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才能
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魔猪の縄張りはこの辺りにいる魔物の中でも特に広い。
猪と名についているだけのことはあって直線的に動くことの多いこの魔物は、その強靭な足であちらこちらを移動してはやたらめったらに縄張りを広げる習性がある。
だからこそいつも決まって魔猪の討伐依頼は冒険者組合のボードの面積を一定数占めており、魔猪を狩るだけで生計を立てている人物も一応ではあるが一定数存在していた。
そして今日もまた魔猪はいつものように冒険者達と戦うのだ。
「──あれです、気付かれないように」
双眼鏡を手に取り魔猪が平原を闊歩しているのを眺めながら、ムートはポケットから取り出した小さな袋をディアーナに手渡す。
それとなく鼻を突き刺す匂いは少し強い薬草の香り、中身は食べると苦味の強い薬草なのだが臭い消しにはもってこいのアイテムである。
自分も同じものを取り出して首からぶら下げると、ディアーナもそれを真似てムートの手渡したアイテムを首からぶら下げて次のムートの行動を待つ。
これ以上ムートが出来ることなど何もない、せいぜい戦闘を頑張ってくれと言いたいところだが、次は何をするのだろうとフードに隠れた表情を見ずとも分かるほどに全身を好奇心に浸しているディアーナを前にしてしまっては何もしないわけにはいかない。
ゆっくりと慎重に、なるべく気が付かれないようにしながらムート達は魔猪へと距離を詰めて行く。
「ここが限界です。これから先はどれだけ頑張ってもバレます、戦闘が開始されたら私は下がりますので危なくなったら下がってください」
「分かりました、ありがとうございます」
「ですが本当にアレを──早ッ!?」
滑るようにして加速したディアーナは、つい先ほどまでそばにいたはずなのに気がつけばいつのまにか魔猪の懐に入り込んでいた。
懐に入り込まれた魔猪はといえばそれがあまりにも早すぎた為か何が起きたのか理解ができていないようで、自分のお腹の辺りにいるディアーナに気がつかず視界をきょろきょろとさせるばかりである。
(だけどその距離まで近づいたとして武器は──)
武器も手に持たず近づいたディアーナに対してムートが何か補助をするべきかと飛び出す準備をした瞬間、ディアーナの周囲に淡い光が現れる。
それは英雄達が持つ必須の力、上位の冒険者であればあるほど持っているとされるかつて人類が失った奇跡の力。
「はぁぁあっ!!」
「────!!!!」
いつのまにかディアーナの手に握られていた両手剣によって魔猪の身体に深い傷がつく、それは一眼見れば分かるほどに深く魔猪の鋼鉄の皮膚を貫いて突き刺さっており、明らかに一撃でその命の元まで絶たれている。
始めて見る本物の英雄の戦い、いやもはや一方的な試合を見てムートは心拍数が跳ね上がって行くのを感じた。
自分にはない才能、自分にはない力、それに憧れるのが人であるのならばいまのムートは誰よりも人である。
──だが油断は時として危険な結果を生む場合もある。
「────!!!!!」
「──危ないっ!!」
絶命しかけた魔猪を完全に注意の外に放り投げ、自分の力を見て唖然としているムートに凄いでしょと言わんばかりに剣を見せつけているディアーナ。
だがその背後では最後の力を振り絞った魔猪がせめてとディアーナに攻撃を仕掛けようとしていたところだった。
命の危機に瀕した生き物は何をするか分からない、それにその力も速度も死が近づけば近づくほど超常的なものに変わっていく。
咄嗟にディアーナを助けようとしたムートは自分の奥の手、一日に一度しか使えないたった一つの力を使う。
「閃光ッ!!」
英雄の力をもって生まれたと喜ばれたムートが手にした唯一の才能、それはただ光るだけ。
しかも使用すると疲れるので日に一度が限度のこの技は、魔物であろうと人であろうと一瞬だけ動きを止めさせられるというほんの少しの利点が存在する。
一瞬だけ動きの止まった魔猪の隙を見逃さずディアーナが横凪に剣を振るうと、魔猪の体は完全に上部と下部で寸断された。
「──ありがとうございました」
ドサリと大きな音を立てて倒れる魔猪を前にして、ディアーナは微笑みを見せながら感謝の言葉を述べる。
それは余裕の表れ、ムートは自分の行いが余計な行動でしかなかったと反省した。
目の前の少女は冒険者、自分は補助士、その立場の違いを何も考慮に入れていなかったのだ。
「いえ、余計なお世話だったようですね」
「そんな事ありませんよ、そんな悲しい顔をしないでください。助かりました」
「……料理にしましょうか。さっさと解体しますね」
慰められたところで結局力の差は変わらない。
ナイフを取り出したムートは彼女の慰めを受け入れるでも否定するでもなく有耶無耶にすると、昨日やった通りに解体を開始する。
とは言っても昨日とは違い巨体が両断されているので、最も時間のかかる内臓の処理はほとんど終わっているに等しい。
ささっと魔核を取り出して昨日と同じように作業を行なったムートは、ついで昨日とは違い魔猪の肉を少量いただき風呂敷を広げる。
風呂敷のなかに入っているのはいくつかの調理道具、昨日は料理が依頼に入っていなかったが今日は料理も依頼に入っているので調理道具も持ってきていたのだ。
「いい手際ですね、魔猪の料理は初めて食べます」
「魔物の中でも比較的においしい部類に入るので期待してください」
猪の肉はまず臭いがキツイ、血を抜いて塩をまぶし酒をかけて臭いを消してもまだなんとなく残る嫌な味はどうしようもなく食欲を落とす。
それを落とすために必要な薬草をいくつか道中で拾っていたムートは、鍋にそれらを入れて肉の臭いを落とせる環境を作ると薄く切った猪の肉をその鍋へと片っ端から入れていく。
シシ鍋とも呼ばれるそれは冒険者の間でも広く愛されている料理の一つで、ムートが得意としている料理の内の一つでもある。
さすがに街の外なので大量に野菜などを入れられるだけの余裕はないが、その分肉多めの鍋は疲労回復には持って来いの食材だ。
「いただきますね」
「どうぞ、自信作です」
はふはふと熱々のシシ鍋を食べるディアーナの横でムートはあたりを警戒しながら、倒した魔猪の皮をはぎ丁寧に地面に並べていく。
この巨体を持って帰るすべがない以上持って帰られない分はここに放置していくしかないのだが、せめて他の動物にも食べてもらえるようにとこうしていつも料理を作り終わった後は土に還す準備をするのだ。
それがムートが殺した生き物に対する礼儀だと考えているし、父の教えとしてこの考えを自分でも受け入れていた。
両の手を合わせて拝むムートの横に音も無くたったディアーナは、何も言わずにムートに予備として置いておいた器を手渡す。
そこにはムートの作ったシシ鍋が湯気を立てながら入れられており、その行動の意味を理解できずムートはディアーナに対して何がしたいのか分からずに困惑した表情を見せる。
そんなムートをみて器と食器を手渡すとディアーナは先ほどまでいた位置に戻り自分の隣を手でバンバンと叩く。
こちらに来い、そういう事なのだろうか。
彼女の考えることはよくわからない、だがそれが依頼主の意思であるのならムートに拒否権はない。
「えっと……なんですか」
「美味しいです。初めて食べた冒険者の料理があなたのでよかったです」
「大袈裟ですよ……まあよかったです」
「──それでですが、私と専属契約を結んでいただけませんか?」
「専属契約ですか!?」
補助士は基本的に自由な存在だが、専属契約と呼ばれる個人とかわす契約が存在する。
冒険者もしくは冒険者パーティーに専属で着く補助士というのは優秀さの証でもあり、最高位に近づけば近づくほどに専属の補助士が付いていることは珍しくない。
冒険者が有名になればなるほど、冒険者が強い敵を倒せば倒すほどに補助士の名声も上がっていくので、いずれ高位の冒険者になることをほとんど確約されているディアーナとの契約は補助士からしてみれば垂涎の代物である。
「料理だけじゃありません。戦闘中に私の動きに合わせて魔物の視界に入って意識をそらしたり、本来2頭以上で行動する魔猪のはぐれを見つける腕前だったり私にないものをあなたは持っています。これは対等な契約、私の補助士になってくれますか」
「……気が早いですよ。僕はまだ何もあなたの事を知りません、もちろんあなたも。また依頼をしてくれれば──」
「──これで構いませんか?」
そんな契約を前にしてもしり込みをしているムートに対して、ディアーナは初めてその顔を表に出す。
まずムートの目に留まったのはあきれるほどに整った彼女の顔だ、それが絵画の中から飛び出してきたのだとしても信じられないほどに、英雄譚の中にだけ現れる妖精が現れたのではないかと思えるほどの衝撃にムートの心は撃ち抜かれる。
肩まで伸びた綺麗な黒髪に少し童顔ではあるものの女性らしさも見えるその顔をみてどうやら思っていたより年は近くないのだろうななどとそんな事をなんとなく想像してしまう。
ほんのりと赤みを帯びた頬や健康的な色をした唇、そんな中でムートが最も気になったのは彼女の右目である。
髪と同じく綺麗な黒の左目とは違い、少しだけ金の混ざった右目には注意してみなければわからない程度ではあったが何かの紋章が見えた。
それがなんなのかムートには皆目見当もつかないが、おそらくそれが彼女が素顔を隠している理由なのだろうということくらいは察しがつく。
いつのまにか高鳴る胸の理由も知らないままに、ムートは単純な疑問を口にする。
「何があなたをそこまでさせるんですか? 僕なんてどこにでもいる補助士ですよ」
「だって貴方、上を目指している人の目をしています。おじいさまと同じ、自分が誰よりも強くなろうとするその目が私は大好きです。だから私は貴方を専属にします、よろしいですね?」
有無を言わせぬその口調は確かに英雄の孫──いや、もはや英雄の孫であることなど関係ない。
ディアーナという女性は気高く、強い。
そんなディアーナに自らの力を求められるというのはなんとも言い難い感覚だ。
「分かりました。よろしくお願いします」
ムートが差し出した手をディアーナは握りしめると、嬉しそうに笑みを浮かべる。
こうしてムートの冒険はようやくスタートラインに立ったのだ。
彼女の言葉が嘘である可能性もない事はない、だがそれを信じる事にムートは賭けたのである。
その選択が成功か失敗かはこれから分かる事であろう。
猪と名についているだけのことはあって直線的に動くことの多いこの魔物は、その強靭な足であちらこちらを移動してはやたらめったらに縄張りを広げる習性がある。
だからこそいつも決まって魔猪の討伐依頼は冒険者組合のボードの面積を一定数占めており、魔猪を狩るだけで生計を立てている人物も一応ではあるが一定数存在していた。
そして今日もまた魔猪はいつものように冒険者達と戦うのだ。
「──あれです、気付かれないように」
双眼鏡を手に取り魔猪が平原を闊歩しているのを眺めながら、ムートはポケットから取り出した小さな袋をディアーナに手渡す。
それとなく鼻を突き刺す匂いは少し強い薬草の香り、中身は食べると苦味の強い薬草なのだが臭い消しにはもってこいのアイテムである。
自分も同じものを取り出して首からぶら下げると、ディアーナもそれを真似てムートの手渡したアイテムを首からぶら下げて次のムートの行動を待つ。
これ以上ムートが出来ることなど何もない、せいぜい戦闘を頑張ってくれと言いたいところだが、次は何をするのだろうとフードに隠れた表情を見ずとも分かるほどに全身を好奇心に浸しているディアーナを前にしてしまっては何もしないわけにはいかない。
ゆっくりと慎重に、なるべく気が付かれないようにしながらムート達は魔猪へと距離を詰めて行く。
「ここが限界です。これから先はどれだけ頑張ってもバレます、戦闘が開始されたら私は下がりますので危なくなったら下がってください」
「分かりました、ありがとうございます」
「ですが本当にアレを──早ッ!?」
滑るようにして加速したディアーナは、つい先ほどまでそばにいたはずなのに気がつけばいつのまにか魔猪の懐に入り込んでいた。
懐に入り込まれた魔猪はといえばそれがあまりにも早すぎた為か何が起きたのか理解ができていないようで、自分のお腹の辺りにいるディアーナに気がつかず視界をきょろきょろとさせるばかりである。
(だけどその距離まで近づいたとして武器は──)
武器も手に持たず近づいたディアーナに対してムートが何か補助をするべきかと飛び出す準備をした瞬間、ディアーナの周囲に淡い光が現れる。
それは英雄達が持つ必須の力、上位の冒険者であればあるほど持っているとされるかつて人類が失った奇跡の力。
「はぁぁあっ!!」
「────!!!!」
いつのまにかディアーナの手に握られていた両手剣によって魔猪の身体に深い傷がつく、それは一眼見れば分かるほどに深く魔猪の鋼鉄の皮膚を貫いて突き刺さっており、明らかに一撃でその命の元まで絶たれている。
始めて見る本物の英雄の戦い、いやもはや一方的な試合を見てムートは心拍数が跳ね上がって行くのを感じた。
自分にはない才能、自分にはない力、それに憧れるのが人であるのならばいまのムートは誰よりも人である。
──だが油断は時として危険な結果を生む場合もある。
「────!!!!!」
「──危ないっ!!」
絶命しかけた魔猪を完全に注意の外に放り投げ、自分の力を見て唖然としているムートに凄いでしょと言わんばかりに剣を見せつけているディアーナ。
だがその背後では最後の力を振り絞った魔猪がせめてとディアーナに攻撃を仕掛けようとしていたところだった。
命の危機に瀕した生き物は何をするか分からない、それにその力も速度も死が近づけば近づくほど超常的なものに変わっていく。
咄嗟にディアーナを助けようとしたムートは自分の奥の手、一日に一度しか使えないたった一つの力を使う。
「閃光ッ!!」
英雄の力をもって生まれたと喜ばれたムートが手にした唯一の才能、それはただ光るだけ。
しかも使用すると疲れるので日に一度が限度のこの技は、魔物であろうと人であろうと一瞬だけ動きを止めさせられるというほんの少しの利点が存在する。
一瞬だけ動きの止まった魔猪の隙を見逃さずディアーナが横凪に剣を振るうと、魔猪の体は完全に上部と下部で寸断された。
「──ありがとうございました」
ドサリと大きな音を立てて倒れる魔猪を前にして、ディアーナは微笑みを見せながら感謝の言葉を述べる。
それは余裕の表れ、ムートは自分の行いが余計な行動でしかなかったと反省した。
目の前の少女は冒険者、自分は補助士、その立場の違いを何も考慮に入れていなかったのだ。
「いえ、余計なお世話だったようですね」
「そんな事ありませんよ、そんな悲しい顔をしないでください。助かりました」
「……料理にしましょうか。さっさと解体しますね」
慰められたところで結局力の差は変わらない。
ナイフを取り出したムートは彼女の慰めを受け入れるでも否定するでもなく有耶無耶にすると、昨日やった通りに解体を開始する。
とは言っても昨日とは違い巨体が両断されているので、最も時間のかかる内臓の処理はほとんど終わっているに等しい。
ささっと魔核を取り出して昨日と同じように作業を行なったムートは、ついで昨日とは違い魔猪の肉を少量いただき風呂敷を広げる。
風呂敷のなかに入っているのはいくつかの調理道具、昨日は料理が依頼に入っていなかったが今日は料理も依頼に入っているので調理道具も持ってきていたのだ。
「いい手際ですね、魔猪の料理は初めて食べます」
「魔物の中でも比較的においしい部類に入るので期待してください」
猪の肉はまず臭いがキツイ、血を抜いて塩をまぶし酒をかけて臭いを消してもまだなんとなく残る嫌な味はどうしようもなく食欲を落とす。
それを落とすために必要な薬草をいくつか道中で拾っていたムートは、鍋にそれらを入れて肉の臭いを落とせる環境を作ると薄く切った猪の肉をその鍋へと片っ端から入れていく。
シシ鍋とも呼ばれるそれは冒険者の間でも広く愛されている料理の一つで、ムートが得意としている料理の内の一つでもある。
さすがに街の外なので大量に野菜などを入れられるだけの余裕はないが、その分肉多めの鍋は疲労回復には持って来いの食材だ。
「いただきますね」
「どうぞ、自信作です」
はふはふと熱々のシシ鍋を食べるディアーナの横でムートはあたりを警戒しながら、倒した魔猪の皮をはぎ丁寧に地面に並べていく。
この巨体を持って帰るすべがない以上持って帰られない分はここに放置していくしかないのだが、せめて他の動物にも食べてもらえるようにとこうしていつも料理を作り終わった後は土に還す準備をするのだ。
それがムートが殺した生き物に対する礼儀だと考えているし、父の教えとしてこの考えを自分でも受け入れていた。
両の手を合わせて拝むムートの横に音も無くたったディアーナは、何も言わずにムートに予備として置いておいた器を手渡す。
そこにはムートの作ったシシ鍋が湯気を立てながら入れられており、その行動の意味を理解できずムートはディアーナに対して何がしたいのか分からずに困惑した表情を見せる。
そんなムートをみて器と食器を手渡すとディアーナは先ほどまでいた位置に戻り自分の隣を手でバンバンと叩く。
こちらに来い、そういう事なのだろうか。
彼女の考えることはよくわからない、だがそれが依頼主の意思であるのならムートに拒否権はない。
「えっと……なんですか」
「美味しいです。初めて食べた冒険者の料理があなたのでよかったです」
「大袈裟ですよ……まあよかったです」
「──それでですが、私と専属契約を結んでいただけませんか?」
「専属契約ですか!?」
補助士は基本的に自由な存在だが、専属契約と呼ばれる個人とかわす契約が存在する。
冒険者もしくは冒険者パーティーに専属で着く補助士というのは優秀さの証でもあり、最高位に近づけば近づくほどに専属の補助士が付いていることは珍しくない。
冒険者が有名になればなるほど、冒険者が強い敵を倒せば倒すほどに補助士の名声も上がっていくので、いずれ高位の冒険者になることをほとんど確約されているディアーナとの契約は補助士からしてみれば垂涎の代物である。
「料理だけじゃありません。戦闘中に私の動きに合わせて魔物の視界に入って意識をそらしたり、本来2頭以上で行動する魔猪のはぐれを見つける腕前だったり私にないものをあなたは持っています。これは対等な契約、私の補助士になってくれますか」
「……気が早いですよ。僕はまだ何もあなたの事を知りません、もちろんあなたも。また依頼をしてくれれば──」
「──これで構いませんか?」
そんな契約を前にしてもしり込みをしているムートに対して、ディアーナは初めてその顔を表に出す。
まずムートの目に留まったのはあきれるほどに整った彼女の顔だ、それが絵画の中から飛び出してきたのだとしても信じられないほどに、英雄譚の中にだけ現れる妖精が現れたのではないかと思えるほどの衝撃にムートの心は撃ち抜かれる。
肩まで伸びた綺麗な黒髪に少し童顔ではあるものの女性らしさも見えるその顔をみてどうやら思っていたより年は近くないのだろうななどとそんな事をなんとなく想像してしまう。
ほんのりと赤みを帯びた頬や健康的な色をした唇、そんな中でムートが最も気になったのは彼女の右目である。
髪と同じく綺麗な黒の左目とは違い、少しだけ金の混ざった右目には注意してみなければわからない程度ではあったが何かの紋章が見えた。
それがなんなのかムートには皆目見当もつかないが、おそらくそれが彼女が素顔を隠している理由なのだろうということくらいは察しがつく。
いつのまにか高鳴る胸の理由も知らないままに、ムートは単純な疑問を口にする。
「何があなたをそこまでさせるんですか? 僕なんてどこにでもいる補助士ですよ」
「だって貴方、上を目指している人の目をしています。おじいさまと同じ、自分が誰よりも強くなろうとするその目が私は大好きです。だから私は貴方を専属にします、よろしいですね?」
有無を言わせぬその口調は確かに英雄の孫──いや、もはや英雄の孫であることなど関係ない。
ディアーナという女性は気高く、強い。
そんなディアーナに自らの力を求められるというのはなんとも言い難い感覚だ。
「分かりました。よろしくお願いします」
ムートが差し出した手をディアーナは握りしめると、嬉しそうに笑みを浮かべる。
こうしてムートの冒険はようやくスタートラインに立ったのだ。
彼女の言葉が嘘である可能性もない事はない、だがそれを信じる事にムートは賭けたのである。
その選択が成功か失敗かはこれから分かる事であろう。
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