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幼少期編:王国
王の話
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魔法についてエルピス達が話し始めて二十分くらいだったろうか。
国王の準備ができたとアルキゴスに呼ばれて部屋を出たエルピスはやたらに長い廊下をゆったりと歩く。
「王様ってどんな人なんですか? アルさん」
「お前までその呼び方するのかよ……まぁ王様はあれだな、会ったらいやでもわかるよ」
エルピスが質問すると、遠い目をしながらアルキゴスがそう答える。
何か辛い過去でも有ったのだろうか?
聞いてみたいような気もするが、とんでもない爆弾発言が飛んできては嫌なのでエルピスもその話には触れず話題を転換することにした。
「アルさん。服ってこのままで良いんですか?」
街中を歩いていてもおかしくない程度の服装ではあるが、王族と会うとなれば話は別だ。
てっきり衣装を変えてから行くものだとばかり思って居たので何もしていなかったエルピスだが、どうやらこのまま国王に会うようなので確認しておいた方がいいだろう。
「この国の王は基本的にそう言う事に緩いから、大丈夫だと思うがな。まぁ気になるんだったら、戦闘用の衣服に着替えておけばいい。この国ではそれが正装だからな」
「分かりました。少しお時間頂きます」
エルピスがこの世界に来て最も重宝している能力、メニューが持つ効果の一つである装備着用を使用して着替えを行う。
収納庫内にあるものならこの方法で簡単に着替えることが可能で、いつも外に出るときの服装にエルピスは一瞬にして着替えを終える。
下はブーツと短パンにレギンスを履き、上はシャツと汚れを避けるためのローブだ。
季節感も何も無い服ではあるが、基本的にこの世界では魔法の効果で暑さは無効化出来るため、春先にいまのエルピスの様にローブを着ている人も少なくない。
ちなみにだが母からもらった杖は、内ポケットに隠して有る。
「どっから出したんだその剣? さっきまで無かっただろ?」
口ではそう言っているがアルキゴスが気にしているのは剣がどこから出てきたかより、その剣がどこの誰が作ったものでどのような効果を持っているかだろう。
魔剣と聖剣、名前としては力強い二振りなので剣士であるアルキゴスからしてみれば気になるところもあるだろう。
聖剣はいつも通り刀身を見ればまばゆいばかりの光を放っており、魔剣の方は逆に暗く何物も反射させていないようである。
魔剣の刀身はそれほど長くなく、イメージ的には武士の持っている脇差くらいだろうか。
この武器は生き物を殺す程その生き物の血と肉を使って複製を作るので、エルピスの腰に巻き付けてある一本目以外にも収納庫に六本入っている。
聖剣の方は刀身の長さこそ一般的な長剣と大差ない。
ただ特殊な能力として折れない、というものがあるらしくかなり便利使い出来ている。
「貰い物なんですけど切れ味も凄いし、耐久性能も普通の剣とは比較にならない位強いんですよ、これ」
「だろうな。他国の至宝にそれと似たようなものがあったが、それより切れそうだし」
他国の至宝がどんなものかは見たことがないのでなんとも言えないが、確かに人類でこれ以上の武器を持っている国や個人はそうはいないだろう。
いつか鍛治神の権能を使えるようになった際には、改めて打ち直しでもして自分の手に馴染むように作り直したいものだ。
「さて、そろそろ王の御前だ。まぁ緊張はするだろうが、焦らず喋れば問題はない」
そう言われてアルから視線を外し前を見ると、いつの間にか大きな扉が目の前に現れていた。
高さは五メートルくらいで、横は大人が手を繋いで五人同時に入れる位だ。
構造としては扉よりはアーチに近い感じだろうか?
重そうな扉をアルが開け、中に入ると少し先に玉座が設置されていた。
「国王陛下。例の子供を連れて参りました」
(あのムキムキおじさんが国王?)
膝をつき、家臣として行動しているアルキゴスに対してそう言いかけたエルピスは、だがすんでの所で言葉を押し止める。
エルピスが動揺するのも無理はないだろう。
玉座に腰掛ける王はゴツいを通り越して、筋肉の塊とすら表現しても良いほどに身体を鍛え上げており、その見た目は細身の人間しか見てこなかったエルピスにはかなり衝撃的だ。
空のように青い瞳は人々の心を見透かし、黄金のように綺麗なその髪色は人々を魅力する──のだろうがいまのエルピスからしてみればそんな細かい特徴は全て筋肉の前に吹き飛ばざるおえない。
アウローラの技能由来の覇気とは違い、強者が持つ特有の気配が肌を撫でるのを感じていると王はゆっくりと口を開く。
「君がアルヘオ家の長男であるエルピス・アルヘオ君か。高い所から失礼する、我……俺……うーんもう俺で良いか。俺の名前はムスクロル・ヴァンデルグだ。気軽にムスクロルとでも呼んでくれ」
そんな事を思っているエルピスとは対照的に、玉座に座る王はエルピスの事を聞いていた通りの人物のようだと再確認していた。
エルピスの腰にぶら下げられた二振りの剣は中々の逸品に見え、ムスクロルのそばにいる武官が物欲しそうにそれを眺めている。
文官達は国王が直接話しているのが少しもどかしいようだが、とはいえ相手がアルヘオ家の長男だから口は挟まないようにしているようだ。
まとう空気は悪くない、国王を前にして戦闘まで考慮に入れながら警戒をしているのは悪くない。
あの親ばかたちが口にしていたこともあながち嘘ではなさそうである。
「その様な事出来ません。私の両親ならまだしも、未だ何の実績も残していない私では、一国の王であるムスクロル・ヴァンデルグ様をその様に呼ぶなどと」
「そうか。本当にエルピス君の両親はしっかりと教育を行き届かせているなーーと言おうかと思ったが、そんな感じじゃ無いな。
イロアスなら未だしもクリムが居るからこんなに礼儀正しく出来る訳ないし。クリムがそこら辺に関して教育していたならもっと我儘になりそうだ」
まるで過去に何かあった事を思い出す様に、少し笑いながらそう言った国王に対してエルピスが不思議に思って居ると、国王が椅子から立ち上がり歩み寄ってくる。
一国の王がたった一人の人間相手に対等な目線にするなどあってはならない事で、周囲にある文官や武官が焦ったような顔をしてエルピスと国王の両方を見つめた。
だがそれを気にせず、国王は手を差し出しつつエルピスに声をかけた。
「まぁ仲良くしてくれやエルピス君。これでも冒険者やってた時にイロアス達と同じパーティーだったくらいには、接点あるんだしさ」
「ーーそうだったんですか!? よろしくお願いします!」
国王から直々に仲良くしようと言われて断る訳にもいかないし、昔とは言え両親の冒険者仲間だったのなら確かに接点は少なくない。
そう思いながら差し出された手を握った瞬間に、国王から明らかな威圧を感じた。
それは重厚で濃密で、確かなる殺気を持った絶対的強者のみが使える力だ。
現にその覇気に当てられた周りの兵士達は全員泡を吹いて倒れ、意識を向けられていない文官達でさえ逃げ出そうと躍起になって居る。
「落ち着け落ち着け。悪かったから、戦闘態勢に入ろうとするな。王様ジョークだよーーってどこ行った?」
そんな言葉と同時に、エルピスの身体を押さえつけていたと錯覚する程の覇気が掻き消え、王は柔らかな雰囲気に戻る。
そんな状況でエルピスはと言えば身体中から汗を垂れ流し、神の称号を無意識に解除しようとするのを無理矢理に抑えつけていた。
両親と同じくいまのエルピスの自力ではどうあがいても勝てない相手だ。
「ーーあ、いた。彼我の力量差を感じた瞬間に逃げようとしたのはクリムの教育かな? 判断としては正しいし、その選択は間違っていないが、その隠した力を使えばもしかしたら俺を倒せたかもーーというより倒せたのにどうして使わなかったんだ?」
口ではそう言いつつも、国王は警戒心を緩めない。
周囲の兵士が倒れているのを目の前の少年はムスクロルのせいだと思っているのかもしれないが、ムスクロルの圧を普段から受けている兵士は怯えることはあっても気絶することはない。
ムスクロルの圧に対抗して出した、目の前の少年の圧に負けたのだ。
「冗談キツイですよ国王様。僕が貴方を倒せる訳が無いじゃないですか?」
「詐称と交渉スキルか。それも極める寸前ーーいやこれも抑えてる感じがするな。まぁいい、この事はクリムには言うなよ? あいつは直ぐに怒ってくるからな」
全身から汗を噴き出しているエルピスとは対照的に、落ち着き払っている国王は笑いながら席に戻る。
絶対にこの事はお母さんにチクってやろうーーそう思いながらエルピスは、玉座に戻る国王を忌々しげに睨みつけながら吐き捨てる様に言葉を発した。
「……一体何を企んでいるんですか? ここに来るまで違和感ばかりだ、良い加減説明してほしい!」
「企む? 何を? 俺に君のような一市民の為に割く時間があるとでも?」
入ってきた時とはまるで別人のようにして吼える少年を見て、王は計画通りに話が進んでいることに少し笑みを浮かべる。
もはや他者が入れるような話し合いではなく、いつ剣が抜かれてもおかしくない状況に、いつかのイロアスを思い出しムスクロルは懐かしくすら感じた。
「嘘はつかないでほしいですね、さすがに相手が嘘をついているかくらい分かります」
技能の中でも珍しい、他人の嘘を見極める技能。
よほど普段から他人の言動に気を付けているか、もしくは違う方法で手に入れたか。
なんにしろ、ろくな人生は歩んできていなさそうである。
「エルピス! さすがに国王に対してーー」
「ーーアル、会話に水を指すな。エルピス君そう怒るなって、全ては必要なことだ。怒った顔もクリムとイロアス両方の面影があるから余計怖いな」
視線で殺さんばかりの目線を送ってくる少年に対して、王は冗談まじりにはしつつも腰を少し浮かす。
万に一つも負けるつもりは無いが、もしこんなところで全力で戦闘すれば一体何千人犠牲になるか分かったものではない。
ここからは言葉を選ぶ必要があると思いながら、ムスクロルはエルピスの言葉に耳を傾ける。
「これ以上話を引っ張る必要なんてないでしょう? 早くしてくださいよ」
「わっーた。こうして君を見る事が今回の予定だったんだよ」
即刻戦闘してもおかしくない程の張り詰めた空気の中で、国王はなんでもないことを話すようにそう言った。
だがエルピスからすればその言葉は疑問でしかない。
左肩に置かれたアルの手を気にするそぶりすら見せずに、エルピスは思考を巡らせる。
国王が言った君を見ることが予定と言う言葉はエルピスの予想が正しければーー
「ーーどうやらようやく分かったみたいだな。最初から仕込まれてたんだよ。お前さんが奴隷商人に合う事もそしてヴァスィリオのとこの一人娘に会う事もな、あとアルの威圧と俺の威圧はストレスチェック。ちなみに奴隷商を壊滅させたのはマジで予測してなかった、なんでああなったの?」
憎たらしげな笑みを浮かべる国王を見てエルピスはそう言うことかと納得する。
山奥に篭り普段なら盗賊の動向など気にしていない母親が盗賊の事を話題に出したのも。
アルキゴスがまるで示し合わせたようなタイミングで自分の元にやってきたのも。
やたらアウローラ含め会う人間全員がこちら側に対して威圧したり、やたらめったら探りを入れてきていたのも何もかも元から決められていたのだろう。
過保護すぎる両親と目の前の国王と、そしてその他の者たちによって。
「ちなみに結果は合格だ。人間社会は君を歓迎するよエルピス君。いろいろ聞きたいこともあるだろうし、後で俺の私室に来たらいい。こっちも色々と話したい事が有る。逃げないとは思うがエルピス君の事を押さえておけよ、アル。国王命令だ」
「承知しました」
それだけ言うと次の仕事があるからとエルピス達は謁見の間から追い出されるのだった。
国王の準備ができたとアルキゴスに呼ばれて部屋を出たエルピスはやたらに長い廊下をゆったりと歩く。
「王様ってどんな人なんですか? アルさん」
「お前までその呼び方するのかよ……まぁ王様はあれだな、会ったらいやでもわかるよ」
エルピスが質問すると、遠い目をしながらアルキゴスがそう答える。
何か辛い過去でも有ったのだろうか?
聞いてみたいような気もするが、とんでもない爆弾発言が飛んできては嫌なのでエルピスもその話には触れず話題を転換することにした。
「アルさん。服ってこのままで良いんですか?」
街中を歩いていてもおかしくない程度の服装ではあるが、王族と会うとなれば話は別だ。
てっきり衣装を変えてから行くものだとばかり思って居たので何もしていなかったエルピスだが、どうやらこのまま国王に会うようなので確認しておいた方がいいだろう。
「この国の王は基本的にそう言う事に緩いから、大丈夫だと思うがな。まぁ気になるんだったら、戦闘用の衣服に着替えておけばいい。この国ではそれが正装だからな」
「分かりました。少しお時間頂きます」
エルピスがこの世界に来て最も重宝している能力、メニューが持つ効果の一つである装備着用を使用して着替えを行う。
収納庫内にあるものならこの方法で簡単に着替えることが可能で、いつも外に出るときの服装にエルピスは一瞬にして着替えを終える。
下はブーツと短パンにレギンスを履き、上はシャツと汚れを避けるためのローブだ。
季節感も何も無い服ではあるが、基本的にこの世界では魔法の効果で暑さは無効化出来るため、春先にいまのエルピスの様にローブを着ている人も少なくない。
ちなみにだが母からもらった杖は、内ポケットに隠して有る。
「どっから出したんだその剣? さっきまで無かっただろ?」
口ではそう言っているがアルキゴスが気にしているのは剣がどこから出てきたかより、その剣がどこの誰が作ったものでどのような効果を持っているかだろう。
魔剣と聖剣、名前としては力強い二振りなので剣士であるアルキゴスからしてみれば気になるところもあるだろう。
聖剣はいつも通り刀身を見ればまばゆいばかりの光を放っており、魔剣の方は逆に暗く何物も反射させていないようである。
魔剣の刀身はそれほど長くなく、イメージ的には武士の持っている脇差くらいだろうか。
この武器は生き物を殺す程その生き物の血と肉を使って複製を作るので、エルピスの腰に巻き付けてある一本目以外にも収納庫に六本入っている。
聖剣の方は刀身の長さこそ一般的な長剣と大差ない。
ただ特殊な能力として折れない、というものがあるらしくかなり便利使い出来ている。
「貰い物なんですけど切れ味も凄いし、耐久性能も普通の剣とは比較にならない位強いんですよ、これ」
「だろうな。他国の至宝にそれと似たようなものがあったが、それより切れそうだし」
他国の至宝がどんなものかは見たことがないのでなんとも言えないが、確かに人類でこれ以上の武器を持っている国や個人はそうはいないだろう。
いつか鍛治神の権能を使えるようになった際には、改めて打ち直しでもして自分の手に馴染むように作り直したいものだ。
「さて、そろそろ王の御前だ。まぁ緊張はするだろうが、焦らず喋れば問題はない」
そう言われてアルから視線を外し前を見ると、いつの間にか大きな扉が目の前に現れていた。
高さは五メートルくらいで、横は大人が手を繋いで五人同時に入れる位だ。
構造としては扉よりはアーチに近い感じだろうか?
重そうな扉をアルが開け、中に入ると少し先に玉座が設置されていた。
「国王陛下。例の子供を連れて参りました」
(あのムキムキおじさんが国王?)
膝をつき、家臣として行動しているアルキゴスに対してそう言いかけたエルピスは、だがすんでの所で言葉を押し止める。
エルピスが動揺するのも無理はないだろう。
玉座に腰掛ける王はゴツいを通り越して、筋肉の塊とすら表現しても良いほどに身体を鍛え上げており、その見た目は細身の人間しか見てこなかったエルピスにはかなり衝撃的だ。
空のように青い瞳は人々の心を見透かし、黄金のように綺麗なその髪色は人々を魅力する──のだろうがいまのエルピスからしてみればそんな細かい特徴は全て筋肉の前に吹き飛ばざるおえない。
アウローラの技能由来の覇気とは違い、強者が持つ特有の気配が肌を撫でるのを感じていると王はゆっくりと口を開く。
「君がアルヘオ家の長男であるエルピス・アルヘオ君か。高い所から失礼する、我……俺……うーんもう俺で良いか。俺の名前はムスクロル・ヴァンデルグだ。気軽にムスクロルとでも呼んでくれ」
そんな事を思っているエルピスとは対照的に、玉座に座る王はエルピスの事を聞いていた通りの人物のようだと再確認していた。
エルピスの腰にぶら下げられた二振りの剣は中々の逸品に見え、ムスクロルのそばにいる武官が物欲しそうにそれを眺めている。
文官達は国王が直接話しているのが少しもどかしいようだが、とはいえ相手がアルヘオ家の長男だから口は挟まないようにしているようだ。
まとう空気は悪くない、国王を前にして戦闘まで考慮に入れながら警戒をしているのは悪くない。
あの親ばかたちが口にしていたこともあながち嘘ではなさそうである。
「その様な事出来ません。私の両親ならまだしも、未だ何の実績も残していない私では、一国の王であるムスクロル・ヴァンデルグ様をその様に呼ぶなどと」
「そうか。本当にエルピス君の両親はしっかりと教育を行き届かせているなーーと言おうかと思ったが、そんな感じじゃ無いな。
イロアスなら未だしもクリムが居るからこんなに礼儀正しく出来る訳ないし。クリムがそこら辺に関して教育していたならもっと我儘になりそうだ」
まるで過去に何かあった事を思い出す様に、少し笑いながらそう言った国王に対してエルピスが不思議に思って居ると、国王が椅子から立ち上がり歩み寄ってくる。
一国の王がたった一人の人間相手に対等な目線にするなどあってはならない事で、周囲にある文官や武官が焦ったような顔をしてエルピスと国王の両方を見つめた。
だがそれを気にせず、国王は手を差し出しつつエルピスに声をかけた。
「まぁ仲良くしてくれやエルピス君。これでも冒険者やってた時にイロアス達と同じパーティーだったくらいには、接点あるんだしさ」
「ーーそうだったんですか!? よろしくお願いします!」
国王から直々に仲良くしようと言われて断る訳にもいかないし、昔とは言え両親の冒険者仲間だったのなら確かに接点は少なくない。
そう思いながら差し出された手を握った瞬間に、国王から明らかな威圧を感じた。
それは重厚で濃密で、確かなる殺気を持った絶対的強者のみが使える力だ。
現にその覇気に当てられた周りの兵士達は全員泡を吹いて倒れ、意識を向けられていない文官達でさえ逃げ出そうと躍起になって居る。
「落ち着け落ち着け。悪かったから、戦闘態勢に入ろうとするな。王様ジョークだよーーってどこ行った?」
そんな言葉と同時に、エルピスの身体を押さえつけていたと錯覚する程の覇気が掻き消え、王は柔らかな雰囲気に戻る。
そんな状況でエルピスはと言えば身体中から汗を垂れ流し、神の称号を無意識に解除しようとするのを無理矢理に抑えつけていた。
両親と同じくいまのエルピスの自力ではどうあがいても勝てない相手だ。
「ーーあ、いた。彼我の力量差を感じた瞬間に逃げようとしたのはクリムの教育かな? 判断としては正しいし、その選択は間違っていないが、その隠した力を使えばもしかしたら俺を倒せたかもーーというより倒せたのにどうして使わなかったんだ?」
口ではそう言いつつも、国王は警戒心を緩めない。
周囲の兵士が倒れているのを目の前の少年はムスクロルのせいだと思っているのかもしれないが、ムスクロルの圧を普段から受けている兵士は怯えることはあっても気絶することはない。
ムスクロルの圧に対抗して出した、目の前の少年の圧に負けたのだ。
「冗談キツイですよ国王様。僕が貴方を倒せる訳が無いじゃないですか?」
「詐称と交渉スキルか。それも極める寸前ーーいやこれも抑えてる感じがするな。まぁいい、この事はクリムには言うなよ? あいつは直ぐに怒ってくるからな」
全身から汗を噴き出しているエルピスとは対照的に、落ち着き払っている国王は笑いながら席に戻る。
絶対にこの事はお母さんにチクってやろうーーそう思いながらエルピスは、玉座に戻る国王を忌々しげに睨みつけながら吐き捨てる様に言葉を発した。
「……一体何を企んでいるんですか? ここに来るまで違和感ばかりだ、良い加減説明してほしい!」
「企む? 何を? 俺に君のような一市民の為に割く時間があるとでも?」
入ってきた時とはまるで別人のようにして吼える少年を見て、王は計画通りに話が進んでいることに少し笑みを浮かべる。
もはや他者が入れるような話し合いではなく、いつ剣が抜かれてもおかしくない状況に、いつかのイロアスを思い出しムスクロルは懐かしくすら感じた。
「嘘はつかないでほしいですね、さすがに相手が嘘をついているかくらい分かります」
技能の中でも珍しい、他人の嘘を見極める技能。
よほど普段から他人の言動に気を付けているか、もしくは違う方法で手に入れたか。
なんにしろ、ろくな人生は歩んできていなさそうである。
「エルピス! さすがに国王に対してーー」
「ーーアル、会話に水を指すな。エルピス君そう怒るなって、全ては必要なことだ。怒った顔もクリムとイロアス両方の面影があるから余計怖いな」
視線で殺さんばかりの目線を送ってくる少年に対して、王は冗談まじりにはしつつも腰を少し浮かす。
万に一つも負けるつもりは無いが、もしこんなところで全力で戦闘すれば一体何千人犠牲になるか分かったものではない。
ここからは言葉を選ぶ必要があると思いながら、ムスクロルはエルピスの言葉に耳を傾ける。
「これ以上話を引っ張る必要なんてないでしょう? 早くしてくださいよ」
「わっーた。こうして君を見る事が今回の予定だったんだよ」
即刻戦闘してもおかしくない程の張り詰めた空気の中で、国王はなんでもないことを話すようにそう言った。
だがエルピスからすればその言葉は疑問でしかない。
左肩に置かれたアルの手を気にするそぶりすら見せずに、エルピスは思考を巡らせる。
国王が言った君を見ることが予定と言う言葉はエルピスの予想が正しければーー
「ーーどうやらようやく分かったみたいだな。最初から仕込まれてたんだよ。お前さんが奴隷商人に合う事もそしてヴァスィリオのとこの一人娘に会う事もな、あとアルの威圧と俺の威圧はストレスチェック。ちなみに奴隷商を壊滅させたのはマジで予測してなかった、なんでああなったの?」
憎たらしげな笑みを浮かべる国王を見てエルピスはそう言うことかと納得する。
山奥に篭り普段なら盗賊の動向など気にしていない母親が盗賊の事を話題に出したのも。
アルキゴスがまるで示し合わせたようなタイミングで自分の元にやってきたのも。
やたらアウローラ含め会う人間全員がこちら側に対して威圧したり、やたらめったら探りを入れてきていたのも何もかも元から決められていたのだろう。
過保護すぎる両親と目の前の国王と、そしてその他の者たちによって。
「ちなみに結果は合格だ。人間社会は君を歓迎するよエルピス君。いろいろ聞きたいこともあるだろうし、後で俺の私室に来たらいい。こっちも色々と話したい事が有る。逃げないとは思うがエルピス君の事を押さえておけよ、アル。国王命令だ」
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