クラス転移で神様に?

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幼少期:共和国編 改修中

地下へと続く下水道

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「それで? 地下に乗り込めばいいの?」

 時刻は夕方。
 偶然見つけた母子を同じ宿屋に確保し、とりあえず現状の共有をアウローラ達と行ったエルピス。
 最初は冷静に話を聞いていたアウローラだったが、自分が攫われた事の延長線上でこの悲劇が起きているのを知ってついに我慢ならなくなったらしい。

「まだ駄目だよアウローラ。いまセラに冒険者組合まで行ってもらって下水道の調査依頼が無いか確認してもらってるから、それが終わってからだと行くとしても」

「……ごめん、冷静じゃなった」

「いいよ。そもそも本当はこの国に来た時からずっと気にしてたのにわざと気にしないようにしてたでしょ? 別に気になるなら言ってくれてもよかったのに」

 後から付いてきたいと言った手前言い辛かったのだろうが、街中で歩いていた時もアウローラは意図して視線を彼等から外していた。
 一度目にしてしまえば彼女の事だ、必ず助けたいとそう願ってしまった事だろう。
 それを本人が分かっているからこそ無視したのだとは思うが。

「あんまり迷惑かけたくないのよ。でも結局こうなったし、次からは早めに言うようにするわ」

「別に気にしなくて良いのに。アウローラ、意外と繊細なんだね」

「そんな意外そうな顔で言わないでよ。灰猫だって今回の手伝ってくれるんでしょ? 優しいじゃん」

「………別に。薬なんてのが気に入らないだけだし」

「はいはい、そこまでそこまで。みんな優しくて大変結構です」

 掴み合いしそうなアウローラと灰猫を抑え、エルピスは場の流れを一旦断ち切る。
 2人とも恥ずかしがり屋なので下手に弄られたら反射的に手を出そうとするのは無理もない。
(意外と似ているところもあるんだな)なんてことをエルピスが思って居ると、廊下から見知った気配を感じる。

「戻ったわ……なに?」

 そちらに視線を向けてみれば自然と他の者も顔を向けるわけで、なにやらたくさんの荷物を持って部屋にやってきたセラはそんな視線に不思議そうな顔を浮かべている。

「いやいや、いいタイミングで来てくれたなと思って。さすがセラ」

「……なんで褒められたのかはまぁいいとして、見てきたわよ依頼書」

 そう言いながらセラは手に抱えていた荷物を机の上に広げる。
 そのうちの一枚を手に取ってみれば、そこに書かれているのは行方不明者の捜索依頼だ。
 いなくなった場所はここ首都ディタルティアであり、毎日やってくる雨の時間が終わると気が付けばいなくなっていたという。

「まさかこれ全部そうなの?」

「ええ。これでも組合に依頼が出された分で、実際の数はもっと多いだろうとのことよ」

 冒険者組合に依頼を出すのには頭金としていくらかのお金が必要になる。
 行方不明者の探索に金を出すことはそれだけでかなり難しい判断が必要になるのに、さらにこれだけ捜索願が出ている事を考えれば探してもらうのにそれなりの報酬を用意しなければならない。
 いくら人が密集して生活している首都だとは言え、これほどの人数行方不明になっているのは大問題だ。

「どうして冒険者組合は動いていないのでしょうか。これほどの数が居なくなっていたらかなりの問題だと思うのですが」

「報酬金の上乗せ、という形では動いているようだけれどそれ以上は組合としても原因が分からず手詰まりになっているようね」

「組合としても下手に指示を出して、盟主達に目くじらを立てられたくないってのが本音でしょうね。下手に盟主達がやろうとしている救援活動とバッティングしたら大変なことになりそうだもの」

 王国と違い多数の上位者がいる共和国ではすぐに何かを決めるということはまずない。
 最低でも政策を試行しようとして1年間ほどは様子を見る必要性があり、よほどの緊急事態でも通さなければいけない場所が多すぎてすぐに民意が政策に取り入れられることはないのだ。
 組合側としてもできるだけ行動を起こすようにはしているようだが、残念なことに組合は独立しているように見えてその実半分は国に属している。
 一部独自の権限を国際的に認められている事は周知の事実だが、国難の状況であったり非常時には国が上位に立って指示を出すこともあるので下手に立ち回ることは出来ないだろう。

「そうなるとやっぱり原因を特定する必要があるか。まぁなんとなくは分かる気もするけど」

 エルピスとアウローラ、両者にはこの状況に心当たりしかない。
 なにせ王国に居た中で最も印象に残っている事件の当事者たちだからだ。

「私とかエルピスもされそうになった違法奴隷の売買、一番可能性が高いとしたらそこよね。エルピスを連れてきた奴隷商も確か共和国出身だったわよね?」

「そうだよ。でもあの時の一件で王国用の販売ルートは潰したから、規模は縮小しててもおかしくないはずなんだけどねぇ」

 ここ数年で被害が大きくなったのなら、王国よりもさらに大きな商売相手ができたと言う示唆に他ならない。
 机の上に置かれた書類を見ながらエルピスは、なるべくそれらの名前や特徴を記憶していく。
 おそらくはもう誰も首都に居ないだろうが、万が一の為に覚えていて損ないだろう。
 それから冒険者組合で得たいくつかの情報を元に地図に赤い丸を付けていき、順調にこれから何をするべきなのか作戦を決めていく。

「下水道への侵入場所はここが一番よさそうね」

「そだね。武器とかは――まぁ新調しなくても別にいいか。それじゃあさっさと行こうか」

 どこに行って何をするか、それさえ決めてしまえば後の行動は流れに身を任せれば何とかなる。
 共和国に来ていまだ三日と経っていないが、活動をするには充分だろう。

 △▽△▽△▽△▽△▽△▽

 長い長い下水道。
 本来なら臭いが気になる様な場所をエルピス達は特に何も気にせずどんどん前に進んでいく。
 使用している魔法は3つ。
 一つ目は周囲の臭いを消す魔法、民間魔法と呼ばれるタイプの魔法で常時魔力を消費するがエルピスからしてみればあってないような魔力消費量だ。
 二つ目は汚物よけの魔法。
 三つ目は光源を出すための灯り魔法。
 索敵自体に関してはエルピスが持つ神域を使えばいいし、敵襲の警戒も障壁を使えば気にしないで済む。
 下水道探索であることを考えれば随分と快適な冒険だった。

「にしても本当に入り組んでるわね。帰り路分からなくなりそう」

「一応来た道を覚えるためにいくつか跡は残しているので、いきなり走ったりしなければ問題なく帰れるはずです」

 角を通るたびに小刀で小さな傷をつけていたエラ。
 曰く自分だけが判る法則性で傷をつけているらしく、触ればどれくらいで出口まで着くのか判ると言う。
 原始的な方法ではあるが理にかなった方法を前にして、灰猫は前を歩いているエルピスに疑問を投げかけた。

「地図を作る魔法とかはないの?」

「俺は知らないな。知ってたら使えるけど、聞いたことはない。まぁ最悪道分からなくなったら、真上に向かって掘り進めば地上には出られるよ」

 実際は直上に向かって掘り進めた場合他の下水管に当たって大惨事になったり、道中掘り進める際に他の物にぶつかったりして面倒ごとになる可能性が非常に高い。
 やるとしても本当に最悪の最後の手段として考えておいた方がよいだろう。
 そうして奥にどんどんと進んでいくエルピス一行。
 ひとまずの目標地点手前まで近づくと先頭を歩いていたエルピスは足を止める。

「――この先だね。人の気配が50人くらいあるし、さすがに一般人ではなさそうだけど予定通り俺が先頭ね」

 エルピス達の眼前に広がっているのは大きな穴。
 穴の先から風が吹いており、どうやら下に空間が広がっているらしい。
 神域で探ってみればどうやら洪水時に雨水が溜まるための貯水池らしく、地下とは思えない程に広い空間が感じられる。
 部屋のやたら上部に人の気配を感じるので、おそらくは雨水が溜まっても問題ないように壁などに床材を打ち付けツリーハウスのように床から浮いた小屋のような物を立てているのだろう。
 穴の直下には何もないのでそのまま行けば真っ逆さまで数十メートルダイブ確定だが、いまのエルピスに取って見ればその程度の高さはなんら問題ではない。
 足をかけ今にも飛び込もうとするエルピス、そんな彼の背中に少し不満を込めたような声があてられる。

「本当に捕縛なの? 殺った方が早いんだけど」

「ダメだよ。証拠は残さないといけないし、絶対に誰も怪我しない実力差があるなら、積極的に殺さないでもいいでしょ。現に灰猫はそのおかげで生きてるわけだし」

 かつて灰猫とエルピスが会った時は、奴隷の首輪を取り付けられていたとはいえ殺し合いの戦闘になったのだ。
 あの場にはエルピスしかおらず、しかも灰猫が操られていた上に他に守るものがあの場にいなかったから助けるという選択肢が取れたが、いつもそのような選択肢が取れるとは限らない。
 もし少しでも誰かが傷つく可能性を有しているならエルピスは一切その手を緩めることはないし、仮にあの灰猫と戦った時に近くに幼い子供が居ればエルピスは灰猫の生死を気にせず攻撃を仕掛けていただろう。
 相手の生き死にを気にするのはこの上ない贅沢であり、そうだと分かっているからこそエルピスは出来る事なら生かして返してあげたい。

「……わかったよ」

 灰猫も実際自分が助けられているので、エルピスにその話を出されればそれ以上の追及は不可能だ。
 少し意地悪な言い方になってしまったなと反省しつつも、ここは納得して貰うしか方法はないので仕方ないのだとエルピスは自分に言い聞かせる。
 帰ったら美味しい魚料理でもふるまえば多少は機嫌もよくなるだろう。

「ごめんね、帰ったらごちそうするよ。さて、じゃあ俺先頭で行くから合図出したらよろしく!」

「気を付けるのよエルピス」

「大丈夫だよ、多分」

 いきなり両親クラスの強者が出てくれば話は別だが、少なくとも気配を辿る限りでは居ないはずだ。
 エルピスとセラが別々で行動すれば最悪何かがあってもどちらかが対応することが出来る。
 きっと大丈夫だと自分に言い聞かせながら、エルピスは意を決して穴の奥に向かって飛び込んだ。
 地下空洞特有の嫌な音が耳を通過し、消臭していなければ耐えられなかっただろう風が全身を打ち付ける。
 数秒と経たず開けた空間に飛び出るといくつか魔法によってつけられただろう灯りが見え、それを認識しながらもエルピスはさらに速度をまして下方にある地面へと吸い込まれていく。
 魔法によって動きを止めれば魔力に聡い物であれば気が付くだろうし、こんなところで龍神の翼を出せばそれこそ目立って仕方がない。
 ならばどうするか――。

(――おっ。ぶっつけ本番だったけど成功したな)

 水上ギリギリ数ミリのところで、エルピスの体は急停止する。
 空中で方向転換し背中側から飛び込むようにしたので、視界の随分先の方には魔法で照らされる人の影がちらほらと見て取れた。

(龍神の権能の一つ、水の操作を上手い事して自分と水を反発させる。セラに出来るって言われたときは疑ったけど、道中実験しておいてよかったな)

 文字通り水の上になんの力も使わずに立つその姿は奇跡そのもの。
 聖人の称号を持っていれば可能な芸当なのかもしれないが、そんなものはなくてもエルピスは自前の権能を用いればこれくらいの事は出来る。
 足元の水源に意識を凝らしてみれば深さは大体7~8mといったところか。
 様々な生物の死骸やそれを食う魔物がうようよしており、エルピスの気配に気が付いてか寄ってくる魔物達も多い。
 極力魔力を抑えるようにしているので普段のように魔物が勝手に避けてくれるようなことはなく、急いで近くの壁に近づきそこから垂直登攀を始める。
 人間なら途轍もない筋力と技量を必要とする垂直登攀も、こと異世界で元亜人の体で行うのであれば道を歩くのとそう難易度は変わらない。
 十数メートル近い登攀を数秒で終わらせたエルピスは、一際人の気配が多い場所へと向かっていく。

「ほら、とっとと食え」

 聞こえてきたのは男の声だ。
 なるべく気付かれないように慎重に隙間だらけの小屋の中を覗いてみれば、中にはどこかしこを汚した数十人の人々と武器を持ってそんな人達に指示を出す男の姿が見えた。
 拘束具などは取り付けられていないようだが武器を持った相手に怪我をした状態で挑むのは得策ではないし、この場所はそれこそ出るだけでも飛行魔法を使えなければ相当苦労しそうなのでこの程度の監禁度合いで済んでいるのだろう。

「ぅぅ……おかあさん……」

「泣いてもいいが、どうにもならんぞ。あとあんまりにも五月蠅かったら喉を切る」

 男の声には感情が乗っていない。
 泣くのを許すのは子供はそう言うものだと割り切っているから。
 その上でそれを続ければ喉を割くと公言できるのは普通ではない。

「やめてやってくれないか。せめてこの子達だけでも助けてやってくれ」

「別にいいぞ。お前の知り合いを差し出すならな、出来るか? いますぐこの場で出してみろ。出来たらそこのガキは助けてやる。無理だろ? 交渉ってのは互いに欲しいものがあって初めて成立するもんだ。お前と俺じゃ交渉はムリだ」

 暴力的な人間であればまだ助かる望みはあるかもしれない。
 それこそ奇跡のような偶然で気に入られでもしない限りはムリだろうが、絶対に助からないのだと絶望する必要はないだろう。
 だが理性に基づいて行動し、その結果奴隷商を生業としている人間はそのような偶然ではなく確実な利がなければ動かない。
 奴隷に身を落とされるほど不利な状況下で相手に利益を出すなんて、ほとんど不可能だと断言しても良いだろう。
 目の前で行われた交渉がまさにそれである。

(なんか奴隷商ってよりはアウローラ襲った奴らと空気感が近いな)

 ふらふらと歩いて距離を詰めながら、エルピスは相手を冷静に分析する。
 目の前の彼はプロとして明らかに仕事慣れしている雰囲気を纏っている。
 それこそ特殊部隊の隊員でもなければ身につけられないような悪人としての矜持すら彼からは感じられた。

「──えっ!!」

 ふと奴隷の一人が声を上げる。
 男の背後から近寄っていたエルピスの存在に気がついたのだろう。
 声を上げた女性の顔には助かるかもしれないと言う幸福なものが写るが、周囲の人間はそれが男にエルピスの存在を知らせてしまったことを悟る。

「────ッ!!!」

 瞬時に腰を落とし、背後にいるエルピスに向かって抜刀の構えを取る男。
 その動きは常人では手に負えないほどの速度で、周囲にいる人間はエルピスがどうなってしまうのかを本能的に理解してしまう。
 数秒後には肉塊に変わりその場に倒れる運命のエルピス──だが悲惨な光景を見ないようにと目を力一杯閉じた者達は数秒して現実を理解する。

「悪いけど、殺さない代わりに手加減もしないよ」

 そんなエルピスの声が聞こえ、遅れて男の身体はその場にふらりと倒れ込む。
 振り返って一刀を放とうとした男より早く、エルピスがその脳天に拳を叩き込んだだけだ。
 ただそれだけで防具を持っていない男の頭部は簡単に変形し、致命傷を負った瞬間にエルピスによって強制的に治療され意識だけを手放す。

「たす……かった?」

 ふと奴隷の一人がオドオドとしながらそんな言葉を発する。
 小さく呟いたそのぼやきに対し、いつもならば威圧して反応してくる男の体がぴくりとも動かない。

「俺達本当に助かったのか?」

「でもそんな上手い話が──」

「だけどあの男、一撃で延びたぞ。もし本当に助けなら俺達……」

 初めて見るエルピスの姿は正直味方なのかどうか怪しかったが、彼が首から下げている冒険者の証となにより何の脈絡もなく奴隷達に酷い扱いをしていた男を倒した事がこれ以上なく奴隷達に希望を持たせた。
 この場にいる全員の視線を受けながらも、エルピスは英雄の子供として胸を張りながら言葉を返す。

「私はアルヘオ家の者です。行方不明者のみなさんを助けに来ました」

「アルヘオ家!? じゃあ俺達本当に……」

「ーー助かった! 助かったぞ!!!!」

 アルヘオ家の名前が出ると同時に、奴隷達は歓喜の声を上げる。
 もしかしたら救われたのかもしれない。
 そんな思いがいままさにこの時点で疑念から確信に変わったのだ。
 万に一つもありはしないと思っていた可能性を手繰り寄せた自分の幸運に。
 自らを救ってくれたエルピスと、それを遣わしてくれたであろう紙に祈りを捧げる奴隷達。

 それぞれが好きなように己の幸運を讃歌するが、生憎ここは敵陣のど真ん中であり敵はまだまだ残っているのだ。
 歓喜に震える奴隷達を残して、エルピスは歓声を聞きつけてやってくる敵を止めるため小屋から外へと出るのであった。
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