少年補助士のお仕事日記〜いつか冒険者になるために〜

空見 大

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 眠りから目覚めたムートが朝の支度をささっと終えて向かった先は、昨日も訪れた冒険者組合。
 お金がないわけではない──むしろ高級取りとも言われる補助士の仕事をしているムートはそれなりにお金を持っている方だ。
 両親の遺産が残っているとはいえ、一人で一戸建ての家を守り切れる程度には稼ぎもある。
 しかし退屈を紛らわせるために、今日もこうしてムートは組合にやってきていた。
 組合には受付のカウンター、依頼書の張り出されているボード、冒険者専用の会議室がいくつかと換金素材の提出倉庫は基本として、後は酒を提供しているバーや酒場などが併設されていることもある。
 依頼を受け事前に予定を詰め、それから仕事をするのが殆どだがそんな冒険者組合でゴロゴロとしていると、たまに仕事がやってくることもある。
 大体は雑用、暇ならば押し付けておけば良いだろうという程度のものではあるが、たまには重要な依頼を受けたりすることもない事はない。
 そしてそれが今日、この日であった。

「新米冒険者の付き添いですか?」

 自分の耳が違う言葉を拾ってしまったのではないか、そう言いたげな表情をしながらムートは受付嬢にそんなことを聞く。
 いまムートが相手をしてもらっている受付嬢は、ムートが補助士であっても見下さない良い人物だ、そんな人物から仕事を任せられるのならば頑張りたい。
 だからこそ聞き間違いをしないためにもムートは改めて聞き直した。

「僕がその子について行くんですか?」
「はい。札無しの子が今日デビューするのでその付き添いに。依頼料は組合から出させていただきます」
「札無しの子にですか!?」

 ムートが驚いたのにはもちろん理由がある。
 ムートの依頼料ははっきり言ってほかの補助士達と比べてもかなり高額、それは料理の腕や採取技術もあるが、親が残してくれたいくつかの魔法道具と呼ばれる道具のおかげでもあった。
 そんな道具をもっているムートの依頼料を組合が負担することなど殆どなく、組合からの依頼であっても補助士の代金は免除されないことを考えるとそれがどれほど珍しいことなのかよく分かるだろう。
 それに札無しとは冒険者組合でも最下位クラス、最高位冒険者、赤銀、紫札、白札、金札、銀札とあってさらにその下のまだ何も決まっていないクラスである。
 通常余裕を持って補助士を呼べるのはパーティー単位で金札、単身だと白札以上が常とされているので貴族のおぼっちゃまかよほど将来が優遇されでもしてない限りは、なにかがあるに違いないとムートが思ってしまうのも仕方のないことだ。

「連れて行ってもらうのはユピテル・ディアーナ=ウェスタ、彼女に課された依頼内容は最低一体魔物の討伐です」
「新米冒険者にさせる内容じゃないですよそれ」

 新米冒険者が昨日戦ったような魔物と戦うというのは異例の事だ、補助士としてムートが同行する時点で特殊なことは分かっていたが、依頼内容からどうやら貴族の子供ではなく力を持った人物であるという判断を下す。
 そしてそれは受付嬢から事実として伝えられる。

「──ここだけの話、彼女は最高位冒険者、開闢のアルフレイド氏のお孫さんです、今日は初めての仕事ということで一番良い補助士をつけろとの指示が上からも」
「開闢のアルフレイドって言ったら龍殺しの英雄じゃないですか!?」

 ムートが驚きの声を上げたのは仕方のないことだろう。
 開闢のアルフレイドといえば昨日の夜ムートが読んでいた英雄譚の元になった人物であり、最高位冒険者の中でも唯一龍を単身で討伐したとされる最強の冒険者。
 その息子がこの国に住んでいたという噂自体はムートも何度か耳にしたことはあったが、まさか自分が更にその息子の娘、つまり孫を教える立場になるなどと考えてもいなかったのだ。
 ムートにしてみれば諸侯貴族などよりもよほど敬意を払うべき存在で、だからこそムートは自分を落ち着かせるために父の遺品を握りしめて落ち着きを取り戻す。

「声が大きいです。よろしいですか、この仕事は絶対に失敗することを許されていません。万が一の場合はその身を危険に晒してでもアルフレイド氏のお孫さんを守るようにと上から通達が」
「いまさら拒否はできない依頼ですよね。分かりました、頑張ってみます」

 依頼を受けた以上は誰が相手であろうとも関係はない、ただムートは自分ができることを精一杯するだけである。
 補助士として最も緊張する最高位冒険者のご子息の依頼が、今日こうして始まるのだった。

 ・

 そんなこともあってムートがやってきたのは冒険者組合から少し歩き、城壁を抜けた先にある小さな待合所。
 木で作られた簡素なその場所はこれから冒険にでかける冒険者たちが合流場所としてもよく使う場所で、街中で武器を抜くことのできない冒険者達はもっぱらここで武器の手入れをしてから依頼に向かうことが多い。
 そんな待合所でムートが待ち始めて早いことで10分、1時間以上待たされることもざらなので特に気にすることもなく空を眺めていたムートの下に一人の人物がやってくる。

「貴方が補助士のムートさん?」
「ええそうです。もしかして貴方が?」
「はい。私が依頼主です」

 灰色のローブを全身に纏い、フードで表情を隠した少女は身バレを気にしてか名前を口にせずそれだけをムートに伝える。
 有名人の参加しているチームなどではよくある事なのでムートも特にはそれを気にせず、装備類の点検が終わっているかどうかだけを確認すると足早に待合所から抜けて街道をゆったりと歩く。
 相手が身バレを気にしている以上、あまり人が多い場所に行くというのは良く無いことだ。

「私の事はギルドの方から聞いていますか?」
「はい。最年少の補助士だとか、凄いですね。あの試験は相当難しいと聞きます」
「偶然ですよ、偶々受かって。それで食べて行くのに丁度良かったのでこの仕事をしているんです」

 補助士はそのの仕事の特性上冒険者のように腕っ節ではなく知識を要求される職業であり、よほど家庭環境に恵まれていない限りは幼い身でなる事は非常に難しい職業だ。
 まず依頼書の代行業務などを行う上で読み書きができる必要がある、ついで長時間の移動に耐えられる体力、最後に採取の腕前とほんの少し料理の能力が必要になる。ムートは両親が生きている間何度か依頼を共にこなす事で、疑似的にではあるが補助士としての仕事をこなすことができていた。
 合格の要因をムートが挙げるとするならばそれ以外には無い。

「冒険者になろうとした事はありますか?」
「はい。いつだって、私の夢は冒険者になる事です」
「そうですか……変な事を聞きましたね。忘れてください、本日の依頼内容ですが魔物の討伐のみなので軽く終わらせて帰るつもりです」
「分かりました。倒したい魔物の指定などはありますか?」

 ある程度踏み込んではくるものの、絶対的なラインは踏み込まずにお互いの意見を尊重し合う。
 少年少女の会話でありながらもムート達がそんな会話を繰り広げられているのは、大人達と共にこの世界を生きているからだろう。
 いくつかこの近辺に生息する魔物の事を思い出していると、ディアーナが驚いたような声を上げる。

「まさかこの近辺に住む魔物の生態を調べたの!?」
「ええ、補助士の仕事ですので。仕事のできる補助士ならこれくらいみんなやってますよ」
「そうなのね…私の知らない事はまだまだあるみたいね」

 魔物の行動パターンはそれが事実であると証明されるまでの長い間、仮説として冒険者組合に登録されるので一般の人間な知り得る事は出来ない。
 ただ冒険者でもそれなりに組合に顔が効くものや、ムート達のような仲間内で情報を交換する補助士であると仮設として語られる事実を知っているパターンは往々にして存在する。
 こう言った事をムートから学ばせたかったのであれば、なるほど冒険者組合の戦略というのは間違っていないらしい。
 戦い方や生き残り方ではなく常識や抜け道を教えたいのであれば、ムート以上の適任はそれほど存在しないだろう。

「それで獲物はどのように?」
魔猪まししの討伐にしようと思うの。どうかしら?」
「魔猪ですか!? あれは銀札四人以上の討伐を基本とする魔物ですよ、一人で挑まれるのは流石に……」
「私を信じてとは言わないけれど、お爺さまの名にかけて負けないと宣言するわ」

 魔猪とは元々魔物猪まものいのししと呼ばれている猪のような姿をした魔物で、昨日ムートが補助士として仕事についていたパーティーがなんとか倒した相手である。
 あれを相手取れるのは冒険者組合の基準だと銀札以上の4人パーティーが基本となっており、そう考えると相当に自分の力にら自信があるようだ。
 本来ならばムートとしては止めるべき場所なのだろうが、かの英雄アルフレイドに誓うと口に出されてしまえばそれを止める手立てはもはやない。
 これでムートがそれでもなを彼女の行動を止めようとするのならば、それはもはや彼女の祖父を愚弄しているに他ならないからだ。

「分かりました。着いてきてください」

 足取りはそれほど軽く無い、足にかかっているのはプレッシャーなのかなんなのか。
 ひとまず彼女を魔猪のところまで案内し、出来れば無傷で返す事。
 それがムートにできる最大限の努力の結果だろう。
 最悪の事態を想定しながらも息を軽く吐き出すと、ムートは一歩前に進むのだった。
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