少年補助士のお仕事日記〜いつか冒険者になるために〜

空見 大

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帰宅して

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「では、宿に向かいましょうか」

 冒険者組合で換金を終え、正式に専属としての書類を提出し終えたムートに対して、ディアーナはそんな事を口にする。
 ムート達が今いるのは貿易都市ガイモンと呼ばれる帝国領のうちの一つの都市であり、それなりに都会とも呼べるこの街ではもちろん宿屋も存在はするのだが……

「嫌ですよ高いですし」

 宿屋は何しろとにかく値が張る。
 わざんざ自宅を持っているムートとしては泊まる意味など全くないし、宿屋に泊まるくらいならば家に帰って寝るか野宿でもするだろう。
 そんなムートの返答に対してディアーナは疑問符を頭に浮かべていた。

「では野宿でも?」
「しても良いですけど危ないですからね。家に帰って寝ますよ」
「家があるんですか!?」
「誰だってありますよ。逆にないんですか?」

 身を乗り出してムートの方へと近づいてきたディアーナを躱す用にして一方後ろへと下がりながら、ムートは彼女が何に驚いているのかを考える。
 補助士が家を持つ事は確かに難しいことではあるが、親から貰った家である事を考えればそう難しい話でもない。
 だが答えを知ればムートのそんな考えは、残念ながら庶民的であるとしか言えないだろう。

「家柄上一国に身を置くわけにはいかないので、家というものにとどまったことが無いんですよ」
「思ってたより驚きの理由で心の底から驚いていますよ」

 なるほど理由を聞けば納得のいくものである。
 彼女の実家の知名度を考慮に入れるのであれば、政治的に理由される可能性も考慮して一つの地域に居を置くことは不可能であることくらい考えつくようなことだ。
 別荘くらいならば彼女の家も保有しているのかもしれないが、彼女クラスの冒険者であれば冒険者組合で宿もとってくれるだろう。
 補助士としてムートが雇われたことを考慮に入れるのであれば、それくらいの出費なら組合も喜んで金を出すだろう。

「では私は家に戻りますので――なんですか?」
「家に泊めてください」
「嫌です」

 今日の仕事はここで終わり、そう思いながらムートが家に向かおうとした瞬間ディアーナがムートの肩をがっしりとつかむ。
 何を言い出すかと思えば、随分とまた突拍子もないことを口にするものである。

「何故ですか?」
「普通今日あったばかりの人と一つ屋根の下で眠らないものなのですよ、少なくとも私の周りではそうです」
「それを言うのであれば個人契約を結ぶのも――いえ、これはまずいですね、無視してください」
「別に今更契約を打ち切る気はありません。なのでそれを心配する必要はありませんが、できれば家に来るのだけは勘弁してください」
「分かりました。これでどうですか?」

 ようやく諦めてくれたか――そう思っていたムートの手にどさりと重たい感覚が感じられた。
 視線を落としてみてみればそこには冒険者組合で換金を行った際に得られる金銭受け渡し用の革袋がおかれており、隙間からちらりと目に入った硬貨の色からこのお金が何なのかを理解する。
 これはどうやら今日の魔物の討伐金と素材の換金費用であることを。
 さすがにそれを手渡されればこのお金の意味を理解できないわけがない、これだけの金額があればムートだけなら二か月は暮らせるだろう。

「……分かりました。一か月だけですからね」
「これで一か月も暮らせるんですか!? 1日くらいの物かと」
「高すぎですよ、まずは金銭感覚のすり合わせからですね」

 いつもであれば一人で帰るだけの旅路を今日は二人で帰る。
 その感覚がこそばゆく少しだけ笑みを浮かべたムートは、とりあえず持ち物の値段についてすり合わせをするのだった。


 /


 昨夜は暗い夜道を歩いていたのでそれほど気にはならなかったが、ムートの家の周りは殆どが空き地ばかりである。
 この土地は交通の便と組合への距離がとにかく丁度いいのでムートとしては最良物件なのだが、冒険者が多く通ることで起こる治安の悪化やそもそも地盤が緩く家が建てにくいこと。
 更にはそういった交通の関係からやたらめったら土地代が高いのがムートの家の周りにだれもいない理由である。

「おー。二階建てなんですね」

 ムートの家は一階が倉庫となっており、二階が居住スペースになっている。
 一階にはムートの仕事道具や両親が残した道具類、武器や危険物などが残っているので外から入る場所には鍵がかけられており、家の中からしか入れないようになっていた。
 煙突はもうずいぶん使われていないのがはた目から見てもなんとなく分かり、ムートは二階へと続く階段を上がり鍵を使って室内へと入る。
 向かって左側はキッチンになっており右側にはタンス類がいくつか。
 部屋の中央にはテーブルと上からはランタンが吊り下げられており、キッチンの少し奥にはベランダもある。
 部屋の一番奥には布で作られた仕切りが存在し、そこにはいまは見えていないが大きなベットがおかれているので休日はもっぱらムートは普段そこで寝て過ごしている。
 生活感こそあれど汚れなどがほとんどないのは、冒険者としていつ死ぬかわからぬ身として日々家を綺麗にしろという父の教えあってこそだ。

「なかなかきれいですね」
「もっと酷いところを想像していましたか?」
「解体場くらいはあるものかと」
「人の家を何だと思ってるんですか」

 彼女の中で自分の扱いはどのようになっているのか、そう問いただしたいムートだが距離感を詰めるのはまた後でいいだろう。
 料理を作る準備をいくつかしながら一階にある風呂やトイレについての説明を終えたムートは再び料理を作り始める。

「夜ご飯はなんですか?」
「昼は魔猪でしたからね。ムニエルと野菜で軽く抑えてみようかと思っています」
「魚ですか、凄いですねここはかなり海から遠いのに」
「補助士をしているといろいろと融通してもらえるんですよ」

 料理を依頼してきたときに、代金の代わりとしてもらった食料を流用してムートの食生活は大抵形成されている。
 今日焼く魚もつい五日ほど前に商人の仕事について行ったときに貰ったものだ、いまのいままで地下の水が流れている場所で生かしておいていたので鮮度は格別にいい。
 塩をふりかけ水分を取り除きいくつか薬味などで味付けしたら、油を引いたフライパンに温度が上がっていない間に投入。
 皮と肉の間の脂が溶け出したら匂いの素であるそれを軽く拭き取りじっくりと焼いていく、そこから両面が焼けるまでじっくりと焼いていきながら最後に贅沢にバターを少しだけ入れる。
 一人だけの食事ならば入れる気などサラサラなかったが、同居人が来たともなれば今日は記念すべき日である、これくらいの贅沢は許されて然るべきだろう。

「うわぁ! 美味しそう! ──はっ、失礼しました」
「いえ、それくらい喜んでいただけた方が嬉しいです。どうぞ」
「食べさせてもらいますね。────!! 美味しい!」

 喉を鳴らしころころとした笑みを浮かべるディアーナの姿を見てムートは優しい笑みを浮かべる。
 家の中に入ったからか先程からフードを外しその姿を晒しているディアーナの顔は、ムートにとっては胸の鼓動を早める毒でしかない。
 だが何故かそんな彼女の顔が喜びに満ちているとムートも嬉しくなってしまうのは何故なのだろうか。
 両親から恋心について教えられていないムートではこの程度のものかもしれないが、自分の胸の内に気が付かないままムートは自分も食事を始める。

「料理は独学で?」

 食事を始めて少ししてからだろうか、ディアーナがふとそんな事を口にする。

「殆どは独学ですね、両親から教えてもらった料理もいくつかありますが」
「……そっか。ご両親は冒険者だったの?」
「そうですよ。白銀の二人組、もしかすれば昇格するのではないかと言われていた矢先の出来事でした。遺骨や遺品は見つかっていませんが既に6年経ちました、もう生きているとは考えられません」

 両親が受けた依頼はどれだけゆっくり歩いても片道二ヶ月もかからない程度の旅路、負傷していたり傷を治していたとしても十分手紙の届く距離だ。
 だというのに音信不通で6年が経過した…2年目の冬にはもうムートは両親の帰還を諦めてしまったのだ。
 一瞬会話が止まってしまった事で料理から立ち上る湯気だけが場を支配するが、それをかき消すようにしてディアーナが言葉を続ける。

「そう。私の両親と同じね」
「──なっ」
「公式には私の両親はまだ生きていることになっている。だけれどそれは英雄の息子が死ぬのは不味かったからよ、冒険者家業なんていつ死んでもおかしくない。
 私の場合はお爺ちゃんが遺品を拾ってきてくれたからまだムート君よりはマシだろうけど」

 あっさりと告げられる両親の死というのは相手側として聞いているとなんとも反応に困るものだ、たとえ遺品が帰ってきたとしてそれがなんになるというのか。
 それならばむしろまだ生きている可能性があると心の中で思えるだけ、まだ随分とムートの方が恵まれているようにすら感じる。
 そんな空気にたまらずムートは話題を変えた。

「……そう言えば初めて名前呼んでくれましたね。いつの間にか砕けた口調になっていますし」
「私はムートと仲良くなりたいと思っているから。なんて言い方は少しずるいけれど、少なくともそう思っているのは事実よ」
「なら……ディアーナさん。これが僕の限界です、子供の僕の取り繕える最後の。これより先はもっと仲良くなってからですね」
「そう。いつか年相応のムートの笑みを見てみたいものね」
「勘弁してくださいよ。洗い物はしておくので先にお風呂にでも入っておいてください」
「覗いたらいやよ?」
「力勝負になったら負けしかないのでそんな事はしません」

 ムートが泊まりを認めた理由の一つとしてそもそもムートはディアーナに勝てない──冒険者と補助士なのだから当たり前ではあるが──だからというわけではないがディアーナの貞操は安全なままである。
 性教育も施されていないムートではそこまで考えは及んでいないが、一般常識の一環として女性の身体を見てはいけないことくらい流石に判別がつく。

「~~♪ ~~~♪」

 皿を洗いながら鼻歌を歌うのはいつぶりだろうか。
 久々に家に人を招いたので少しだけ、いやかなり心がうわついている。
 水道やガスといったパイプラインがこの世界で確立されているのは単にその機能を持った魔物の部位や魔法、と呼ばれる超常現象を一般大衆向けに落としたものまで使っているのであって、各家庭に水道管が引かれているというわけでもない。

「ムート上がったよ」
「服の着替えはそこに出しておきました、母さんのお古ですが綺麗に保存してあったので使えると思います」
「なんで振り向かないの?」
「いままでの傾向からしておそらく服を着ていないと思われるので」
「──勘の鋭い子だね」

 そんなことも有りながら雑談を交わしていたムート達は、風呂に入ったりなどいろいろした後にひとしきり会話を終えると次にベット問題に発展する。

「では一階で寝るので」

 ムートがそう口にしたのが事の発端だ。

「いやいや、家主を下で寝させるわけにはいかないだろう」

 良い家の出として、さすがにディアーナにも引けないところはある。
 泊めてもらっているという音がある以上はたとえ料金を支払っていようともせめて対等な寝床はあって然るべき、そう考えるディアーナだがムートとしては寝られれば別にどこでも良い。
 むしろディアーナを自分が普段寝ていたところに寝かせてしまうことに罪悪感すら抱いてしまうほどだ。

「その話なら公平にコインで決めたじゃないですか」
「嘘をつけ、あのコインは裏表両方同じ柄じゃないか。箱入り娘だからといって馬鹿にしてもらっては困る」
「箱入り娘だったんですか」
「ああ。甘やかされまくっていた」

 衝撃のカミングアウト、というほどではないが道理で常識を知らないわけだ。
 両親が他界して英雄が溺愛していた孫ともなればそれはそれは甘やかされたのだろうが、そう考えるとなんだかいまの状況も不思議に思えてくる。
 そんなら英雄アルフレイドがどこの馬の骨とも分からぬ補助士のところに娘を送り込んで何も思わないのか、と。
 だがそれを少し考えて考えない方がいいと判断したムートは、とりあえずの折衷案を提案する。

「では分かりました。私も上で寝ます、このカーペットも意外に寝やすいですしね」
「ダメだ、布団で寝ろ」
「ではディアーナさんが地べたに? それは無理です。嫌ではなく無理です、枕元の本を見たでしょう? 理由はそれだけで十分です」
「私は私だ。それに私は地べたでは寝ない」
「はい?」

 自分を英雄の孫として扱うなとディアーナは口にするが、どうしたってムートからすれば憧れの人物の孫である。
 遠慮しない方が難しい。
 そんな中でディアーナは急にトンチのような事を言い始めた、両者が地べたでねず、ムートも寝床で寝られる方法。
 そんなものがあるのだろうか。

「共にベットで寝れば良い」
「何を急に──というか力強ッ!」
「私は抱き枕がなければ寝られないタチなのだ、悪いな」

 間猪の身体を両断してしまうほどの力に引っ張られてしまえばムートなど非力なもので、自分のベットであるはずなのに押し飛ばされたベットは、どこか甘い香りすら漂ってくるようである。
 そして隣にはほんのり濡れた髪を頬につけながら、長いまつ毛の下にある綺麗な瞳でこちらを見つめるディアーナの姿、まるで英雄譚に出てくる乙女の側のようにムートのこころはぐちゃぐちゃになっていた。

「勘弁してくださいよ本当に」
「いいから寝ろ。そして明日の朝私の寝顔を見て夢じゃないことを再確認するんだ」
「──無茶苦茶言いますね」

 一瞬明日の朝のことを考えて、それは案外悪いことじゃないのではないかと考えてしまった自分の思考を追払いムートは仕方がないとディアーナに背を向けて目を瞑る。
 それに対してディアーナもムートの背中に自分の背を当てると、なんとなくではあるがムートにさディアーナも目を瞑ったのを感じた。
 それから数分経っただろうか。
 月明かりがほんのりと頬を照らし、それが気になって寝られなかったムートにディアーナが話しかける。

「正直私は怯えていたんだ。お爺さまに言われて冒険者としての仕事を始めたはいいが、右も左も分からずじまい。
 挙げ句の果てには組合から無理やり押し付けられるように補助士を付けられる始末。旅を怖がっている私にとって異性の補助士が付くことは苦痛でしかなかった」

 それは今日ようやく語られるディアーナの本心からの言葉。
 上辺を取り繕っていた先程までとは打って変わり、彼女の言葉には明確な重みが生まれる。
 善行を口に出し続ける者も本心からの言葉かもしれないが、結局人は良い言葉よりも悪い言葉の方がその人物の本音であると信じてしまう。
 自分は寝てしまっている、そう主張するためにディアーナの言葉に対して何も返事をせずムートはなるべく等間隔で寝息を立てる。

「そんな中で君を初めて見たとき、正直ホッとしたよ。こんな小さな子が頑張っているから自分も頑張ろうとかそんな事の前に、ああこれなら何かしてきても殺せるなって」

 ぴくりと、ほんの少しだけだが上位者からの殺害宣言にムートの身体は跳ね上がる。
 独り言のようにしてそう呟く彼女の言葉はどこまでが本音なのか、判別はつかないがどこまでだって本当に思える。

「怯えているよね、上手く隠しているけれど分かるんだ。それが英雄の孫の力、両親よりも才能を持って生まれた、神才と崇められた私の力なんだ。
 でもそんなことを言われたら怯えるのは当然だよ、私は君を信じられなかった。だから何度か試した」

 ディアーナの口は止まる様子はない。
 だが徐々にその言葉には最初の頃のような感情は感じられず、むしろそれを隠すようにして単調に単調に変化していった。

「食事に毒が混ぜられていないか試した、依頼書の作成中にズルがないか試した、帰り道では仲間と私を襲わないか。ここにきてからは再び食事を、ついで最も無防備な入浴、最後はこうしてベットの上で君を試している。
 信頼しているから君の家に来たと思った?」

 明確なムートに対する問いかけ。
 一瞬答えるかどうか迷った上で、どうせ起きているのが気づかれているのであるならばとムートは正直に気持ちを堪える。

「────────ん」

 喉の奥がくっついてしまったのではないかと思えるほど、声を発するというのはこれほどまでに難しいことだっただろうか。
 いまとなっては会話の間に聴こえてくるベットの軋む音だけがムートの心を癒してくれる。
 なんだかんだと一日の関係ではあるが信頼しているしされていると思っていた相手から、ばっさりと信頼していなかったと言われるのは中々心に響くものだ。

「正直な子は好きだよ、涙を流さないで。私は君をもう信用している。英雄の孫なんてロクなものでないんだよ、もし君が君をいま先程まで信用できなかったものとこれから旅をするのか嫌ならば首を振ってくれ、明日の朝には私は何も残さずここにいない」

 ほんの少しだけ最後に見えたその感情、それはムートが知っている限り怯えそのものだ。
 わざわざ口にしないでいいことを口にして、それで自らが怯えてしまうほどの結末を甘んじて受け入れようとする。
 その心意気はなるほどさすがディアーナだ。
 ムートであればそんなことは到底不可能だろう。
 ムートであれば逆の立場なら少しでも良いところだけを見せて利点を語りディアーナと行動を共にしようとするはず、それをしないのはディアーナの誠実さからくるものか。

「……早く寝てください」
「急に口を開いたからびっくりしたよ。それが君の答えでいいのかなムート。私は君を信用していないんだよ?」
「……ディアーナさん…僕はほとんど寝かけているのであなたが何をいったかあまり覚えてません……それに僕も貴方を信用してなかった。だからお互い様ですよ」

 暗にもう自分もディアーナを信用しているとそう含ませたムートに対し、ディアーナは微笑みだけを浮かべると優しくムートの頭を撫でる。
 背中を向けているのでムートには何も分からないが、ディアーナがムートの頭を撫でられているということは背中合わせではなくディアーナはいまムートの方をむいているのだろう。

「そっか。おやすみムート、良い夢を」

 服の裾を少しだけ握られたままディアーナは深い眠りにつく。
 それは先程までの言葉を使うのであれば信頼からくるものなのだろう。
 それを甘んじて受け入れたムートは、ゆっくりと寝息を立てるのだった。
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