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幼少期:共和国編 改修中
蔓延する癌
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奥の部屋へと案内されたエルピス達一行。
そんな彼らの前に居るのは座っていると腰にまで届くほどの長い白髭を蓄えた老人で、この共和国の首都で冒険者組合の組合長をやっているという人物である。
「改めて自己紹介を。私は冒険者組合代表ガラル・ラングラーだ。よろしく頼む」
「初めまして。アルへオ家長男のエルピス・アルへオです。それでお話とは?」
先程青い顔をして付いて来てほしいと懇願してきた受付嬢。
彼女に組合長が呼んでいるとだけ言われてこの場所に急遽呼び出されたエルピスは、少しだけ機嫌悪そうに見えるよう意識しながら組合長の言葉に対して返事をする。
この国ではエルピスはアルへオ家の長男としか認識されておらず、下手に出れば舐められてしまう可能性だってあるからだ。
「キミが持ってきた組合証、そこに書かれた冒険者のランクについてね。何も君の実力を疑うわけじゃないが、これまで一度も王国の冒険者組合は最高位冒険者を輩出していない。その称号が果たして本当に最高位に相応しいのか、申し訳ないが公式の記録として残してもらう必要があってね」
鋭い目つきでこちらを品定めする様な組合長の言葉を前にして、エルピスは呼び出された理由が想像していた者とは違い拍子抜けしたような感覚を覚える。
てっきり途轍もなく難しく長年放置されていた依頼をこなしてくれとでも言われれると思って居たのだが、予想外の提案にどうしたものかと頭をひねる。
(ようは王国の冒険者組合なんかじゃ信用ならんからこっちで見極めたいと)
最高位冒険者に与えられた権限の多さを考えれば、他国でもその実力が本物なのかどうか実証したいという考えは理解できる。
そこまでは別にいいとして、エルピスが気に入らないのはそもそも最高位冒険者制度を腐らせている側の共和国冒険者組合にそんな事を言われているからだ。
真に実力で最高位冒険者としての力を保有している四大国出身の最高位冒険者などエルピスが知る限り一人しかおらず、神域でこの首都全域を探っても実力者は確かに多いが最高位に及ぶ者は一人としていない。
それでも盟主の護衛として最高位冒険者が付いているとの噂を聞いたことはあるし、実際目の前の男も最高位がどれほどの強さなのか理解しあぐねているからこそこちらの実力を推し量りたいのだろうとエルピスは考える。
「心配性ですね。それで俺は何をすれば? 最高位冒険者にしかこなせないような依頼が、こんな首都近郊にあるとは思えませんが」
「それがそうでもない。この地図を見てもらおうか」
机の上に置かれたのは首都を中心とした共和国の地図だ。
王国でエルピスが作った物より更に精巧に作られたその地図の一角を組合長が指さすと、その場所に光の線が現れる。
「ここに、5年ほど前迷宮が出来た。キミにはこの迷宮を攻略して欲しい」
「迷宮ですか……アウローラなんか知ってる?」
「噂には聞いたことあるかも。共和国に人食い迷宮が出来て、迷宮探索者達が大勢食われたとかなんとか」
何とも物騒な言葉が出てきて事実なのかとエルピスが組合長に目を向けると、彼は仰々しく首を縦に振る。
「攻略難易度は不明、中の詳細も不明、消えた冒険者の数は三桁を越える。この地域一帯は砂漠なので幸い冒険者以外に被害は出ていないが、いつ中身が溢れてくるかと不安がる民も多い」
「迷宮崩壊か………やな事思い出した」
「洞窟内の魔物があふれかえり、周囲に飛び出すことで甚大な被害を出す現象の事ですよね。灰猫さんは体験したことが?」
「……一回だけね」
迷宮について分かっていることは多くないが、判明していることの内の一つとして先程から話題に上がっている迷宮崩壊と呼ばれるものがある。
判明しているといっても原理が分かっているのではなく事象として広く広まっているにすぎないが、簡単に説明すれば迷宮というのは中身の大きさの分からない虫かごや水槽のようなものだ。
普通の籠と違うところは外から中に生き物が入れられるのではなく、中から生き物が自然と発生するというところ。
そして迷宮というのはその特性として、放置していれば絶対に溢れるという特性がある。
山奥だろうが海のそこだろうがいずれ迷宮が見つかるのは溢れた魔物が暴れ始めることで突如として魔物の出現件数が増加するからであり、街近郊にある迷宮は冒険者が入ることで基本的に溢れないようになっているが今回はそれが出来ていない。
しかも5年間溢れていないという事はそれなりの深さがあるということで、深ければ深い程に中にいる魔物の量もその多様性も強さも大幅に変化する。
正に最高位冒険者がこなすにはこれ以上ないほどうってつけの依頼である。
「その依頼、引き受けましょう。場所も分かりましたし、いつまでに解決しなければならないとかありますか?」
「迷宮崩壊を考えれば今すぐにでも解決していただきたい問題ではありますが、下手に手を出して迷宮を刺激されるのも問題です。ここは確実に準備を終えることも考えて、2週間後には出立していただければと」
「分かりました。では2週間後に出立するので、何か必要になった時はよろしくお願いします」
「ああ。頼んだよ、王国の最高位冒険者」
何ともへんな二つ名を付けられてしまったものだが、少なくともこれで最高位冒険者としての仕事は受けることが出来た。
後は異世界人を探すだけで共和国でやらなければいけない事は終わったも同然である。
組合長に見送られるがままに組合を後にし外に出ようとすると、外から何やら大きな音が聞こえてきた。
「お疲れ様です。いまは日に一度のスコールが来てるので外に出ない方がいいですよ。後30分ほどもすれば収まると思います」
受付嬢に言われるがままに窓から外の景色を見てみれば、一寸先も見えないほどの大雨が降りしきっている。
王国ではあまりなかったタイプの気候に何が原因なのか調べてみたくなる気持ちがあるが、2週間で調べても分かるかどうか微妙なので手出しすることはさすがにできない。
良い時間帯なので夜ご飯代わりに組合で軽くご飯を食べながら時間を潰せば、あっというまに雨はどこかへ消え去っていた。
「蒸しあっつ、はやく宿探しに行きましょ。このままだとこんなジメジメした中で野宿することになるわよ」
「馬車を止める所も必要ですし、それなりに良い宿屋を見つけたいところですね」
「結構な金額両替してきたし、結構いい所も泊まれると思うよ。風呂あるところだと良いんだけど」
先程の雨の影響か通りに出ている人の数はかなり少ない。
時間帯も関係しているのかもしれないがそれにしたって随分と人通りが少ないものだ。
王国ならばこれくらいの時間帯でもそれなりの人数を見かけたというのに。
ふと視界を何もない路地裏に向けてみれば、そこには数人の人間が横たわりながら何やらぶつぶつと言葉をつぶやいていた。
明らかにまともではないその姿、先ほどの大雨を屋根もろくにないような路地裏で過ごしているところといいホームレスだとしても違和感を覚えずにはいられない。
「エルピス? なにしてるの、行くわよ」
「あ、ああごめんごめん今行くよ」
アウローラに呼ばれて意識を取り戻したエルピスは、そういう国なのかと納得してその場を後にする。
その後宿屋を探すためにあちこちを回りなんとか寝床を確保したエルピスは、男子と女子組に分かれて宿を取る。
とはいっても部屋は隣室なので特に不便なこともなく、ひとまず部屋の大きい女子部屋の方に集まってエルピス達は明日からの行動について作戦会議を開くことにした。
「とりあえず明日から二週間あるわけだし、観光でもする?」
「異世界人の探索はしなくてもいいの?」
「まぁしなきゃいけないけど、それよりもまずは楽しく冒険しないとね。みんなには俺の目的に付き合ってもらってるわけだし」
いつまで続くかも分からない旅だ、ずっと気を張っていてもいずれ限界が来る。
そう言うことならばとどこから持ち出したのか、共和国の観光名所が書かれた紙を取り出したアウローラは、机の上にそれを広げる。
「ならここ行ってみない? 結構景色も綺麗みたいだし1日で行って帰って来れるわよ」
「共和国の武器屋にも寄ってみたいです。どんな武器があるのか気になるので」
目をキラキラと輝かせる二人。
アウローラは共和国にしかない風景や場所に興味があるようで、エラの方は単純に新しい武器をこの機会に新調しようといったところか。
なんにせよ目的があるのであればそれに付き合うのはエルピスとしてもやぶさかではない。
「じゃあ観光は明後日にして、明日は1日自由時間にしてみる? 各自買いたいものとか有るだろうし」
「それもいいかも。セラと灰猫はどこか行きたいところないの?」
「私は特には。エルピスについて行くわ」
「僕は適当にその辺をぶらついてるよ。何かあれば後で共有してくれたらいい」
各自それぞれが自由に明日の行動を決める。
せっかく共和国まで来たのだから、食べ歩きなんかをしても楽しいかもしれない。
自分でも想像以上にワクワクしながら、エルピスは明日どこに行こうかと頭を悩ませるのであった。
――深夜。
宿谷の屋上で静かに空を眺めるエルピスの傍に、一人の天使が舞い降りる。
ぼうっと街を眺めている彼の傍に音も無く近寄ると、隣に座って音も無く体を預けていた。
「……お互い寝る必要が無い種族だとこういう時困るよね」
半人半龍だった時ならいざ知らず、神人へと変質したいまの状態では睡眠も必要が無い。
こうして夜になったら街を見下ろして時間を潰すのが最近のエルピスの日課であった。
ベッドに横たわり黙って待っていれば疑似的に眠る様な事は出来るが、寝ても起きても変わらないのであればこうして街を眺めていた方が随分とマシだ。
1年間生きてきて喋るだろう人間の数よりも遥かに多い数がこの街で暮らしているのだ、観察していれば一日だって暇になることはない。
だがそんな日々も永久に続ければいつかは飽きが来るだろう。
隣で起きているセラはそんな風に暇になってこちらに来たのではないかとエルピスは睨んでいた。
「出来ることは多くあるから、慣れればそうでもないわよ。それよりもエルピス、さっき見たでしょうけど、この国思っていたよりも不味い状況よ」
「………そんなに?」
セラに言われて思い出すのは路地裏で何もできずに倒れ伏していたホームレスたちの存在だ。
王都にも貧民街は存在したし、どれだけ栄えている国だろうと明日食べるものに困っている人間というのはこの世界では存在する。
それこそそんな人たちを少しでも救って上げたいと思わないでもないが、実際問題として普通に生きている人達よりも明日のご飯に困っている人の方がよほど多く、そんな人たち全員をエルピスが一人で救うのは到底無理な話だ。
だからこそエルピスは何もアクションを起こさなかったし、アウローラだって意識的に考えないようにしているのだろう。
日本人的な感覚が抜けていないからこんな事を考えてしまうのだと思って居たエルピスは、意外な事にセラからこの国の問題点について指摘されたので少し困惑していた。
「別に浮浪者がいる事を言ってるわけじゃないわよ」
「なんでもお見通しだね。でもそれじゃなかったらいったい何の話なのさ」
エルピスの感じている問題は問題ではない。
そう断じたセラに対してではその答えはと問いかけると、彼女はどこからともなく透明な袋を取り出す。
袋の中には香辛料のような粉が入っており、塩コショウで考えたら結構な量が袋の中には入っている。
「それ何?」
「これがいま共和国で最も流行っている娯楽品よ。さっき街中で歩いていたら売ってたから、ちょっと拝借させてもらったの」
「盗んでないよね? ……盗んでないって事にしておこう、怖いから。それでその粉ってなんなの? なんか透明な袋に入ってると危ない薬にしか見えないんだけど」
さすがにそんな事は内だろうとは思いつつ、自分の中で一番可能性が高いものをエルピスが指定するとセラはよくわかりましたとばかりに首を縦に振る。
まるでよく正解できましたと言わんばかりのセラの態度を前にして、エルピスが浮かべる表情は驚愕だけだ。
ここは腐っても四大国の首都、どれだけ上層部が腐敗していようとも人類の創り出した国の中で上位4つに入る程栄えている国だ。
そんな国のあまつさえ首都で、国際的に使用が禁じられいまや違法奴隷よりも重罪として処理されることも多い麻薬が蔓延している?
ありえないとそう言い切ってしまいたかったが、現にセラが実物を持っている上に彼女はそこら辺を歩いていたら売っていたと口にしている。
「そ、それ持ってたらまずいんじゃ」
「意外と小心者ねエルピスは。こんなの異空間に捨てたら誰も分からないわよ」
そう言ってセラが手を振ると袋に入れられた薬は袋ごと瞬時にこの世から消失する。
人の国のルールに一応は従ってくれている彼女だが、結局のところ思考の根っこは女神であり、平然と証拠隠滅をしてしまうあたりはやはり随分と日本というよりこちらの世界の人間側の考え方だ。
「それよりも、こんなものが買えるようになっているなんてこの国、結構危ない状態みたいだけど何かする?」
「何かするって言われてもなぁ……せいぜい2週間ちょっとしか滞在しないのに下手に手を出して事態を悪化させる音になりそうだしここは傍観かな。共和国の人達だって何か対策しようとしてるだろうし」
「そう。分かったわ、とりあえず明日は街に私も街に出るから。久々に二人で楽しく歩きましょう」
言いたいことを言い終えたのだろうか。
セラはやってきた時と同じく音も無く何処かへ消え去ってしまう。
後に残されたエルピスはというと再びすることもないので街に向かって視線を向けるしかない。
だがセラの話を聞いてから見る街はどこか薄暗く感じられ、エルピスは司馬らしくて灰猫の居る部屋へと戻るのであった。
そんな彼らの前に居るのは座っていると腰にまで届くほどの長い白髭を蓄えた老人で、この共和国の首都で冒険者組合の組合長をやっているという人物である。
「改めて自己紹介を。私は冒険者組合代表ガラル・ラングラーだ。よろしく頼む」
「初めまして。アルへオ家長男のエルピス・アルへオです。それでお話とは?」
先程青い顔をして付いて来てほしいと懇願してきた受付嬢。
彼女に組合長が呼んでいるとだけ言われてこの場所に急遽呼び出されたエルピスは、少しだけ機嫌悪そうに見えるよう意識しながら組合長の言葉に対して返事をする。
この国ではエルピスはアルへオ家の長男としか認識されておらず、下手に出れば舐められてしまう可能性だってあるからだ。
「キミが持ってきた組合証、そこに書かれた冒険者のランクについてね。何も君の実力を疑うわけじゃないが、これまで一度も王国の冒険者組合は最高位冒険者を輩出していない。その称号が果たして本当に最高位に相応しいのか、申し訳ないが公式の記録として残してもらう必要があってね」
鋭い目つきでこちらを品定めする様な組合長の言葉を前にして、エルピスは呼び出された理由が想像していた者とは違い拍子抜けしたような感覚を覚える。
てっきり途轍もなく難しく長年放置されていた依頼をこなしてくれとでも言われれると思って居たのだが、予想外の提案にどうしたものかと頭をひねる。
(ようは王国の冒険者組合なんかじゃ信用ならんからこっちで見極めたいと)
最高位冒険者に与えられた権限の多さを考えれば、他国でもその実力が本物なのかどうか実証したいという考えは理解できる。
そこまでは別にいいとして、エルピスが気に入らないのはそもそも最高位冒険者制度を腐らせている側の共和国冒険者組合にそんな事を言われているからだ。
真に実力で最高位冒険者としての力を保有している四大国出身の最高位冒険者などエルピスが知る限り一人しかおらず、神域でこの首都全域を探っても実力者は確かに多いが最高位に及ぶ者は一人としていない。
それでも盟主の護衛として最高位冒険者が付いているとの噂を聞いたことはあるし、実際目の前の男も最高位がどれほどの強さなのか理解しあぐねているからこそこちらの実力を推し量りたいのだろうとエルピスは考える。
「心配性ですね。それで俺は何をすれば? 最高位冒険者にしかこなせないような依頼が、こんな首都近郊にあるとは思えませんが」
「それがそうでもない。この地図を見てもらおうか」
机の上に置かれたのは首都を中心とした共和国の地図だ。
王国でエルピスが作った物より更に精巧に作られたその地図の一角を組合長が指さすと、その場所に光の線が現れる。
「ここに、5年ほど前迷宮が出来た。キミにはこの迷宮を攻略して欲しい」
「迷宮ですか……アウローラなんか知ってる?」
「噂には聞いたことあるかも。共和国に人食い迷宮が出来て、迷宮探索者達が大勢食われたとかなんとか」
何とも物騒な言葉が出てきて事実なのかとエルピスが組合長に目を向けると、彼は仰々しく首を縦に振る。
「攻略難易度は不明、中の詳細も不明、消えた冒険者の数は三桁を越える。この地域一帯は砂漠なので幸い冒険者以外に被害は出ていないが、いつ中身が溢れてくるかと不安がる民も多い」
「迷宮崩壊か………やな事思い出した」
「洞窟内の魔物があふれかえり、周囲に飛び出すことで甚大な被害を出す現象の事ですよね。灰猫さんは体験したことが?」
「……一回だけね」
迷宮について分かっていることは多くないが、判明していることの内の一つとして先程から話題に上がっている迷宮崩壊と呼ばれるものがある。
判明しているといっても原理が分かっているのではなく事象として広く広まっているにすぎないが、簡単に説明すれば迷宮というのは中身の大きさの分からない虫かごや水槽のようなものだ。
普通の籠と違うところは外から中に生き物が入れられるのではなく、中から生き物が自然と発生するというところ。
そして迷宮というのはその特性として、放置していれば絶対に溢れるという特性がある。
山奥だろうが海のそこだろうがいずれ迷宮が見つかるのは溢れた魔物が暴れ始めることで突如として魔物の出現件数が増加するからであり、街近郊にある迷宮は冒険者が入ることで基本的に溢れないようになっているが今回はそれが出来ていない。
しかも5年間溢れていないという事はそれなりの深さがあるということで、深ければ深い程に中にいる魔物の量もその多様性も強さも大幅に変化する。
正に最高位冒険者がこなすにはこれ以上ないほどうってつけの依頼である。
「その依頼、引き受けましょう。場所も分かりましたし、いつまでに解決しなければならないとかありますか?」
「迷宮崩壊を考えれば今すぐにでも解決していただきたい問題ではありますが、下手に手を出して迷宮を刺激されるのも問題です。ここは確実に準備を終えることも考えて、2週間後には出立していただければと」
「分かりました。では2週間後に出立するので、何か必要になった時はよろしくお願いします」
「ああ。頼んだよ、王国の最高位冒険者」
何ともへんな二つ名を付けられてしまったものだが、少なくともこれで最高位冒険者としての仕事は受けることが出来た。
後は異世界人を探すだけで共和国でやらなければいけない事は終わったも同然である。
組合長に見送られるがままに組合を後にし外に出ようとすると、外から何やら大きな音が聞こえてきた。
「お疲れ様です。いまは日に一度のスコールが来てるので外に出ない方がいいですよ。後30分ほどもすれば収まると思います」
受付嬢に言われるがままに窓から外の景色を見てみれば、一寸先も見えないほどの大雨が降りしきっている。
王国ではあまりなかったタイプの気候に何が原因なのか調べてみたくなる気持ちがあるが、2週間で調べても分かるかどうか微妙なので手出しすることはさすがにできない。
良い時間帯なので夜ご飯代わりに組合で軽くご飯を食べながら時間を潰せば、あっというまに雨はどこかへ消え去っていた。
「蒸しあっつ、はやく宿探しに行きましょ。このままだとこんなジメジメした中で野宿することになるわよ」
「馬車を止める所も必要ですし、それなりに良い宿屋を見つけたいところですね」
「結構な金額両替してきたし、結構いい所も泊まれると思うよ。風呂あるところだと良いんだけど」
先程の雨の影響か通りに出ている人の数はかなり少ない。
時間帯も関係しているのかもしれないがそれにしたって随分と人通りが少ないものだ。
王国ならばこれくらいの時間帯でもそれなりの人数を見かけたというのに。
ふと視界を何もない路地裏に向けてみれば、そこには数人の人間が横たわりながら何やらぶつぶつと言葉をつぶやいていた。
明らかにまともではないその姿、先ほどの大雨を屋根もろくにないような路地裏で過ごしているところといいホームレスだとしても違和感を覚えずにはいられない。
「エルピス? なにしてるの、行くわよ」
「あ、ああごめんごめん今行くよ」
アウローラに呼ばれて意識を取り戻したエルピスは、そういう国なのかと納得してその場を後にする。
その後宿屋を探すためにあちこちを回りなんとか寝床を確保したエルピスは、男子と女子組に分かれて宿を取る。
とはいっても部屋は隣室なので特に不便なこともなく、ひとまず部屋の大きい女子部屋の方に集まってエルピス達は明日からの行動について作戦会議を開くことにした。
「とりあえず明日から二週間あるわけだし、観光でもする?」
「異世界人の探索はしなくてもいいの?」
「まぁしなきゃいけないけど、それよりもまずは楽しく冒険しないとね。みんなには俺の目的に付き合ってもらってるわけだし」
いつまで続くかも分からない旅だ、ずっと気を張っていてもいずれ限界が来る。
そう言うことならばとどこから持ち出したのか、共和国の観光名所が書かれた紙を取り出したアウローラは、机の上にそれを広げる。
「ならここ行ってみない? 結構景色も綺麗みたいだし1日で行って帰って来れるわよ」
「共和国の武器屋にも寄ってみたいです。どんな武器があるのか気になるので」
目をキラキラと輝かせる二人。
アウローラは共和国にしかない風景や場所に興味があるようで、エラの方は単純に新しい武器をこの機会に新調しようといったところか。
なんにせよ目的があるのであればそれに付き合うのはエルピスとしてもやぶさかではない。
「じゃあ観光は明後日にして、明日は1日自由時間にしてみる? 各自買いたいものとか有るだろうし」
「それもいいかも。セラと灰猫はどこか行きたいところないの?」
「私は特には。エルピスについて行くわ」
「僕は適当にその辺をぶらついてるよ。何かあれば後で共有してくれたらいい」
各自それぞれが自由に明日の行動を決める。
せっかく共和国まで来たのだから、食べ歩きなんかをしても楽しいかもしれない。
自分でも想像以上にワクワクしながら、エルピスは明日どこに行こうかと頭を悩ませるのであった。
――深夜。
宿谷の屋上で静かに空を眺めるエルピスの傍に、一人の天使が舞い降りる。
ぼうっと街を眺めている彼の傍に音も無く近寄ると、隣に座って音も無く体を預けていた。
「……お互い寝る必要が無い種族だとこういう時困るよね」
半人半龍だった時ならいざ知らず、神人へと変質したいまの状態では睡眠も必要が無い。
こうして夜になったら街を見下ろして時間を潰すのが最近のエルピスの日課であった。
ベッドに横たわり黙って待っていれば疑似的に眠る様な事は出来るが、寝ても起きても変わらないのであればこうして街を眺めていた方が随分とマシだ。
1年間生きてきて喋るだろう人間の数よりも遥かに多い数がこの街で暮らしているのだ、観察していれば一日だって暇になることはない。
だがそんな日々も永久に続ければいつかは飽きが来るだろう。
隣で起きているセラはそんな風に暇になってこちらに来たのではないかとエルピスは睨んでいた。
「出来ることは多くあるから、慣れればそうでもないわよ。それよりもエルピス、さっき見たでしょうけど、この国思っていたよりも不味い状況よ」
「………そんなに?」
セラに言われて思い出すのは路地裏で何もできずに倒れ伏していたホームレスたちの存在だ。
王都にも貧民街は存在したし、どれだけ栄えている国だろうと明日食べるものに困っている人間というのはこの世界では存在する。
それこそそんな人たちを少しでも救って上げたいと思わないでもないが、実際問題として普通に生きている人達よりも明日のご飯に困っている人の方がよほど多く、そんな人たち全員をエルピスが一人で救うのは到底無理な話だ。
だからこそエルピスは何もアクションを起こさなかったし、アウローラだって意識的に考えないようにしているのだろう。
日本人的な感覚が抜けていないからこんな事を考えてしまうのだと思って居たエルピスは、意外な事にセラからこの国の問題点について指摘されたので少し困惑していた。
「別に浮浪者がいる事を言ってるわけじゃないわよ」
「なんでもお見通しだね。でもそれじゃなかったらいったい何の話なのさ」
エルピスの感じている問題は問題ではない。
そう断じたセラに対してではその答えはと問いかけると、彼女はどこからともなく透明な袋を取り出す。
袋の中には香辛料のような粉が入っており、塩コショウで考えたら結構な量が袋の中には入っている。
「それ何?」
「これがいま共和国で最も流行っている娯楽品よ。さっき街中で歩いていたら売ってたから、ちょっと拝借させてもらったの」
「盗んでないよね? ……盗んでないって事にしておこう、怖いから。それでその粉ってなんなの? なんか透明な袋に入ってると危ない薬にしか見えないんだけど」
さすがにそんな事は内だろうとは思いつつ、自分の中で一番可能性が高いものをエルピスが指定するとセラはよくわかりましたとばかりに首を縦に振る。
まるでよく正解できましたと言わんばかりのセラの態度を前にして、エルピスが浮かべる表情は驚愕だけだ。
ここは腐っても四大国の首都、どれだけ上層部が腐敗していようとも人類の創り出した国の中で上位4つに入る程栄えている国だ。
そんな国のあまつさえ首都で、国際的に使用が禁じられいまや違法奴隷よりも重罪として処理されることも多い麻薬が蔓延している?
ありえないとそう言い切ってしまいたかったが、現にセラが実物を持っている上に彼女はそこら辺を歩いていたら売っていたと口にしている。
「そ、それ持ってたらまずいんじゃ」
「意外と小心者ねエルピスは。こんなの異空間に捨てたら誰も分からないわよ」
そう言ってセラが手を振ると袋に入れられた薬は袋ごと瞬時にこの世から消失する。
人の国のルールに一応は従ってくれている彼女だが、結局のところ思考の根っこは女神であり、平然と証拠隠滅をしてしまうあたりはやはり随分と日本というよりこちらの世界の人間側の考え方だ。
「それよりも、こんなものが買えるようになっているなんてこの国、結構危ない状態みたいだけど何かする?」
「何かするって言われてもなぁ……せいぜい2週間ちょっとしか滞在しないのに下手に手を出して事態を悪化させる音になりそうだしここは傍観かな。共和国の人達だって何か対策しようとしてるだろうし」
「そう。分かったわ、とりあえず明日は街に私も街に出るから。久々に二人で楽しく歩きましょう」
言いたいことを言い終えたのだろうか。
セラはやってきた時と同じく音も無く何処かへ消え去ってしまう。
後に残されたエルピスはというと再びすることもないので街に向かって視線を向けるしかない。
だがセラの話を聞いてから見る街はどこか薄暗く感じられ、エルピスは司馬らしくて灰猫の居る部屋へと戻るのであった。
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このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
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五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
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もはや文字ですら無かった
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本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
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