クラス転移で神様に?

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青年期:極東鬼神編(12月更新予定)

絡み合う思惑

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 思えば母は不遇な人生を送っていると思う。 
 愛する人を奪われ、その人物に子供を孕まされ、腹を痛めて生んだ子供からは親として扱われていない。
 これほどまでに悲しいことがあるのだろうか。
 だが私が知る限り母は一度だって悲しそうな顔をしたことはなかったし、私に愚痴をこぼしたことすらも一度だってありはしなかった。
 まるで聖人の様な母だが、そんな母に私は嫌われているとそう思っている。 

 自分が逆の立場であったのであれば、もしそこまでしてあげた子供が自分の元からいなくなったとき疑問と怒りが胸中を渦巻くだろうとそう思う。 
 だから私は勝手に母を苦手にしていた。

「……ここではよくないから、別の場所にしましょう。ついて来なさい」 

 どこに行くというのだろうか。 
 この家を出れば外には敵がうようよとしており、それでなくともこの部屋以外には出るなというお達しがニルから出ている。 
 母にこの場で話すことはできないかと問いかけようとしたアケナだったが、その母親の尋常ならざる雰囲気に気圧されその言葉を言い出せないでいた。 

 そうして言われるがままにその後を追いかけ、ついにはレネスからの静止を無視して2人は外に出る。 
 いままさに戦闘が繰り広げられている外の景色はまるで地獄のようだった。そこかしこに鬼人達の死体が散見され、数秒前までは生きていたものが次の瞬間には死んでいる。 

 たった2人の防衛戦を突破できず、消耗させることもできないままに彼らはその命をまるで価値がないものだと言いたげに捨てているのだ。 
 そうして激戦の最中にあってその疲労をまるで感じさせない狼は、不機嫌そうにいつもは生えていない尻尾を振りながら家から出てきたアケナ達の方へとやってくる。 

「危ないから外には出てくるな、そう言ったと僕は思うんだけど?」 

 味方であっても脅威と思えるほどの威圧。 
 ニルからしてみればただの一瞥に過ぎないそれは、耐性のない相手の意識くらいならば容易に刈り取るだけの力がある。 

 戦闘に慣れている自分ならばまだしも、戦いを知らない母親がこの威圧に耐えられるとは到底思えなかったアケナは視線を母親に移すと驚きの表情を浮かべた。 
 確かに全身を貫くほどの恐怖が体を包んでいるはずなのに、母がニルの威圧をまるで気にしていないように見えたからだ。 

「娘と大事な秘密の話をしに来たんです。少しだけですから、どうかお目こぼしください」   

「……それでこの戦いが終わるなら、好きにすればいいよ。僕は席を外しておくから」 

 頭を下げる穂積を見てニルは何を理解したのか先程までの怒りの感情をかき消し、それだけを口にすると先ほどまでと同じように機械的にやってくる敵を倒す作業へと戻ってしまった。 
 そうしてニルを見送り振り返った穂積は近くにあった手ごろな石に腰を掛ける。 

 結んでいた髪をほどくと隠されていた鬼の角があらわれた。 
 赤く長いその角は鬼人としての誇りそのものであり、トコヤミの前で彼女がそれを見せたのは記憶にある限りこの島を抜け出そうとしたあの日以来である。 

「トコヤミがどこにいるのか、私は知らわないわ。だけどあの人がどこにいるのかはわかる」 

「なぜそれを隠していたのですか? その情報があれば、先手を取られることもなかったというのに」 

「簡単なことよ。私はあの男に簡単に死んでほしくないから」 

「……意外ですね、てっきり恨んでいるのかと」 

「そんなこともあったわね、でも今はどうでもいいの。あの人が鬼の神様で、それを貴方達が殺すというのであれば私は別に止はしないわ。協力もしないけれど」  

 神に対しての忠誠は絶対である。 
 その種族の神に対して異論を唱えることができる物など存在するはずもなく、ただそうして生きているだけで同じ種族の物を惹きつけるのが神というものなのだ。 

 回避する方法は別の神の庇護下に入るか、鬼神の後継者を支持するかのどちらか。 
 母親のスタンスを責め立てることはできない。 
 だからアケナは誠心誠意お願いをする。 

「お願いします、お母さん。妹を助けたいんです」 

 いままで母と呼んだこともなかったのに、この島に来てようやく喋ったというのに、自分の意見を押し通すために母と呼んで頭を下げるなんと自分の卑怯なことか。 

 だがアケナは母親を見限り妹を助けるために島を捨てたくせに、その母に対して妹を助けてくださいと頭を下げることに一切のためらいがなかった。 
 彼女にとって最も大切なのはトコヤミの命が脅かされず、生きていけること。

 それが脅かされている以上たとえいまどんな恥だろうが危険だろうがアケナはどんなリスクでも踏み倒して行動するだろう。 
 アケナを見つめる穂積の目線には感情というものが見えなかった。 
 それは意図的に隠されており、彼女の胸中にどのようなものが浮かんでいるのかは定かではない。 

 だがそんな彼女を見て何か心が動かされたのは確かなようで、穂積は一歩アケナの方に近寄るとその頭を軽く撫ぜて優しく微笑みかける。 

「大きくなったと思っていたけれど、まだまだ子供ね。まさかあなたからこんなことを言われるなんて、思ってもみなかったわ」 

「正直、あまりお母さんのことは好きではありません。でも尊敬はしています」 

「そういうところ、あの人に似てるわね。教えてあげるからその代わり、これをもっていって」 

 思い出しているのはアケナの父親の事。 
 目を細めて昔を懐かしむ穂積の姿からは実年齢にふさわしいだけの貫禄が見て取れた。 
 そんな彼女が胸元から取り出したのは一本の武骨な短剣だ。 

「これは……?」 

「鬼神を倒せる秘密の道具よ。ただし絶対に殺せるか分からないから止めでしか使っちゃだめだからね?」 

 なぜ神に効くような武器を持っているのだろうか。 
 そんな疑問が湧き上がってくるのをいったんよそに置き、アケナは首を縦にふる。 
 いま最も重要なのは鬼神の居場所であり、それ以外の情報は些事だ。 
 穂積から武器を受け取り、覚悟を決めたアケナの元へ話を聞いていたのか横からニルが割って入る。 

「戦力が足りないならレネスを連れていけばいい、鬼神を倒す手立てがあるなら、ここで耐えるのもそう難しい話じゃないからね」 

「ありがとうございますニル様」 

「感謝されることじゃないよ。トコヤミちゃんの事は任せたから、こっちの事は任せておいて」 

にっこりと笑うニルからは余裕が見える。
信徒とは言え決して弱くない相手に対してこれまでの余裕を見せられるのはニルの強さがあってこそ。
頼れる人物が仲間にいるというのはそれだけで心の余裕ができる。


「これ、地図忘れていっちゃだめよ」 

「ありがとうお母さん!!!」 

 穂積から地図を受け取り家の中へと走っていくアケナを見送る二人。 
 魔法を使って撃退しているとはいえ戦場を遍鬼超童子一人に任せっきりにするわけにもいかない。 
 感慨深そうにアケナの背を見ていた穂積に対して、ニルはさっさと己の中にある一つの疑問を投げつける。 

「復讐を、本当に自分の手でやらなくて良かったのかい?」 

 先ほどまでの母親の面をしていた鬼人はどこへやら。 
 ニルの目の前にいるのは復讐に取り憑かれた復讐鬼だった。 
 愛を司るニルは他者から他者への愛情を見てとれる。 

 アケナに対して命よりも重たい愛を捧げているように、トコヤミに家族の愛を抱いているように、死した旦那に人生よりも重たい愛を穂積は死後数百年経ったいまでも向けていた。 
 鬼神への愛など欠けらもなく、単純に鬼神の居場所を隠していたのは混乱に乗じて自分の手で殺すつもりだったからだろう。 

 急に気分が変わった理由は何なのかと問いかけたニルに対して、穂積は先ほどまでの娘とのやり取りを思い返しながら言葉を返す。 

「復讐をするのは私でなくてもいいと、そう思っただけです」

 娘には復讐などという気持ちはさらさらないだろう。
 ただ妹を助けるために向かっただけなのを理解したうえで、それでいいと穂積は考えていた。
 復讐に取りつかれた自分が殺すよりも、あの人の血を継ぐアケナが父の仇だとも考えずにただ妹の安全にとって邪魔だからという理由で怨敵を殺すのであればそれもまた爽快だ。 

 虫も殺せないといわれるような人間の発想だとはとても思えないものだが、鬼人としての本能が彼女に夫の仇を取らせようというのだから仕方がない。
 空へと消えていく彼女の笑い声を聞きながら、ニルは再び戦闘に戻るのだった。

 △▽△▽△▽△▽△▽

 場面は切り替わってトコヤミの側。
 アケナが母親に声をかけようとしていたまさにその時、こちら側では大きな変化が表れていた。

 どこにあるのかもわからない円卓に腰を変えているのは歴代最強と言われた鬼の神、もはや名前すら忘れられたその神に対して武器を向ける人物が二人。

「……思ってたより随分と早かったな」

 手筈通りにすればいいとそういって出ていったモナルカがトンボ帰りしてトコヤミを引き連れ鬼神を殺しに来たというのに、周りにいる何者か達は特に手出しをするつもりはないようである。

 彼らからしてみれば計画遂行に関係のない事柄は心底どうでもいいのだろう。
 それこそトコヤミが鬼神になろうが、この状態から鬼神が勝利してそのまま鬼神としての役割を続けようが彼らはどちらでもいいと思っているはずだ。

「計画は何事も早い方がいいというのが私の信念なのでね。それにこれでもゆったりしているつもりだよ、なにせいまこの瞬間にも帝国の破滅がそこまで来ているんだから」

「俺の血を引いてるかしらねぇが、俺から神の力を取れると本気で思っているのか?」

 最高位冒険者であった覇王モナルカ、その力は人の枠の中でも最上位に位置している。
 彼女に勝てる人物など人類の中でも五指いるかどうかと言ったところ。

 世界中を見ても屈指の実力者である彼女だが、だがそんな彼女でも神の力には到底勝てるはずもない。
 はずもないのだが、威圧で一歩後ろへと下がったトコヤミとは違いモナルカは一歩も引く気配がない。

「勝てる算段を付けず私がこの場に立つはずが無いだろう」

「正攻法で戦うのは久しぶりだが──」

 言いながら鬼神は隠し持っていた暗器を投げ飛ばす。
 暗闇の中で差し向けられた暗器はその高速の初動も相まって常人ではとてもではないが回避不能、しかも狙われた先はトコヤミである。

「──そういうことをしてくるって、聞いてたです」

 だがその刃が彼女に届くことはない。
 寸前で刃を回避したトコヤミは自信満々で鬼神相手に言葉を口にする。
 殺気もなく速度を優先するため威力もそれほどない一撃であれば、全力で警戒していればトコヤミとて回避することくらいは出来る。

 継承先が居なくなれば馬鹿なことを考えなくなるだろうという鬼神の考えを先読みしていたモナルカは、二の手三の手を繰り出そうとする鬼神に対して手を差し向けた。

特殊技能ユニークスキル発動」

 それは彼女が先祖返りとして持っていた力。
 彼女を最強まで押し上げた力であり、女性の身でありながらありとあらゆる武芸者を討伐してきた最強の剣士に育て上げた能力。

 本来ならば神の頂に手を伸ばせないその力を、彼女は破壊神から授かった権能を犠牲にすることで無理やり上に押し上げる。
 放つ特殊技能の名は──強奪。

「――貴様ッ! 人の身で神の力を奪い取るか!!」

 神の力に耐えられる人の体など存在せず、半分ほどの力を奪い取った段階でモナルカの全身に亀裂が走り血が噴き出る。
 人の身でありながら神の力を奪い取ろうとするその強欲、この程度の傷で済んでいるだけまだマシだとそう考えた方がいいだろう。

 だが事実として力を奪い取ったモナルカは最後の力を振り絞りそれをトコヤミへと受け渡す。
 これで少なくともこの島において最強であった鬼神の力は文字通り半減した。

「これが……神の力……不思議な感覚……です」

 自分の中にあふれ出る自分の物ではない力。
 島に存在する全ての鬼族の思いや力が魂を震わせ、鬼神とはなんたるかを否が応でも理解させられる。

 半身に分かたれようが神の力は変わることはなく、トコヤミに全能感と新しい思考のステージを植え付けた。

「私も多少の痛手は負ったが、これで状況は五分だ。さて、命を賭けて殺し合いと行こうじゃないか鬼神」

「五分にした程度で勝てると本気でそう思うならかかって来い! 人風情が!!」

 戦いは唐突に始まる。
 この島の命運を賭ける戦いはこうしてエルピス達の関係のないところで知らずのうちに始まるのだった。
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