誰より平和を望んだ二人

空見 大

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時刻は既に夜。
太陽は沈み月が随分と上まで登った頃、ヘクター達は宿屋まで戻ってきてテーブルを囲んでいた。
どうやらこの宿屋は夜になると酒場もしている様で、賑わっている酒場の中でも一際大きな声をあげている一角があった。

「それじゃあランクアップと討伐達成を祝って乾杯ッ!!」

一体何度目の乾杯だろうか。
随分と出来上がっているアーデンはニコニコとしながら改めて浴びる様に酒を飲む。
最初の頃はイェラやファリスもそれを止めていたが、気がつけば彼女らも同じ様に飲んでいるのだから酒の力というのは恐ろしいものである。

「いやぁマジで凄いよ二人とも! 人生でこれほど強い人と初めて会ったよ!」
「それは光栄だな。まぁ私よりヘクターの方が強いが」
「結局決着つかなかったし、同着でいいでしょ」
「お二人程の逸材を冒険者組合が見逃すとは思っていませんでしたが、まさかいきなり三階級特進とは思ってもいませんでした」

あの後冒険者組合まで事情を説明し報奨金を貰いに行ったヘクター達は、その実力を組合に買われて最底辺の役職から三段階も急に昇進する事になった。
最高位の冒険者になることを考えればまだ道のりは遠いが、試験を受け適性検査を行いようやく昇格することができる冒険者組合という枠組みの中で三階級も飛び級するのは異常なことだ。

「初めての任務で追いつかれるだなんて想像もしていなかったわよ」
「二人とも本来の実力はそれ以上だからな。妥当どころかまだ足りてないくらいだ」

冒険者組合としてもヘクター達をもっと上のランクに上げ、難しい任務を攻略して欲しかった様だが他の冒険者の目がそうはさせてくれなかった。
たとえ犯罪者であろうとも依頼をこなすのなら仕事相手だと割り切る組合とは違い、冒険者達は例え同じ仲間であろうとも利益を稼ぐものには目をつけるものだ。
たとえどれだけ強かろうともその街の冒険者達の暗黙の了解を破れば、後ろ指を刺され冒険者稼業を続けられなくなることだってある。
そんなことに怯えるヘクター達ではないが、組合が慎重にならざるおえないのも仕方ないだろう。
一方ヘクターとしてはこれから生きていく上で必要な金は揃ったので、人助けでもない限り冒険者としての活動をすることはないだろうと考えていた。
酒を飲みながらポカポカとしてきた頭でこれからどうしようかと考えていると、ふと昨日受付をしていた大柄な宿屋の人間に声をかけられる。

「そういばおまえさん達どうするんだい? あのボロ小屋昼間見に行ったら新品のように綺麗になってたが、このままアソコで活動するのかい?」
「せっかく綺麗にしたんだ。あそこに泊まるよ、もちろん料金は支払う」
「別にいいさ、元からただで貸してやった場所だしね。どうしてもって言うなら毎日ここで飯食って行きなよ」

そう言いながら机の上に追加の食材と酒を置いた彼女は、豪快な笑みを浮かべながらカウンターの奥へと引っ込んでいった。
かつての戦争時代にも何度かあったことがある、本当の善人というやつなのだろう。

「良い人だなあの人」
「いまどき珍しいくらい優しい人だよここの女将さんは。ヘクターさんもそれを知っててここに泊まったんじゃないのか?」
「いや、エスペルが宿を見つけたって言うからここに来ただけだよ」
「私は昔からこういう状況になったとき運がいいんだ」

エスペルが人が絡んだことで自慢げに胸を張るなど珍しいなと思うヘクターだったが、どうやら随分と食事が気に入ったらしく先ほどからエスペルの手は止まらない。
ヘクターにとってこの世界を見て回ることが喜びである様に、エスペルも食事などに喜びを感じるタイプなのだろう。
胃に入れば全部同じだと考えているヘクターとは違い一食を大切に食べているエスペルは、美味しいものを作ってくれる彼女をいたく気に入った様である。

「違いないな。そんで俺らは更に運がいい、門兵のおっちゃんに感謝しないとなぁ」
「よしアーデン! もっと飲むぞ!!」

そうして冒険者達の酒盛りは続く。
いつのまにか擦り寄ってきた金のありかに鼻が効く冒険者達にも酒を奢ってやり、気がつけば店内が宴会場の様になってから数時間後。
夜も完全にふけり街の規定で酒場が閉店する時間になると次第にそれぞれ自分の借りている宿屋の部屋へと戻っていき、潰れた人間で地面が埋まった酒場から脱出したヘクターは宿屋の外へと出る。
冷たい空気が体を包み、吐き出した息がゆっくりと世界に溶けていく。

「ふぅ、疲れた」
「ああしてみんなで食卓を囲んで酒を飲んでみると言うのも悪くないな」
「初めて料理横から取った時のお前の顔、面白かったぞ」
「言うなヘクター。アレでも私なりに周囲を観察しながら馴染もうとしたのだぞ」

魔王として活動していたエスペルが人の世界に馴染むには、相当の時間がかかるだろう。
王の生活と平民の生活の間にある格差、それを上手く適応することで感じさせないエスペルはさすがだ。
だが魔王を辞めたとはいえその観察眼は持ち続けているエスペルは、ヘクターがいま何を悩んでこうして一人外で星を眺めていたのかを理解している。

「それにしても、状況が相当不味いがどうするつもりだ」
「金の話だろ? 俺も思ったんだよなぁ、流石にこの金額は不味いでしょ」

ジャラリと腰から音を鳴らして存在をアピールしているのは、大量の硬貨だ。
勧められるがままに見た目より多くのものが入る袋とやらを買わされたヘクターは、今回の討伐で得た莫大な金銭をその中に入れていた。
自分自身は金をどれだけ持っていても使い道が知れているのでいいが、これに近い大金を手に入れ今日あれだけ酒を呑んでいた三人組を見ると心配してしまうのも無理はない。

「別に私は気にならんが、あの三人組それなりに普通の暮らしをしていただろうに、いきなりこれだけの金を持ったとなればどう転ぶか分からんぞ」
「イェラちゃんはまぁ問題ないとして、他二人が不味いだろうなぁ。この街出ても良いんだけど……」

大金を得たことで詐欺に遭ったりするかも知れないが、元からなかった金だと思えばまだマシだろう。
この場に金を生み出す装置だと思われているヘクター達がいることのほうが、彼らにとってみれば試験な状況である。
問題はエスペルがあれだけ気に入った女将の料理を食べられなくなってしまうことと、まだ何も情報を仕入れられていないことだ。

「別に気にしなくても良いのではないか? 情などないだろう?」
「あるよ情くらい。名前も覚えてないエスペルといっしょにしないでよ」
「私だって必要なら名前は覚える。たとえばグレンダの事とかな」
「誰だよグレンダ」
「宿を貸してくれて飯もくれているのに覚えていないとは薄情なやつだな」

人覚えはいい方のはずだ。
村で一度目にしただけの人間だって覚えているし、名前だって聞けば必ず思い出せるはず。
宿を貸してくれてご飯を用意してくれる相手?
まさか──

「いつ聞いたんだ!? あのおばさん名前グレンダなのか」
「あの三人組のことは一旦放っておいてこの三百年に何があったのか調べに行くぞ。これから何をするかも決まってないんだからな」
「ほんと人に興味ないな。今日は付き合ってもらったし、わかったよ」

三人組のことは気になるが、まだ何も起きていないのだから対処のしようもないと言えばそれはそうだ。
何かが起きたら対処をしよう、そう考えながらヘクターはエスペルと共に宿へと戻るのだった。

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