クラス転移で神様に?

空見 大

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幼少期:共和国編 改修中

出立準備

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 王国から他国へ向かうのにはいくつかの手段がある。
 まず自力で国境まで歩き、その後さらに目的の街まで歩いて渡る方法。
 これには場所にはよるが危険な行路を通る可能性も低くはなく、力の弱いものやお年寄りは冒険者などを雇う必要がある。
 だがその代わり陸路なので商品に通行税自体はかかってしまうものの、その他の移動方法に比べればそれほど関税も高くはなく、さらに一度に運べる量なども多い。
 一番無難で、一般的に使用されている方法だ。

 次にそれなりの金品を支払い、空船や列車に乗って移動する方法。
 こちらは旅や出稼ぎなどとは違い、どちらかといえば旅行などで常用する事が多い。
 持っていける荷物は船や列車の大きさにもよるが基本的に一人当たり鞄2.3個分とかなり少なく、商人クラスの人物が物を運搬するのにはあまり適していない。

 最後は一般人が一年働いてやっとという金品を支払い、国から国へ転移魔法で転移するという方法。
 大きな手荷物などは特殊な技能スキルなどを使わなければ持って行くことは出来ないが、その代わり移動時間の超短縮化と安全性の高さというメリットがある。
 一般人が選べる移動方法と言えばこの三つが基本であり、もちろんエルピスもこの中の一つの方法で移動するのだが……。

「だからぁ! 俺が今回したいのは依頼であって、登録じゃないと何度言えば良いんですか!」

「まぁまぁそう仰らずに。いまなら最高ランクからですよ?」

「ランクとか要りません。冒険者組合の勧誘って確か拒否されてもしつこく迫ったら違法でしたよね」

「うっ――ならポイントも付けますから、なんならデートでも行きます?」

「結構です!」

 時刻は昼下がり。
 カウンターを挟んで言葉を交わす男女は、お互いの意見を通す為に周りの事など気にせず思った事を大音量で口にする。

 ――ここは王国立冒険者組合本部、冒険者達の仕事場だ。
 そんな場所で何故エルピスがこうして揉めているかと聞かれれば、それはもちろん冒険者組合がエルピスの力を欲しているからである。
 この世界において強き者とはそれだけで価値があり、エルピス程の実力者ともなれば金鉱脈に匹敵するほどの資産価値となるのだ。
 もし登録させることができれば一撃昇進、今年のボーナスは王都の一等地にそれなりにいい家を建てられるくらいの金額が出るだろう。
 金が絡んでいるからこそ、受付嬢の必死さはエルピスをしてその圧力に気圧されてしまいそうになるほどだ。

「じゃあなんだったら良いんですか!?」

「両親が行ってたみたいな遠征嫌いなんで。あと組合のルールに縛られて冒険したくないです」

「なんとか遠征をキャンセル出来るように言うので……ルールなんて最高位冒険者の皆さんほとんど守りませんし! お願いします!」

 断固として拒否するエルピスに対して、受付嬢は頭をカウンターに打ち付けてまで懇願する。
 彼女がここまで必死になるのにはもちろん金以外にもしっかりとした理由がある。
 もしここでエルピスを組合に参加させる事が出来なければ彼女の組合内部での立場はかなり悪いものになる。
 非情なようにも見えるが、現実世界で例えればいまの組合の状況はいきなり大企業との契約が行えそう、という社運すらかかった大事な交渉であり、万に一つも失敗するわけにはいかない。
 エルピスが組合にやって来た時、冒険者登録をするものだと鷹を括ってぜひ自分のところに来いと懇願していた彼女ら。
 出入り口から一番近いちょうど空いていた彼女を指定したその瞬間までは幸福の絶頂だと言わんばかりの表情だったが今となってはいろいろ入り混じりすぎてよく分からたいのになっている。
 そんな目の前の受付嬢はエルピスから見ても大変可哀想に思えた。

 多少の同情とこのままでは話が進まないという思いから、しぶしぶエルピスが無言で頭を縦に振ると、満面の笑みを浮かべて彼女は奥の方から書類を取り出してくる。
 その数十数枚程。
 両親から組合の書類は毎度多いとは聞かされていたエルピスだが、まさか出立の日にこんな物を書かされなければいけないのかと少し億劫になる。

「おい、あれ見てみろよ」

「もしかしてエルピス・アルヘオか? ついに冒険者組合に参加するのか、これで王国も安泰だな」

「だが噂によると王国を出るらしいぞ?」

「そうそう、俺もそれ聞いたぞ。何やら四、五人ほどの少数精鋭で行くとか。他国の冒険者組合に取られなきゃいいんだが」

「だからいま登録させてるんだろ? 最初に登録した国が本拠地登録されるってギルドの規約に書いてあっただろ」

「そうだっけか?」

 そんな声を聞きながら、エルピスは渡された書類に必要事項を書き込んでいく。
 交渉の技能スキルを持っているので何か利用規約に問題があればすぐに分かるし、通常の登録よりはかなり早く終わる。
 いくつか必要そうな手順を飛ばしているところが気になったが、それは彼女なりにこちらの時間を取らせまいと言う気遣いなのだろう。
 いつのまにか黒色の小さなクレジットカードほどの大きさのカードが、宝石でも扱うかの如く丁重に机の上に置かれる。

「こちらが最高位冒険者の証であるカードです、無くされますと組合の方から依頼が優先して回ってくるようになりますので、なるべく無くさないようにお願いします」

「分かりました。それで本題ですが、共和国までの馬車の護衛を誰かにお願いしたいので、適当な人を見繕ってもらえませんか?」

「護衛ですか?」

 そう言った受付嬢の頭の上には、分かりやすいほどに疑問符が浮かんでいた。
 確かについ今しがた最高位冒険者の証を手渡された者が、多少危険もあるとは言え街道を移動するために護衛を要求するというのは少々おかしな話だろう。
 とはいえこれにはしっかりとした理由があるのだ。
 エラは多少の経験があるらしいがセラやアウローラ、もちろんエルピスも冒険などした事もなく、基本的な準備などはさすがに分かるにしても、冒険中のノウハウなどはまだ何もわかっていない。
 そこで冒険者歴の長い先輩を護衛として雇い、それらのことを教えてもらおうという判断だ。

「護衛ですか、少々お待ちくださいね。ええっと……いまなら美食同盟しか空いていませんね」

 聞いたことのない名前だ。
 だが少なくとも護衛として仕事を任される程度には組合に信頼されている冒険者であるならば誰でもよい。

「ではそこでお願いします」

「呼び出しにある程度時間が必要なので、一時間ほどしてからお越しください」

 登録さえ終わってしまったのなら後は早かった。
 依頼料などは本人達で話し合って決めるらしく、ある程度の基準はあるものの自由に決めていいらしい事を聞いてからエルピスは組合の外へと歩いていく。
 午前の間に必要な荷物は全て収納庫ストレージ内に入れて有るので特にいく場所もなく、あてもなくふらふらしていると不意に足が止まる。

(どこかで見たような…?)

 街行く人間の中に一人だけ見たことのある顔があった。
 その顔に誰だったかと頭の中で照らし合わせていると、向こうの方がエルピスに気がついて歩いてくるではないか。
 街中でも油断無く歩き、腰に挿した短刀が特徴的な目の前の猫耳族の少年は、エルピスに対して笑顔で言葉を発する。

「ようやく顔を見せたね。この数年なんとか会える機会をずっと探していたのに、こんなところで見つけられるなんて」

 どこかの天使と似たような事を言いながら、目の前の少年はそう言った。
 その言葉にようやくエルピスは、目の前の少年が誰だったのかを思い出す。
 ああ、そう言えば王都に初めて来たとき奴隷商をしていた貴族に捕えられていた獣人の少年が居たなと。

 彼の事を同情で救ったは良いものの、その当時エルピス自体に時間的余裕があるような生活を送っていなかった。
 記憶が確かなら誰かに生きる為に必要な分くらいの金銭を渡させて、それからは一切触れていなかったのだ。
 エルピスからしてみれば目の前の彼はあの事件の被害者でしかなく、一件を終わらせてからは特に会うような理由もなかった。

「王城住んだり、天に浮かぶ島に行ったり、海底王国に行ったりしてたよ?」

 正確に言えば王都で住み込みし、従姉妹の家に遊びに行き、アウローラの一件で怒らせてしまった海洋種達に挨拶回り。
 言葉面を見れば壮大な冒険譚だが、エルピスからしてみれば仕事をしていただけだ。
 だが聞いた相手はそんな事情を知らないので聞いた通りに受け取る。

「はぁ? どういうことか分からないんだけど」

「言った通りなんだけど……納得はしづらいよね。それでなんで俺を探してたんだ?」

「助けてもらって感謝の言葉も言えないのは僕のプライドが許さないと言うのが一つ、もう一つは意識がない時に戦ったからね。あんな物じゃないことを分からせないと獣人の誇りが汚される」

 そう言いながら彼は腰の短剣に手をかける。
 猫人族含め獣人は基本的に自尊心が強いタイプが多いのだが、その中でも彼は随分とその気が強い。
 
「おい! そこのお前!」

「大丈夫です、俺が取り押さえるので」

 通りすがりの衛兵から目をつけられた彼を庇うわけでもなく、エルピスは純粋な興味から衛兵の行動を止めていた。
 操られていた相手が操られなくなったらどれくらい変わるのか、そこにも興味は尽きないがエルピスが気になったのは彼が首からぶら下げているもの。
 冒険者組合のランクについて説明を聞き流していたエルピスはあまり覚えていないが、彼が首から下げているそれはそれなりに上のものだったと記憶している。
 この世界で生きている冒険者がどれくらいのレベルなのか、それを知る上でこんな貴重な機会そうそう逃すわけにはいかない。

「私的な決闘は届出を出すか付近の衛兵に報告をしてから周囲の安全を確保しないと罪に問われる。手順はちゃんと踏んだほうがいい」

「次からはそうするよ――ッ!」

 冒険者として一人で生きていくものはそう多くない。
 生活の一部であり生きていくために必要な行為として冒険を行う彼らは、生き残るために必然的にリスクを嫌う傾向にある。
 街の近くに薬草を取りに行く程度の依頼ならまだしも、魔物と戦うような場においては殆どの場合は複数人で行う。
 そんな中たった一人で冒険を重ね、この3年間で王都中に名を知らしめた冒険者が居た。
 誰もその素性を知らず、誰ともなれ合おうとせず、音も無く魔物達を刈り取るその冒険者はいつしか獣人であることとその体毛の色を理由としてこう呼ばれるようになった。
 無風の灰猫、それが彼の二つ名でありいまや王都で知らぬ冒険者は居ない戦闘狂だ。

「――硬いね」

 灰猫が飛び出すと同時に目くらましの役割として投擲した短剣を、エルピスは防御する素振りすら見せずに素肌で受け止める。
 呪いや魔法の類が掛かって居たりましてや技能スキルの支配下にあるならば確実に避けただろうが、ただの鉄の剣程度であればいまのエルピスにとっては枯れ枝を投げられるのと大して変わらない。
 武器を向けられた以上明確な敵対行為として対処してもいいのだが、エルピスは特に剣を抜くこともなくただじっと灰猫の動向を伺っていた。

「早いなぁ」

 呟きながらもエルピスは灰猫の攻撃を避けない。
 目くらましのために投擲される様々な物を体に受けながら、エルピスは一向に攻めてくる気配のない相手に何がしたいのかと考えを巡らせていた。
 何か魔力などを溜めているのか? ――どうやらその様子はない。
 魔法の才がないわけではなさそうだが、剣と併用できるほど器用なタイプには見えない。
 ではこちらが動き出すのを待っているのだろうか。
 カウンター狙いならば相手の行動も理解できると思いながら、一歩エルピスは大きく前に足を踏み出す。

「随分遠くまで離れんじゃん。勝負は終わり?」

「――その顔面ぶんなぐって負けを認めさせるまでは、負けるわけにはいかないんだよ」

 灰猫は周囲から様子を伺っていた群衆達よりも更に遠く、エルピスから見て向かい側の建物の屋根の上にまで足を延ばしていた。
 素手の状態のエルピスが一歩を踏みこんで相手を全力で殴り飛ばせる距離からほんの少し外、いつの間にか間合いを掴まれていたことに驚嘆しつつもエルピスはその灰猫の冷静な判断力に少しずつ魅せられる。

「キミ名前は?」

 問いかけるさなかでも灰猫の攻撃は止まらない。
 先程までは近接戦を仕掛けてこなかった彼も、さすがに埒が明かない事を理解したのか直接攻め始めてくる。 

「言わない」

「そっか、まぁ名前はまだ別にいいか。この試合俺が勝ったら、旅に付いて来てよ」

 セラは──まぁ別として、戦力に不安の残るアウローラとエラの護衛に加えパーティーの男女割合を上げる意味でも灰猫の存在は必要だ。

「──は?」

 突然のスカウトに体が固まる灰猫。
 そうして隙だらけになってしまった彼にエルピスは優しく一撃を叩きこむ。
 動体全てが吹き飛んでしまうのではないかと思えるほどの衝撃を受けてあまりの痛みからその場に崩れ落ちた灰猫は、卑怯な人間を見る目でエルピスの方を睨みつけていた。

「卑……怯……っ」

「誘ったのは本当だよ。俺は君のその力が欲しい。旅に付いてくるなら周りに迷惑をかけない範囲でいつでも襲ってきていい。もし付いてくるなら1時間くらいしたら冒険者組合に来てよ」

 倒れ伏す灰猫を後にして、エルピスは王城へと足を向ける。
 2度の敗北。
 それも圧倒的な実力を前にして完膚なきまでに心を折られた灰猫は、血がにじむほど強く拳を握りながらあまりの悔しさにしばらくその場から動けないのだった。

 /

 王城内には様々な設備が存在する。
 例えばプール、例えば屋内運動場、例えばレクリエーションルーム。
 これらは全て王族達の教育が王城内で完結するために作成された設備であり、王族達が使用していない日は王城勤務の者達向けの福利厚生として使用されている。
 レクリエーションルームの中に見える人影はそんな福利厚生をいままさに享受していた。
 木でできた机の上にボードゲームを置いてそれを取り囲む二人、あと橋の方に置かれたソファに身を投げ出して読書にふけるアウローラ。
いつもは人でにぎわっているレクリエーションルームも祭りが開かれている今日はさすがに人がいないようだ。

「随分と余裕みたいね、もしかして私弱い?」

「まさか、余裕なんて無いですよ。セラさん強いですから」

「ならもう少しは駒を運ぶ手を遅めてもいいと思うのだけれど」

 セラが皮肉気味にそう言うと対面に座る少女、エラは小さく微笑む。
 それこそまさに余裕の表れであり、戦術を力で押しつぶすことが多かったセラは己の駒が絡めとられ落されていく様を面白くなさそうに眺める。
 そうして二人が喋らなくなると、部屋の中には何度目かの静寂が訪れる。

 外はいまだに王位継承が確定したことによるお祭り騒ぎで騒がしいが、天使であるセラはその素性を大勢の人間に見られることがあまり好きではないのでこうして屋内にとどまっている。
 エラがそんな彼女に付き合っているのは旅に出る前にもう少し友好度を高めておこうという狙いもあっての物だ。
 打算的な行動だと言ってしまえばそれまでだが、セラからしてみれば突如湧いて出た不気味な存在である自分にも気を回す辺りいい子なのだなという印象しかない。

「どうやらエルピス様が帰ってきたようですね」

 チェスもあと少しで終わると言う頃に、両社はエルピスが帰ってきたのを感じ取る。
 耳をぴょこぴょこさせ、少し上機嫌そうな表情をしながらエルピスを剥か入れる準備をしているエラの姿は、その胸の内に秘めた感情がどのようなものなのか表していた。
 エルピスもこちら側の気配に気が付いているようで、一直線に向かってきた彼は数秒もしないうちに扉を開けて入ってくる。 

「おかえりなさいませ」

「お疲れさまー」

「ただいま」

従者として頭を下げるエラの姿はいつ見ても堂に入った物だ。
彼女の目線がエルピスの持っている紙袋に興味津々に注がれていなければ100点だといってもいいだろう。

「おかえりなさい。それは?」

「出店で色々良さそうなの買ってきたからみんなにどうかと思ってさ。食べ物もあるけどアウローラ食べる?」

「食べる食べる!」

いったいエルピスが何を買ってきたのかと興味津々なアウローラはソファから飛び起きると走ってこちらにやってくる。
エルピスが荷物を置くスペースを空けるためにボードゲームを雑に片づけたセラ。
それに対して一瞬エラから勝負を有耶無耶にしたことに対する抗議の目線が送られる。
そんな抗議を微笑で一蹴し、彼女はエルピスの持っている荷物を机の上に並べた。
屋台で買ってきただろうものから店で買ったものまでいろいろと出したエルピス。
そんな彼が袋の下の方からラッピングされた3つの袋を取り出すと、趣の違うそれにエラは疑問符を浮かべる。

「あの……これはなんでしょうか?」

「せっかく買い物巡りしてたから、冒険以外のものも一つくらいは買っておいた方がいいかなと思ってみんなにプレゼント」

「─ーありがとうございます!」

それぞれに手渡された包みを開けて喜ぶ三者。
 セラが渡されたのは十字のネックレスと、煌びやかな装飾がなされた時計。
 エルピスは似合いそうだからという理由で特に考えもなく選んだ様だが、セラにとってこの二つはとても大きな意味を持つ。
十字架はかつてセラが囚われた時に創生神が身につけていたもの、時計はそんな彼が創世の神になる前に司っていたものだ。
二つともセラにとっては何より意味のあるもので、渡されたプレゼントは彼女の心を大きく揺さぶっていた。

「ありがとうエルピス。本当に嬉しい」

「……うん、どういたしまして。いまから出発だからセラは二人を連れて先に冒険者組合に行ってて、俺は少し用事があるから遅れて行くよ」

照れくさそうに去っていくエルピスを見送り、セラは努めて冷静さを保とうと上がる口角を無理やり抑えて頑張っていた。

 (世界中の全ての生物が貴方のことだけを忘れたとしても、私は貴方を想い続ける。たとえ貴方に拒まれても、貴方が私の事を忘れても。あの日誓った思いが私の中にある限り、私の名を貴方が呼び続ける限り、何度でも貴方の事を思い愛の言葉を紡ぐ。だからまたもう一度だけで良いので、私に好きだと言ってください)

胸の内に広がる愛の感情はいまのエルピスには重すぎて、唐突過ぎるものだ。
どれだけ愛情があったとしても、それを押し付けられて喜ぶかどうかは人による。
それを分かっているからこそ、セラは抑えきれなくなりそうなほどの愛情をなんとか押さえつけながら、こちらを見てニヨニヨと嬉しそうな表情を浮かべているアウローラに少し意地悪をするのだった。

 /

 それから時は少し過ぎ。
 暗い暗い闇の中。
 世界のどこかも分からぬその場所で、一匹の獣は嬉しそうに喉を鳴らす。
 主人の匂いと見知った匂いが一つづつ、こちらに近付いてくるのが感じ取れた。
 愛おしくて愛おしくて、愛というものでは表現することすら困難なほどの想いを。
 そんな思いを伝えられずに無意味に過ぎ去っていった日々を恨むように、数百年ぶりの再会を嬉しむようにして獣は遠吠えをあげる。
 その声は想い人には届かない。
 ーーいまは、まだ。
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