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惨め
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王立図書館勤務、ハーライト・マクレーゼン。
それが彼の名前である。
年齢は18歳、役職は騎士であり王国を守る盾となるべき人間だ。
見た目は平凡そのもの、髪は長く纏まりというものが感じられず、目線は自信がなさげで周囲をキョロキョロと常に探り続けている様である。
騎士団員として上位を目指していた彼は一時こそ本気で騎士達の頂である騎士団長を目指したこともあったが、いまとなっては自分の力が足りていない事を自覚してこうして敵と戦うこともほとんどない図書館の安全管理という職についていた。
「身分証の提示をお願いします」
「いつも大変だね君も。ほらどうぞ」
ハーライトへと身分証を手渡してきたのは彼がここの騎士として活動し始めてから毎日のように図書館へとやってくる女性である。
名前をウィズダム・アルディート=アルディ、齢にして20を超えたところか。
白い長髪を煌めかせながらその青い瞳をハーライトへと向ける彼女は、日頃から図書館へと入り浸っているからか雪のように白い肌である。
渡された身分証には王国研究機関特別顧問研究官という役職が刻まれているが、役職があまりにも違うためハーライトは彼女が城のどこで働いているのかすらも知らない。
身分証を確認しているとジロリと舐めるようにウィズダムがハーライトを見る。
まるで蛇のようにまとわりついてくるその視線を浴びてハーライトは無意識に体を半身離してしまう。
「そういえば君、名前は?」
「ハーライト・マクレーゼンですが……何か?」
「別に問題があったというわけではないんだが、少し意外ではあるな」
「意外ですか」
「気を悪くしたなら謝るよ、すまなかったね。お仕事頑張ってくれたまえ」
一瞬何かを思いついたようにニヤリと笑みを浮かべたウィズダムだったが、特にハーライトに何を言うでもなく彼女は手をひらひらとさせながらそうして図書館へと入っていった。
後に残されたハーライトの脳内にあるのは、美人が笑みを浮かべると怖いと言うことだけである。
ハーライトの一日は大体がこれで終わり。
そもそも図書館は王国の中でも最も安全と言われている王都、その中心に位置している王城の内部に存在しているので敵がこれるはずもないのだ。
一日の仕事を終えて兵舎へと戻り、食堂で食事を終えたハーライトはそのままの足で訓練場へと向かう。
陽も沈みかけている時間帯で既に人もあまり多くはない。
騎士達によって踏み慣らされた硬い大地と藁でできた案山子を前に、ハーライトはいつもの日課通りに剣を振るい始める。
村では一番の剣士と言われ、街ではそれなりの戦士と言われ、国では普通の戦士と言われているハーライトは職務上剣を振るう機会がない自分が訓練を怠ればすぐに弱くなる事をわかっていた。
だからこそ日課として食事を終えてからすぐに剣を振り続けるのだ。
身体が熱を帯び始め、朝が滝のように流れ落ちて、呼吸もままならなくなるとハーライトの耳に聞き慣れた嫌な足音が聞こえてくる。
「よぉハーライト、今日もご苦労な事だな」
「毎日毎日よくやるぜ、図書館の警護はそんなに大変か?」
ハーライトに声をかけてきたのは先輩の騎士達三名。
心配するような事を口では言っているが実際のところ彼等はハーライトを馬鹿にしにきたのである。
かつて名誉をかけた試合で負け、それでも村に帰ることもできずに騎士を続け、閑職を充てがわれてそれでも文句の一つも言えないハーライトを彼等は自分たちより劣ると認識したのだ。
それに対してハーライトは何も言い返すことがない。
暴言を吐かれているわけでもなければ嘘で責め立てられているわけでもなく、事実のみで攻撃されてしまっているからだ。
「ははっ、嫌だなぁもう。勘弁してくださいよ先輩」
「まぁそんなお前でも? 俺にかかれば最強の騎士にしてやれなくもない。ほらミット持てよ」
下卑た笑みを浮かべながら木刀を手にする先輩を前にしてハーライトはミットを構える。
ハーライトが図書館勤務になってから二月、こうして木刀で殴られるようになったのは一月前のことか。
殴られるたびに歯が軋み、打たれるたびにここにいたくないと強く願う。
惨めさはどれほど悔いても変わることはなく、ただそうあるものとしてそこに漫然と存在する。
恨みが視線に現れないように自分自身に自分は愚かだと言い聞かせ、そうして30分ほど虐められると先輩が息を切らした事で惨めなハーライトの時間はようやく終わった。
「はぁっ…はあっ……今日のところはこんなもんにしといてやるよ。後は自分で訓練しな、お前らいくぞ」
一人では何もできないくせに。
そうその背中に言ってやりたくもなるが、一人で何もできていないのは自分の方だ。
悔しさから涙が滲み出し地面を濡らすものの泣いたところで何かが変わるわけでもない。
嗚咽が終わる頃には陽は完全に沈みきっており、ハーライトは虚な目をしながら自室へと戻るのだった。
幸福などそこにはありはしない、あるのはただ日々を生きなければならない絶望だけであった。
それが彼の名前である。
年齢は18歳、役職は騎士であり王国を守る盾となるべき人間だ。
見た目は平凡そのもの、髪は長く纏まりというものが感じられず、目線は自信がなさげで周囲をキョロキョロと常に探り続けている様である。
騎士団員として上位を目指していた彼は一時こそ本気で騎士達の頂である騎士団長を目指したこともあったが、いまとなっては自分の力が足りていない事を自覚してこうして敵と戦うこともほとんどない図書館の安全管理という職についていた。
「身分証の提示をお願いします」
「いつも大変だね君も。ほらどうぞ」
ハーライトへと身分証を手渡してきたのは彼がここの騎士として活動し始めてから毎日のように図書館へとやってくる女性である。
名前をウィズダム・アルディート=アルディ、齢にして20を超えたところか。
白い長髪を煌めかせながらその青い瞳をハーライトへと向ける彼女は、日頃から図書館へと入り浸っているからか雪のように白い肌である。
渡された身分証には王国研究機関特別顧問研究官という役職が刻まれているが、役職があまりにも違うためハーライトは彼女が城のどこで働いているのかすらも知らない。
身分証を確認しているとジロリと舐めるようにウィズダムがハーライトを見る。
まるで蛇のようにまとわりついてくるその視線を浴びてハーライトは無意識に体を半身離してしまう。
「そういえば君、名前は?」
「ハーライト・マクレーゼンですが……何か?」
「別に問題があったというわけではないんだが、少し意外ではあるな」
「意外ですか」
「気を悪くしたなら謝るよ、すまなかったね。お仕事頑張ってくれたまえ」
一瞬何かを思いついたようにニヤリと笑みを浮かべたウィズダムだったが、特にハーライトに何を言うでもなく彼女は手をひらひらとさせながらそうして図書館へと入っていった。
後に残されたハーライトの脳内にあるのは、美人が笑みを浮かべると怖いと言うことだけである。
ハーライトの一日は大体がこれで終わり。
そもそも図書館は王国の中でも最も安全と言われている王都、その中心に位置している王城の内部に存在しているので敵がこれるはずもないのだ。
一日の仕事を終えて兵舎へと戻り、食堂で食事を終えたハーライトはそのままの足で訓練場へと向かう。
陽も沈みかけている時間帯で既に人もあまり多くはない。
騎士達によって踏み慣らされた硬い大地と藁でできた案山子を前に、ハーライトはいつもの日課通りに剣を振るい始める。
村では一番の剣士と言われ、街ではそれなりの戦士と言われ、国では普通の戦士と言われているハーライトは職務上剣を振るう機会がない自分が訓練を怠ればすぐに弱くなる事をわかっていた。
だからこそ日課として食事を終えてからすぐに剣を振り続けるのだ。
身体が熱を帯び始め、朝が滝のように流れ落ちて、呼吸もままならなくなるとハーライトの耳に聞き慣れた嫌な足音が聞こえてくる。
「よぉハーライト、今日もご苦労な事だな」
「毎日毎日よくやるぜ、図書館の警護はそんなに大変か?」
ハーライトに声をかけてきたのは先輩の騎士達三名。
心配するような事を口では言っているが実際のところ彼等はハーライトを馬鹿にしにきたのである。
かつて名誉をかけた試合で負け、それでも村に帰ることもできずに騎士を続け、閑職を充てがわれてそれでも文句の一つも言えないハーライトを彼等は自分たちより劣ると認識したのだ。
それに対してハーライトは何も言い返すことがない。
暴言を吐かれているわけでもなければ嘘で責め立てられているわけでもなく、事実のみで攻撃されてしまっているからだ。
「ははっ、嫌だなぁもう。勘弁してくださいよ先輩」
「まぁそんなお前でも? 俺にかかれば最強の騎士にしてやれなくもない。ほらミット持てよ」
下卑た笑みを浮かべながら木刀を手にする先輩を前にしてハーライトはミットを構える。
ハーライトが図書館勤務になってから二月、こうして木刀で殴られるようになったのは一月前のことか。
殴られるたびに歯が軋み、打たれるたびにここにいたくないと強く願う。
惨めさはどれほど悔いても変わることはなく、ただそうあるものとしてそこに漫然と存在する。
恨みが視線に現れないように自分自身に自分は愚かだと言い聞かせ、そうして30分ほど虐められると先輩が息を切らした事で惨めなハーライトの時間はようやく終わった。
「はぁっ…はあっ……今日のところはこんなもんにしといてやるよ。後は自分で訓練しな、お前らいくぞ」
一人では何もできないくせに。
そうその背中に言ってやりたくもなるが、一人で何もできていないのは自分の方だ。
悔しさから涙が滲み出し地面を濡らすものの泣いたところで何かが変わるわけでもない。
嗚咽が終わる頃には陽は完全に沈みきっており、ハーライトは虚な目をしながら自室へと戻るのだった。
幸福などそこにはありはしない、あるのはただ日々を生きなければならない絶望だけであった。
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