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青年期:極東鬼神編(12月更新予定)
人の街ではない街で
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法国から船を出して早いもので三週間が経過し、エルピス達は鬼人達が住まう島の海岸へとやって来ていた。
海洋からの巨大な船舶の侵入を拒むように島の周りには数キロほど遠浅が続くため、小舟を出して手で漕ぎながらエルピス達は島へと向かって小舟を進めていた。
船の漕ぎ手はアケナとトコヤミの二名、それ以外の面々は武器を手元に携えながら周囲を警戒している。
人類にとってここは少なくとも敵地、相手が呼び出してきているから大丈夫だと油断出来るほど能天気な人物はこの船には載っていない。
早朝に到着したため周囲は薄暗く、霧も若干ながら立ち込めている。
視界は悪いがそれでも魔法による観測を用いれば島に向かって船を進めることはできた。
「本当に大丈夫でしょうか」
ふと言葉をこぼしたのはアケナだ。
昨夜からずっと何かに対して怯えている様子の彼女は、いまになってもまだ不安がぬぐえていない様子である。
戦力で言えば過剰だと言えるほどの物をそろえてきたというのに、いったい彼女は何を恐れているのだろうか。
「心配性だねアケナは。もう少しどっしり構えなよ」
「お姉ちゃんは心配性です、私は全然ビビってないです」
胸を張りながら自慢げなトコヤミを見てアケナの心配は増すばかりだった。
アケナが恐れているのはトコヤミの身に何かが起きてしまう事、どうやら鬼人の強さをよく知っているアケナは彼らに対して拭えない恐怖心を持っているようである。
「すぐに攻撃してくることは無いと思うけど……」
「僕もそう思ってたけど、どうやらそうじゃ無いらしいよアウローラ」
ニルが目線を向ける先は海岸線に立つ数十人の人影。
霧が立ち込めている上に距離も相当離れているので、アウローラの視力では魔力で強化してもその人物達が何をしているのか把握するのは困難である。
だが相手が何をしようとして来てるのかを察したエルピスは船頭に立つと手を横なぎに軽く振るった。
たったそれだけの行動で数枚の物理障壁が船の前面に展開され、木で出来たひ弱な船は途端に誰にも崩せないほど強固な船へと変貌を遂げる。
そしてエルピスが魔法を展開したその瞬間、眼前から風を切る音と共に数十本の矢が飛来しエルピスが先程展開したばかりの障壁に音を立てながら突き刺さった。
先端が潰されているわけでもなければ威力から考えても明らかに敵意があっての攻撃だ。
「攻撃!?」
「殺す気で一応打ってきてはいるみたいだね」
「舐められてたまるもんですか! エルピス防御頼んだわよ!!」
間違いない敵対行為、自分が攻撃されたことを認識して一番最初に行動に移ったのはアウローラだ。
幼少期から魔法を使用するために訓練を重ねてきたアウローラが魔法使いとして秀でている点はもちろん戦術級魔法を扱えること自体でもあるが、それよりも大きな要素として魔法発動の段階をかなり省略可できる点にある。
詠唱を破棄し、代わりに消費魔力の増大と魔法操作の高難易度化というデメリットを背負っても問題ないと思えるほどのその魔法発射速度は、王国最強の魔法使いであるマギアにすら並ぶ。
「戦術級魔法<大津波>」
海上に置いて最も威力を発揮する水の魔法、その中でも環境に作用するこの魔法は亜人種とはいえ直撃を食らえばとてもではないが無事にやり過ごせるようなものではない。
自分たちが乗っている小舟ごと大きな津波にさらわれ、高さ30メートルはあろうかという津波が群れになって海岸を襲う姿はどちらが悪役か分からなくなるほどだ。
津波を指さして何やら叫んでいる鬼人だが、津波から走って逃げるのはよほどの上位種か羽でも生えていなければ無理な橋である。
殺しては後々の問題になる可能性が高いので、一応攻撃された仕置きも考慮に入れて20秒ほど荒波に飲まれてもらった後に鬼人達はエルピスが魔法で回収した。
こうしてエルピス達の鬼人の島への上陸は果たされたわけである。
/
場面は切り替わりエルピス達が上陸した海岸から最も近い街。
極東だから和風の装いをしているのかと思っていたエルピスの考えとは少し違い、どちらかといえば中華風の街並みはこの世界に来て初めて見るものである。
この島には街と呼べるほど大きな都市はここしかなく、鬼神が居るのもどうやらこの街らしいとエルピスは襲いかかって来た者達から聞いていた。
どうやらエルピス達が来ることは伝えられていたらしいがいつ来るかは分からなかったらしく、まさか神が小舟を漕いでやって来ているとは思わなかったらしい。
人間の国方面からやって来た船は軒並み無条件で沈没させているらしいので攻撃を仕掛けて来たとのことだが、人間との交易が断絶している理由が分かるというものである。
「――それで向こうの山が鬼神様がおわせられる山だ。宿はあそこにある宿を使うといい、この国で最も高級な宿だ」
「道案内ご苦労様。随分と丁寧に教えてくれるんだね」
「鬼神様の客人ともなれば我々が最も丁寧に対応しなければいけない相手、当然のことをしたまで」
「何も確認もせず弓を打って来ておいて?」
「…………」
「アウローラ辞めてあげなよ可哀想じゃんか」
睨みつけるような視線をアウローラに向ける兵士に対し、アウローラは先ほどから不機嫌さを彼らに隠すそぶりもなくぶつけていた。
外交を主戦場とすることが多いアウローラからしてみれば、いきなり武器を向けるような相手と楽しげに喋れという方が難しいのだろう。
気持ちが理解できないわけでも無いので強くエルピスが言うことはないが、ニルがその代わりにカバーに入ってくれているので問題はない。
なんとも言えない空気のまま足早に逃げ去っていく鬼人達の後ろ姿を眺めていると、アウローラが言葉を続けた。
「エルピス気付いてた?」
「ごめん多分分かってない。態度悪いなとは思ってたけど……ああいう奴らやっぱ嫌い?」
「嫌いではあるけど顔に出るほどじゃ無いわよ。問題はアケナさんの事を見てた目線」
「アウローラ様別に私達は構いませんから……」
「いいえ、ヴァスィリオの者として、何よりアルヘオ家の人間として許せないわ」
アウローラが怒り心頭になるときは大体誰かのために怒っている時だ。
確かにこの島に来てからアケナに向けられる視線は、エルピスがかつて何度か味わったことのある嫌な目線だった。
直接的に侮蔑するような感情が乗せられていたり差別するような意識がそこにあればエルピスも気付くことが出来ただろうが、彼等はアケナがそもそもいないものとして扱っているため気付くのに遅れたのだ。
この世界はやたらと種族というものを気にしたがる。
日本人的な感覚を持つエルピスではおそらく何千年経とうと分からないが、彼らにとって種族とはその個人よりも大切なものなのだろう。
「私はトコヤミと違い人と鬼人のハーフ、つまり忌み子なのでこういう扱いは慣れています。皆様はぜひ気になされず……」
「ごめんねアケナ、気が付けなくて」
「いまからでも全員倒してくるか?」
「レネス様私も手伝うです」
「いまさら追いかけても後からやっかみを付けられるだけよ。どうやら思っていたよりこの土地での人の地位というのは本当に低いらしいわね」
この島に来る前にいくつか情報収集を行なっていたセラだったが、この極東の島国についての情報はアルヘオ家にあった米の取引の時の記録のみである。
しかもその島も具体的に言えばこの島の離島、現在鎖国状態にあると言ってもいいこの島は離島で貿易を行っているのだがそこの情報だけだ。
下手に情報を集めようとして失敗することを恐れたセラは現地での情報収集に舵を切ったのだが、どうやら想定していたよりもこの島の状況というのは複雑そうである。
「一度二手に分かれて土地を見て回るのはどうですか? 何か相手に先手を取れるような事があるかもしれません」
「そっちの方がいいだろうな。どうやって分ける?」
「戦闘になることを想定して戦力半分に分けようよ。僕とエルピス、姉さんとレネスでトコヤミちゃんとアケナちゃんは案内の為に分かれてくれるとありがたいかな」
「なら私はアケナの方に行きます。エルの方にはアウローラが行ってあげて」
「分かったわ。久しぶりにぶらっと一緒に回りますか」
スムーズに班分けを終えたエルピス達は、昼頃になったら先程言われた宿屋に集合する約束を取り付けて二手に分かれて捜索を始める。
先程の様なアケナに対する視線を考えると自分が共に行動するべきかとも考えていたエルピスだったが、同じく他者から排除される側であるエラが意図的に同じ班に入ったことを考えるとアケナの事は任せろという事なのだろう。
そう判断したエルピスはとりあえずトコヤミに先頭を歩いてもらいながら島の中をぐるぐると回っていた。
「エルピス様ちょっとそれ貰っていいです?」
「いいよ、意外と美味しいねこれ」
「都の食べ物は大体全部美味しいです」
買い食いが癖になってしまっているエルピスは例に漏れずこの街でも両腕に抱えきれないほどの食事を手にしており、そのうちの一つをトコヤミに渡しながら自分も満足の行くまで食事を行う。
随分と満喫しているエルピスだったが、そんなエルピスも普段の街とは違った気配を感じていた。
「アケナちゃんがいなくなったらそれはそれで好奇の目で見られるのは、よほど人が寄り付いてない証拠なんだろうね」
道行く人間の視線は大体まず最初にエルピスに向かう。
この中で人の血が混じっているのはエルピスだけだからだ。
セラとニルは外見上人ではあるが気配の根本が違うのでそもそも気にならないのだろう。
最後にトコヤミに視線が映り、そうしてなんらかの事情でここに来ていることを知ると彼等は口には出さないが物珍しそうにこちらを見てくる。
いまも家の陰からエルピス達を除く幼い子供達の視線があるのは、それだけ外国人が珍しいという証拠だろう。
なぜこの国が鎖国を敷いているのか、聞けば人相手以外にもほとんど鎖国状態とのことだが鬼神が眠っていたことと関係があるのだろうか。
「どうするのがいいと思う? このまま観光を楽しめるほど、今回たぶん甘くないよな」
「んーほうだねぇ……んっぐ。これ固くない?」
「そーらーたんは顎を鍛える食べ物です」
「顎取れるかと思ったよ。まぁ手っ取り早いのはこのまま鬼神のところに乗り込むことかな」
「ダメよニル。もっと警戒しないと鬼神って言えば人の国でも有名な神様なんだから」
力で解決する癖のあるニルを止めたのは、鬼神について少なからず知識を有しているアウローラだった。
これがそこら辺の人間の言葉ならばニルも無視するが、相手がアウローラな上に前回調査を怠ってアウローラを危険に晒した手前ニルも反論するのは難しい。
「鬼神と言えばかつては荒神として恐れられていたらしいわよ。お酒を飲むようになってからは比較的落ち着いて来たらしいけど……」
「島と大陸の間にあった大地を削ったのは鬼神様の力です。エルピス様より強いかもです」
「戦ってみないとそれは分からないけど、確かに弱くはないだろうね」
エルピスが視線を向けたのはこの島で最も高い山の山頂。
神にしか感じ取ることのできない気配ではあるが肌をビシビシと刺激してくるこの感覚は、初めて海神に会った時と同じような感覚だ。
負けるつもりなど毛頭ないし実際負ける気もしない相手だが、それでもここまでのプレッシャーを出せる相手が弱い訳がない。
ふとトコヤミが手を打ちながら何かを思い出したようなそぶりを見せた。
「そう言えば鬼神様には後継者がいたです。まずその人に話を聞いてみてるのがいいです」
「鬼神の後継者?」
「50年くらい前にこの島で一番強くなった人です。よく暴れ回っているから多分そのうちどっかで会えるです」
「暴れ回ってるってあんまりいい表現じゃないけど、確かにその人から情報を得られたらよさそうね」
鬼神の後継者として選ばれた人間がエルピス達にとって敵になるのか味方になるのか。
それは現状の少ない情報では判別などつくはずもない。
積極的に見て回りながらそうして街を歩くこと早いもので数時間。
この街の事について多少情報を得られたエルピスは、想定していたよりも随分と高い鬼人達の戦闘能力に驚いていた。
もちろん亜人種である以上ある程度の力を持つのは当然だと言えるが、まるで何かに対して備えているように実力を隠してはいるが力を持つ者が多い。
「なんというか掴みどころがないわね。誰に話しかけてもろくに情報が入らないし」
「警戒されているのもあんだろうけどどうにも上手くいかないね」
「こうなったらこっちからその後継者の人を探しに行くか?」
「それがいいで……す?」
「どうしたんだトコヤミ?」
ふとトコヤミが何かに詰まったような声を出すので、いったい何があったのかとエルピスが問いかけてみてもトコヤミから声が返ってくることはない。
一体何を目にしたのかと思ってトコヤミが向く方に目線を送ってみれば、そこには日傘を持って歩いている一人の鬼人の姿があった。
他の鬼人と何ら変わらない彼女を見て何をそんなに驚くことがあるのか、そう思って居たエルピスの前でその女性もトコヤミに気が付くと驚きのあまりからか持っていた傘を落とす。
会えると思って居なかった人物に会えたような、そんな二人の態度を見てなんとなくエルピス達この二人の関係性を理解する。
生まれ故郷の上にこの何時間か歩き回ったことによってエルピス達が居ることを耳にすることもあっただろう。
相手が探してきているのであればエルピス達を見つけることはそう難しいことではない。
「……お母…さん?」
「トコヤミなの? 本当に、トコヤミなの?」
何かあったことは知っているが、彼女たちの間に何があったのかはエルピスも知りえる所ではない。
たった一言の言葉の交換にいったいどれほどの心が籠っているのだろうか。
部外者には立ち入ることのできない確かな親子の時間がそこにはあった。
海洋からの巨大な船舶の侵入を拒むように島の周りには数キロほど遠浅が続くため、小舟を出して手で漕ぎながらエルピス達は島へと向かって小舟を進めていた。
船の漕ぎ手はアケナとトコヤミの二名、それ以外の面々は武器を手元に携えながら周囲を警戒している。
人類にとってここは少なくとも敵地、相手が呼び出してきているから大丈夫だと油断出来るほど能天気な人物はこの船には載っていない。
早朝に到着したため周囲は薄暗く、霧も若干ながら立ち込めている。
視界は悪いがそれでも魔法による観測を用いれば島に向かって船を進めることはできた。
「本当に大丈夫でしょうか」
ふと言葉をこぼしたのはアケナだ。
昨夜からずっと何かに対して怯えている様子の彼女は、いまになってもまだ不安がぬぐえていない様子である。
戦力で言えば過剰だと言えるほどの物をそろえてきたというのに、いったい彼女は何を恐れているのだろうか。
「心配性だねアケナは。もう少しどっしり構えなよ」
「お姉ちゃんは心配性です、私は全然ビビってないです」
胸を張りながら自慢げなトコヤミを見てアケナの心配は増すばかりだった。
アケナが恐れているのはトコヤミの身に何かが起きてしまう事、どうやら鬼人の強さをよく知っているアケナは彼らに対して拭えない恐怖心を持っているようである。
「すぐに攻撃してくることは無いと思うけど……」
「僕もそう思ってたけど、どうやらそうじゃ無いらしいよアウローラ」
ニルが目線を向ける先は海岸線に立つ数十人の人影。
霧が立ち込めている上に距離も相当離れているので、アウローラの視力では魔力で強化してもその人物達が何をしているのか把握するのは困難である。
だが相手が何をしようとして来てるのかを察したエルピスは船頭に立つと手を横なぎに軽く振るった。
たったそれだけの行動で数枚の物理障壁が船の前面に展開され、木で出来たひ弱な船は途端に誰にも崩せないほど強固な船へと変貌を遂げる。
そしてエルピスが魔法を展開したその瞬間、眼前から風を切る音と共に数十本の矢が飛来しエルピスが先程展開したばかりの障壁に音を立てながら突き刺さった。
先端が潰されているわけでもなければ威力から考えても明らかに敵意があっての攻撃だ。
「攻撃!?」
「殺す気で一応打ってきてはいるみたいだね」
「舐められてたまるもんですか! エルピス防御頼んだわよ!!」
間違いない敵対行為、自分が攻撃されたことを認識して一番最初に行動に移ったのはアウローラだ。
幼少期から魔法を使用するために訓練を重ねてきたアウローラが魔法使いとして秀でている点はもちろん戦術級魔法を扱えること自体でもあるが、それよりも大きな要素として魔法発動の段階をかなり省略可できる点にある。
詠唱を破棄し、代わりに消費魔力の増大と魔法操作の高難易度化というデメリットを背負っても問題ないと思えるほどのその魔法発射速度は、王国最強の魔法使いであるマギアにすら並ぶ。
「戦術級魔法<大津波>」
海上に置いて最も威力を発揮する水の魔法、その中でも環境に作用するこの魔法は亜人種とはいえ直撃を食らえばとてもではないが無事にやり過ごせるようなものではない。
自分たちが乗っている小舟ごと大きな津波にさらわれ、高さ30メートルはあろうかという津波が群れになって海岸を襲う姿はどちらが悪役か分からなくなるほどだ。
津波を指さして何やら叫んでいる鬼人だが、津波から走って逃げるのはよほどの上位種か羽でも生えていなければ無理な橋である。
殺しては後々の問題になる可能性が高いので、一応攻撃された仕置きも考慮に入れて20秒ほど荒波に飲まれてもらった後に鬼人達はエルピスが魔法で回収した。
こうしてエルピス達の鬼人の島への上陸は果たされたわけである。
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場面は切り替わりエルピス達が上陸した海岸から最も近い街。
極東だから和風の装いをしているのかと思っていたエルピスの考えとは少し違い、どちらかといえば中華風の街並みはこの世界に来て初めて見るものである。
この島には街と呼べるほど大きな都市はここしかなく、鬼神が居るのもどうやらこの街らしいとエルピスは襲いかかって来た者達から聞いていた。
どうやらエルピス達が来ることは伝えられていたらしいがいつ来るかは分からなかったらしく、まさか神が小舟を漕いでやって来ているとは思わなかったらしい。
人間の国方面からやって来た船は軒並み無条件で沈没させているらしいので攻撃を仕掛けて来たとのことだが、人間との交易が断絶している理由が分かるというものである。
「――それで向こうの山が鬼神様がおわせられる山だ。宿はあそこにある宿を使うといい、この国で最も高級な宿だ」
「道案内ご苦労様。随分と丁寧に教えてくれるんだね」
「鬼神様の客人ともなれば我々が最も丁寧に対応しなければいけない相手、当然のことをしたまで」
「何も確認もせず弓を打って来ておいて?」
「…………」
「アウローラ辞めてあげなよ可哀想じゃんか」
睨みつけるような視線をアウローラに向ける兵士に対し、アウローラは先ほどから不機嫌さを彼らに隠すそぶりもなくぶつけていた。
外交を主戦場とすることが多いアウローラからしてみれば、いきなり武器を向けるような相手と楽しげに喋れという方が難しいのだろう。
気持ちが理解できないわけでも無いので強くエルピスが言うことはないが、ニルがその代わりにカバーに入ってくれているので問題はない。
なんとも言えない空気のまま足早に逃げ去っていく鬼人達の後ろ姿を眺めていると、アウローラが言葉を続けた。
「エルピス気付いてた?」
「ごめん多分分かってない。態度悪いなとは思ってたけど……ああいう奴らやっぱ嫌い?」
「嫌いではあるけど顔に出るほどじゃ無いわよ。問題はアケナさんの事を見てた目線」
「アウローラ様別に私達は構いませんから……」
「いいえ、ヴァスィリオの者として、何よりアルヘオ家の人間として許せないわ」
アウローラが怒り心頭になるときは大体誰かのために怒っている時だ。
確かにこの島に来てからアケナに向けられる視線は、エルピスがかつて何度か味わったことのある嫌な目線だった。
直接的に侮蔑するような感情が乗せられていたり差別するような意識がそこにあればエルピスも気付くことが出来ただろうが、彼等はアケナがそもそもいないものとして扱っているため気付くのに遅れたのだ。
この世界はやたらと種族というものを気にしたがる。
日本人的な感覚を持つエルピスではおそらく何千年経とうと分からないが、彼らにとって種族とはその個人よりも大切なものなのだろう。
「私はトコヤミと違い人と鬼人のハーフ、つまり忌み子なのでこういう扱いは慣れています。皆様はぜひ気になされず……」
「ごめんねアケナ、気が付けなくて」
「いまからでも全員倒してくるか?」
「レネス様私も手伝うです」
「いまさら追いかけても後からやっかみを付けられるだけよ。どうやら思っていたよりこの土地での人の地位というのは本当に低いらしいわね」
この島に来る前にいくつか情報収集を行なっていたセラだったが、この極東の島国についての情報はアルヘオ家にあった米の取引の時の記録のみである。
しかもその島も具体的に言えばこの島の離島、現在鎖国状態にあると言ってもいいこの島は離島で貿易を行っているのだがそこの情報だけだ。
下手に情報を集めようとして失敗することを恐れたセラは現地での情報収集に舵を切ったのだが、どうやら想定していたよりもこの島の状況というのは複雑そうである。
「一度二手に分かれて土地を見て回るのはどうですか? 何か相手に先手を取れるような事があるかもしれません」
「そっちの方がいいだろうな。どうやって分ける?」
「戦闘になることを想定して戦力半分に分けようよ。僕とエルピス、姉さんとレネスでトコヤミちゃんとアケナちゃんは案内の為に分かれてくれるとありがたいかな」
「なら私はアケナの方に行きます。エルの方にはアウローラが行ってあげて」
「分かったわ。久しぶりにぶらっと一緒に回りますか」
スムーズに班分けを終えたエルピス達は、昼頃になったら先程言われた宿屋に集合する約束を取り付けて二手に分かれて捜索を始める。
先程の様なアケナに対する視線を考えると自分が共に行動するべきかとも考えていたエルピスだったが、同じく他者から排除される側であるエラが意図的に同じ班に入ったことを考えるとアケナの事は任せろという事なのだろう。
そう判断したエルピスはとりあえずトコヤミに先頭を歩いてもらいながら島の中をぐるぐると回っていた。
「エルピス様ちょっとそれ貰っていいです?」
「いいよ、意外と美味しいねこれ」
「都の食べ物は大体全部美味しいです」
買い食いが癖になってしまっているエルピスは例に漏れずこの街でも両腕に抱えきれないほどの食事を手にしており、そのうちの一つをトコヤミに渡しながら自分も満足の行くまで食事を行う。
随分と満喫しているエルピスだったが、そんなエルピスも普段の街とは違った気配を感じていた。
「アケナちゃんがいなくなったらそれはそれで好奇の目で見られるのは、よほど人が寄り付いてない証拠なんだろうね」
道行く人間の視線は大体まず最初にエルピスに向かう。
この中で人の血が混じっているのはエルピスだけだからだ。
セラとニルは外見上人ではあるが気配の根本が違うのでそもそも気にならないのだろう。
最後にトコヤミに視線が映り、そうしてなんらかの事情でここに来ていることを知ると彼等は口には出さないが物珍しそうにこちらを見てくる。
いまも家の陰からエルピス達を除く幼い子供達の視線があるのは、それだけ外国人が珍しいという証拠だろう。
なぜこの国が鎖国を敷いているのか、聞けば人相手以外にもほとんど鎖国状態とのことだが鬼神が眠っていたことと関係があるのだろうか。
「どうするのがいいと思う? このまま観光を楽しめるほど、今回たぶん甘くないよな」
「んーほうだねぇ……んっぐ。これ固くない?」
「そーらーたんは顎を鍛える食べ物です」
「顎取れるかと思ったよ。まぁ手っ取り早いのはこのまま鬼神のところに乗り込むことかな」
「ダメよニル。もっと警戒しないと鬼神って言えば人の国でも有名な神様なんだから」
力で解決する癖のあるニルを止めたのは、鬼神について少なからず知識を有しているアウローラだった。
これがそこら辺の人間の言葉ならばニルも無視するが、相手がアウローラな上に前回調査を怠ってアウローラを危険に晒した手前ニルも反論するのは難しい。
「鬼神と言えばかつては荒神として恐れられていたらしいわよ。お酒を飲むようになってからは比較的落ち着いて来たらしいけど……」
「島と大陸の間にあった大地を削ったのは鬼神様の力です。エルピス様より強いかもです」
「戦ってみないとそれは分からないけど、確かに弱くはないだろうね」
エルピスが視線を向けたのはこの島で最も高い山の山頂。
神にしか感じ取ることのできない気配ではあるが肌をビシビシと刺激してくるこの感覚は、初めて海神に会った時と同じような感覚だ。
負けるつもりなど毛頭ないし実際負ける気もしない相手だが、それでもここまでのプレッシャーを出せる相手が弱い訳がない。
ふとトコヤミが手を打ちながら何かを思い出したようなそぶりを見せた。
「そう言えば鬼神様には後継者がいたです。まずその人に話を聞いてみてるのがいいです」
「鬼神の後継者?」
「50年くらい前にこの島で一番強くなった人です。よく暴れ回っているから多分そのうちどっかで会えるです」
「暴れ回ってるってあんまりいい表現じゃないけど、確かにその人から情報を得られたらよさそうね」
鬼神の後継者として選ばれた人間がエルピス達にとって敵になるのか味方になるのか。
それは現状の少ない情報では判別などつくはずもない。
積極的に見て回りながらそうして街を歩くこと早いもので数時間。
この街の事について多少情報を得られたエルピスは、想定していたよりも随分と高い鬼人達の戦闘能力に驚いていた。
もちろん亜人種である以上ある程度の力を持つのは当然だと言えるが、まるで何かに対して備えているように実力を隠してはいるが力を持つ者が多い。
「なんというか掴みどころがないわね。誰に話しかけてもろくに情報が入らないし」
「警戒されているのもあんだろうけどどうにも上手くいかないね」
「こうなったらこっちからその後継者の人を探しに行くか?」
「それがいいで……す?」
「どうしたんだトコヤミ?」
ふとトコヤミが何かに詰まったような声を出すので、いったい何があったのかとエルピスが問いかけてみてもトコヤミから声が返ってくることはない。
一体何を目にしたのかと思ってトコヤミが向く方に目線を送ってみれば、そこには日傘を持って歩いている一人の鬼人の姿があった。
他の鬼人と何ら変わらない彼女を見て何をそんなに驚くことがあるのか、そう思って居たエルピスの前でその女性もトコヤミに気が付くと驚きのあまりからか持っていた傘を落とす。
会えると思って居なかった人物に会えたような、そんな二人の態度を見てなんとなくエルピス達この二人の関係性を理解する。
生まれ故郷の上にこの何時間か歩き回ったことによってエルピス達が居ることを耳にすることもあっただろう。
相手が探してきているのであればエルピス達を見つけることはそう難しいことではない。
「……お母…さん?」
「トコヤミなの? 本当に、トコヤミなの?」
何かあったことは知っているが、彼女たちの間に何があったのかはエルピスも知りえる所ではない。
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そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
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このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
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五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
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この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
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もはや文字ですら無かった
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