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一章:1000年後の世界
教会
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木で作られた重たい扉を押し開けると、教会内部の内装が少しずつ見えてくる。
中央を開けた状態で左右には人が四人ほど座れる長椅子が等間隔で置かれており、一番奥の壁の中央には何かに祈る女性の像が飾られていた。
神を直接的に表現するような宗教も存在するが、ヘクターのいた街の宗教は偶像崇拝をあまり良いものとはしていなかったのだ。
そのため中央で神に祈りを捧げている女性ももちろんモデルが存在し、この修道院で最も献身的に活動していた聖女がそのモデルとなっている。
そんな境界だがこの大きな部屋が一つというわけではなく、左右を見てみれば三つずつの扉があり上から梯子を下ろすような場所が見受けられことからどうやら2回もあるようである。
記憶から引き出してみれば確か台所と待合室で二つ下の部屋は使われていたはずだが、それ以外は教会に関連する人の寝泊まりするような場所であったはずだ。
「失礼しまーす」
「教会内部は思っていたよりも光が入ってきていないな。外部からの損傷もそんなにだけど、1000年も時間がたっているとは思えないほどだ」
「埃のたまり方からしてもそんなに時間がたっているようには思えませんの」
エヴィが椅子についた埃を払いながらそんな事を口にするが、確かに100年くらいは時間が立っていそうだが1000年経っているかと聞かれればとてもではないが信じられないほどだ。
月明かりによって照らされている部屋の中を無意識に歩こうとした一行は、ふと地面にある何かを蹴り飛ばして視界をそちらの方へ向ける。
「これも神聖な力の効力なのかしら……ってあら?」
「売却地につき立ち入り禁止?」
「なんで室内にこんなものが」
既に風化しており壊れかけているが、それは確かに知性ある生物が己の権利の主張と共において行ったものだろう。
状態からしておそらくは買い手がつかずに長い間が経過し、この境界を担当していた人間もいなくなってしまったというところか。
「実際昔は外にもあったのでしょうけれど、この辺は魔物もうろついていますし魔物が入ってこない教会内部に設置したのでしょうね。埃が積もっていない理由は昔誰かが掃除しに来たのかしら」
だとすれば致命的というにはギリギリなんとかなっている教会内部の状況も理解できる。
人が生活するには少々厳しい場所ではあるが、それだって野宿に比べれば天国のようなものだ。
ただヘクターは現在進行形で生まれた問題への対処に頭を悩ませていた。
当面の間はここを活動拠点として考えていたヘクターだったが、たとえ過去の事であろうともここを活動拠点として扱おうとしていた人間がいた事は間違いがない。
ヘクターの性格的な問題としてそういったあやふやな問題を残したままここで呑気に生活するというのは選択肢として上がってこない。
となるとどうにかして対処法を考える必要があるだろう。
「活動拠点にしようと思ってたけどさすがに他人が権利を持っている土地に住むのははばかられるし、いっそのことここを買うか」
「いいと思いますわ。人のルールに従うというのは少々尺ではありますけれど」
「買うのはいいんだけど、ヘクターお金はあるの?」
剣で解決できる問題ならば誰よりも早い自信があるが、残念なことにヘクターは金になるようなものを何も持っていなかった。
そもそもヘクターが生きていたような頃というのは貨幣制度が流行り始めたばかりであり、魔物の素材交換や短期間の労働などで返すことが多かった時代である。
だから仕方のないことと言えば仕方のない事なのだ。
もし当時の金を持っていれば骨董品としての価値はあるかもしれないがどう考えても使えないだろうし、それにそんなことを考える前にそもそもヘクターの財布の中には一銭も金が入っていない。
「自慢じゃないけど金なんて一銭もないよ。まあ道中適当に魔物を殺してその素材を売りにかければ問題は……」
「おお有りですの。ヘクター、あなたはこの世界ではすでに死んだことになっている人間ですのよ?
いまさらこの世界に現れたら大事になること間違いなしですわ」
「そもそもなんの資格も持っていない人間がいきなり魔物の素材を売りに行っても怪しまれるだけだよ」
正論に次ぐ正論。
楽観主義的なところがあるヘクターに対して、エヴィもエスペルがも両方が現実的な考えをしっかりと持っている。
言い返す言葉を返すよりも素直に従っておいた方が賢いだろうとヘクターは判断するのだった。
「自分より明らかに年下の二人に正論で責め立てられるのなんだか心に来るね」
「言ってる場合ですか」
「まあ方法は思いついたから大丈夫。とりあえずこの場所にマークもしたし、明日の朝にでも街に向かおう」
転移魔法陣に使える様のマークを教会内部に目立たないように刻み込んだヘクターたちは、そうして教会内部で一夜を過ごすこととなった。
ベットなどの生活用品はほとんどなく、参拝者が座って居た椅子をベット代わりに眠ったヘクターは宣言通り翌朝には近隣の人の街へとついていた。
「よし、ついたな街」
朝一番からヘクターが街の位置を特定するために走り回っていたので街を探すために歩くといったことはなかったが、もし街を探すところから始めていたらと考えると背筋を冷たいものが流れていくのを感じる。
地図もない状態での街探しなど数日かけても良いほどの大作業だが、そんな大変な作業もヘクターの身体能力にかかれば一日とかからないのだ。
そうして見つけた街へとたどり着いたヘクター達だったが、ふと小脇に抱えているエヴィから声がかかる。
「ヘクターあなたには前々から思っていたことがありますの」
「どうかしたのエヴィ?」
「女の子に対しての対応が最悪ですの。どこに丸太担ぎで両脇に子供を抱えながら跳ね回る勇者がいますの?
いたらそれは勇者という別称を持ってるだけのただの変態ですの」
両脇から懐疑的な視線が向けられているのを感じ取り、なんとも言えない気分になりながらもヘクターは二人を一旦下ろす。
渋々といった表情の彼はどうやらその結果に満足している訳ではないようである。
「一番早く移動できる手段をとっただけなのに」
「まあまあ、そう怒らなくても私は気にしていないぞヘクター」
「まあ喧嘩したいわけではありませんからこれ以上は言いませんけれど……それよりヘクターあなた身分証はもっていらして?」
「いるかな?」
ヘクターは基本的に身分証というのを保持していない。
勇者時代は見た目の特徴が全人類に知れ渡っていたので街を止められるという事はなかったし、止められても勇者としての力を見せつければ通してくれることが多かった。
まさか千年経ったいまでも同じように自分のことを勇者であると認識している人がいるとは思っていないが、ヘクターが知っている知識ではそれ以外の方法を知らない。
「いるでしょう間違いなく。人の街に入るんですのよ?」
「昔はどうやって街の中に入ってたんだい?」
「剣を見せたら大体通してくれたかな。信じてくれない門兵には光魔法をみせたりとか」
「一人で生きてきたが故、ですわね。不法入国は気づかれれば重罪ですの、できれば別の手段で入りたいところですけれど」
「仕方がない、あれで行くか」
身分証がどうしても必要であるというのであれば、用意できないわけではない。
勇者しか使えない魔法である光魔法、この魔法の強さはその応用性の高さにある。
ヘクターが近くの地面を板のような形状に変形させてその表面を撫でると、なにやらモヤのようなものがかかっているように見えた。
それは幻覚、しかも通常の幻術魔法とは別の人の根源的な意識へと関与する魔法である。
もやがかかっているように見えるのはヘクターが身分証について知らないから。
だだ身分証について理解している人間はこの土の板切れを見れば、身分証であると認識するようになるのだ。
それを三枚人数分用意すると、ヘクターはそれぞれ二人にわたす。
「ほ、本当に大丈夫なのかいこれ」
「大丈夫大丈夫。ばれたことないから」
「この男の魔法操作技術は変態級ですの。よほどニッチな文化に手を染めている魔法職でもいない限りはばれません事よ」
不安がっているエスペルを他所に自信満々のヘクターとエヴィは、そうして外壁の間に造られた門へと続く列に並び始める。
並び始めてからの時間はかなりのものだ、それだけ入国に対しての規制が敷かれているというのはいまの時代の防犯意識を感じさせるものだ。
「次の方、カードの提示を」
並び始めてから20分ほど、ついに出番がやってきたヘクターは堂々と身分証を明示する。
「三名ですね。横のお二人は連れ子ですか?」
「親戚の子供です。どうしても街の食べ物屋さんに来たいというので」
「そうでしたか。なら黒真珠の魚料理か星雲の鶏料理なんかおすすめですよ」
「ぜひ寄ってみたいと思います。ありがとうございます」
渡された書類にサインをしながら軽い雑談を交わして、ヘクターは堂々とした態度で門をくぐるための準備を整えていた。
このまま行けば特に問題なく門を括ることができるだろう。
少し乾き始めた舌になんとも言えない感情を抱きながらヘクターがそれではと書類を書き終えて街の中へ入って行こうとすると、ふと後ろから呼び止められる。
「ん? ちょっと待ってください」
「ば、ばれたんじゃ……」
「最悪逃げる準備をしますのよ」
両脇でなにやら物騒なことを言っている小さな子供たちの言葉を無視し、ヘクターはなるべく自然を装って振り返りながら声の主である門兵の方へと向き直る。
最悪の場合はここで戦闘をしなければいけないかのうせいもあふだろう。
そこまで覚悟に入れたヘクターはなるべく自然に腰にかけている剣に手を添える。
「どうかされましたか?」
「記入漏れがありますのでここだけ記載お願いします。
すいませんね見落としやすい構造で、上に直せって何度も言ってるんですけど一向に直してくれないんですよ」
門兵が悪態を突きながら口にした部分は確かにヘクターが書き忘れていた部分で有り、どうやら偽造がバレたようではないと一安心する。
「それではいってらっしゃいませ」
要求された部分の内容をサラサラと書いたヘクターは、するべき事は終わったとばかりに逃げるようにして街の方へと入っていった。
事実偽装がバレるのではないかとヒヤヒヤしていたので逃げていたと言ってもいい。
門からある程度距離をとり、追ってきている人間がいないことを確認してからヘクター達は安堵の息をこぼす。
「ば、ばれたかと思ったよ」
「生きた心地がしませんわ」
胸を押さえながら疼くまる二人を看病しながらも、ヘクターはあの教会を売り出した場所がどこなのかと目測を立てていた。
街の中の建造物はヘクターの知りえるそれとは全く異なっていた。
ヘクターが生きていた頃の建物といえば基本的には一階建、外装はなるべく地味で有り光を漏らさないように工夫の凝らされていたものだ。
それがいまや二階建てや三回建てというのが当たり前、用いられている素材は石や木など多種多様で有りカラーバリエーションにも富んでいる。
戦争している最中はなるべく目立たないようにするのが重要だったのだが、平和な世界となったいまにおいては逆に目立つように作るのが主流なのだろう。
「さすがに俺もちょっとドキドキしたよ。とりあえず店探さないと」
「なんでそんなに元気ですの」
「値段もわからないとどれだけ働けばいいかも分からないからさ」
周りを見渡しながら土地関係の場所を探していると、ふとヘクターの目の中に不動産の文字が飛び込んでくる。
街の中にどれくらい不動産があるのかは知らないが、とりあえず入ってみるのがいいだろう。
「ここですわね」
「新居購入に向けてがんばろー」
とにもかくにも人に課せられる最大の難業は労働である。
どれくらいの金額がかかるものか頭の中である程度の算段をつけながら、ヘクター達は不動産屋の中へと入っていくのだった。
中央を開けた状態で左右には人が四人ほど座れる長椅子が等間隔で置かれており、一番奥の壁の中央には何かに祈る女性の像が飾られていた。
神を直接的に表現するような宗教も存在するが、ヘクターのいた街の宗教は偶像崇拝をあまり良いものとはしていなかったのだ。
そのため中央で神に祈りを捧げている女性ももちろんモデルが存在し、この修道院で最も献身的に活動していた聖女がそのモデルとなっている。
そんな境界だがこの大きな部屋が一つというわけではなく、左右を見てみれば三つずつの扉があり上から梯子を下ろすような場所が見受けられことからどうやら2回もあるようである。
記憶から引き出してみれば確か台所と待合室で二つ下の部屋は使われていたはずだが、それ以外は教会に関連する人の寝泊まりするような場所であったはずだ。
「失礼しまーす」
「教会内部は思っていたよりも光が入ってきていないな。外部からの損傷もそんなにだけど、1000年も時間がたっているとは思えないほどだ」
「埃のたまり方からしてもそんなに時間がたっているようには思えませんの」
エヴィが椅子についた埃を払いながらそんな事を口にするが、確かに100年くらいは時間が立っていそうだが1000年経っているかと聞かれればとてもではないが信じられないほどだ。
月明かりによって照らされている部屋の中を無意識に歩こうとした一行は、ふと地面にある何かを蹴り飛ばして視界をそちらの方へ向ける。
「これも神聖な力の効力なのかしら……ってあら?」
「売却地につき立ち入り禁止?」
「なんで室内にこんなものが」
既に風化しており壊れかけているが、それは確かに知性ある生物が己の権利の主張と共において行ったものだろう。
状態からしておそらくは買い手がつかずに長い間が経過し、この境界を担当していた人間もいなくなってしまったというところか。
「実際昔は外にもあったのでしょうけれど、この辺は魔物もうろついていますし魔物が入ってこない教会内部に設置したのでしょうね。埃が積もっていない理由は昔誰かが掃除しに来たのかしら」
だとすれば致命的というにはギリギリなんとかなっている教会内部の状況も理解できる。
人が生活するには少々厳しい場所ではあるが、それだって野宿に比べれば天国のようなものだ。
ただヘクターは現在進行形で生まれた問題への対処に頭を悩ませていた。
当面の間はここを活動拠点として考えていたヘクターだったが、たとえ過去の事であろうともここを活動拠点として扱おうとしていた人間がいた事は間違いがない。
ヘクターの性格的な問題としてそういったあやふやな問題を残したままここで呑気に生活するというのは選択肢として上がってこない。
となるとどうにかして対処法を考える必要があるだろう。
「活動拠点にしようと思ってたけどさすがに他人が権利を持っている土地に住むのははばかられるし、いっそのことここを買うか」
「いいと思いますわ。人のルールに従うというのは少々尺ではありますけれど」
「買うのはいいんだけど、ヘクターお金はあるの?」
剣で解決できる問題ならば誰よりも早い自信があるが、残念なことにヘクターは金になるようなものを何も持っていなかった。
そもそもヘクターが生きていたような頃というのは貨幣制度が流行り始めたばかりであり、魔物の素材交換や短期間の労働などで返すことが多かった時代である。
だから仕方のないことと言えば仕方のない事なのだ。
もし当時の金を持っていれば骨董品としての価値はあるかもしれないがどう考えても使えないだろうし、それにそんなことを考える前にそもそもヘクターの財布の中には一銭も金が入っていない。
「自慢じゃないけど金なんて一銭もないよ。まあ道中適当に魔物を殺してその素材を売りにかければ問題は……」
「おお有りですの。ヘクター、あなたはこの世界ではすでに死んだことになっている人間ですのよ?
いまさらこの世界に現れたら大事になること間違いなしですわ」
「そもそもなんの資格も持っていない人間がいきなり魔物の素材を売りに行っても怪しまれるだけだよ」
正論に次ぐ正論。
楽観主義的なところがあるヘクターに対して、エヴィもエスペルがも両方が現実的な考えをしっかりと持っている。
言い返す言葉を返すよりも素直に従っておいた方が賢いだろうとヘクターは判断するのだった。
「自分より明らかに年下の二人に正論で責め立てられるのなんだか心に来るね」
「言ってる場合ですか」
「まあ方法は思いついたから大丈夫。とりあえずこの場所にマークもしたし、明日の朝にでも街に向かおう」
転移魔法陣に使える様のマークを教会内部に目立たないように刻み込んだヘクターたちは、そうして教会内部で一夜を過ごすこととなった。
ベットなどの生活用品はほとんどなく、参拝者が座って居た椅子をベット代わりに眠ったヘクターは宣言通り翌朝には近隣の人の街へとついていた。
「よし、ついたな街」
朝一番からヘクターが街の位置を特定するために走り回っていたので街を探すために歩くといったことはなかったが、もし街を探すところから始めていたらと考えると背筋を冷たいものが流れていくのを感じる。
地図もない状態での街探しなど数日かけても良いほどの大作業だが、そんな大変な作業もヘクターの身体能力にかかれば一日とかからないのだ。
そうして見つけた街へとたどり着いたヘクター達だったが、ふと小脇に抱えているエヴィから声がかかる。
「ヘクターあなたには前々から思っていたことがありますの」
「どうかしたのエヴィ?」
「女の子に対しての対応が最悪ですの。どこに丸太担ぎで両脇に子供を抱えながら跳ね回る勇者がいますの?
いたらそれは勇者という別称を持ってるだけのただの変態ですの」
両脇から懐疑的な視線が向けられているのを感じ取り、なんとも言えない気分になりながらもヘクターは二人を一旦下ろす。
渋々といった表情の彼はどうやらその結果に満足している訳ではないようである。
「一番早く移動できる手段をとっただけなのに」
「まあまあ、そう怒らなくても私は気にしていないぞヘクター」
「まあ喧嘩したいわけではありませんからこれ以上は言いませんけれど……それよりヘクターあなた身分証はもっていらして?」
「いるかな?」
ヘクターは基本的に身分証というのを保持していない。
勇者時代は見た目の特徴が全人類に知れ渡っていたので街を止められるという事はなかったし、止められても勇者としての力を見せつければ通してくれることが多かった。
まさか千年経ったいまでも同じように自分のことを勇者であると認識している人がいるとは思っていないが、ヘクターが知っている知識ではそれ以外の方法を知らない。
「いるでしょう間違いなく。人の街に入るんですのよ?」
「昔はどうやって街の中に入ってたんだい?」
「剣を見せたら大体通してくれたかな。信じてくれない門兵には光魔法をみせたりとか」
「一人で生きてきたが故、ですわね。不法入国は気づかれれば重罪ですの、できれば別の手段で入りたいところですけれど」
「仕方がない、あれで行くか」
身分証がどうしても必要であるというのであれば、用意できないわけではない。
勇者しか使えない魔法である光魔法、この魔法の強さはその応用性の高さにある。
ヘクターが近くの地面を板のような形状に変形させてその表面を撫でると、なにやらモヤのようなものがかかっているように見えた。
それは幻覚、しかも通常の幻術魔法とは別の人の根源的な意識へと関与する魔法である。
もやがかかっているように見えるのはヘクターが身分証について知らないから。
だだ身分証について理解している人間はこの土の板切れを見れば、身分証であると認識するようになるのだ。
それを三枚人数分用意すると、ヘクターはそれぞれ二人にわたす。
「ほ、本当に大丈夫なのかいこれ」
「大丈夫大丈夫。ばれたことないから」
「この男の魔法操作技術は変態級ですの。よほどニッチな文化に手を染めている魔法職でもいない限りはばれません事よ」
不安がっているエスペルを他所に自信満々のヘクターとエヴィは、そうして外壁の間に造られた門へと続く列に並び始める。
並び始めてからの時間はかなりのものだ、それだけ入国に対しての規制が敷かれているというのはいまの時代の防犯意識を感じさせるものだ。
「次の方、カードの提示を」
並び始めてから20分ほど、ついに出番がやってきたヘクターは堂々と身分証を明示する。
「三名ですね。横のお二人は連れ子ですか?」
「親戚の子供です。どうしても街の食べ物屋さんに来たいというので」
「そうでしたか。なら黒真珠の魚料理か星雲の鶏料理なんかおすすめですよ」
「ぜひ寄ってみたいと思います。ありがとうございます」
渡された書類にサインをしながら軽い雑談を交わして、ヘクターは堂々とした態度で門をくぐるための準備を整えていた。
このまま行けば特に問題なく門を括ることができるだろう。
少し乾き始めた舌になんとも言えない感情を抱きながらヘクターがそれではと書類を書き終えて街の中へ入って行こうとすると、ふと後ろから呼び止められる。
「ん? ちょっと待ってください」
「ば、ばれたんじゃ……」
「最悪逃げる準備をしますのよ」
両脇でなにやら物騒なことを言っている小さな子供たちの言葉を無視し、ヘクターはなるべく自然を装って振り返りながら声の主である門兵の方へと向き直る。
最悪の場合はここで戦闘をしなければいけないかのうせいもあふだろう。
そこまで覚悟に入れたヘクターはなるべく自然に腰にかけている剣に手を添える。
「どうかされましたか?」
「記入漏れがありますのでここだけ記載お願いします。
すいませんね見落としやすい構造で、上に直せって何度も言ってるんですけど一向に直してくれないんですよ」
門兵が悪態を突きながら口にした部分は確かにヘクターが書き忘れていた部分で有り、どうやら偽造がバレたようではないと一安心する。
「それではいってらっしゃいませ」
要求された部分の内容をサラサラと書いたヘクターは、するべき事は終わったとばかりに逃げるようにして街の方へと入っていった。
事実偽装がバレるのではないかとヒヤヒヤしていたので逃げていたと言ってもいい。
門からある程度距離をとり、追ってきている人間がいないことを確認してからヘクター達は安堵の息をこぼす。
「ば、ばれたかと思ったよ」
「生きた心地がしませんわ」
胸を押さえながら疼くまる二人を看病しながらも、ヘクターはあの教会を売り出した場所がどこなのかと目測を立てていた。
街の中の建造物はヘクターの知りえるそれとは全く異なっていた。
ヘクターが生きていた頃の建物といえば基本的には一階建、外装はなるべく地味で有り光を漏らさないように工夫の凝らされていたものだ。
それがいまや二階建てや三回建てというのが当たり前、用いられている素材は石や木など多種多様で有りカラーバリエーションにも富んでいる。
戦争している最中はなるべく目立たないようにするのが重要だったのだが、平和な世界となったいまにおいては逆に目立つように作るのが主流なのだろう。
「さすがに俺もちょっとドキドキしたよ。とりあえず店探さないと」
「なんでそんなに元気ですの」
「値段もわからないとどれだけ働けばいいかも分からないからさ」
周りを見渡しながら土地関係の場所を探していると、ふとヘクターの目の中に不動産の文字が飛び込んでくる。
街の中にどれくらい不動産があるのかは知らないが、とりあえず入ってみるのがいいだろう。
「ここですわね」
「新居購入に向けてがんばろー」
とにもかくにも人に課せられる最大の難業は労働である。
どれくらいの金額がかかるものか頭の中である程度の算段をつけながら、ヘクター達は不動産屋の中へと入っていくのだった。
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