少年補助士のお仕事日記〜いつか冒険者になるために〜

空見 大

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補助士のお仕事

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 遥かかつて、戦乱の時代に世界が存在したころ、人はその力を持って数多の種族を退け栄華を極めていた。
 その世界に住まう人々はいわく神に愛された者達、生まれながらに特別な力を手にし頂上の力を持ってして、神の代行者を名乗った人類は事実この世界の頂点であった。
 食物連鎖の概念から外れ、超常の物としてすべてを制する彼ら彼女らの活躍は永久に続くと思われていた。

「──っ!? 予想よりも固いわ!?」
「ムートさんは後ろに!」
「は、はいっ!」

 しかしそんな幻想は所詮人の生み出した幻でしかなく、栄華があればそこにはやはり破滅というもう一方の結果も待っているのである。
 突如として力を失った人類はその支配域の多くを喪失、それが1000年は昔の話で、魔王と呼ばれる者たちがこの世に現れ始めたのはちょうど500年ほど昔の話だ。
 神の力を持つものが存在するこの世界で残念ながら神の力を、才能を殆ど持たずしてこの世に生を受けたのはムートとよばれた少年である。
 見た目は13かそこらといったところ、皮の鎧に身を包んだムートは言われるがままに戦線を離脱して遠くから自分にはない才能を持って戦闘を行う彼らの戦いを眺めていた。

「すごい……!」

 目にもとまらぬほどの速さで戦闘を行う彼らは、まるで自分以外のメンバーがどう動くのかを知っているように、巧みな連携で獲物をしとめにかかる。
 たとえ一対一で敵わなくとも多数で戦えばどんな敵でも勝つことはできる、そんな人としての可能性を見せつけられてムートは自分の内側に期待感と憧れが満ちていくような感覚に陥る。
 いますぐだとは言わずとも、これから修練を積んで行けば、これから様々なことを学んでいけば、もしかしたらそんな期待感が胸の内を満たしていくと同時に獲物が最後の雄たけびを上げてその体を地につけた。
 目の前で倒された猪のような見た目をした今回の標的、分類上は魔物と呼ばれる1000年前から徐々にその存在を現した新種の動物の内の一種がこの生物である。
 膂力も体力も人のそれでは到底どうにかなるものではなく、安全に倒すためには数人がかりで挑むしかないといわれるほどの生物。
 あっさりと、だがいつこちらがやられてもおかしくなかった戦闘というのは何度経験しても慣れないものだ。

「はあっ、はあっ、死んだ?」
「どうやらそのようだな」
「疲れたぁ」
「私もう動けないわ」
「お疲れさまでした、作業をしておきますので休んでおいてください」

 地面に尻を敷きもう動けないと声を上げえる冒険者に代わってムートは一歩前に出ると鞄から様々なものを取り出して準備を始める。
 先程前線にでて戦っていた彼らは冒険者と呼ばれる者達で、こうして魔物と戦うのが彼らの仕事。
 ならばムートの仕事はといえば、そんな彼らが倒した魔物の素材を綺麗に剥ぎ取りその価値を確保したうえで運搬を行い、それに加えて冒険者の旅が不自由ないものになるように手伝いを行う通称──

「それにしてもいい腕のよね」
「ああ、採取の腕もなかなかのもんだな」


 補助士というのは文字通り冒険者の補助を行うのが仕事、その中でもムートは戦闘に参加できない代わりに料理と採取の得意な補助士としてそれなりに仕事も貰っている。
 後ろから自分の仕事についての話がなされ、さらに最新の注意を払いらながらも注意深く作業を進めていたムートは、十分ほどで主要な素材をすべて剥ぎ取ると気持ちを落ち着かせながら最後の作業にとりかかり始めた。
 魔物には心臓の近くに魔核と呼ばれる動力源として使われている人には存在しない期間が共通して製造されており、その魔物がどれだけの年月を生きてきたのか、どれだけの力を蓄えていたかによってその色も大きさも異なるが場所は殆どの場合共通である。

「青か。そんなに年取ってないな」
「そうですね。これなら綺麗に取れそうです」

 腹を開けたことで内臓から漏れ出てくる嫌な臭いと血の臭いを我慢して中を見てみれば、肉の間に青い綺麗な魔核の姿が目に入る。
 補助士としての力量が最も要求されるのはここから、この魔核をどれだけ綺麗にはぎ取れるかが補助士の評価を左右しているといっても過言ではない。
 丁寧に少しづつ、魔核が傷つかないように最初の素材を獲得した時よりもはるかに長い時間をかけて。何とか無傷のままムートは魔核を取り出すことに成功する。
 時間こそかかったものの無傷で取り出せる辺りは、やはりムートもこの年で補助士として活動しているだけのことはあるという事だろう。

「──では依頼も完了ですし帰りましょうか」

 /


「討伐を確認しました。報酬は指定の口座に」

 冒険者組合窓口でそれだけを伝えられると窓口は閉められ、ムートとの会話を拒否するようにして受付嬢は業務へと戻っていく。
 結局のところ補助士と言うのはそれほど好かれている職業では無いのだ、こうして受付嬢の中には冒険者の後をついていくだけの補助士のことを下に見ている人物というのも少なくない。
 もはや惨めな気持ちにすらならず、だがプライドは保ったままムートは日のくれる街の中をただ歩く。
 目的はない、帰る場所もある。
 なのにすぐにムートが家へと帰れないのは、ただあの寂しい場所に帰りたくないからだ。
 だが日も完全に沈みきり夜の寒さが肌を貫くような時間帯にもなってくれば、さすがに家に帰らないというわけにも行かないだろう。

「……今日も前に出れなかったな」

 ぽつりとそうこぼした言葉はムートの本心から来たものだろう。
 何が悲しくて後ろに下がらなければいけないのだ、何が悲しくて他人が倒した獲物を解体しなければいけないのだ、何が悲しくてまともに話したこともない人物に蔑まれなければ──ッ!!
 頬を流れていく涙は己の無力を嘆くもの、だがどれだけ無力を嘆こうとも所詮は強くなれることなどない。
 残念ながらそれほどこの世界は優しくもないし、そして残酷であってもくれないのだ。
 それからどれほど歩いただろうか、気がつけばいつのまにか自宅にたどり着いていたムートは大きく息を吐き出すと小さくつぶやく。

「ただいま」

 木で出来た扉を押し開けて中に入ってみれば、誰もいない暗い部屋が待っているだけ。
 ムートの両親はムートが幼い頃に死んだ、冒険者として活動していた両親は常に死と隣り合わせであっただろう。
 だから死んだことについて何か思うところはない、両親の選択の末に両親は死んだのだ、それをムートがどうこういうのは勝手というものである。
 だが寂しさはどこまで行っても埋まる事はなく、ともすれば孤独がムートにとってみれば一番辛い事だ。
 用意しておいた水を浴びて身体を洗い流したムートは、何も口にせずベットに横になる。
 置かれているのは一冊の本、古びて汚れてはいるもののその本はムートがこの世で最も大切にしている本だ。

「いつかは僕もこんな英雄に……」

 英雄冒険記と大きく書かれたその書物は、ムートが夢見た自分の姿である。
 物語の主人公は最初は落ちこぼれであったが、夢に向かって直走ひたはしりながら徐々にその力をつけていく。
 ありきたりだが、だからこそ胸に響く物語。
 もはや暗唱できるほどに見た最後のページには、この世の最強である龍を単独で倒す英雄の姿が映し出されていた。
 どれだけ手を伸ばそうとも届かない高み、どれだけ手を伸ばしても離れていく高みを夢見ながらムートは眠りにつく。
 硬いベットも薄い毛布もムートを英雄にさせてくれる唯一のアイテム、これがあるからムートは少しの間だけ英雄に、寂しさを忘れることができるようになる。
 いまはまだ眠るだけ、だがこれで終わりではない。
 ムートの冒険はいままさに始まるのだから。
 微睡む瞳に涙を浮かべながら今日も一人ムートは眠るのだった。
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