最果ての地を知る人よ

空見 大

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一章:1000年後の世界

09

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不動産屋に入りある程度の説明を受けながら値段交渉を行っていたヘクターは、相手から放たされ言葉にふと持っていたペンをポトリと落としてしまった。

「率直に言いますと無理です」

落ちたペンの音だけが部屋の中を支配し、ヘクターもその両隣にいる少女も目をパチクリとさせながら何を言われたのか理解していないというふうな顔をしている。
金額についての説明も現段階ではされていない状況で有り、この街の不動産屋のシステムについて歩いてどあらましを聞いただけにすぎない。
そんな状況下でいきなり契約は無理だと言われると驚いてしまうのも無理はないだろう。
そんなヘクターの心情を察してか店員は話を続ける。

「まず信頼情報が足りていません。身分証などはもちろん確認いたしましたが、取引相手としてこの街に来たばかりの人を相手にする以上は前金で全額納付、というのが条件になります。
次に管理についてです。あの教会は近辺の森全てをその土地保有として含めており、管理には最低でも成人男性がダース単位で必要になるんですよ。
それだけの人数を申し訳ありませんが用意できるようには見えません」

一番最初の部分である身分証の確認というのは確かに納得がいく。
ヘクターだって他所ものがいきなり大口の取引を持ちかけてきたら、相手の個人情報を握っていたとしても断るだろう。
金額を先に全部納めてから購入しろという点に関しては納得しているし、むしろそれを考えていなかったことを恥じる感情すらある。
ただ後者に関しては口を挟む余地はあるだろう。
管理に必要な人間について聞くのであれば、そもそもあの森はまともに管理されていないというのがヘクターの言葉である。
実際のところ店員が取り出してきたあの教会についての概要も一体いつのものか分からないほど古い紙に描かれたものであり、店員もその存在を知らなかったようだ。
結局のところ事務的に対処しているだけなのだろうが、だとすれば多少の融通を利かせてくれてもいいだろう。

「そうは言いますがそちらも売れない土地がいつまでもあるのは困るでしょう?」
「売れますとも、この村はかつて勇者様が立ち寄ったこともあるとの伝承があります」
「そんな話どこの街だって大体ある。それにその埃だらけの紙に書かれた土地が当時の値段で売れるなら大きな利益でしょう?」

実際は立ち寄った場所ではなく住んでいた場所であり産まれた場所なのだが、千年も経っていればまともに話が通じているとはさすがにヘクターも思っていない。
自分が行った街の数を考えれば勇者が訪れたという話が残る街など無数にあすはずで、相手が出してきている条件というのは所詮他所物を弾くための言葉に過ぎないということは少し考えればわかる。
お願いをしにきているのではなく、交渉をしにきていると相手に理解させることだヘクターはようやく会話の場所を作り出すことに成功した。

「……いいでしょう。この書面に記された金額と同額を出せたら即座に引き渡します」
「その言葉忘れないでくださいね」

実際のところ手入れもしておらず権利の保有も怪しいレベルの建物を当時の値段で売れるのであれば、店側からしてみれば大きなな利益になる。
元手が実質0だと言うと言い過ぎかもしれないが、引き渡しや管理などにかかる手続きを全て飛ばして権利だけを渡すだけでまとまった金が手に入るなら店側としても文句はないのだろう。
商談が成立したことに感謝して店員と強く握手をしたヘクターは、そうして店を出るのだった。
店を出たヘクターに対して声をかけてきたのはエヴィであり、人の世界のルールについて目新しさを感じているようだある。

「それでどうやってお金を稼ぎますの?」
「いまから商売を始めたとして、あの家を稼ぐには結構時間がかかりそうだね」
「どこの国でも簡単にすぐに稼げる場所ってのはあるんだよ。特に治安の悪いところではね」

商売を始めると言うエスペルの考えは悪いものではない。
長期的な収益を考えるのであれば、なんらかの方法で金を安定して稼ぐようにできる方法を作っておくと言うのは大きなものだ。
ただ残念なことにいまから商売を始めたところでこの世界の常識を知らないヘクター達では市場調査から始めることになり、商売に発生にする権利的な問題も加味するとかなり長い日数がかかってしまうことは想像に難くない。
新規事業の開拓ができない場合は圧倒的な資金量がないと商売というのはうまくいかないというのがヘクターが教えてもらった商売の常識であり、その常識を信じているヘクターとしては商人という選択肢は頭の中になかった。
ではどのような方法で稼ぐようにするかと聞かれれば、自分が最も得意な物を使って稼ぎあげるしかないだろう。

「ここは闘技場かい? こんなところでどうやって大金を?」
「賭博だよ。多分あるはずだからさ」

ヘクター達がやってきたのは街の中にある闘技場。
基本的に人というのは血を見るのが好きな生物であり、闘技場と呼ばれるような人同士が戦えるような場所はある程度大きな街にはほとんどある。
基本的に表向きは賭博行為は禁止とされている場合が多いが、賭け事というのは一度定着してしまうと中々に離れない物であり実際のところ闘技場というのは実力者達が小銭を稼ぐ場所になっていた。
どうやって闘技場の試合に参加しようかと闘技場の周りをうろちょろとしていると、ふとエヴィが看板を見つける。

「ですが残念なことに専用のバイヤーか専属剣闘士として一年以上訓練を納めたもののみ出場を許可するとここに。それに相手を殺すのも禁止のようですわ」
「時代の流れ……か」
「魔王を倒した勇者が大衆の面前で膝を折ってるこの姿って多分すごく珍しいんじゃないかな」
「見る人が見ればお金すら払いそうですわ」

考えられる金を稼ぐ方法はこれただ一つ。
相手を殺すことを禁止とするルール自体は確かに良い物だと思うが、バイヤーか訓練を納めたものしか試合に出ることが出来なくなったのは
ただ単純にヘクターのような人間が闘技場を荒らしてまわっていたからだろう。
落ち込み膝を負っていたヘクターが看板の前で立ち往生していると、ふとそんなヘクターに声をかける存在がいた。

「なんだニイちゃん、闘技場に出たかったのか?」
「あ、はいそうなんです。久しぶりに出てみたかったんですけど出れないようで」
「帝国とかはいいらしいが、ここ王国に関していうのなら無理だからな。まぁ諦めるのが一番早いんだが……」

見るからに柄の悪い男はヘクターが持つ武器を見て、その次に両サイドに立っているエヴィとエスペルを見て何かを思いついたのかニヤリと笑みを浮かべる。
どこからどう見ても怪しい。
だがいまのヘクターからしてみればその怪しさこそ求めていたものだ。

「ここだけの話出る方法もある」
「その方法とは?」
「俺はバイヤーなんだがな? 連れてきた配下が逃げちまった。そこでお前さんってわけだ」
「なるほどなるほど」

口調や仕草からしておそらくは奴隷売買に関わっている人間だろう。
腰にぶら下げた鍵からはジャラジャラという音が聞こえてくるし、匂いを消してはいるものの鼻の奥にツンと来る匂いは風呂に入っていない奴隷がいるような場所に行ったからだ。
ヘクター達に声をかけてきたのは他所の街からいまのヘクターと同じようにして遊びにきた人間に声をかけるため。
タイミングがいいのは単純に機会を待っていたからにすぎない。

「それなりに腕に覚えがあるんだろ? なら話ははやい。利益は5対5でどうだ?」
「それで金貨100はどれくらいやれば稼げる?」
「金貨百枚? それくらい余裕だ。にいちゃんが試合に出てくれるなら前金として利益に関係なくこの嬢ちゃんたちに100枚渡しておく。どうだ?」
「乗った」

金貨百枚と言えばヘクターが生きていた頃なら一般家庭が10年は軽く生きていられるだけの金額になる。
いまの紙幣価値が昔と同じかどうかは怪しいところだが、それでも少ないという事はないだろう。
相手がこちらを利用しようとしている事を理解しつつ、それすらも問題ないと判断したヘクターは相手の言葉を受け入れる。
そうしてトントン拍子に話が進み、いつのまにかヘクターは闘技場に立っていた。

「さて皆さん準備はよろしいでしょうか!!」

砂と石塊が足元を埋め尽くしており、身体を隠せるような場所はどこにもない。
辺り一体に漂う鉄の香りはいままでここで流されてきた血の量の証明であり、砂を軽く蹴り飛ばしてみれば下から出てくるのは人の何かだ。
闘技場としては普通の光景、だがヘクターとしてはそんな闘技場の光景が懐かしく思える。

「いまから始まりますはこの王国でだけ見られる唯一のイベント! 神獣と名高いかの森の王フェンリル! その末裔と男達の戦いです!」

フェンリルの名前を聞いて観客達がどよめいた。
森の王にして月の使者であり、人がけして勝つことのできない存在と言われるフェンリル。
闘技場にこうして出てくるのは一体いつぶりのことだろうか。
対戦相手を基本的には選べない闘技場において、唯一指名しなければ戦うことのできない相手がフェンリルなのだが、フェンリルを相手しようとする命知らずなどここ数十年一度も現れていない。
観客達が驚いたのはそんなフェンリルに対して無謀にも挑もうとする人間がまだいたことに対しての驚きだ。

「神話に語られるオオカミの力を前にして、人がどれだけ抗えるのかみてみたいとは思いませんか!?」

司会の問いかけに対して体が震えるほどの歓声が湧き上がる。
彼らが見たいのはヘクターが人としての可能性を示してフェンリルを打ち倒すところではなく、自信満々にもフェンリルとの勝負を選んだ愚かな人間が食い殺されるところだ。
フェンリルを保管していた檻が開けられ、首輪を取り付けられた白狼がその姿を表す。
野生で出会えば誇り高いその姿はいまやどこにもなく、そこにあるのは所詮人の手に堕ちてしまった獣の姿だ。
ただ目だけは腐り切っておらずヘクータを睨みつける目には光が宿っているようにも見える。

「この試合に限り生死は問わず、戦闘能力がなくなったとみなされた時点で試合は決着です! では開始ィ!!」

改めて生死不問であることが言い渡されると会場は大いに湧き始める。
そうして始まった闘技場でのフェンリルとの一騎打ち、ヘクターは自分の家を確保するためにその重い腰を上げて剣を手に取るのだった。
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