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幼少期編:王国
王国
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家を出て馬車に揺られて二週間。
道中何度か魔物の襲撃を受けたもののエルピスが問題なく撃退し、一行は王都の門を潜り街の中に居た。
行きかう人の数も建物の高さも何もかもが目新しく、エルピスは自分が捕まっていることになっている事すら忘れて馬車の荷台から興味深そうに周囲を見回す。
普段は鬱陶しくて遮断しているいくつかの技能を使って目に入るものが何なのか注意深く観察している様は、まさにお上りのお坊ちゃまが取る様な態度その物であった。
とはいえここは王都、王国内で最も大きい都市でありそういった少年はいくらでも存在するので特別目を引くことはない。
「それにしても随分ササっと入れたけど、あの人もお仲間?」
「違いますよ。王都は王城がある区域を第一区域として3つの区域に分かれていて三つ目である平民街に入るには指名手配さえされてなければ入れるんすよ」
「へぇ。他の街とは違うんだね」
見てみれば遠くの方に街中を無理やり区切ったような壁が見える。
あれがおそらくは平民街とそれ以外を分ける隔てなのだろう。
この世界の貴族階級がどの程度の権力を有しているのかあまり知らないエルピスだったが、少なくとも治安を維持するため街中に壁を立てるくらいだから相当力を有していそうだ。
どこか魔力の気配がする壁について調べてみたい欲求がある物の、いまやらなければいけない事は国王に持っていく手土産を用意することである。
「それじゃあ約束通り、このまま君たちのアジトまでよろしくね」
「本当に捕まえるだけで済ますんすよね?」
「何度も言ってるでしょ、くどいな。そんなに簡単に人殺しそうに見える? 心外なんだけど」
別に博愛を気取っているわけではないがそれでも元日本人としての倫理観を有している自分は、この世界においてはかなり優しい方の人間だという自負がエルピスには有った。
実際いままで人を手にかけたことは一度だってないし、怒ったことはあってもそれで手を出すようなことはしたことがない。
奴隷商達が恐怖しているのはエルピスが人ではなく亜人であるというところも大きな要因ではあるが、それ以上に道中でエルピスが魔物相手に見せた戦い方が重要だろう。
襲い掛かってきた野犬の様な魔物をエルピスは魔法の業火で刹那の瞬間に焼き殺した。
それは隠れてこちらの隙を伺っていた魔物も、何かを察して戦う前に逃げようとしていた魔物も、すべて死んだことすら分からないほどの速度で消し去ったのだ。
自分の仲間たちがああして灰にならない保証がどこにあるか、そして自分が同じように灰にならない保証がどこにあるというのか。
「上手くやるからさ、そっちも上手くやってよね」
言われるがままに奴隷商達はエルピスを自分たちのアジトへと引き連れていく。
馬車が進んでいく先は貧民街、特別区分けされているわけではないが粗暴な物や金を持たない者達が流れ着き住み始めることで、徐々にスラムの様な様相になってしまったその区画はどこの国にもある様な特別珍しいものでもない。
予想通りの場所ではあったが、それでも実際にスラム街を目にするとエルピスは絶句せずにはいられなかった。
街中を普通に寝ころんでいる人がいて顔をしかめたエルピスだったが、奥に進めば進むほどに状態はどんどんと悪くなっていく。
街中を巡回していた兵士の数もどんどんと少なくなっていき、辺りがすっかりスラムの様な風貌になるころには兵士は誰一人視界の中にいなかった。
ーー気が付けばいつの間にか目的地についていたようで、馬車が止まると男たちが崩れかけの小屋の扉をノックして中に入る用促してきていたところだ。
エルピスが馬車から飛び降りて小屋の中に入ろうとすると中から190はあろうかという巨体の男が現れる。
「これが今回の獲物か?」
男はエルピスを睨みつけながらそう口にした。
まるで人を物のように扱う言動に少しイラっとするが、彼らにとってみれば事実商品なのだから物の様な物なのだろう。
男は五体満足な上にどこも拘束されていないエルピスを見て不思議そうにしている。
「ああそうだ」
「縄はどうした?」
「必要ない。逃げる様子もなかったしな」
少し言い訳としては苦しい気もするが、それで男には十分だったようで納得した様子だ。
だが万が一にも逃げられては面倒だと思ったのだろう。
男はなんの脈絡もなしにエルピスの腹に向かって強い一撃を入れる。
「な――ッ! 商品を傷づけるなよ!!」
突如としてエルピスに攻撃を仕掛けた大男に対して奴隷商が文句を口にするが、殴った当の本人である大男は自分の拳を抱えながらその場に倒れ伏す。
「小僧……ッ! 腹にいったい何入れてやがる……ッッ!!!」
「何って鱗だよ。半人半龍印のね」
「――ツッ!!」
痛む拳を抑えながら逃げられないと察したのか反射的に攻撃を仕掛けてきた男の意識をエルピスは一撃でかすめ取る。
それと同時に周囲100メートル圏内に出入り不可能の結界を生成し、誰も逃げられないようにすればそれだけでエルピスの今日の仕事は殆ど終わったようなものである。
四方100m程度であればどれだけ小さな生き物だろうと気配察知の技能でその所在を割り出すことが出来るからだ。
「それじゃあ道案内お願いしますよ」
「クソッ! もうどうとでもなれ!!」
奴隷商側も万に一つも勝ち目はないと分かっていたが、仲間内で最も武勇に優れた男がまるで子供の手をひねるような簡単さで敗北したのを見てどちら側に着くのかを完全に決めたようである。
王国に住まう犯罪者集団にとって悪夢のような一日がこうして始まるのであった。
△▽△▽△▽△▽△▽
「――ここで4ヶ所目か、思ったより多かったな」
奴隷たちが入れられている折の扉を紙細工でも触るかのように簡単に破壊したエルピスは、何が起きたのか分かっていないのか目を点にしている。
奴隷商達も一か所だけだと思って居たらしい奴隷達を集める集積場だが、最初のアジトを潰している時にそこだけではなく王都内にいくつか点在しているという証拠を偶然にもエルピスは掴むことが出来た。
どうせやるのならばまとめてやってしまおうと王都内に点在するアジトをまとめて潰す事にしたエルピスは、気が付けば貴族街と呼ばれる平民街と王城の間にある町の一角の地下に居た。
まさか貴族街にあるアジトが潰されるとは思って居なかったのか山のように出てくる証拠品を片っ端から収納庫に入れて回っていると悲鳴のような声が後ろにある階段の方から響いてくる。
「い、いったいなんの騒ぎ!? 私の大切な奴隷たちが……」
「初めまして、どなたですか?」
「貴方こそ誰よ! ここがどこだか分かっているの!?」
仮面を付けた巨漢の夫人は荒らされている部屋の状況を見て心底震えているようだ。
鑑定の結果得られた情報は彼女がこの国の貴族の一員であること、貿易を主な収入源としている王国内でもそれなりに権力を有している家系であることくらいだった。
なぜ奴隷販売に手を染めているのかは知らないが、少なくとも奴隷売買が悪である以上正義はこちら側にあると少なくともエルピスは思って居る。
なのでまったく悪びれる様子もなくエルピスは夫人に対して言葉を返した。
「マティルデ夫人、申し訳ありませんがここは今日で終業です。他のアジトに関しても全部潰させていただきました」
「……もう私は用済みってワケ?」
夫人は先程までの騒ぎが嘘のように収まり、こちら側の反応を探る様な目つきへと変わる。
それと同時に夫人の後ろから気が疲れないようにひっそりと動く影が一つ。
「……そうですね。非常に残念ですがそういうことなのでしょう。同じ組織に所属するものとして悲しいですよ」
とりあえず話を合わせておいて、何か情報が拾えればラッキーだ。
組織だの召喚の儀だの聞きたいことはいくつかあるが、これ以上根っこの深いところまで探るのはさすがに今日中に終わらせることはムリそうである。
「この間の召喚の儀があった時から怪しいとは思って居たのよ。私がなんの準備もなし普段から生活しているとは思って欲しくないわね。やっておしまいなさい!!」
「―――――!!!」
夫人の掛け声がかかると同時に夫人の影に隠れていた何かがエルピスの首元めがけて飛んでくる。
反射的に手でつかんでみれば曲剣だったようで、それを砕くと続いてそれを投げた本体が飛び込んできた。
陰の正体は灰色の体毛に身を包み可愛らしい耳と尻尾が付いた三白眼の綺麗な青い瞳が特徴的な獣人だ。
(ティスタ以外の獣人初めて見たな。王都でも結構珍しいのかな)
隠し玉として用意したのだろう獣人はエルピスの首に向かって一切のためらいなく剣を振りぬくが、半人半龍の外皮によって剣は簡単に刃こぼれする。
速度は大したものだが外見から見てもまだまだ子供で、人間換算だと8歳くらいだろうか。
体重もないしろくに満足いく食事もとれていないのか筋力もまだまだ発展途上、どのような方法を用いたところでエルピスに傷をつけることは不可能だろう。
「猫系の獣人がここまで忠誠を誓うくらいの事は出来るのに、どうしてこんなことを――」
獣人の多くは元となった獣の特性を色濃く引き継いでいる。
エルピスが口にした通り猫系が元になった獣人は基本的に一人で生きていくことが多く、誰かを主として仕える事は殆どない。
それこそよほどの事があって自分の主だと認めたか、金銭などの何らかの契約によって関係性を結ぶくらいしかない。
絶対に勝てない戦力差を前にしても逃げる素振りのない獣人を見てエルピスは彼が前者であると考えていた。
だがエルピスの言葉に対して夫人が一瞬何とも言えない表情をしたのを見て改めてエルピスは獣人の全身を観察する。
始めはファッションかと思って居た首に取り付けられた首輪、その首輪の名前を見てエルピスはどうして獣人がいいなりになっているのかを理解する。
「隷属の首輪ですか、また品のないものを付けますね」
初めて見る製品だが名前と鑑定結果がエルピスに不快感を与える。
着用したものは意志を奪われ体を自由に扱われるこの世界でも禁忌の代物、奴隷売買が霞んで見えるほどの大罪が目の前には合った。
他者の人権を無理やり奪い取りその体を自由に扱おうなど到底許されることではない。
「―――――ッ!!!!」
「暴れないの、取ってあげるからさ」
命令されているからか無謀にも突撃してきた獣人の服を掴んで動きを止め、暴れるのをそのままにしてエルピスは無理やり隷属の首輪を引きちぎる。
本来は魔法によって固定されているのでどうやっても外れないし、切断などして無理やり外そうとすると着用者を殺害する機能が付いている隷属の首輪だが、この程度の魔法エルピスの手にかかれば削除するのはそう難しい話では無い。
「アンタいったい何者なのよ!!」
エルピスが首輪を破壊して万策尽きたことを理解したのか自殺しようとした夫人を気絶させ、腕の中で静かになった獣人を床に寝かせる。
呼吸はしているので死んではいないだろう。
「アルへオ家の子供ですよ。まぁ気絶してる相手に言っても無駄か」
なんだか大変な重労働をした気がするが、これにてようやくエルピスの王都での騒動は片が付いた。
今日という日はいずれ英雄として活躍することになるエルピスの名が世に広まる記念すべき最初の日になるのであった。
道中何度か魔物の襲撃を受けたもののエルピスが問題なく撃退し、一行は王都の門を潜り街の中に居た。
行きかう人の数も建物の高さも何もかもが目新しく、エルピスは自分が捕まっていることになっている事すら忘れて馬車の荷台から興味深そうに周囲を見回す。
普段は鬱陶しくて遮断しているいくつかの技能を使って目に入るものが何なのか注意深く観察している様は、まさにお上りのお坊ちゃまが取る様な態度その物であった。
とはいえここは王都、王国内で最も大きい都市でありそういった少年はいくらでも存在するので特別目を引くことはない。
「それにしても随分ササっと入れたけど、あの人もお仲間?」
「違いますよ。王都は王城がある区域を第一区域として3つの区域に分かれていて三つ目である平民街に入るには指名手配さえされてなければ入れるんすよ」
「へぇ。他の街とは違うんだね」
見てみれば遠くの方に街中を無理やり区切ったような壁が見える。
あれがおそらくは平民街とそれ以外を分ける隔てなのだろう。
この世界の貴族階級がどの程度の権力を有しているのかあまり知らないエルピスだったが、少なくとも治安を維持するため街中に壁を立てるくらいだから相当力を有していそうだ。
どこか魔力の気配がする壁について調べてみたい欲求がある物の、いまやらなければいけない事は国王に持っていく手土産を用意することである。
「それじゃあ約束通り、このまま君たちのアジトまでよろしくね」
「本当に捕まえるだけで済ますんすよね?」
「何度も言ってるでしょ、くどいな。そんなに簡単に人殺しそうに見える? 心外なんだけど」
別に博愛を気取っているわけではないがそれでも元日本人としての倫理観を有している自分は、この世界においてはかなり優しい方の人間だという自負がエルピスには有った。
実際いままで人を手にかけたことは一度だってないし、怒ったことはあってもそれで手を出すようなことはしたことがない。
奴隷商達が恐怖しているのはエルピスが人ではなく亜人であるというところも大きな要因ではあるが、それ以上に道中でエルピスが魔物相手に見せた戦い方が重要だろう。
襲い掛かってきた野犬の様な魔物をエルピスは魔法の業火で刹那の瞬間に焼き殺した。
それは隠れてこちらの隙を伺っていた魔物も、何かを察して戦う前に逃げようとしていた魔物も、すべて死んだことすら分からないほどの速度で消し去ったのだ。
自分の仲間たちがああして灰にならない保証がどこにあるか、そして自分が同じように灰にならない保証がどこにあるというのか。
「上手くやるからさ、そっちも上手くやってよね」
言われるがままに奴隷商達はエルピスを自分たちのアジトへと引き連れていく。
馬車が進んでいく先は貧民街、特別区分けされているわけではないが粗暴な物や金を持たない者達が流れ着き住み始めることで、徐々にスラムの様な様相になってしまったその区画はどこの国にもある様な特別珍しいものでもない。
予想通りの場所ではあったが、それでも実際にスラム街を目にするとエルピスは絶句せずにはいられなかった。
街中を普通に寝ころんでいる人がいて顔をしかめたエルピスだったが、奥に進めば進むほどに状態はどんどんと悪くなっていく。
街中を巡回していた兵士の数もどんどんと少なくなっていき、辺りがすっかりスラムの様な風貌になるころには兵士は誰一人視界の中にいなかった。
ーー気が付けばいつの間にか目的地についていたようで、馬車が止まると男たちが崩れかけの小屋の扉をノックして中に入る用促してきていたところだ。
エルピスが馬車から飛び降りて小屋の中に入ろうとすると中から190はあろうかという巨体の男が現れる。
「これが今回の獲物か?」
男はエルピスを睨みつけながらそう口にした。
まるで人を物のように扱う言動に少しイラっとするが、彼らにとってみれば事実商品なのだから物の様な物なのだろう。
男は五体満足な上にどこも拘束されていないエルピスを見て不思議そうにしている。
「ああそうだ」
「縄はどうした?」
「必要ない。逃げる様子もなかったしな」
少し言い訳としては苦しい気もするが、それで男には十分だったようで納得した様子だ。
だが万が一にも逃げられては面倒だと思ったのだろう。
男はなんの脈絡もなしにエルピスの腹に向かって強い一撃を入れる。
「な――ッ! 商品を傷づけるなよ!!」
突如としてエルピスに攻撃を仕掛けた大男に対して奴隷商が文句を口にするが、殴った当の本人である大男は自分の拳を抱えながらその場に倒れ伏す。
「小僧……ッ! 腹にいったい何入れてやがる……ッッ!!!」
「何って鱗だよ。半人半龍印のね」
「――ツッ!!」
痛む拳を抑えながら逃げられないと察したのか反射的に攻撃を仕掛けてきた男の意識をエルピスは一撃でかすめ取る。
それと同時に周囲100メートル圏内に出入り不可能の結界を生成し、誰も逃げられないようにすればそれだけでエルピスの今日の仕事は殆ど終わったようなものである。
四方100m程度であればどれだけ小さな生き物だろうと気配察知の技能でその所在を割り出すことが出来るからだ。
「それじゃあ道案内お願いしますよ」
「クソッ! もうどうとでもなれ!!」
奴隷商側も万に一つも勝ち目はないと分かっていたが、仲間内で最も武勇に優れた男がまるで子供の手をひねるような簡単さで敗北したのを見てどちら側に着くのかを完全に決めたようである。
王国に住まう犯罪者集団にとって悪夢のような一日がこうして始まるのであった。
△▽△▽△▽△▽△▽
「――ここで4ヶ所目か、思ったより多かったな」
奴隷たちが入れられている折の扉を紙細工でも触るかのように簡単に破壊したエルピスは、何が起きたのか分かっていないのか目を点にしている。
奴隷商達も一か所だけだと思って居たらしい奴隷達を集める集積場だが、最初のアジトを潰している時にそこだけではなく王都内にいくつか点在しているという証拠を偶然にもエルピスは掴むことが出来た。
どうせやるのならばまとめてやってしまおうと王都内に点在するアジトをまとめて潰す事にしたエルピスは、気が付けば貴族街と呼ばれる平民街と王城の間にある町の一角の地下に居た。
まさか貴族街にあるアジトが潰されるとは思って居なかったのか山のように出てくる証拠品を片っ端から収納庫に入れて回っていると悲鳴のような声が後ろにある階段の方から響いてくる。
「い、いったいなんの騒ぎ!? 私の大切な奴隷たちが……」
「初めまして、どなたですか?」
「貴方こそ誰よ! ここがどこだか分かっているの!?」
仮面を付けた巨漢の夫人は荒らされている部屋の状況を見て心底震えているようだ。
鑑定の結果得られた情報は彼女がこの国の貴族の一員であること、貿易を主な収入源としている王国内でもそれなりに権力を有している家系であることくらいだった。
なぜ奴隷販売に手を染めているのかは知らないが、少なくとも奴隷売買が悪である以上正義はこちら側にあると少なくともエルピスは思って居る。
なのでまったく悪びれる様子もなくエルピスは夫人に対して言葉を返した。
「マティルデ夫人、申し訳ありませんがここは今日で終業です。他のアジトに関しても全部潰させていただきました」
「……もう私は用済みってワケ?」
夫人は先程までの騒ぎが嘘のように収まり、こちら側の反応を探る様な目つきへと変わる。
それと同時に夫人の後ろから気が疲れないようにひっそりと動く影が一つ。
「……そうですね。非常に残念ですがそういうことなのでしょう。同じ組織に所属するものとして悲しいですよ」
とりあえず話を合わせておいて、何か情報が拾えればラッキーだ。
組織だの召喚の儀だの聞きたいことはいくつかあるが、これ以上根っこの深いところまで探るのはさすがに今日中に終わらせることはムリそうである。
「この間の召喚の儀があった時から怪しいとは思って居たのよ。私がなんの準備もなし普段から生活しているとは思って欲しくないわね。やっておしまいなさい!!」
「―――――!!!」
夫人の掛け声がかかると同時に夫人の影に隠れていた何かがエルピスの首元めがけて飛んでくる。
反射的に手でつかんでみれば曲剣だったようで、それを砕くと続いてそれを投げた本体が飛び込んできた。
陰の正体は灰色の体毛に身を包み可愛らしい耳と尻尾が付いた三白眼の綺麗な青い瞳が特徴的な獣人だ。
(ティスタ以外の獣人初めて見たな。王都でも結構珍しいのかな)
隠し玉として用意したのだろう獣人はエルピスの首に向かって一切のためらいなく剣を振りぬくが、半人半龍の外皮によって剣は簡単に刃こぼれする。
速度は大したものだが外見から見てもまだまだ子供で、人間換算だと8歳くらいだろうか。
体重もないしろくに満足いく食事もとれていないのか筋力もまだまだ発展途上、どのような方法を用いたところでエルピスに傷をつけることは不可能だろう。
「猫系の獣人がここまで忠誠を誓うくらいの事は出来るのに、どうしてこんなことを――」
獣人の多くは元となった獣の特性を色濃く引き継いでいる。
エルピスが口にした通り猫系が元になった獣人は基本的に一人で生きていくことが多く、誰かを主として仕える事は殆どない。
それこそよほどの事があって自分の主だと認めたか、金銭などの何らかの契約によって関係性を結ぶくらいしかない。
絶対に勝てない戦力差を前にしても逃げる素振りのない獣人を見てエルピスは彼が前者であると考えていた。
だがエルピスの言葉に対して夫人が一瞬何とも言えない表情をしたのを見て改めてエルピスは獣人の全身を観察する。
始めはファッションかと思って居た首に取り付けられた首輪、その首輪の名前を見てエルピスはどうして獣人がいいなりになっているのかを理解する。
「隷属の首輪ですか、また品のないものを付けますね」
初めて見る製品だが名前と鑑定結果がエルピスに不快感を与える。
着用したものは意志を奪われ体を自由に扱われるこの世界でも禁忌の代物、奴隷売買が霞んで見えるほどの大罪が目の前には合った。
他者の人権を無理やり奪い取りその体を自由に扱おうなど到底許されることではない。
「―――――ッ!!!!」
「暴れないの、取ってあげるからさ」
命令されているからか無謀にも突撃してきた獣人の服を掴んで動きを止め、暴れるのをそのままにしてエルピスは無理やり隷属の首輪を引きちぎる。
本来は魔法によって固定されているのでどうやっても外れないし、切断などして無理やり外そうとすると着用者を殺害する機能が付いている隷属の首輪だが、この程度の魔法エルピスの手にかかれば削除するのはそう難しい話では無い。
「アンタいったい何者なのよ!!」
エルピスが首輪を破壊して万策尽きたことを理解したのか自殺しようとした夫人を気絶させ、腕の中で静かになった獣人を床に寝かせる。
呼吸はしているので死んではいないだろう。
「アルへオ家の子供ですよ。まぁ気絶してる相手に言っても無駄か」
なんだか大変な重労働をした気がするが、これにてようやくエルピスの王都での騒動は片が付いた。
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