえず僕はいつも通り後ろに隠れているので」
「お姉さんに任せない──って言うほど歳は離れてないか」

実際のところどうなのだろうか。
見た目的な話であればディアーナは16か17くらいだとは思っているが、人の寿命というやつは厄介でムートとディアーナでは寿命が全く違うのだ。
それは身体能力なども関わっているが、いままで食べてきた魔物達の質が高いと寿命が伸びる傾向にあるからだ。
ディアーナの家庭ならば下手をすれば龍を食ったことすらあるだろう、ムートと歳の取り方が同じかと聞かれると疑問が残るところである。
大地を滑るようにして駆けていくディアーナの後を追いかけながらそんなことを考えていると、魔猪が気付くよりも早く間合いに侵入したディアーナが飛び上がりながら武器を召喚する。
それは一般的に両手剣とされる剣よりも遥かに大きく、刀身だけで2メートルにもなろうかというその巨大な剣を重力と共に魔猪へと振り下ろす。

「────!!!」
「──ふっ!」

驚異的な切れ味を誇る大剣は、それだけで魔猪の体を最も容易く切断する。
縦に振り下ろした大剣を軸にディアーナが体を回転させながら無理やり大剣を横凪に払えば、魔猪は四つに分断され確実にその生命活動を停止した。
昨日の反省を生かしたその行動は魔猪の確実な死を表している。

「────プギャァァァァ!!」

滅多に吠えない魔猪が在らん限りの声量で吠え立てるとディアーナに向かって突撃していく。
番いを殺された怒りだろうか、ムートには魔猪がどんな思い出いるのか察することはできないが怒っている事だけは確かだろう。
人をミンチにしてしまうほどの超重量の突進に対し、自分の身体は安全なところへ移動させながら剣だけを直線上に残したディアーナによって魔猪は自身の力で自分を切ってしまうことになる。

「悪いね。私らにも生活がかかってるんだ」

強いとしか言いようがない。
圧倒的なその実力にムートは気がつけばいつのまにか隠れることをやめていた。

「す、凄い」
「どう? 案外私ってまだまだ限界見えないくらいに強いでしょ?」
「本当に強いですよ、言葉を失ってしまうくらいすごいです。その武装は毎回何処から?」

強さの秘訣もムートとしては気になるところだが、毎回あんなにも巨大な質量のものをどこから取り出しているのか気になって仕方がない。
気がつけばいつの間にかディアーナの手には既に何も握られておらず、周りを見てみるが大剣が転がっているわけでもなかった。
魔法でないとするのならば技だろうか?

「これはお爺ちゃんが唯一私に教えてくれた技、武装権現ってお爺ちゃんは呼んでたかな。ある程度使い慣らした武器ならこの技で何処でも呼び出せる」
「凄い技ですね、聞いたこともありません」
「こういうのは秘匿されがちだから仕方ないよ。伝統を重んじてあろう事かその技を消失させてしまう魔導士達に比べればまだマシな方だろうとは思うけれどね」

予想が当たっていた事に少し喜びを感じるムートだが、その横でディアーナは少し不機嫌そうな顔を見せる。
何か思うところがあるのだろうが、それをムートが聞く事はない。

「魔導士ですか……魔法使いは会ったことが有りますが魔導士は未だに会ったことがありませんね」
「仕方のないことだよ、全体数からして冒険者よりも圧倒的に少ない魔法使い、そこから更に少ないのが魔導士だからね」

冒険者の最高位が札ではなく最高位冒険者と呼ばれるのは、それぞれに別称が存在しそれで呼ぶのが普通であるとされているからだ。
それに対して魔法組合に属する魔法使い達の最高位は魔導士と呼ばれる位で固定されており、大国に一人居るか居ないかとされている魔導士は下手をすると冒険者組合でも最高位冒険者よりも丁重に扱われる。
ムートとしてみれば一度は出会ってみたい相手だ、自分に魔法の才があるにしろ無いにしろ、強くなる可能性があるのなら少しでも夢に近づける可能性があることは全てこなしておきたい。

「いつか出会えると良いんですが」
「あいつらにかい? 森の奥や図書館の隅に住んでいるようなやな奴らだよ」
「どうしてそんなに魔導士に対して偏見が…」

一度無視したにも関わらず改まって口にする当たり相当嫌いなのだろう、ムートとしてはもし今後地雷を踏み抜いたりしては嫌なので確認しておくに限る。

「近接線をせず遠距離攻撃をするのは別に良い。だがそれでしてやったり顔をする魔法使いはどうも私は好きに慣れないね」

話を聞いてみればどうやら予想通り過去に何かあったらしい。
英雄の孫ともなれば対魔法戦も相当訓練してきたのだろう、その上で師匠やそれと同じような存在にボロボロに負けたとすれば彼女の苦手意識も理解できない事はない。

「まぁ個人の好みはそれぞれですからね。どうしますか? 料理作ってから残り三体倒すか、もしくはとっとと倒して帰るか」
「魅惑的な提案だが…うーんそうだな。倒して帰るか」
「分かりました。じゃあもう少し探してみますか」

雑談を交わしながらムート達は再び平原を歩いていく、このままのペースなら何事もなければ昼には帰れる事だろう。
すこしだけ歩くペースを早めながら、ムート達は次の狩場に向かうのだった。
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