クラス転移で神様に?

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青年期:魔界編

引くに引けない

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「──ってなわけで、俺は今日もまた名前を明かす機会をなくしたわけだ」

 そのあとエルピスがやってきたのはアルヘオ家別邸の客人用の宿泊部屋、エルピスだけ別の部屋を用意されようとしていたがそれを静止したエルピスは、フィトゥスやアーテと同室になっていた。

「もうこうなッたらいいンじャないッすか?」
「よくねぇよ!」
「難しいッすね」

 まったく何も考えていない顔をしながら、アーテはそんな事を呟く。
 どうしたってエルピスの事を手伝ってくれる気はないらしい。
 ──いや、本気でお願いすればアーテもフィトゥスも手伝ってくれるだろう、これは彼らなりのじゃれあい。
 それをエルピスも分かっているからこそ甘んじて受け入れているのだ。

「それにしてもまさかそれほどフィア様が強いとは思っても見なかったな」
「我が妹ながら才能の塊だね。それでフィトゥス、今日ちゃんと一緒に買い出し行ったの?」
「行きましたよ、半ば強制的にですけどね。いろいろと買い物してきました」
「楽しそーだッたぜ」
「見てたのか!?」
「そりャもうばッちり見てたぜ。兄貴分の勝負所とあッちャあ見逃すわけには行かないからな」
「勘弁してくれ」

 エルピスが妹と共に外に出ていた最中、フィトゥスはリリィと共に買い物をしていた。
 アーテに監視されていた事を知られて驚いたフィトゥスだったが、いまさらそれを考えても仕方のないことかと思い直す。

「──ほら男子達、何してるの」
「噂をすればリリィじゃん、お疲れ様」
「お疲れ様でしたエルピス様。できれば二人を甘やかさないで頂けますか?」

 部屋に入ってきたリリィはいつになく疲れている表情だ。
 フィトゥスと共に行動したが故というわけではなさそうだが、だとしたら理由も気になるところだ。

「リリィも一緒に遊んでく?」
「そういう訳には行きませんよ、クリム様もいらっしゃいましたし」
「母さんが!?」

 母が来ているのならば、確かにリリィの疲れた顔も理解できる。
 フィアを一人で行動させていたのだからこちらにくるつもりは無かったのだろうが、ここに来た理由はエルピスがいるからだろう。
 ふとエルピスがハッとしたように扉の方を振り向く、十年前幾度となく行ったその行動を見て、フィトゥスもまたやってくるであろう人物の存在を認識する。

「──そう! 私が母さんよ!」

 扉を文字通り粉砕し、それが当然のような顔をしながらクリムはエルピスの身体をへし折らんばかりの勢いで抱きしめる。
 龍人の寿命を考えれば十年など瞬きのような時間だろう、その美貌は衰えるところを知らず、クリムは一層美しくなったその顔で男を殺す笑みを見せた。

「相変わらず元気だね母さん──っ折れた、折れたよいま」
「凄いわねエルピス、本気で抱きしめたのにほぼ無傷じゃない」
「肋骨2本いったけどね? 人の身だとこれって重症なんだよ知ってた?」

 神人として完成されたエルピスは頑丈だ、いまさら内臓が傷ついたところでどうこうなるような体ではない。
 力加減を母が誤ったわけではなく、それくらいしても大丈夫だろうと判断したのだろう。
 回復魔法を使わずとも折れた骨が自然に治っていくのを感じながら、エルピスはもう一人いるはずの人物の事を聞く。

「父さんは?」
「イロアスなら少し遅れてやってくるわ、今日の夜にはこっちに着く予定よ」
「そっか。母さんは何にも変わってないね、さすが長命種」
「貴方はすっごく変わったわよ、こんなにおっきくなって」

 クリムが知っているエルピスの姿は十歳の頃の幼きエルピスのみ、140センチになるかどうかといったところの姿といまの姿では劇的な変化もあるだろう。

「そっか、母さんが知ってるのって十歳の頃の俺だもんね」
「子供が大きくなることは分かっていたつもりだけど、本当にこんな子が私のお腹に入ってたんだと思うと感慨深いものがあるわね」
「微妙に触れづらい話題やめてよ母さん」

 転生者であることなど関係なく、普通にどう返すのが正解か分からない問題はやめてほしい。

「それにしてもエルピス、強くなったわね?」
「やっぱり分かる? 母さん達と同じ最高位冒険者の証も持ってるんだよ」

 ポケットからそれを取り出したエルピスは、無造作にクリムに対してそれを渡す。
 半ば強制的に受け取りを強制された最高位冒険者の証ではあるが、それで両親に話すネタが出来るのならば取っておいて良かったと思える。
 手渡された肌を確認していたクリムは、少しして微笑を浮かべた。

「どれどれ──あら、依頼ほとんど受けてないのね」
「な、何故それを。どこで見たの?」
「年間の受注依頼件数がここに書かれるのよ、身分証くらいにしか使ってないかったんでしょう?」
「その通りだよ、ぶっちゃけ報告してない討伐も結構多いし」

 みちすがら喧嘩を売ってきた魔物は撃退、危険そうなら駆除しているがそれらを組合に報告したことはほとんどない。
 金銭的な問題を抱えているでもなし、年間で示されている受けなければいけない依頼数もこなしているのでわざわざ組合に行くのが手間なのだ。

「そういうところは私に似たのかしらね?」
「母さんに?」
「そうよ。私結構ガサツだから倒した魔物のこととかいちいち覚えていられないのよね」

 そんなんだから破龍などと呼ばれるあだ名をつけられるのだろう。
 そう思ったエルピスだがさすがにそれを口にするほど愚かではない、後ろで苦笑いしている二人も同じような事を考えているのだろう。
 そんな状況でふと廊下の方に意識を向けると、どたどたと足音が聞こえてくる。

「──お母様!」
「フィア! 元気にしていたの?」
「はい!」

 エルピスほどでは無いにしろ、おそらくこちらもかなりの時間を開けているだろうフィアとクリムの会話は、見ていて微笑ましいものがある。

「今日は晴人さんと一緒に依頼を受けてきたんですよ!」
「晴人?」
「はい。そこのお方です、双頭虎の群れを一瞬で壊滅させる程の力の持ち主なんですよ! 今日は装備を貸して頂いて一人で魔界豚の討伐もしてきました!」
「それは凄いわね! 後で詳しく話を聞かせてもらおうかしら」

 娘に対して接する母の態度はエルピスの時と変わらず、慈愛に満ち溢れ優しさを全面に出している。
 そんな2秒前まで優しい顔をしていたクリムだったが、エルピスの別の名を聞いた瞬間に見せた顔は恐怖以外の何者でもない。

「それで──なぜフィアが晴人と呼んでいるのかしら?」
「ええっと…私の名前が晴人だからです」
「そう? 私の知っている名前と随分と違うようね?」

 にっこりと笑みを浮かべているが、それはあまりにも恐怖を与えてくる。
 あれが笑みというのであれば、怒りの方がよほど好きになれそうだ。

「エルピス様マジでまずいッすよ、これ」
「アーテ、男には引くに引けない時がある。母さんに嘘をつくことになっても妹にだけは俺は嘘はつかない」
「じゃあ俺は退出するんで後の事はアーテと…」
「フィトゥス?」

 そそくさと退出しようとしていたフィトゥスだが、その逃げようとしていた対象に呼び止められて青ざめた顔をする。
 この世で最も呼び止められたくない人間に呼び止められた悪魔はどのような顔をするか、その答えはいままさに目の前で「終わったぁ~」と言いたげなフィトゥスの顔に現れていた。

「は、はい! なんでしょうか奥様!」
「貴方が付いていて何故エルピスがこんな事をしたのか、私に分かりやすく教えてくれるかしら。出来るだけ簡潔に」
「は、はい! 理由といたしましては成り行きで──げふぁっ」

 フィアの前でクリムは暴力という手段を取らないだろう、そう油断していたフィトゥスは愚かであると言わざるおえない。
 フィアの知覚できない速度でフィトゥスの事を殴り飛ばすなどクリムには造作もない、肉体ではなく魔力にダメージを与えるその攻撃は、表向きは無傷でも魔力を活動の源とする悪魔には渾身の一撃である。

「フィトゥスさん!?」
「ありャ死んだな」
「他人事じゃないぞアーテ、答えを間違えたら次は俺らがあれだ」

 他人事で話しているがアーテだって例外ではない。
 エルピスの隣に立って、共に悪巧みをしている以上は彼もまた立派な共犯者である。
 そのことに気づいたアーテは幸せだったか不幸せだったか、とりあえず覚悟を決める時間はできただろつ。

「さてアーテ君、久しぶりね?」
「お久しぶりです奥様、ご機嫌麗しュう」
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ、貴方がこの子と一緒に行動していたのは事前に報告を受けていたわ。それでなぜこうなったのか説明してくれるかしら」
「え、あ、うッ…」
「ほら早く」
「成り行きで──がはッ」
「アーテーッ!!」

 言葉下手なのに言い訳を取り繕うと頑張り、そして無残にも散って行ったアーテ。
 怪我をさせないようにしているので痛みはそれほどだろうが、その無様な姿はプライドをへし折るのには十分すぎる。
 可哀想なアーテ、だが次はエルピスの番だ。

「残るは貴方だけね? 貴方の名前は?」
「俺の…俺の名前は…っ!」
「名前は…!」
「──晴人、ただの晴人です。冒険者組合所属最高位冒険者、たまたま街でフィアちゃんと出会っただけの晴人です!」
「そう、覚悟は決まっているのね」
「もしかしてこれ助か──」

 視界が反転した。
 神域を持つエルピスだから分かる超高速の平手打ち、ぐるぐると回る視界の隅で涙目になりながら怒る母の姿が見える。

「エルピス様!?」

 だがたとえ母を泣かせることになろうとも、エルピスは男として一度突き通すと決めたことは貫き通す義務がある。
 痛みでクラクラする頭をなんとか押さえつけ、震えて立たない膝を頼らなく思いながらぽつりと言葉をこぼす。

「これが怒った母さん……勝てな…い」
「エルピス様!! エルピス様!」
「ふんっ! ペディはフィアに状況説明、リリィはアーテとフィトゥスの介護。エルピスはついてきなさい」
「エルピス…兄様…えっ!?」

 だがエルピスが嘘を貫き通したところで周りにバラされては仕方がない。
 ペディは自分がバレていない事を知っていたかのようにうっすらと笑みをエルピス達だけにしか見えないように浮かべると、フィアへの状況説明を開始した。

「エルピス、どうせ動けるでしょ。早く行くわよ」
「……休ませてくれたりは──しないっすよね! 分かりました!」

 寝ている身体を無理やり起こしてエルピスは逃げるように部屋を後にする、どうせ向かう先なんて分かりきっている。
 エルピスの読みが正しければそこであっているはずだ。

「それとペディ、貴方もどうせこの件に絡んでいるでしょう? 後でお仕置きよ」
「えっ!? クリム様! それは無いですよ!」
「問答無用!」

 そんな声が聞こえて来てエルピスは部屋を退出していた事を幸運に思う、あの場にまだ居たら一睨みくらいされていそうなものだ。

「これから今日の俺が得られる教訓は、嘘はつくべきじゃないって事──痛いっ!?」

 頭をチョップで叩かれながら、エルピスは黙って歩いていくクリムの跡を追う。
 目指すはかつてエルピスの部屋があった場所、実家のことを思い返しながらエルピスは涙目で部屋へと戻るのだった。
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