誰より平和を望んだ二人

空見 大

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「泣き止んだか?」

子供のようになった魔王の胸でひとしきり泣いていた勇者は、徐々に落ち着きを取り戻すと魔王から距離を取る。
いくら自分を認めてくれた相手とはいえ、小さな子供の胸で泣き続けていたともなれば面子が立たない。

「人のことを泣き虫みたいにいうなよ」
「まだまだ子供だなお前は」
「魔王だって子供だろ?」
「見た目はな、中身はお前よりずっと上だぞ。魔族が一体何年前から戦争していたと思っている」
「300年以上も前からだったなそう言えば」

一体何人の人が死んで、生まれて、何のために戦っているのかもわからないままに殺し合いを繰り広げていたのだろうか。
人の人生の短さを考えればそこまで戦争が長引くのは、ひとえに恨みつらみがあるからだろう。

「膠着した戦線をまさか一人でひっくり返されるとは思ってなかったがな、どうなってるんだお前は」
「俺もよくわかってないんだ。なんなんだろうな」
「前線からお前が一人で砦を潰したと言う話が届いた時は驚いた、全員無力化され一人も死なずに残っていたのだからな」

思い出すのは初戦の日。
あの日は小さな砦を夜間の間に襲撃し、己の力がどの程度なのかを図るテストであった。
戦争というものを知っていながらも肌でそれを実感できていなかった当時の自分が、敵を殺さないという甘い考えを見せているのも今となっては懐かしい思い出だ。

「初めて戦った場所だから覚えてるよ。あの砦に居た人たち元気にしてるかなぁ……いい人達だったよ敵として気持ちのいい人達だった」
「そうか。それは死んだアイツらも報われるな」
「……どこで?」

戦争で死んだなんてことは珍しくない。
魔族の戦死者に対して人の戦死者はおよそ20倍、だが魔族は絶対数が多くない上に戦い続ければいつかはぼろが出る。
どこで死んだのかを聞くのはせめて記憶の中に彼らのことを残しておきたかったからだ。

「東部の戦線だ、帝国相手に最後まで戦いきって散ったと聞いている」
「戦争なんてろくなもんじゃないな」

生まれて一度たりとも戦争なんていいと思ったことがない。
実感のこもった言葉は少しだけ空気を重たくし、勇者はそれをごまかすように話を変えた。

「いまさらか。ここから東に歩いたら、獣人たちの国がある。とりあえずはそこに向かうとしよう」
「獣人の国ねぇ」
「嫌いなのか?」
「いや、別にどの種族に対しても嫌悪感はない。ただ獣人はやたらと挑んでくることが多いから苦手なだけだ」
「あいつら強いやつ大好きだからな」

獣人と呼ばれる種族は人と獣が混ざったような見た目をした弱肉強食を種族の常としている人や魔族とはまた違った亜人と呼ばれる者達だ。
かつての戦争では傭兵として人間側や魔族側としてもたびたび戦地で見かけたものである。
魔族は強いものが多いので獣人に好かれ挑まれていたのだろうが、そんな彼らであるからこそこの二人組で向かう場所としては適切だろう。

「そう言えば先ほど呼ばれた時に思ったのだが自己紹介、していなかったな」
「──ははっ、そういやそうだったな。ヘクターだ、よろしく」
「私はエスペル、エスペル・リンバルク・マスチェードだ」

こうして勇者ヘクター魔王エスペルは歩き出す。
長い長い道のりを、ゆっくりとまっすぐに。
そうして5時間ほど、他愛もない会話をしながら歩き続け日が傾き始めたころにもなればさすがに違和感に気が付く。

「ん? おかしいな」
「どうしたんだ?」
「ここまで歩いてくればそろそろ魔族の村が見えてくるはずだが……」

魔王として土地を統治するためにある程度魔界の地理は頭に入っているはずだ。
荒野の場所もおそらくここら辺だろうと言う目星をつけて、そこから歩いてきているのだが周囲を見回してもそれらしき村はどこにもない。
自分の感が鈍ったのかとも考えたが、遠方に見える山は確かに自分がよく目印に使っている山だ。

「ないな。本当にこの周りなのか?」
「この一帯であることは確かなはずだが……向こうの方に何やら光が見える。あれはどうだ?」

視界を凝らして人の視力よりも何倍もいい目で見回してみれば、点に見えるほどの遠くに何か光の様なものが見える。
それが村だとしたのなら、随分と位置が離れているがそれでも見つかったことに変わりはない。
ヘクターに視線を移してエスペルが問いかけると、彼は靴紐を改めて結び始めた。

「少し待ってろ」

少ししてそう言いながら走って行った彼は、風よりも余程やばいスピードでどこかへと走っていくと、5分ほどして帰ってくる。
地平線から5分で往復できるその脚力はさすがに一人で魔界に潜入できるだけのものだ。
汗ひとつ流して居ないヘクターを前にして、エスペルは労を労いつつも成果を問う。

「お疲れ様。どうだった?」
「街はあったけど、期待していたものとは違ったな。見に行くか?」
「ああ。そうしよう、悪いが背中に乗っけて行ってくれ。人よりは早いがアレほどの速度では走れん」
「そうだな。しっかりと捕まってろよ」

ヘクターはエスペルを背中に担いだ途端、先ほどまでと同じ様に景色が吹き飛んでいくほどの速さで走り出す。
そうして数分もしないうちに、目的地となっていた街の中心にヘクターとエスペルは立って居た。
普通ならばその様な挙動をすれば大衆の目を引くだろう。
とうぜんそのことをエスペルも警戒して居たのだが、ヘクターが何の遠慮もなしに街中を爆走した意味がいまになって理解できる。
視界に入ってくるのはどれもが崩れて跡形もなくなった家々と、わずかに崩落を避けれたものの家としての機能を失っているようなものばかり。
少なくとも知的生命体が常日頃生活を行う様な場所でないことは明白だ。

「まるっきり廃墟だな。ここは確か大きな街が栄えていたはずだが」
「街の規模から見ても廃れ具合があまりにも酷いな、何があったんだ?」
「私の敗戦が知れて逃げたにしても、ここまで汚れることはないだろう。もしかして……」

街の中を巡ってみても、得られた答えはどうやらだいぶ前に捨てられた街らしいと言うことだけだ。
魔界の事情を知らないヘクターとしてはこんな事もあるのだろうかという程度の認識だが、エスペルとしてはさすがにこれほどの事にならない事くらい認識している。
気候によって一部街が破壊されることくらいならありえるが、それを修復せずに街が壊れたともなれば病気でも流行ったかあるいは──

「なにか気が付いたのか?」
「いや、まだ確信は持てていない。だがおおよそ目星はついたぞ」

あり得ないという感情とそうとしか考えられないと言う理性の間で、エスペルが揺れ動いていると急にヘクターに肩を抱き抱えられて近くの物陰に連れ込まれる。
一体何が始まるのかと顔を赤くしながら心臓をバクバクさせているエスペルをまるで気にもとめず、視線を先ほどまでいた道の方へと動かしながらヘクターはエスペルの唇を優しく手で覆った。

「人の気配だ。状況がよく分からないが俺達の姿を見られるのは不味いだろ?」
「抑えなくても気配くらい消せる。魔王城の裏まで人間が進行していると言うことは、残念ながら確定なのだろうな」

口を覆う手を退けながらエスペルがそんなことを口していると、三人組の人影がエスペルの視界にも入ってきた。
全身を服の様なもので覆ったその人間達は、耳を澄ましてみれば何やら会話をしている様だ。

「にしたってなんで俺らが魔族領の遺物回収なんて面倒な仕事させられてるんだ」
「仕方ないでしょ? ここら一帯はこの特別な魔道具を持っていないと体に害が出るくらい危険地帯なんだから」

どうやら全身を覆っているその服の様なものは、魔道具と呼ばれる魔法を使う際に必要な魔力を用いて動かす道具らしい。
魔界には人体を害する様な気候は確かに多く存在しているので、彼らがその様なものを着込むと言うのはおかしな話ではなかった。
エスペルとヘクター、この二人を驚かせたのは続くもう一人の人物の言葉である。

「300年以上前の勇者と魔王の戦争、かの闘争によって魔界の多くは不可侵の領域になりました。こうして神の御御業によりこの地に足を踏み入れることが出来ることを感謝しましょう」

男が口にした300年と言う言葉。
それが事実であるとするならば戦争開始から戦争終結までの期間と同じだけ、ヘクターとエスペルは眠ってしまって居たことを指す。
300年ともなれば魔族の感覚で見ても随分と長い。
人ならばひ孫のひ孫の孫くらいまで産まれていてもおかしくない様な時間に、ヘクターは驚かずにはいられなかった。

「300年だと……?」
「やはりな。時間軸を操作するような魔法を持っていたか?」
「そこまでの力はさすがに持っていなかったぞ」

もし時間を操る魔法というものがあったなら、ヘクターは魔王を倒すなどということはせずに戦争開始直後まで時間を巻き戻し戦争が起きない様にして居ただろう。
世界のルールを根底から覆すことなど誰にもできるはずはなく、勇者といえども世界のルールに則って作られた存在である以上は例外ではない。

「だろうな、そこまでできれば神すら超えている。考えられるとすれば私の力と勇者の力が混ざり合った事で、あの場に居た我々だけ後の世界に飛ばされたという可能性だな」
「そうなると余計に姿を見られるのはまずいか」
「口伝でしか我々の見た目は伝わって居ないだろうが、とはいえ本当に300年も経っているとしたら適当に行動するわけにもいかない。あの三人から情報を収集しよう」

本当に300年経っているのだとしたら無不用意に行動をするわけにはいかない。
技術から価値観から何もかも一切合切が全く自分のいた場所とは違うのだ。
勇者がこの状況にすんなりと順応できているのは、単純に彼が様々な国を巡り国同士の歴史の差を実感する中でその生き方を理解できているからである。
瓦礫の中から何かを探している様なそぶりをしている三人組は、一際大きな瓦礫を退けると何かを手に持った。

「これが言われてたものか?」
「大戦時代の魔道具だ。いまや製法が失われた技法がこの中に詰まっている。丁重に扱いなよ」

そう言って手に取って居たのは大気中の魔素と呼ばれるものを水に変える魔道具だ。
それほど珍しくもない様なものをなぜ後生大事に持っているのかという疑問は、目の前の人間が口にした失われた技術だというところにある。

「どうしたってこんな魔道具の中身がいつまでたっても何で出来てるのか分からないのかね」
「分からないというよりは分かっても再現することが不可能なんだよ」
「魔導禁止法の産物だろ、冒険者学校で習わされたから覚えてるよ」
「覚えてるならいちいち言ってないでとっとと運ぶわよ。スクロール出して」

魔導禁止法、冒険者学校。
気になる単語が続々と上がる中で、ふと三人のうちの一人が腰につけられている小さな鞄から巻物の様なものを取り出す。

「なにしてるんだ?」

どこか魔法の力を感じるが、いままで感じたどれとも違う異質なもの。
それを手にして魔力を込めた様な様子を見せると先ほど手に持って居た魔道具が浮き上がり、スクロールと呼ばれたものを持って居た人間の後をふよふよとうきながら追いかけ始めた。

「この魔道具もどうやって作ってんのかよくわかんねぇよな」
「スクロール開発は授業でやったろ?」
「アレ本気で理解してるやついんの?」

会話からわかることはこの技術は教えられれば使える程度のものであるということ。
そして対象物を指定し空中に浮遊させ追随させるという高度な魔法を簡単にしてしまえるほど、利便性に優れているという点の二つ。

「魔法を紙に写して使っているのか……?」
「なぜわざわざ紙に? 物を浮かす程度なら自分で使った方が早いだろう」
「魔族と違って人は魔法を使えない奴が大半なんだよ。それもあのレベルの魔法使いならそれなりに探さないといないくらいだぞ」
「ふむ、つまり魔法も大衆化したという事か。向こうからなにか来るな」

人の中で魔法を使えるものなど一握りで、ほとんどの人間は魔法を使えなかった。
その事実に驚いたのか目を丸めて居たエスペルは、視線の奥から何かが土煙を上げながらやってくるのを目にする。
分かっていればそれが蒸気で動く車だと認識できるが、300年の知識の欠落がある二人はその正体に気が付かず警戒を強めて居た。
だが近くまで来ても三人がどうも警戒する様子がないこと、そして人の気配が中からすることで原理こそ理解できないでもおそらく馬車のようなものなのだろうと言う憶測はたつ。
窓が開けられその中から人が顔を出したことで二人の考えは間違っていなかったことが証明された。

「遅いぞバレン!」
「うるせぇ! 俺だってこのポンコツの相手させられてたんだ!! ったく今どき蒸気車とか本気かよお前ら」
「お金がないんだから仕方ないでしょ」

悪態をつきながら荷物を運びこむと、彼らは慣れた手つきで周囲一帯を改めて確認し魔道具がないかを確認する。
彼らにとってここに来ることは相当のリスクであり、そしてそれなりに準備に金がかかっていることがその必死さから見て取れた。

「こんなもんだろ、こんな辛気臭ェところとっとと引き上げるぞ!」

先程と同じように車がうなりを上げてエンジンがかかると、馬車よりもよほど速い速度で地平線へと向かって走り出していく。
言うまでもなくアデルとヘクターは素早くそのあとを追いかけると、気が付かれないように車の上に飛び乗った。

「これが三百年後の馬車か。どうやって動いてるんだ?」
土精霊ドワーフが昔魔石で動く歯車というものの研究をしていた。それの副産物だと思うが」
「三百年って凄い変わるんだな……」

実感と共にヘクターが吐露した言葉はエスペルにしか届かない。
空を見上げていつもと変わらない空の下で、二人はゆっくりと次の街を待つのだった。
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