31 / 278
幼少期編:王国
親と子供と教育係
しおりを挟む
食器とフォークが擦れる音だけが辺りを支配し、エルピスは緊張を隠しもせずに、ぎこちない動作で口に食べ物を運ぶ。
数十人が座れる長い椅子には王とその他の王族が詰めて座っており、次にアウローラと、その両親であるヴァスィリオ家の夫妻が座っている。
エルピスはあろうことか王の対面に座らされ、その斜め前には両親が座って居た。
この世界においての一般的な作法などについては多少教えてもらっている。
ただそれは他者を不快にさせない程度のマナーであり、王族貴族に見せられるようなものではとうていない。
だが特に誰もそれについて言及しようとはして来ないので、ありがたく思いながらエルピスは見様見真似で悪い所を無くしていく。
前菜が全て出され空気が落ち着くと、国王が口を開いた。
「イロアス、今回の事は無事こうして問題もなく終わった訳だが、言ってた通りこのまま魔法の指導をしてもらうってことでいいか?」
「俺に聞くなよ、エルピスの意見を尊重してくれ。まぁ俺としては別にーー」
「ーーエルピスには世の中がどんな物かは分かってもらったんだし、家庭教師として抜擢しようとしてくれた両家には悪いけど、連れて帰らせて貰うわ」
自然な流れでクリムはイロアスの言葉を遮る。
その口調には何がなんでも絶対にエルピスを持って行かせないという強い意志が感じられた。
皿がひび割れそうな程の重圧を肌に感じ取るものの、エルピスは口を開くことさえできないでいた。
イロアス達が会話している最中に割り込もうとする素振りを見せる者は誰一人おらず、全員が静かに事の成り行きを見守っているので、この状況を変える気がある様には思えない。
エルピスがここで働きたいと口にすればクリムは渋々ながら折れるだろう。
だがいまのエルピスはムスクロルから告げられた、両親に異世界人であることがバレているという事実で頭がいっぱいだ。
そんなエルピスの顔を見てクリムは更に勘違いを加速させ、自分の子供が外の環境に潰されそうになっていると感じる。
睨み合いを続ける両家、その間に割って入ったのは意外にもアウローラの父であった。
「クリムさん、出来ればそれはやめて頂きたい」
「どうして? 騎士団長と魔術師長を身内から排出している貴方なら、娘にしっかりと魔法を覚えさせる環境を作ることなんて造作も無いでしょう?」
ヴァスィリオ家は国内でも有数の武家だ。
この国の騎士も魔法使いもどちらもヴァスィリオの者であり、その武勇は各国に轟いている。
どれだけ才能を秘めていようとも優秀な師にありつくことが出来なければ才能は開花しない。
大事なのは師であり、娘の為にそれを手に入れるのであれば龍の秘宝にだって手を出す覚悟が彼にはあった。
「ーー舐めないでいただきたいクリムさん。私とて貴族の端くれ、人の価値を見抜くのには長けていると自負しております」
「そう、それは良い事じゃない。だけどビルム、エルピスは私の子供よ。龍の子に手を出してどうなるか、知らないとは言わせないわよ」
「危険を犯さなければ得られない物もあります。それに決めるのは貴方じゃない、エルピス君だ!」
威圧する母に対して、アウローラの父は怯えた様子も見せずに言葉を返す。
贔屓目に見ようとも強そうに見えない彼が母の威圧に耐えられる理由、それは貴族として日々強い人に会うであろうその環境も起因しては居るだろうが、直接の原因は娘に対する愛情だろう。
母の威圧で怯えているアウローラに対して、ゆっくりと伸ばした手も向ける視線も、エルピスが両親から受ける愛情と同じくらいの愛情が向けられているのが、傍目から見ても分かった。
それを母も分かっているのか威圧をやめて浮かせていた腰を下ろし席に座りなおすと、こちらに視線を向ける。
「確かにその通りね。エルピス、貴方はどうしたい?」
「……急な話だけど、ここで誰かに何かを教えることは大切な経験だと思うんだ。それに俺ももう10歳、あんまり家に甘えてばっかりも格好悪いしね。出来ればここで仕事をしてみたい」
「……そう言う事なら私は邪魔しないわ。悪かったわねビルム、試す様な真似して」
「子供を思う気持ちがあってこそですから、何も言う事はございませんよ」
一段落を終えてようやく場の空気が落ち着き、エルピスは目の前に出されていく料理を食べる。
少なくともこれでエルピスが魔法使いとして目の前の彼ら王族に加えてアウローラに魔法の指導をするのは確定となった。
王族貴族の指導と考えれば驚くほどにあっけなく決まった物だが、実際ここに至るまでにかなりの手順があったことはもう言うまでもない。
「さて、食事もある程度終わったし顔合わせをするか。グロリアス、挨拶を」
国王から呼ばれて席を立ったのは国王の横で食事をしていた線の細い少年だ。
父譲りなのだろう、光り輝くほどに綺麗な金色の髪を携えているが、筋肉隆々の父に比べて顔は少女のようでいまだに幼く美少年というよりは美少女という呼び名の方が正しく見える。
人懐っこい笑みに少し垂れた目でエルピスを見るグロリアスと呼ばれた少年は、いままで見た誰よりも美しい礼儀作法を見せつける。
「初めましてエルピスさん。私はヴァンデルグ王国第一王子、グロリアス・ヴァンデルグと申します。これからご指導のほど、よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくおねがいします」
「グロリアスは次期国王として、戦う力が必要になる。他の王族だって同じようなものだ」
国王であれば戦わなくていいなどというのは平和な世界に限っての話。
もちろん国王が最も強くある必要性はないが、少なくともそこら辺の農民程度に国王が負けるのでは話にならない。
戦乱の世界に有ってある程度の力を保有していることはそれだけで多少の抑止力になり、交渉の場に有っても一定の戦力はアウローラと喋った時のエルピスのように有利に運ばせるために重要な役割を持つ。
続いて立ったのは横に座っていた長髪の美少女。
齢はおそらくエルピスよりも少し上といったところだろうが、体感する年齢は実際の年齢よりはるか上に感じる。
アウローラから感じた妖艶さとはまた別の、容姿の良さからくるそれは幼さをかき消していた。
「初めましてエルピス様。私はエリーゼ・ヴァンデルグと申します。神職を希望しておりますので、光魔法についてご教授願えればと」
神職という事は将来的にシスターにでもなるのだろうか。
扱うのは魔法の基礎系統である5代魔法の属性とは違い、その派生である光魔法は習得にそれなりの期間が必要になる。
だからだろうか。
エルピスを見つめる彼女の視線にもやり切って見せるという熱が籠っていた。
「長男長女は終わったし、人数も多いから後は一気にやっちまえ」
「ミリィ・ヴァンデルグです。よろしくおねがいします」
「アデルです! よろしくです!」
ミリィと名乗った少女は先の長男長女に比べて少しだけ奥手な雰囲気がある。
前髪を垂らし、顔を隠しているのは自信の無さの表れだろう。
エルピスからしてみればそれくらいの方がよほど親近感がわく。
仲良くなれそうな相手が出来たと喜んでいると、そんなエルピスの態度に驚いたのかミリィは顔をサッと伏せる。
次に声を上げたアデルは中々元気な男の子であり、魔法の訓練を期待しているよりは外で体を動かすことの方が好きそうである。
「よろしくお願いします。それでそちらの方は……」
「おいルーク、お前の番だぞ。緊張してんのは分かるけどちゃんとしろ」
「る! ルーク・ヴァンデルグです!! イロアスさんとクリムさんのお噂はかねがね伺っておりました! そんなお二人の子供でありたった1日で王国に巣くう悪を壊滅させたエルピスさんに師事できて光栄に思います!」
常日頃は自信満々で元気ハツラツ、といった子供なのだろう。
動くときに鬱陶しくないように金の髪はバッサリと切られており、見る限り体も実戦に耐えられるように鍛え上げられているようだ。
両親に対してこういった態度になる子供をいままで何度か見たことがあるが、何度見ても言葉で両親が褒められているよりよほどうれしく感じられる。
「ルークはイロアス達にも憧れてるが、なによりエルピス君。君に惚れ込んでるんだ、よくしてやってくれ」
「ちょオヤジ! そんな事言うなよ!!」
「良いだろ別に。実際エルピス君がやったのは凄いことだ、イロアスが断らなかったら後日盛大にお祝いするところだったんだぞ」
自分に対してそんな事を言って来る相手が居るとは思えず照れるエルピス。
とはいえ目立つこと自体はエルピスが望んでいない事であり、盛大にお祝いなんぞされた日にはこの王都からにげだしていたことだろう。
それを止めてくれたイロアスには感謝しても仕切れない。
「私は何になるかまだ決めていないけど、よろしくねエルピス君」
そうしてそれから数時間後。
エルピス達子供が睡魔に襲われ眠っている深夜に、小さいテーブルを囲み酒を煽る三人の人影があった。
酒の席で油断しきっているとはいえ街の居酒屋にいれば大衆の目線を釘付けにするだろう三人組。
そんな彼らがする会話の内容は決まって自分の子供の事だ。
「ーーにしてもだ、イロアス。お前んとこの子供は随分と俺たち側に近いな」
「俺たち側というと?」
「生まれつきの異能持ちって意味だよ。ビルムのとこもそうだろ?」
そう言いながら国王ーームスクロルは酒を飲む。
ムスクロルだけでなくこの場にいる三人、イロアスとビルムは先祖返りと呼ばれる異能を持って生まれてきた。
分類的に言えば異世界人と先祖返りは違う物なのだが、その力が強力という点に関しては殆ど同じと考えていいだろう。
この世界で黒髪が迫害されていないのは一重に偶然に過ぎない。
人間世界が街を作るよりももっと前の村社会の時に、偶然黒髪の者達が活躍して人類の生存権を広げその功績がいまこの世界を作り出している。
いまだ一部の小さい村では黒い髪は凶兆の証として扱われることもあるが、王国では報告の義務こそあれど迫害することは法によって禁止されている。
「うちの子はイロアスのとこみたいに子供ながらにして竜を倒したりしねぇよ。いたって普通の可愛い子だ」
「ちょっとトカゲ倒すくらい可愛いもんだろ! あの微妙に小生意気な性格が特に可愛いからな!」
「んだと! やるかコラ!」
「やってやんよ! 骨の一本くらい覚悟しろよ!」
英雄と呼ばれ人類最高峰の力を持つイロアスと文官寄りで長らく実践にも出ていないビルム。
殴り合えば骨の一本が折れるどころか残れば万々歳といったほどなのに軽々しく喧嘩に発展しそうになるのは、両者普段ならば飲むのをやめろと言われるほどに酒に弱いのだ。
「やめろやめろ、お前ら普段は冷静なのになんで子供が絡んだらそんなに熱くなるんだよ」
「「親だからだ!」」
「……聞いた俺がバカだった」
話があらぬ方向に脱線していくが、何時もの事なので笑って話を流す。
何時もなら一度こうなるとかなり長い間話はそれたままなのだが、今日はその自分の子供が話題に上がっているからか、意外にも直ぐに話題は元に戻る。
「ーーだが冗談抜きでエルピス君にはちゃんと善悪の判断をさせないと、不味い事になるぞ。今ならまだしも成長したら止められる気がしない」
「暴走する訳がないーーと言いたいが、あの年頃は細かい事で性格や感情なんて変わるからな。充分その点に関しては気をつけているつもりだ。それに今回のだってそれを図るためのものだろ」
「そうだな。先に言っておくがイロアス、もしエルピス君が暴走したら、お前が例え守ろうと俺は何があっても殺すぞ。それ程に彼は危険だ」
万が一の場合は子供を殺すと言われても、イロアスの表情には変化が出ない。
昔から交友のある二人からの言葉だからという事も有るが、何よりエルピスの事を信用しているからだ。
だが目の前の二人が言いたい事は分かる。
今のエルピスは力の使い方を知らない。
その力がどれ程の域に達しているかも、自身の危険性にも。
奴隷商達のアジトを壊滅させたのもまるで当然のごとく口にしていたが、実際王国が手を出せなかった膿を彼は無理やりに排除したのだ。
その力はもはや歩く国家戦力、抑え込むのもどれだけ大変か。
今回急遽と言っても良い速度でエルピスが家庭教師になるまでの話を組んだのは、再三ではあるが今のエルピスが善と悪どちらに傾いているかを判断する為と言うのが本当の目的だ。
もし万が一にでも奴隷商人に手をかけた場合は、近場に控えていたメイドと執事数名にクリムとイロアスが強制的に家に帰らせる算段もつけていた。
それ程までに今のエルピスは危険と言える。
出来ればこの都市で生活し、人の世界に慣れてほしい。
「それについては何も言わないさ。そう言えば睡眠中のあの子の部屋に入ったらびっくりするぞ? 気配察知の濃度の異常さに、避けようと思えば思うほどに引っかかる魔法。子供の寝顔一つ見るのに戦闘する時より魔力を使うからな」
「そんなにか?」
「あぁ。そんなにだ。なんなら今から行って誰が引っかかるか勝負しようぜ」
「何を賭ける? もちろんハンデはありだよな」
「まぁ向こう着いてから考えようぜ」
雑談を交わしながら立ち上がり、三人組はエルピスの眠る部屋へと足を進める。
ーーその後魔法に引っかかったムスクロルが国外に強制転移させられ、帰ってくるまでにかなりの時間がかかったのは別のお話。
数十人が座れる長い椅子には王とその他の王族が詰めて座っており、次にアウローラと、その両親であるヴァスィリオ家の夫妻が座っている。
エルピスはあろうことか王の対面に座らされ、その斜め前には両親が座って居た。
この世界においての一般的な作法などについては多少教えてもらっている。
ただそれは他者を不快にさせない程度のマナーであり、王族貴族に見せられるようなものではとうていない。
だが特に誰もそれについて言及しようとはして来ないので、ありがたく思いながらエルピスは見様見真似で悪い所を無くしていく。
前菜が全て出され空気が落ち着くと、国王が口を開いた。
「イロアス、今回の事は無事こうして問題もなく終わった訳だが、言ってた通りこのまま魔法の指導をしてもらうってことでいいか?」
「俺に聞くなよ、エルピスの意見を尊重してくれ。まぁ俺としては別にーー」
「ーーエルピスには世の中がどんな物かは分かってもらったんだし、家庭教師として抜擢しようとしてくれた両家には悪いけど、連れて帰らせて貰うわ」
自然な流れでクリムはイロアスの言葉を遮る。
その口調には何がなんでも絶対にエルピスを持って行かせないという強い意志が感じられた。
皿がひび割れそうな程の重圧を肌に感じ取るものの、エルピスは口を開くことさえできないでいた。
イロアス達が会話している最中に割り込もうとする素振りを見せる者は誰一人おらず、全員が静かに事の成り行きを見守っているので、この状況を変える気がある様には思えない。
エルピスがここで働きたいと口にすればクリムは渋々ながら折れるだろう。
だがいまのエルピスはムスクロルから告げられた、両親に異世界人であることがバレているという事実で頭がいっぱいだ。
そんなエルピスの顔を見てクリムは更に勘違いを加速させ、自分の子供が外の環境に潰されそうになっていると感じる。
睨み合いを続ける両家、その間に割って入ったのは意外にもアウローラの父であった。
「クリムさん、出来ればそれはやめて頂きたい」
「どうして? 騎士団長と魔術師長を身内から排出している貴方なら、娘にしっかりと魔法を覚えさせる環境を作ることなんて造作も無いでしょう?」
ヴァスィリオ家は国内でも有数の武家だ。
この国の騎士も魔法使いもどちらもヴァスィリオの者であり、その武勇は各国に轟いている。
どれだけ才能を秘めていようとも優秀な師にありつくことが出来なければ才能は開花しない。
大事なのは師であり、娘の為にそれを手に入れるのであれば龍の秘宝にだって手を出す覚悟が彼にはあった。
「ーー舐めないでいただきたいクリムさん。私とて貴族の端くれ、人の価値を見抜くのには長けていると自負しております」
「そう、それは良い事じゃない。だけどビルム、エルピスは私の子供よ。龍の子に手を出してどうなるか、知らないとは言わせないわよ」
「危険を犯さなければ得られない物もあります。それに決めるのは貴方じゃない、エルピス君だ!」
威圧する母に対して、アウローラの父は怯えた様子も見せずに言葉を返す。
贔屓目に見ようとも強そうに見えない彼が母の威圧に耐えられる理由、それは貴族として日々強い人に会うであろうその環境も起因しては居るだろうが、直接の原因は娘に対する愛情だろう。
母の威圧で怯えているアウローラに対して、ゆっくりと伸ばした手も向ける視線も、エルピスが両親から受ける愛情と同じくらいの愛情が向けられているのが、傍目から見ても分かった。
それを母も分かっているのか威圧をやめて浮かせていた腰を下ろし席に座りなおすと、こちらに視線を向ける。
「確かにその通りね。エルピス、貴方はどうしたい?」
「……急な話だけど、ここで誰かに何かを教えることは大切な経験だと思うんだ。それに俺ももう10歳、あんまり家に甘えてばっかりも格好悪いしね。出来ればここで仕事をしてみたい」
「……そう言う事なら私は邪魔しないわ。悪かったわねビルム、試す様な真似して」
「子供を思う気持ちがあってこそですから、何も言う事はございませんよ」
一段落を終えてようやく場の空気が落ち着き、エルピスは目の前に出されていく料理を食べる。
少なくともこれでエルピスが魔法使いとして目の前の彼ら王族に加えてアウローラに魔法の指導をするのは確定となった。
王族貴族の指導と考えれば驚くほどにあっけなく決まった物だが、実際ここに至るまでにかなりの手順があったことはもう言うまでもない。
「さて、食事もある程度終わったし顔合わせをするか。グロリアス、挨拶を」
国王から呼ばれて席を立ったのは国王の横で食事をしていた線の細い少年だ。
父譲りなのだろう、光り輝くほどに綺麗な金色の髪を携えているが、筋肉隆々の父に比べて顔は少女のようでいまだに幼く美少年というよりは美少女という呼び名の方が正しく見える。
人懐っこい笑みに少し垂れた目でエルピスを見るグロリアスと呼ばれた少年は、いままで見た誰よりも美しい礼儀作法を見せつける。
「初めましてエルピスさん。私はヴァンデルグ王国第一王子、グロリアス・ヴァンデルグと申します。これからご指導のほど、よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくおねがいします」
「グロリアスは次期国王として、戦う力が必要になる。他の王族だって同じようなものだ」
国王であれば戦わなくていいなどというのは平和な世界に限っての話。
もちろん国王が最も強くある必要性はないが、少なくともそこら辺の農民程度に国王が負けるのでは話にならない。
戦乱の世界に有ってある程度の力を保有していることはそれだけで多少の抑止力になり、交渉の場に有っても一定の戦力はアウローラと喋った時のエルピスのように有利に運ばせるために重要な役割を持つ。
続いて立ったのは横に座っていた長髪の美少女。
齢はおそらくエルピスよりも少し上といったところだろうが、体感する年齢は実際の年齢よりはるか上に感じる。
アウローラから感じた妖艶さとはまた別の、容姿の良さからくるそれは幼さをかき消していた。
「初めましてエルピス様。私はエリーゼ・ヴァンデルグと申します。神職を希望しておりますので、光魔法についてご教授願えればと」
神職という事は将来的にシスターにでもなるのだろうか。
扱うのは魔法の基礎系統である5代魔法の属性とは違い、その派生である光魔法は習得にそれなりの期間が必要になる。
だからだろうか。
エルピスを見つめる彼女の視線にもやり切って見せるという熱が籠っていた。
「長男長女は終わったし、人数も多いから後は一気にやっちまえ」
「ミリィ・ヴァンデルグです。よろしくおねがいします」
「アデルです! よろしくです!」
ミリィと名乗った少女は先の長男長女に比べて少しだけ奥手な雰囲気がある。
前髪を垂らし、顔を隠しているのは自信の無さの表れだろう。
エルピスからしてみればそれくらいの方がよほど親近感がわく。
仲良くなれそうな相手が出来たと喜んでいると、そんなエルピスの態度に驚いたのかミリィは顔をサッと伏せる。
次に声を上げたアデルは中々元気な男の子であり、魔法の訓練を期待しているよりは外で体を動かすことの方が好きそうである。
「よろしくお願いします。それでそちらの方は……」
「おいルーク、お前の番だぞ。緊張してんのは分かるけどちゃんとしろ」
「る! ルーク・ヴァンデルグです!! イロアスさんとクリムさんのお噂はかねがね伺っておりました! そんなお二人の子供でありたった1日で王国に巣くう悪を壊滅させたエルピスさんに師事できて光栄に思います!」
常日頃は自信満々で元気ハツラツ、といった子供なのだろう。
動くときに鬱陶しくないように金の髪はバッサリと切られており、見る限り体も実戦に耐えられるように鍛え上げられているようだ。
両親に対してこういった態度になる子供をいままで何度か見たことがあるが、何度見ても言葉で両親が褒められているよりよほどうれしく感じられる。
「ルークはイロアス達にも憧れてるが、なによりエルピス君。君に惚れ込んでるんだ、よくしてやってくれ」
「ちょオヤジ! そんな事言うなよ!!」
「良いだろ別に。実際エルピス君がやったのは凄いことだ、イロアスが断らなかったら後日盛大にお祝いするところだったんだぞ」
自分に対してそんな事を言って来る相手が居るとは思えず照れるエルピス。
とはいえ目立つこと自体はエルピスが望んでいない事であり、盛大にお祝いなんぞされた日にはこの王都からにげだしていたことだろう。
それを止めてくれたイロアスには感謝しても仕切れない。
「私は何になるかまだ決めていないけど、よろしくねエルピス君」
そうしてそれから数時間後。
エルピス達子供が睡魔に襲われ眠っている深夜に、小さいテーブルを囲み酒を煽る三人の人影があった。
酒の席で油断しきっているとはいえ街の居酒屋にいれば大衆の目線を釘付けにするだろう三人組。
そんな彼らがする会話の内容は決まって自分の子供の事だ。
「ーーにしてもだ、イロアス。お前んとこの子供は随分と俺たち側に近いな」
「俺たち側というと?」
「生まれつきの異能持ちって意味だよ。ビルムのとこもそうだろ?」
そう言いながら国王ーームスクロルは酒を飲む。
ムスクロルだけでなくこの場にいる三人、イロアスとビルムは先祖返りと呼ばれる異能を持って生まれてきた。
分類的に言えば異世界人と先祖返りは違う物なのだが、その力が強力という点に関しては殆ど同じと考えていいだろう。
この世界で黒髪が迫害されていないのは一重に偶然に過ぎない。
人間世界が街を作るよりももっと前の村社会の時に、偶然黒髪の者達が活躍して人類の生存権を広げその功績がいまこの世界を作り出している。
いまだ一部の小さい村では黒い髪は凶兆の証として扱われることもあるが、王国では報告の義務こそあれど迫害することは法によって禁止されている。
「うちの子はイロアスのとこみたいに子供ながらにして竜を倒したりしねぇよ。いたって普通の可愛い子だ」
「ちょっとトカゲ倒すくらい可愛いもんだろ! あの微妙に小生意気な性格が特に可愛いからな!」
「んだと! やるかコラ!」
「やってやんよ! 骨の一本くらい覚悟しろよ!」
英雄と呼ばれ人類最高峰の力を持つイロアスと文官寄りで長らく実践にも出ていないビルム。
殴り合えば骨の一本が折れるどころか残れば万々歳といったほどなのに軽々しく喧嘩に発展しそうになるのは、両者普段ならば飲むのをやめろと言われるほどに酒に弱いのだ。
「やめろやめろ、お前ら普段は冷静なのになんで子供が絡んだらそんなに熱くなるんだよ」
「「親だからだ!」」
「……聞いた俺がバカだった」
話があらぬ方向に脱線していくが、何時もの事なので笑って話を流す。
何時もなら一度こうなるとかなり長い間話はそれたままなのだが、今日はその自分の子供が話題に上がっているからか、意外にも直ぐに話題は元に戻る。
「ーーだが冗談抜きでエルピス君にはちゃんと善悪の判断をさせないと、不味い事になるぞ。今ならまだしも成長したら止められる気がしない」
「暴走する訳がないーーと言いたいが、あの年頃は細かい事で性格や感情なんて変わるからな。充分その点に関しては気をつけているつもりだ。それに今回のだってそれを図るためのものだろ」
「そうだな。先に言っておくがイロアス、もしエルピス君が暴走したら、お前が例え守ろうと俺は何があっても殺すぞ。それ程に彼は危険だ」
万が一の場合は子供を殺すと言われても、イロアスの表情には変化が出ない。
昔から交友のある二人からの言葉だからという事も有るが、何よりエルピスの事を信用しているからだ。
だが目の前の二人が言いたい事は分かる。
今のエルピスは力の使い方を知らない。
その力がどれ程の域に達しているかも、自身の危険性にも。
奴隷商達のアジトを壊滅させたのもまるで当然のごとく口にしていたが、実際王国が手を出せなかった膿を彼は無理やりに排除したのだ。
その力はもはや歩く国家戦力、抑え込むのもどれだけ大変か。
今回急遽と言っても良い速度でエルピスが家庭教師になるまでの話を組んだのは、再三ではあるが今のエルピスが善と悪どちらに傾いているかを判断する為と言うのが本当の目的だ。
もし万が一にでも奴隷商人に手をかけた場合は、近場に控えていたメイドと執事数名にクリムとイロアスが強制的に家に帰らせる算段もつけていた。
それ程までに今のエルピスは危険と言える。
出来ればこの都市で生活し、人の世界に慣れてほしい。
「それについては何も言わないさ。そう言えば睡眠中のあの子の部屋に入ったらびっくりするぞ? 気配察知の濃度の異常さに、避けようと思えば思うほどに引っかかる魔法。子供の寝顔一つ見るのに戦闘する時より魔力を使うからな」
「そんなにか?」
「あぁ。そんなにだ。なんなら今から行って誰が引っかかるか勝負しようぜ」
「何を賭ける? もちろんハンデはありだよな」
「まぁ向こう着いてから考えようぜ」
雑談を交わしながら立ち上がり、三人組はエルピスの眠る部屋へと足を進める。
ーーその後魔法に引っかかったムスクロルが国外に強制転移させられ、帰ってくるまでにかなりの時間がかかったのは別のお話。
42
お気に入りに追加
2,535
あなたにおすすめの小説
神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!
yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。
しかしそれは神のミスによるものだった。
神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。
そして橘 涼太に提案をする。
『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。
橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。
前世は最強の宝の持ち腐れ!?二度目の人生は創造神が書き換えた神級スキルで気ままに冒険者します!!
yoshikazu
ファンタジー
主人公クレイは幼い頃に両親を盗賊に殺され物心付いた時には孤児院にいた。このライリー孤児院は子供達に客の依頼仕事をさせ手間賃を稼ぐ商売を生業にしていた。しかしクレイは仕事も遅く何をやっても上手く出来なかった。そしてある日の夜、無実の罪で雪が積もる極寒の夜へと放り出されてしまう。そしてクレイは極寒の中一人寂しく路地裏で生涯を閉じた。
だがクレイの中には創造神アルフェリアが創造した神の称号とスキルが眠っていた。しかし創造神アルフェリアの手違いで神のスキルが使いたくても使えなかったのだ。
創造神アルフェリアはクレイの魂を呼び寄せお詫びに神の称号とスキルを書き換える。それは経験したスキルを自分のものに出来るものであった。
そしてクレイは元居た世界に転生しゼノアとして二度目の人生を始める。ここから前世での惨めな人生を振り払うように神級スキルを引っ提げて冒険者として突き進む少年ゼノアの物語が始まる。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました
ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが……
なろう、カクヨムでも投稿しています。
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
1枚の金貨から変わる俺の異世界生活。26個の神の奇跡は俺をチート野郎にしてくれるはず‼
ベルピー
ファンタジー
この世界は5歳で全ての住民が神より神の祝福を得られる。そんな中、カインが授かった祝福は『アルファベット』という見た事も聞いた事もない祝福だった。
祝福を授かった時に現れる光は前代未聞の虹色⁉周りから多いに期待されるが、期待とは裏腹に、どんな祝福かもわからないまま、5年間を何事もなく過ごした。
10歳で冒険者になった時には、『無能の祝福』と呼ばれるようになった。
『無能の祝福』、『最低な能力値』、『最低な成長率』・・・
そんな中、カインは腐る事なく日々冒険者としてできる事を毎日こなしていた。
『おつかいクエスト』、『街の清掃』、『薬草採取』、『荷物持ち』、カインのできる内容は日銭を稼ぐだけで精一杯だったが、そんな時に1枚の金貨を手に入れたカインはそこから人生が変わった。
教会で1枚の金貨を寄付した事が始まりだった。前世の記憶を取り戻したカインは、神の奇跡を手に入れる為にお金を稼ぐ。お金を稼ぐ。お金を稼ぐ。
『戦闘民族君』、『未来の猫ロボット君』、『美少女戦士君』、『天空の城ラ君』、『風の谷君』などなど、様々な神の奇跡を手に入れる為、カインの冒険が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる