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アルファポリス限定短編集:ネタバレあり
テーブルゲーマー
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「そういえばエルピスって邪神なのよね?」
いつの日かのとんでもなく暑い夏の日のこと。
テーブルに突っ伏し、エルピスの魔法によって涼しい部屋の中でわざわざカーテンを開け暑い日差しを浴びているアウローラが、ふと本を読んで同じくゴロゴロしていたエルピスにそんなことを投げかける。
幼少期であったならばまだしも神である事をさらしたいまさら隠すような話でもなく、エルピスはそんなアウローラの答えに素直に首を縦ふる。
「そうだけど、それがどうかした?」
「一つだけ不思議なことがあって……たとえば物語の中の邪神って見たら精神が崩壊したりするじゃない?」
「そういうのもあるね。発狂させたりとかは割と邪神の専売特許みたいなところはあると思う」
「ならなんでエルピスを見ても何も起きないわけ?」
神の称号によって与えられる力は基本的に二種類。
種族を司る神であるならばその種族が行えること、または行える可能性のある出来事全てである。
二つ目は概念的な神の場合、人々がその神に対してどのようなイメージを持っているかについてその力量が変化する。
たとえば火の神はこの世界において現在最高温度でもマグマ程度までしか扱うことができないが、太陽が火であることをある程度の種族の者達が理解し神がそれを扱えると思えば扱えるようになるのだ。
邪神といえばその能力は多岐にわたるがエルピスが口にした通り目視による発狂はそれなりに常識的な能力の一つであり、もちろん日本だけでなくこの世界においても邪神は同じような扱いを受けている。
そんなエルピスを見て発狂しないことを不思議に思うのは当然の疑問だろう。
「そういうことね。それなら単に俺がそうならないように気を使ってるだけだよ。俺を視界に入れる度に精神に異常が出ないか確認するの嫌でしょ?」
「見た瞬間一撃で精神が壊れるってわけではないの?」
「保証はできないね、人によるとしか。もしかして……試してみたいの?」
精神による攻撃は回復するのに時間がかかる。
肉体の損傷は肉体を直せば済む話だが、精神の損傷は回復魔法による回復が効かないのだ。
本人の精神力に左右される以上あまり深追いすることはできず、エルピスとしてもアウローラがお遊び感覚でそんなリスクを背負うのには少し大丈夫かと言いたくなる気持ちもある。
「そりゃまぁちょっとね。ゲームとかでSAN値チェックする事はあっても、実際自分の精神がどうかの確認をすることなんてほとんどないし」
言いたいことはわかるしそう言われるとエルピスとしても興味が湧く。
安全であることさえ担保できるなら、そうやって楽しんでみるのも悪くはないだろう。
そうなればエルピスが一番最初に頼る安全を確保するための人物はただ一人である。
「ならセラでも呼んで遊んでみよっか」
「そうと決まれば早速連絡よ!!」
そうしてエルピス達の思いつきにより呼び出されたセラは、先程まで読んでいたらしい本を片手にエルピスの部屋へとやってきていた。
休日であるにもかかわらず身だしなみをしっかりと整え、白を基調とした服に身を纏ったその姿はそれこそ一瞬意識を持っていかれるほどの美である。
エルピスの口から漏れ出るように出た賞賛の言葉に嬉しそうにしながらも、セラはアウローラから何をしたいのかについて細かい報告を受ける。
「──ということで呼ばれた訳ね。アウローラ貴方随分とリスク背負いに行くわね」
「もしかしてそんなに危ない?」
いつもならば馬鹿なことを言っていても止めることがないセラが面白そうだと笑いながらも危険を口にしたことで、アウローラは自分がいまからしようと思っていることが想像していたよりも危険な行為であることを知る。
なんとなく思いつきで始めたことなので仕方ないとはいえ状況を理解していないらしいアウローラに対し、セラはなるべくわかりやすいように親切に説明を行った。
「アウローラの精神強度なら即死はあり得ないでしょうけど、気絶しておもしろい顔晒しても私は擁護しないわよ?」
死ぬことはなくても気絶はほとんど確実である。
その顔をエルピスの目の前で晒すことができるかどうか、セラが気になる点はその一点に尽きる。
アウローラとしてもいくら普段からサバサバしているような態度をとっているとはいえ、気絶してとても見られないような顔をエルピスの前に晒すのには強い抵抗がある。
一瞬やめようかとも考えたがセラを呼び出している上に自らの好奇心を抑えられないアウローラは、いまさら辞めたいなど口にすることなどできなかった。
「うっ。痛いところついてくるわねセラ」
「まぁなんとか耐えれば良いだけの話よ。それでエルピスはなんでそんな奇妙なタコのお面を被っているの?」
「邪神と言えばやっぱりこれかなと。可愛くない?」
「可愛いかと聞かれると正直……乗っ取られているようにしか見えないわよ」
「きもかわの文化は神様の世界にはなかったか」
邪神といえばこれなんだけどなと言いながらも可愛くないと言われて、エルピスは顔につけていた面を外す。
「それでアウローラ最終確認だけど本当に大丈夫?」
「女に二言はないわ、最後までやり切ってちょうだい。ただ気絶したらそのままそっとしておいてくれると助かるかな」
「面白い顔して気絶してたら見てないことにしてあげるから安心して。それじゃあやるよ」
そういうことではあるのだが、それを口にしてしまうのはどうなのだろうか。
口に仕掛けたアウローラの前でエルピスは言うが早いが顔を下に向ける。
己を強く持ち自分自身を保ちさえすることができれば、いまさ、神を前にしても気絶などしないはずだ。
そうアウローラはタカを括っていた。
だがそれは大きな間違いである。
熱かった筈の部屋の熱気、外から聞こえる様々な生き物の声。
それら全てが一瞬のうちに掻き消える。
エルピスは顔を下げたまま、その表情を窺い知ることはできない。
パッと顔を上げるモノだと思っていたのにまるでエルピスは気を失ったかのように微動だにせず、顔を上げるまでの時間がまるで無限のように感じられる。
気が付けば喉を唾が通り過ぎていき、アウローラが無意識のうちに手をエルピスへと伸ばそうとしたその瞬間。
──ぽたり。
一滴の黒い雫がエルピスの頬を伝って地面へと落ちる。
本来透明な筈のその液体は、アウローラが知っている黒の中で最も真っ黒な見ているだけで自分が何であったかを忘れてしまうほどのものだ。
一滴の滴を皮切りにして滴は止まるところを知らずポタポタと落ち始め、ついにはバケツをひっくり返したほどの勢いでエルピスの顔から水がこぼれ続ける。
「え、エルピス?」
アウローラは一体何が起きているのか理解できず、これが本当に正常な動作なのか不安になり彼の名前を口にする。
だがエルピスからの返答はなくアウローラの足元を通り過ぎていく黒色の液体は部屋の地面全てを黒く染めていく。
その液体はまるで重力を嘲るかのように部屋中を覆っていき、窓を隠しこの部屋の中から灯りという明かり全てを消す。
真っ暗になってしまった筈の部屋の中で何故だがエルピスの姿だけは明瞭に写っており、気がつかないうちに目線でセラを探していたアウローラはそのセラがどこにも居ないことに気がつく。
目の前に居るのは自分が最も頼りにしている筈の男、だというのにいまのアウローラには心底目の前の存在が怖くて仕方なかった。
まだその顔を見ていないというのにかかわらず、最愛の人物であることを頭は理解しているにもかかわらず、理性よりも先に本能が逃亡を選択する。
「ごめんエルピス怖すぎムリぃぃぃぃぃ!!!!」
これが彼の命がかかった出来事であるならばアウローラも我慢できただろう。
だが所詮は思いつきで夏だし暇だから肝試しでもやろうかと思ってやってみただけの思いつきの遊び、そんなモノに対して本能を押さえつけられるほどの感情を抱くのは流石に不可能だ。
逃げ出したアウローラはふとおかしなことに気がついた。
声を出して身体を渾身の力で振り絞り走り出した筈なのに、気が付けばエルピスの前に正座して座っていたのである。
何が起きたのか理解できず声を出そうとして、声が出ないことに気がついたアウローラは次に体が動かないことに気がつく。
何もできない、だが五感全てはいつもより全てを感じる。
(無理無理無理無理無理無理無理ッッッ!!!)
少しずつ下を向いたまま近寄ってくるエルピスは、アウローラが少し身体を動かせばあたるほどの距離まで近寄ってくる。
吐息すら感じられるほどの距離だというのに、アウローラの耳に入ってくるのは過呼吸気味になった自分の呼吸音だけ。
そしてついにエルピスが顔をゆっくりと上げ、アウローラの視界は全てがエルピスの顔で埋め尽くされる。
いつもならばイロアスとクリムの面影がある少し可愛らしい顔が見えるその場所には、渦巻いた闇のようなものがただ奥へ奥へと広がっていた。
それは狂気を生み出すもの、人の精神を狂わせるもの。
この世界ではなく別の世界から来訪した世界に恐怖を広めるもの。
いまだ溢れ続ける液体はその闇の中心から漏れ出しており、ふとその闇に目を凝らしてみると小さな粒が目に映る。
闇の中にあってほんの少しの小さなその白い粒に切れかけそうな意識を繋ぎ止め用としたアウローラは、それがなんなのかに気がついてしまった。
小さな粒は全て人の目であり、気が付けばアウローラの身体を数多の視線が貫いていた。
(────────)
/
「──ぶかなこれ」
ふと聞き慣れた声が耳に入ってくる。
つい先程までずっと求めていたというのに来てくれなかった声、世界で一番自分に安心を与えてくれる声を聞いてアウローラはその方向に無意識に手を伸ばす。
「意識が戻ったみたい──ってどうしたのアウローラ」
エルピスが驚くのも無理はない。
先程まで失神していたアウローラは時間にして一時間ほど眠っていたのだが、急に手を伸ばしてきたかと思うとエルピスの服を掴んで抱き寄せ頭を埋め始めたのだ。
まるで怖い夢を見た子供のような反応に、起きたら権能としての恐怖だけは排除してぐるぐる顔で迎えようと思っていたエルピスは空気を読んでそれを止める。
「今日一日これで」
「あのーさすがに俺もずっとこの体制は辛いものがあるっていうか……」
「エルピス、これで」
一日中ずっと頭を埋められたままでは何もできないではないか。
そんな思いでなんとか解いてもらおうとするエルピスだったが、アウローラにこうまで言われてしまうと断るのもなんだかいけないことのような気がして憚られる。
こんな休日も悪くないか。
自分の横に座りながら抱きついているエラの頭を面白そうに撫でているセラの事を目にしながら、エルピスはふとそんな事を思うのだった。
いつの日かのとんでもなく暑い夏の日のこと。
テーブルに突っ伏し、エルピスの魔法によって涼しい部屋の中でわざわざカーテンを開け暑い日差しを浴びているアウローラが、ふと本を読んで同じくゴロゴロしていたエルピスにそんなことを投げかける。
幼少期であったならばまだしも神である事をさらしたいまさら隠すような話でもなく、エルピスはそんなアウローラの答えに素直に首を縦ふる。
「そうだけど、それがどうかした?」
「一つだけ不思議なことがあって……たとえば物語の中の邪神って見たら精神が崩壊したりするじゃない?」
「そういうのもあるね。発狂させたりとかは割と邪神の専売特許みたいなところはあると思う」
「ならなんでエルピスを見ても何も起きないわけ?」
神の称号によって与えられる力は基本的に二種類。
種族を司る神であるならばその種族が行えること、または行える可能性のある出来事全てである。
二つ目は概念的な神の場合、人々がその神に対してどのようなイメージを持っているかについてその力量が変化する。
たとえば火の神はこの世界において現在最高温度でもマグマ程度までしか扱うことができないが、太陽が火であることをある程度の種族の者達が理解し神がそれを扱えると思えば扱えるようになるのだ。
邪神といえばその能力は多岐にわたるがエルピスが口にした通り目視による発狂はそれなりに常識的な能力の一つであり、もちろん日本だけでなくこの世界においても邪神は同じような扱いを受けている。
そんなエルピスを見て発狂しないことを不思議に思うのは当然の疑問だろう。
「そういうことね。それなら単に俺がそうならないように気を使ってるだけだよ。俺を視界に入れる度に精神に異常が出ないか確認するの嫌でしょ?」
「見た瞬間一撃で精神が壊れるってわけではないの?」
「保証はできないね、人によるとしか。もしかして……試してみたいの?」
精神による攻撃は回復するのに時間がかかる。
肉体の損傷は肉体を直せば済む話だが、精神の損傷は回復魔法による回復が効かないのだ。
本人の精神力に左右される以上あまり深追いすることはできず、エルピスとしてもアウローラがお遊び感覚でそんなリスクを背負うのには少し大丈夫かと言いたくなる気持ちもある。
「そりゃまぁちょっとね。ゲームとかでSAN値チェックする事はあっても、実際自分の精神がどうかの確認をすることなんてほとんどないし」
言いたいことはわかるしそう言われるとエルピスとしても興味が湧く。
安全であることさえ担保できるなら、そうやって楽しんでみるのも悪くはないだろう。
そうなればエルピスが一番最初に頼る安全を確保するための人物はただ一人である。
「ならセラでも呼んで遊んでみよっか」
「そうと決まれば早速連絡よ!!」
そうしてエルピス達の思いつきにより呼び出されたセラは、先程まで読んでいたらしい本を片手にエルピスの部屋へとやってきていた。
休日であるにもかかわらず身だしなみをしっかりと整え、白を基調とした服に身を纏ったその姿はそれこそ一瞬意識を持っていかれるほどの美である。
エルピスの口から漏れ出るように出た賞賛の言葉に嬉しそうにしながらも、セラはアウローラから何をしたいのかについて細かい報告を受ける。
「──ということで呼ばれた訳ね。アウローラ貴方随分とリスク背負いに行くわね」
「もしかしてそんなに危ない?」
いつもならば馬鹿なことを言っていても止めることがないセラが面白そうだと笑いながらも危険を口にしたことで、アウローラは自分がいまからしようと思っていることが想像していたよりも危険な行為であることを知る。
なんとなく思いつきで始めたことなので仕方ないとはいえ状況を理解していないらしいアウローラに対し、セラはなるべくわかりやすいように親切に説明を行った。
「アウローラの精神強度なら即死はあり得ないでしょうけど、気絶しておもしろい顔晒しても私は擁護しないわよ?」
死ぬことはなくても気絶はほとんど確実である。
その顔をエルピスの目の前で晒すことができるかどうか、セラが気になる点はその一点に尽きる。
アウローラとしてもいくら普段からサバサバしているような態度をとっているとはいえ、気絶してとても見られないような顔をエルピスの前に晒すのには強い抵抗がある。
一瞬やめようかとも考えたがセラを呼び出している上に自らの好奇心を抑えられないアウローラは、いまさら辞めたいなど口にすることなどできなかった。
「うっ。痛いところついてくるわねセラ」
「まぁなんとか耐えれば良いだけの話よ。それでエルピスはなんでそんな奇妙なタコのお面を被っているの?」
「邪神と言えばやっぱりこれかなと。可愛くない?」
「可愛いかと聞かれると正直……乗っ取られているようにしか見えないわよ」
「きもかわの文化は神様の世界にはなかったか」
邪神といえばこれなんだけどなと言いながらも可愛くないと言われて、エルピスは顔につけていた面を外す。
「それでアウローラ最終確認だけど本当に大丈夫?」
「女に二言はないわ、最後までやり切ってちょうだい。ただ気絶したらそのままそっとしておいてくれると助かるかな」
「面白い顔して気絶してたら見てないことにしてあげるから安心して。それじゃあやるよ」
そういうことではあるのだが、それを口にしてしまうのはどうなのだろうか。
口に仕掛けたアウローラの前でエルピスは言うが早いが顔を下に向ける。
己を強く持ち自分自身を保ちさえすることができれば、いまさ、神を前にしても気絶などしないはずだ。
そうアウローラはタカを括っていた。
だがそれは大きな間違いである。
熱かった筈の部屋の熱気、外から聞こえる様々な生き物の声。
それら全てが一瞬のうちに掻き消える。
エルピスは顔を下げたまま、その表情を窺い知ることはできない。
パッと顔を上げるモノだと思っていたのにまるでエルピスは気を失ったかのように微動だにせず、顔を上げるまでの時間がまるで無限のように感じられる。
気が付けば喉を唾が通り過ぎていき、アウローラが無意識のうちに手をエルピスへと伸ばそうとしたその瞬間。
──ぽたり。
一滴の黒い雫がエルピスの頬を伝って地面へと落ちる。
本来透明な筈のその液体は、アウローラが知っている黒の中で最も真っ黒な見ているだけで自分が何であったかを忘れてしまうほどのものだ。
一滴の滴を皮切りにして滴は止まるところを知らずポタポタと落ち始め、ついにはバケツをひっくり返したほどの勢いでエルピスの顔から水がこぼれ続ける。
「え、エルピス?」
アウローラは一体何が起きているのか理解できず、これが本当に正常な動作なのか不安になり彼の名前を口にする。
だがエルピスからの返答はなくアウローラの足元を通り過ぎていく黒色の液体は部屋の地面全てを黒く染めていく。
その液体はまるで重力を嘲るかのように部屋中を覆っていき、窓を隠しこの部屋の中から灯りという明かり全てを消す。
真っ暗になってしまった筈の部屋の中で何故だがエルピスの姿だけは明瞭に写っており、気がつかないうちに目線でセラを探していたアウローラはそのセラがどこにも居ないことに気がつく。
目の前に居るのは自分が最も頼りにしている筈の男、だというのにいまのアウローラには心底目の前の存在が怖くて仕方なかった。
まだその顔を見ていないというのにかかわらず、最愛の人物であることを頭は理解しているにもかかわらず、理性よりも先に本能が逃亡を選択する。
「ごめんエルピス怖すぎムリぃぃぃぃぃ!!!!」
これが彼の命がかかった出来事であるならばアウローラも我慢できただろう。
だが所詮は思いつきで夏だし暇だから肝試しでもやろうかと思ってやってみただけの思いつきの遊び、そんなモノに対して本能を押さえつけられるほどの感情を抱くのは流石に不可能だ。
逃げ出したアウローラはふとおかしなことに気がついた。
声を出して身体を渾身の力で振り絞り走り出した筈なのに、気が付けばエルピスの前に正座して座っていたのである。
何が起きたのか理解できず声を出そうとして、声が出ないことに気がついたアウローラは次に体が動かないことに気がつく。
何もできない、だが五感全てはいつもより全てを感じる。
(無理無理無理無理無理無理無理ッッッ!!!)
少しずつ下を向いたまま近寄ってくるエルピスは、アウローラが少し身体を動かせばあたるほどの距離まで近寄ってくる。
吐息すら感じられるほどの距離だというのに、アウローラの耳に入ってくるのは過呼吸気味になった自分の呼吸音だけ。
そしてついにエルピスが顔をゆっくりと上げ、アウローラの視界は全てがエルピスの顔で埋め尽くされる。
いつもならばイロアスとクリムの面影がある少し可愛らしい顔が見えるその場所には、渦巻いた闇のようなものがただ奥へ奥へと広がっていた。
それは狂気を生み出すもの、人の精神を狂わせるもの。
この世界ではなく別の世界から来訪した世界に恐怖を広めるもの。
いまだ溢れ続ける液体はその闇の中心から漏れ出しており、ふとその闇に目を凝らしてみると小さな粒が目に映る。
闇の中にあってほんの少しの小さなその白い粒に切れかけそうな意識を繋ぎ止め用としたアウローラは、それがなんなのかに気がついてしまった。
小さな粒は全て人の目であり、気が付けばアウローラの身体を数多の視線が貫いていた。
(────────)
/
「──ぶかなこれ」
ふと聞き慣れた声が耳に入ってくる。
つい先程までずっと求めていたというのに来てくれなかった声、世界で一番自分に安心を与えてくれる声を聞いてアウローラはその方向に無意識に手を伸ばす。
「意識が戻ったみたい──ってどうしたのアウローラ」
エルピスが驚くのも無理はない。
先程まで失神していたアウローラは時間にして一時間ほど眠っていたのだが、急に手を伸ばしてきたかと思うとエルピスの服を掴んで抱き寄せ頭を埋め始めたのだ。
まるで怖い夢を見た子供のような反応に、起きたら権能としての恐怖だけは排除してぐるぐる顔で迎えようと思っていたエルピスは空気を読んでそれを止める。
「今日一日これで」
「あのーさすがに俺もずっとこの体制は辛いものがあるっていうか……」
「エルピス、これで」
一日中ずっと頭を埋められたままでは何もできないではないか。
そんな思いでなんとか解いてもらおうとするエルピスだったが、アウローラにこうまで言われてしまうと断るのもなんだかいけないことのような気がして憚られる。
こんな休日も悪くないか。
自分の横に座りながら抱きついているエラの頭を面白そうに撫でているセラの事を目にしながら、エルピスはふとそんな事を思うのだった。
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