クラス転移で神様に?

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青年期:帝国編

悪魔の底力

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 場所は変わって学園内の通り、付近に人影が無いことを確認してからエルピスは刀を抜き臨戦体制に入る。

「さてと、フェル。いつでも良いよ」

「ーー流石に不意打ちは無理ですか」

 刀を手にしたエルピスの前に素手で現れたのは、エルピスに対して一撃与えることを課題としたフェルだ。
 悪魔だからなのか見た目的には特に変化こそないものの、契約者であるエルピスが妖精神の称号を解放していることでその力は確実に強化されている。

「永久雇用の条件は傷を負わせる事だったけど…俺から与えられてる力じゃ勝てないのは分かってるよね?」

「分かってますよ、少し前にまた強くなりましたよね? 勘弁して欲しいです」

「妖精神の力だよ。本調子じゃないから権能は使えないけどね」

 神の力の中でも権能が使用する肉体のリソースはまた特殊な物である。
 解放したからと言って即座に使えるかと言われるとエルピスの肉体との兼ね合いであり、使えないこともないだろうが慣れるまでは使わない方が賢明だ。
 目の前で刀を抜いている神を前にしてフェルは至って冷静であり、確実に傷を与えにいく意思を見せるフェルを前にエルピスも油断することはない。

「それじゃあ私は何を使えば勝てるんですかね?」

「種族の力を見せたらかな」

「なるほどなるほど、じゃあ全力で行かせてもらいましょうか」

 エルピスの言葉に反応してフェルがそう言った瞬間、小さな変化が目の前で起こる。
 フェルの目が全て黒く染め上げられていくのだ。
 おそらくはエルピスの龍の目や精霊の目と同じ、種族的な効果を持つ目だろうがその効果は未知数である。
 発動と同時に纏う魔力の質も少しずつ変化していき、次第にエルピスが未だに感じたことのない魔力の形へと変貌していく。

「その目ーーどうなってるんだ?」

「悪魔にしか手に入れることのできない目ですよ。あんまり酷使すると副作用があるんですけど。それでは行きますよ」

 無造作に突っ込んでくるフェルに対してエルピスが刀を振り下ろすと、すんでのところで転移魔法を使用してフェルはエルピスの視界から外れる。
 周囲を壊さないように力加減をしているとはいえ、レネスやアルキゴスに訓練を受けたエルピスの攻撃を避けられるのは間違いなく悪魔の目があるからだろう。
 だがそんな事よりエルピスが気になっているのは刀身に触れた謎の感触だ。
 たしかに切ったと確信してしまうほどそれは肉に近い感触をしていた。

「ーー邪神の権能使ってるな?」

「借りたものはしっかりと有効活用するのでーーっ!」

 敵として初めて使われた邪神の権能だが、中々これは厄介な物である。
 切りつけても殴りつけてもその感触は正に当たっているのと変わらない物で、だというのに切りつけ殴りつけられた当の本人はぴんぴんとしているのだから頭が混乱する。
 これは邪神の権能の効果が受けた傷自体を無効化するという効果によって攻撃を防いでいるからなのだが、これでは常に本当に傷を負ったのかどうか確認する必要がある。
 だがそれはエルピスだけでなくフェルにも言える事だ。

「失礼ですが障壁の数はいくつですか!?」

「想像してるより多いかな」

「それは結構!」

 それから何度刃を交えた事だろうか。
 エルピスにフェルを倒す気が無い以上、この勝負はどこまでフェルが頑張れるかという我慢比べである。
 徐々に悪魔としての性質を見せ始めるフェルを前にして、エルピスはその限界点が何処にあるのかという好奇心に駆られ始めていた。
 エルピスが保有する邪神の権能をまるで自分のもののように使用するフェルは、もはやエルピスと称号の使用権限を二分していた。
 半邪神とも呼べる存在になったフェルは、手に入れた神の膂力によってエルピスの事を全力で吹き飛ばす。

「ーーちょっとエルピス! 周りのもの壊さないでよ!」

エルピスが吹き飛ばされたのは先ほどまでいた応接室だ。
綺麗に整頓されていた室内はいまや瓦礫の山であり、高速で飛来してきたエルピスを見て何事かとアウローラが叫び声を上げる。

「ちゃんと後で直すから大丈夫。それよりちょっと下がってて、意外と危ないかもしんない」

「あんたいっつも戦ってるわね!? そもそも誰と戦ってーー何アレ! かっこよくない!?」

「山羊の角に黒色の目、視覚化されて居る魔力は黒色。随分とまた偏った悪魔のイメージで作られたっぽいな」

 もはやいつものフェルの面影もない。
 吹き飛ばされた応接間にいた誰かに怪我はないかと辺りを見回してみるがセラとエラは楽しそうに談笑しており、叫んでいるアウローラも魔法によって防御したのか怪我という怪我はない。
 念のために回復魔法でもかけてあげたいところではあるが、そんな事をしている余裕はいまのエルピスには残念ながらなかった。

「行きます」

 それからのフェルは正に鬼気迫った強さを誇っていた。
 レネスから教えられた技術がなければエルピスも生きていたかどうか、そう思えるほどの圧倒的な攻撃力は正にエルピスが彼に求めていた物である。

「ーーストップ、そこまでだ。傷どころか片腕どっかに飛んでった」

 紅い血飛沫を上げながら飛んでいった腕を庇いつつエルピスは試合終了の合図を出す。
 痛みには慣れたたつもりでいたが、さすがに四肢のうちの一つが飛んでいったとなると顔を顰めてしまうほどの激痛に襲われる。

「ちょ、エルピス大丈夫なの!?」

「絶命しなければ大丈夫だよ。ほら」

 だが言葉の通り絶命しなければこの程度の負傷は即座に癒すことが可能で、瞬時に治っていくエルピスの腕を見てアウローラは少しだけ嫌そうな顔を見せる。

「うわぁ……ヤモリみたいね」

「なんか傷つくなその反応…まぁいいか。これで正式に主従関係だな、よろしくフェル」

「ええ。よろしくお願いします。それでこっちの腕はどうしますか?」

「そんなプラプラさせながら渡されると微妙な気持ちなんだけど……まぁ良いや頂戴」

 渡された腕をそのまま収納庫ストレージに押し込み、エルピスは修理の終わった応接室で再び椅子に腰を下ろす。
 これだけ大騒ぎをしていれば灰猫も寄ってくるだろう、そう思っていたエルピスの予想通りに見知った気配が寄ってくるのを感じる。

「呼ばれて飛び出て。随分とまた無茶な事をしてたじゃないか」

「慣れたもんだろ?」

「慣れたくないけどね。ルミナにも引き摺り回されてるけど勘弁して欲しいよ」

「彼氏候補探しで?」

「そうだよ。あの人が~この人が~っていろんな国連れまわされて大変だったんだから」

 久しぶりに会った灰猫は見た目こそ変わっていないものの随分と性格に変化があったようで、いままでは一匹狼のように見えた彼も何か心の変化があったらしい。
 気になる事はいくつかあるが、それよりもーー
(それもはや灰猫の事が好きなんじゃ…? これ拗れるなぁ)
 もし本当にルミナの好きな相手が灰猫だったとして、そうなると鍛治神が考えていた人間との外交関係は少々遅れが出そうなものだ。
 恋愛なんて本人の自由意志によって決められるものなのでエルピスが口を挟むことではないが、もし灰猫相手だとすれば今後色々とまた問題ごとも多そうである。

「それってルミナが灰猫のーー」

「ーーほら静かにしようねエラ。ちょっと期間あけてから会うといっつも君バグるね」

 余計な事を口にしかけるエラの口を押さえ、エルピスは笑って話を誤魔化す。

「さてと……はいこれ」

「成績表を渡される側になるのは初めてだな……中は見た?」

「まだ見てない」

 灰猫から渡されたのはこの学園の成績表。
 成績表と言っているがその実態はただの順位表で、獲得している単限数は考慮せず実技と座学のテストの点のみで全てが決まっている。
 灰猫に課せられたエルピスからのお題は学年順位10位以内、それはかなり困難な事であり才能があっても難しい。
 手渡された成績表をエルピスが見ようとすると、横から伸びた手に成績表が奪われる。

「……どれどれ、私が先に見てあげようじゃないの。って、あー」

「ーーえっ!? 落ちてた?」

 驚いたような顔を見せるアウローラを見て、更に驚く灰猫。
 エルピスが見るまで見ないでおこうと我慢していた彼だが、その出来事に驚きアウローラの手から奪い取るようにして自らの成績表を眺める。
 青い顔をして上から下まで眺めた灰猫は、おそらくは成績が書かれている場所を見つけるとホッとしたのか腰を落として安堵の息をもらす。

「五位…やった……やったよエルピス!!」

「成績争いが出来るレベルの半数が居なくなっていたとはいえ、この一年間だけで魔法技能をここまで納められるのは才能という他ないわね」

「ちなみに魔法はどこまで使えるようになったの?」

「超級まで、それも得意属性だけなんだけど……」

 超級まで魔法が使えるとなれば、大都市でも名の知れた人物には成れるほどの才がある。
 エルピスの予測では超級魔法を使うのにはまだ少なくとも数年かかる見込みであったので、それを覆した灰猫の努力はさすがと言わざるおえないだろう。
 アウローラの場合はエルピスの補助や転生者という特典があったが、この世界の人間でも努力さえすれば転生者に近い力を得られる事はこれではっきりとした。

「感覚バグってるけどそれって超天才よ。戦術級魔法を使える人間なんて殆どいないんだから」

「それだけどアウローラ、身体にガタきてるから一回直した方がいいよ」

「ガタ? 私が? 健康体そのものよ?」

「いいえアウローラ、エルピスの言う通りよ。身体が魔力に耐えられていないから私が毎日回復魔法をかけていたけれど、一回エルピスに見てもらった方がいいわ」

 そもそも人間はおそらく魔法を使えるように作られてはいない。
 それは固有魔法が無い点や、才能が顕著に現れる点においても言える事である。
 他種族が使っていたものを自分達に無理やり使えるようにしたもの、それが人類にとっての魔法であり魔術である。
 体内において魔力を貯め続けておく事はもちろんある程度の魔法使いならば誰しもが可能なことではあるが、魔力は経年劣化し長い間使われないままに体の中に留めておくと毒素を排出し始め、最終的には病気を引き起こす原因にもなるのだ。
 基本的には魔力を多く使わない農民などが発症する病気ではあるが、基本魔力量の多いアウローラの場合使っていなかった魔力が徐々に劣化し始めていた。

「まぁそう言う事だから超級使えるだけで凄いんだよ。戦術級以上は身体のメンテを怠ると自分の魔力に潰されるから」

「うへぇ…他の人はどうしてるんだろ」

「マギアさん辺りは毎日魔法使うから良いけど父さんは結構な頻度で寝込んでたかな。ようは体内の魔力を常に循環させ続ければ良いからさ」

「デスクワークばっかりしてちゃダメってことね」

 魔法を打ち切るような生活をすれば良いのだが、私生活において戦術級の魔法を放つ機会などそうそうない。
 よほど特殊な生活をしているのならまだしも、冒険者である父ですらそんな有様なのだから大量の魔力を抱えた人間は大変である。
 アウローラから魔力を吸収し、自分の魔力を流し込んでいく作業はそう長く時間はかからなかった。

「ーーはい、これで終わり。もう整えておいたから大丈夫だよ」

「ありがと、なんでも出来るわね?」

「そりゃまぁね。さてと、とりあえずみんな一旦帝国行きで良いのかな?」

「大丈夫よ。私も引き継ぎ資料は作っておいたし」

 アウローラの視線の先には山と積まれた書類がある。
 先程の戦闘で飛んでいっていないか不安だが、何も口にしない辺り大丈夫だったのだろう。

「それじゃあ紹介したい人達も居るし、行こうか」

 /

 転移魔法を使用して帝国へと戻ってきたエルピス達は、まず召使い達との面合わせを行なっていた。
 彼らからしてみればエルピスの未来の妻、並びに直属の戦士とも言えるメンバーがやってくるとあって、普段よりもより一層気合を入れてアウローラ達を出迎えていた。

「エルピス様から話は聞いてるぜ。俺様はアーテ、アーテ・シュテルクスト。よろしく頼むぜェ」

「おお、これまた面白い子ね。よろしくアーテ君」

「初めましてです。トコヤミです、よろしくです」

「よろしくお願いするわトコヤミちゃん。私はセラよ」

 アウローラにさっそく可愛がられているアーテや、力量差を感じ取ったのかにっこりと笑みを浮かべてトコトコとセラの跡をついていくトコヤミ。
 エルピスとしてはどうなるかドキドキしていたものだが、特に何事もなく終わってくれそうで胸を撫で下ろす。

「エラ、久しぶりね」

「リリィ姉様、お変わりは無いですか?」

「こいつは何も変わってないよ、久々だねエラちゃん」

「フィトゥスさん、頭に杖刺さってますよ……」

「リスクは覚悟の上だよ、もう慣れた」

 そんなエルピスの横では久々に出会った仲良し三人が言葉を交わしており、頭の上から血を吐き出すフィトゥスの姿はまぁなんとも言い難いがいつもの事なのでエルピスも口を挟まない。
 遠巻きにそんな彼らを眺めていると、ふとエルピスの隣に人が立つ。

「それでエルピス様、次の予定はどのように?」

「お疲れ様ヘリア、そんな立て続けに用事なんて無いーーって言いたいんだけどアウローラも来たし明後日くらいには行かないといけないんだよね」

「どこにいくのエルピス?」

 それほど大きな声で言っていたつもりは無かったのだが、どうやら聞こえていたらしいアウローラがアーテの頭を撫でながらエルピスに対して疑問を口にする。
 どうせ遅かれ早かれ言うつもりであった事なので、エルピスは素直にその疑問に対して答えた。

「俺達のクラス以外からの転移者に会いに」

 クラス転移という大規模な転移を終えて、十年以上の歳月がたったいま何度か世界を跨ぐ転移魔法が使用されているのはエルピスも確認している。
 今回会うのはその内の一人の人物、王国でエルピス達が話に上げたゲームを作り出した男。
 実態こそ何も掴めていないものの、転移者を仲間に引き入れるのはエルピスにとって大きな利益を生み出す事だろう。
 絶対に失敗は許されない対談を前にして緊張しながらも、エルピスはとりあえず久しぶりの再会を喜ぶのだった。
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