誰より平和を望んだ二人

空見 大

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図書館という場所はよほど大きな都市にしか存在しなかった。
紙の生成が難しいという事もあったが、情報の宝庫である図書館という場所の設置は国が管理しなければいけない関係上そうやすやすと作ることができないのだ。
だが300年も経てばやはりそういったところも大きく変化するもので、街の中央にある図書館へとヘクター達は足を運んでいた。
図書館へ入ってくるのにもそれ相応の金額が必要になったものだが、いまの世の中では無料で本を読めるようだ。
窓もない薄暗い部屋の中で向かい合うようにして木製の椅子に腰掛けながら、ヘクターとエスペルは山のように本を積み上げていた。

「随分とまた図書館も大きくなったな」
「紙の生産が随分と楽になった産物だろう。ほらここに説明が詳しくある」
「産業革命ねぇ……石炭に魔油?」

時折書いてある言葉の意味がわからない事があるものの、前後の文脈を読み取れば大体のニュアンスは伝わってくるものだ。
戦争終了後の百年で人は戦争に用いていたあらゆる技術を一般に解放し、その結果魔族の広大な領土と魔鉱と呼ばれる鉱石の力も相まって爆発的に産業を進化させた。
その発達ぶりはまさに異常であり、かつては翼ある者たちの場所であった空さえ人は支配下におかんとしている。
他種族も黙ってそれをみているわけではなく、絶賛この大陸は進化の真っ最中にあるらしい。

「エネルギーだけじゃなく魔法も随分と様々なものが開発されたようだな。重力を操る魔法すらあるらしいぞ」
「重力ってなんだ?」
「簡単に言えば地面に引き寄せられる力だ。これを使って空を飛ぶような船を作っているようだな」
「風魔法で無理やり飛ばすのとはまた違うってことか」

車や電車と呼ばれるようなものならばヘクターにも理解できる。
原理自体は彼の時代にもあったもの、それの延長線に過ぎないからだ。
だが原子や重力などといったものは彼が生活していた頃には意識すらしていなかったものであり、それを魔法で操れると言われても原理が理解できぬので扱えない。
強さを追い求めているわけではないが、それでも強くなれそうな要因を見つけると体が自然とワクワクしてくるのはヘクターの性格なのだろう。

「とりあえず私はある程度情報をここで拾っていく。ヘクターはどうする?」
「俺もいろいろ探してみるよ。戦術指南の本とか見てみたいし」

そうしてヘクター達は互いに様々な情報を頭の中に叩き込む。
活字を追いかけるのはそもそもそれほど得意ではないヘクター。
興味のある分野だけを読んでいるとはいえそれでも疲労は蓄積し、三時間ほど経った頃には眠気が少しずつ忍び寄ってきていた。

「どうだった?」
「頭が痛いな。特に世界史に関してはもう何が本当だったか忘れそうだ」
「魔王と勇者が一緒に消えたなら勇者が魔王を倒したと触れ回ることは理解できるが、どう話が回れば魔族と人が和平協定を結ぶ流れになるのか」

魔族が根絶やしにならなかったというのは当時を知る二人としては意外だ。
戦争で生まれた悪意によって突き動かされ、単身魔界へと乗り込んだヘクターは人類が魔族を許せないという生き証人である。
よくて奴隷、甘く見積もっても自治区を与えら飼い殺しにされるのが関の山だと考えていたのに、あろう事か戦争に勝利した人間側が和平協定?
あり得なくはないだろう。
未来に話を残すため美談に変えることはそう珍しいことではない。
たとえばヘクターの手にある書物の一項にはその様な事が書かれていた。

「そっちに関してはまぁいいとして、俺が王子だったことになってるのが一番驚きだよ」
「よかったじゃないか、死んで王族になれたんだから」
「冗談キツイぞ。まあでもここで情報を得られたのは大きかったな」
「同時にこの街に来てからの我々のやらかしが赤裸々になっていくのはすこし耳が痛い」

犯した罪の数はここに来てすでに二桁を超えており、投獄されれば数十年は檻の中にいてもおかしくない。
特に魅了を用いて組合員を誘惑したのが良くなかったらしく、精神に作用するような魔法は下手をすれば死刑すらあり得るとのことだ。
バレなければそれでいいのだが、危ない橋を渡っていたのは間違いない。
それだけでなくヘクターが倒してきた一つ目の巨人達。
あれに関してもヘクターは自分がやりすぎたことを今更ながら理解させられていた。

「戦時中がおかしかったことは分かっていたつもりだけど、随分と弱体化したもんだよね人類も魔族も」

聞けば緑鬼種ですらキチンとした装備をしていなければ危ないとのことで、ましてや一つ目の巨人など四体もいれば軍隊が動くような事案とのことだ。
昔であればそこら辺の兵士を連れてきて戦わせれば五分五分、若干巨人有利程度だったのがここまでの弱体化を見せるというのはヘクターとしては悲しいものだ。

「人類は元からこれくらいだろう? ヘクター、お前がおかしいだけだ」
「そうでもないさ、少なくとも魔法が他の補助なしでは使えないほどじゃなかった。魔族だってそうだろ? いくら何でも弱体化し過ぎだ」

何かの手が入っていると、そう思わざるおえない状況。
ヘクターとエスペルが未来に飛ばされた事は偶然だとしても、その後のいくつかの出来事には明らかに人為的な対処が見て取れる。
魔族と人を裏から操れるような存在であり、書物に名前を記載されないもの達。
それが誰なのかヘクターの頭の中に一瞬浮かんだその時、部屋の中の空気が瞬時に冷たいものへと変わる。
魔王であった時のエスペルを前にしたようなそんな気配は、絶対的な強者が現れたことの証である。

「――さすが、目の付け所がいいですねお二人とも」

耳から届いている音のはずなのに、鳴り響いているのは頭の中。
姿は見えず形もないが確かに何かいると思えるのは、ヘクターやエスペルがそれと接触したことがあるからだ。
魔力の塊でありこの世界のバランスを司るもの。
神の手下の天使だ。

「誰かと思えば神の傀儡か」
「そうです、天使です。天使ちゃんって呼んでくれてもいいんですよ?」
「呼ばない、あんまり君の事好きじゃないしね」
「ひどいですよヘクターさん、お告げをした仲じゃないですか」
「なんだヘクター。この天使に告げられてお前は勇者になったのか?」
「思い出したくもない過去だよ、あれさえなかったらいまごろ平和に暮らしてた」

吐き捨てるようにそう口にしてみるが、ヘクターが勇者に選ばれなければ人類はいまだに戦争をしていただろう。
それをわかっているからこそヘクターは苛々とした表情を浮かべるし、天使は分かっているからこそ姿も見えないのに嬉しそうな雰囲気を纏う。

「いまのヘクターさんは随分と平和に見えますしいいじゃないですか細かいことは」
「信用ならんな天使というのは相も変わらず。それで一体何のためにこんなところに現れたのだ?」
「もちろん天使が来るとなれば神のお告げですよ? 心して聞いてください。『汝ら世界の理から外れし異形達よ、己が力の過信と増長によって奇跡すらも否定する愚かな常世の生き物どもに、神の奇跡を見せつけよ。さすればそなたらの役目は終えられ、輪廻の罪も許されるであろう』とのことです!」

天使の役目は神の言葉を伝えることであり、神から与えられた言葉を二人は今日調べた情報をもとに整理する。
陸海空を制覇し、新たなる世界の法則すらも手中に手に入れた人類達。
神はそれを望んでいない。

「ようは産業革命とやらで魔法を使わなくてもよくなった人類の寝ぼけた顔を殴って起こして神様がどれだけ偉いか説いて回れと?」
「物分かりが善くて助かります」

なぜ自分でやらないのかと聞きたいところだが、ヘクターを勇者に選択したりするあたり神は直接感情する気はないのだろう。
上位者として上から眺めているだけ、まるで気に入らない態度だが目の前にいるわけでもないので殴り飛ばしてやる事もできない。
ヘクターは天使の恐ろしさを知っているからこそ特に何も口にせずそれを受け入れているようだったが、対してエスペルは頭ごなしに命令されることを魔族のプライドが許さなかった。

「まるで奴隷だな。嫌だと言ったら?」
「ほかの者にこの業務を押し付けるまでです、ただもしこの契約にサインしてくれるのであれば貴方方の生涯が終わるまで退屈しない日常を送れることを約束しましょう」
「天死っていうよりは悪魔だな」
「それもまた我々の仕事ですから。名を広めろとは言いましたが、別に何をせずともあなた方は恐怖と尊敬でこの世界に大きな変革をもたらしてくれるので、我々としては契約してもしなくてもどちらでもいいんですが」

天使からしてみれば神がなぜ目の前の者達と契約させようとしているか不思議で仕方がない。
勇者と魔王はそうあれかしとして生まれた以上、生きているだけでほかの生物に比べて他者を強く惹きつける性質を持っている。
本人たちがそれを自覚しているのかどうかなどどうでもいいが、放っておけば済むことを神がわざわざ契約まで持ち出して下界の人間風情とかわそうとしていることが天使からしてみればひどくおかしく思えた。
だが神から言葉を伝えろと言われているだけの天使にそれ以上を考える必要性はなく、意識から一切の情報を天使が消去したと同時に魔王が契約の是非を答えてくる。

「なら勝手にすればいい。私はこの男と共に旅ができるのであれば別にそれ以外はどうなろうとも構わん」
「さすがに人が大量に死ぬなら俺は勇者として構うんだけど……」
「そうそうそんなことにはならないはずです、もしなったとしたらそれもまた天命ということですよ。ひとまず面白いものが見たいなら宿に戻ることをお勧めします」

神がそう望まれたのならば、生物の絶滅など些事である。
そう口にした天使の気配が消えていき、ついに完全に気配がなくなるとヘクターたちは椅子に自らの体を預けて天井を仰ぐ。
もし戦闘になっていれば万に一つも負けるつもりはなかったが、間違いなくこの都市は地図上から消えていただろう。
かつて何度もその名を呼んだにもかかわらずエスペルの前に現れなかった天使がなぜいまこのタイミングでやってきたのか、そして人類に対して灸をすえるようなことをなぜ勇者であるヘクターにさせようというのか。
自分よりもはるか上、かつてはその領域にすら手を伸ばさんとしていた神のいる神域にエスペルはにらみつけるような視線を送るのだった。
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