クラス転移で神様に?

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青年期:極東鬼神編(12月更新予定)

極東の島

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 人類が交流を持つ亜人種は大きく分けて3種類。
 森妖種、土精霊、獣聖種と呼ばれる彼らは人の国と国交を結んでおり、年々小競り合いこそある物の種族同士の対立というものは起こらないようにそれぞれが互いに目を光らせていた。
 というもののこの世界に置いて人も含めて彼ら4種族は丁度中間地点程度の戦力を保有しており、それなりに知性と数もいるため手を組んだ方が何かと利が多いのである。

 なぜわざわざこんな前置きをするのかといえば、今回エルピス達が向かう先はその3種族とはまた別の種族だからだ。
 他種族にやたらに喧嘩を仕掛けては大陸に災いの火種を作り出そうとするこの世界でもトップクラスに危険な種族、鬼人達の島へと向かう船の上にエルピス達はいた。

「島国だから仕方ないとはいえ、こう何日も海の上で揺られていると退屈ね」

 巨大な帆船の先頭に立ち波風を全身に味わいながら落ちていく夕陽を眺めているアウローラがそんな事を口にするのは、こうして移動するのが随分と久しぶりの出来事だからだ。

 ここ最近は移動先に早急に向かわなければいけない事が多く、召喚した馬に無理矢理荷台を引っ張らせて走ったり、エルピスが先に現地に走って向かってから転移魔法を使用して無理やり連れてきたりとこうしてゆったりする時間もなかった。
 そう思えばこうして海の上とはいえゆっくりできる時間があるのはエルピスにしてみればよい事なのだが、次こそは油断しないと息巻いているアウローラは早く事件が起きてほしそうである。

「あと3日ほどで到着の予定です。暫しの辛抱ですよアウローラ様」

「そうです。釣りでもして辛抱するです」

「そうはいうけどここらへんの海の魚、全部私の体より大きいから逆に釣られそうよ。鬼神様が転移魔法を使うなって言わなかったらすぐに行けたのに、なんで呼び出しておきながら転移魔法を禁止したんだろ?」

 船の近くで揺らめく大きな魚影に目線を落としながら、アウローラはふと思い出したようにそんな事を口にする。
 エルピスは鬼神が転移魔法を禁止した理由を単純に警戒しているからだと考えていた。
 なぜエルピスがそんな考えに至ったかを説明するには、人と鬼がどのようにこの世界で生きてきたかを説明しなければいけないだろう。
 
 人と鬼は昔は仲が良く、共に酒を飲むほどの間柄であったとエルピスは海神から聞き及んでいた。
 鬼人達が住まうこの島は丁度森妖種の国と獣聖種の国の中間地点から沖の方に向かうと存在するのだが、かつては人もそのあたりまで遠出して交流することがそう珍しくなかったからだ。
 
 だがある日森妖種たちが鬼人と衝突し戦争間近となった時に、鬼人は人に対して共に森妖種を滅ぼそうと提案をしてしまった。
 陸続きで大国となっている森妖種たちの国と、小国であり神がいるとはいえ取引相手としては小さく戦闘になった場合でも遠征をしなければろくに攻めてこれない鬼人を天秤にかけて人は森妖種たちの手を取った。
 利害関係を考えれば当たり前の話であるように人の感性を持つエルピスとしては感じられるが、彼ら鬼人は裏切りに対して想像以上に腹を立てて以来人を無差別に襲う鬼と化す。
 
 こうして確執が生まれ数世紀にわたって小競り合いを続けた人と鬼人は積極的に手を出さないにしろ潜在敵であることは確定的になってしまい、現在では鬼人の島に向かう交流船すら一船もない有様である。
 この船だってエルピスが無理を言って港に停泊していた船を買い取り改造したものであり、この船にいま乗っているのはエルピスの嫁たちとトコヤミにアケナだけと本当に最小限の人員のみであった。
 船舶を動かすのに本来必要な水夫達も居ないため、エルピスが魔力を用いて無理やり動かしているあたり、どれだけこの船旅が無理をしているか分かるだろう。

「人と鬼人は仲が悪いからね、人の英雄と呼ばれる父さんの子供の俺が向こうの島に行くだけでも多分相当ピリピリしてるんじゃないかな」

「悲しいことではありますが、そうでしょう。……わざわざ呼び出してこずとも、島に閉じこもるのであればそうし続けていればいいものを」

 初めて、アケナが怒りの表情をエルピスの前で見せる。
 アルへオ家に席を置いている以上はアケナも何かがあって鬼人の島を抜けて、行き先がなくなった結果としてアルへオ家にやってきたはずだ。
 自分の故郷だとは言え思うところはあるだろうし、それはきっとエルピスが軽々しく踏み込んでいいようなものではない。

「お姉ちゃん、エルピス様の前で怒っちゃダメ、です」

「すいませんエルピス様、お見苦しい姿を見せました」

「いいよ気にしないで。もう少しで陽も沈むし、一旦船の中に戻ろう。晩飯の用意もしないといけないしね」

 気まずそうにしているアケナにそんな事気にしなくていいと言葉をかけながら、エルピスは階段を下りて船室の中に入っていく。
 船の中ではあるが空間を広げる技術に関しては既に随分と慣れたもので、船体からは比べ物にならないほどの広さがある。
 向かって右側にはソファが設置されたくつろげるスペースが作られており、そこにはエラとレネスが何やら楽しそうに会話している。
 左側には荷物を置くスペースがあり各々の個人的な私物が綺麗に整えられて配置されていた。
 奥には扉を隔ててキッチンもあり、かなり整った環境であると言える。

 そんな船内でレネスと話していたエラが階段から降りてきたエルピスとふと目が合うとなんだか含みを持った笑みで近づいてくる。

「良いところに来ましたねエル! いま台所でセラとニルが料理をしているところなので一緒に見に行きませんか?」

「あの二人が料理してるの? それはちょっと興味あるかも」

「私もつれていきなさいエルピス!」

 面白そうな話を聞いた時のエルピスの行動は早い。
 アウローラとエラを引き連れてすぐに奥の台所へと向かっていったエルピスに置いて行かれた二人にソファに座ったままレネスが声をかける。

「おい――行ってしまったか。上での話は聞いていた、空気を入れ替えるために降りてきたんだろう? 飲み物をもってくるから座って居ろ」

「いえ! 私がやります。従者として奥様に仕事をさせるわけにはいきません!」

「気にするな。こんな海の上で誰が見ているわけでもなし、それに6人を二人でずっと見るのは大変だろう。肩の力を抜いたほうがいい。桜仙種にも他人に仕える事を趣味にしている奴がいるが、外様がいないときは案外適当だったぞ」

 セラ達の方へと走って行ってしまったエルピスの代わりにレネスは二人をねぎらっておくことにした。
 船の上では揺れでこぼれる可能性があるのでコップを置いた後にほんの少しだけ魔法を使って浮かして置き、レネスは先ほどまで座っていた椅子に再び深く腰掛ける。
 
「そういえば鬼神にエルピスが呼ばれているらしいが、どこからそんな話を聞きつけてきたんだ?」

 口に水を含みながらそれとなくレネスが聞いたのはこの旅の目的となった鬼神の存在についてだ。
 長い歴史の中で様々な神と戦ったり会話を重ねてきたレネスだが、鬼神とは一度も有ったことがないのでその目的やどのような神であるかという事も又聞きでしか聞いたことがない。
 そんな神がなぜエルピスに興味を抱いたのか、気になるのも無理はないだろう。

「あの神は島の外に出てこないはずだ。誰かから話を聞いたのだろうとは思うが」

 基本的に神と喋ることができるのは神官やそれに類するものだけだ。
 たまに気まぐれで声をかけることはあるだろうが、わざわざピンポイントで帝国で待っていたアケナに声をかける必要性が分からなかった。
 アウローラを裏切りによって襲われ、いまのレネスは疑いの目を他者にむけざる負えない状況に追い込まれてしまっている。

 それをわかってかどうか、アケナを庇うようにして少しどぎまぎしながらもトコヤミがレネスの質問に答える。

「皇帝様が別邸にやってきて、お姉ちゃんに教えたです。お姉ちゃんは、なにも悪くないです」

「いや、責めているわけではないんだ。どこから情報を聞きつけたのかそれを聞きたかっただけだよ」

 トコヤミが口に出した人物があまりにも意外過ぎてレネスは数秒頭を回す。
 最近帝国から姿を消したと言われている皇帝、その人物が今回の鬼神からの呼び出しを行っているというのはレネスとしては見過ごせない異変だ。

 それでなくとも帝国はエモ二を輩出したという実績があり、皇帝は前々から随分と怪しい挙動を繰り返している。
 レネスが思い浮かぶ中で最もあり得るパターンは皇帝が今回の件、裏から手を引いておりエルピスを何らかの方法で討伐しようと考えているというものだ。
 そのために神である鬼神を当てるのはおかしな話でなく、彼女が破壊神の信徒であるとするならばその行動にも納得は行く。

 エモ二の歪みや皇帝が垣間見せていた特異性は帝国を守らんと彼女たちなりに考えた結果だろうが、だとすれば帝国を守るために彼女が破壊神にその身を売ってもおかしくはないだろう。
 身内を疑う事をしようとしないエルピスに変わってその役目を負うべきだろうと考えているレネスは、さすがに目の前の姉妹を疑うまではしないにしろ疑心暗鬼がちになっていることは間違いない。

「あの……もしかして今回のこの呼び出しは罠なのでしょうか」

「私はそうだと思って居る。というよりいまこの状況で呼び出された時点でエルピスもきな臭いとは思ってるだろう。もしかしたら本当に用があるという可能性もあるが……」

「――いまからでも引き返しましょう。みすみすとそんなところにエルピス様を行かせるわけにはいきません」

 アケナが最優先するのはエルピスとその嫁達の命。
 自分の失敗によってその二つを失ってはイロアスやクリム、ひいては他のアルへオ家に連なるもの達に見せる顔もない。

 冷や汗を流しながら自らの失敗を悔やむアケナを見てトコヤミも心配そうな顔をしていた。
 この姉妹が先程から失敗に常に怯えている理由は彼女たちがいまから向かう島に対して恐怖心を抱いているが故に、万が一にでも島に置いていって欲しくないという気持ちが心のどこかにあるからである。
 彼女たちがいったい何に怯えているのかは知るところではないが、少なくともレネスは何かが起きるまでは楽しい旅なのだから彼女たちにも楽しんでほしいとそう思う。
 そしてそれは話を盗み聞きしていたエルピスだって同じだ。

「気にしないで良いよ二人とも。元からそのつもりでここまで来たんだから、さくっと悪いやつらぶっ飛ばして破壊神の信徒も削って戦争が始まる前に戦争できなくなるまで戦力削ってやらないとね。二人には島での道案内頼りにしてるよ」

「任せるです。エルピス様が行きたいところどこでも連れて行ってやるです」

鼻を鳴らしやってみせるとアピールをするトコヤミ。
そんなトコヤミを見てエルピスはそれならばと意地悪な提案をする。

「じゃあまずは台所で戦争してるだろうセラとニルを止めに行こうね」

「それだけは嫌です!!」

 ずるずるとエルピスに首根っこを掴まれてトコヤミは抵抗むなしく連れていかれる。
 嫌だとは口にしているがトコヤミの顔には笑顔が浮かんでおり、なんだかんだその状況を楽しんでいるようにも見えた。
 強い子だ、きっと他のみんなが思って居るよりもずっと。
 アケナがどう思って居るか分からないが少なくともレネスはトコヤミの事を一人前の戦士として認めている。
 心配性な姉を持つと大変だなと思うが、同時にアケナの気持ちも分かるのでレネスとしては何とも口を挟みにくい。

「本当に……大丈夫なのでしょうか」

「まぁ何にせよ、君は君なりに色々と考えているのだろうが楽しく生きればいい。自分のしたいことをしたいようにする、それが出来るから君はアルヘオ家に来たんだろう?」

 見透かした物言いをするのは仙桜種特有の長寿と知性からくるものだろう。
 自分が何をするべきなのか一番わからないでいるのは当の本人であるアケナだ。
 
 どうして罠に嵌められると知りながらこんなにも落ち着くことができているのか、まるで何もわからないが非日常をまるで日常のように謳歌できるからこそ彼等は英雄の器たりえるのだろう。
 激動が約束された島での生活を思うといまから気分が悪くなるが、アケナは自分自身に大丈夫だと必死になって言い聞かせる。
 最悪の場合、何から助けるかの優先順位はアケナには既に決まっている。

 そうならないことを祈りながら彼女は島への到着を待つのであった。
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