クラス転移で神様に?

空見 大

文字の大きさ
上 下
226 / 276
青年期:魔界編

同時進行:前

しおりを挟む
 朝日が眩しい城の中、エルピスとレネスは二人揃って深い溜息をついていた。
 人類生存圏内でアルヘオ家というネームブランドはそれなりの効力を発揮する、ましてや戦争の被害を被る可能性が高い地域では相当なものだ。
 そんなエルピスを出来るだけ国に止めようとする国王達の手によってエルピスは一番最初の国で足止めを食らっていた。

「ではではエルピス殿! 我が国の特産品である食物などはいかがですかな!?」
「先を急いでおりますので」
「いやいや! そんな事をおっしゃらずどうですか!」
「いやほんっと大丈夫です。まだ後四つくらいあるので」

 王の考えとしては最悪どちらかを自国の防衛のために残したいのだろう、レネスかエルピスのどちらかが居れば確かに被害は完全に抑えられるだろう。
 だがそんな事をすれば割を食うのは他の国の人達だ、それが分からないわけではないだろう。
 分かっていてやっているのだ。
 自国の利益を優先しているというよりは自分の命を優先しているのだろう、悪い事だとは言わないがその程度どうにか出来ないものかとエルピスは考えてしまう。
 仙桜種が山に張っている事は既に通達済みだ、彼等が居れば通ってくるのはせいぜい数が多すぎて捌ききれない弱い魔族程度だろう。
 通せば即座に脅威となる様な魔物は止めてくれるだろうし、それでなくともエルピス達との先頭に戦力を裂くはずなので、周辺国に向けられる戦力などたかだが知れて居るはずだ。

「約束が違うではありませんか! 我が国の様な小さな国には多大なる武力支援を行ってくれると会議で!」

 だがそれでもなを王の口は止まらない。
 エルピスの想定している事はあくまでも想定、おそらくそうはなるだろうという考えでしかなく、彼としては安定を求めているのだろう。
 だが安定などこの世界にありはしない、それを勝ち取るために戦争を行うのだから。
 なんとかして交渉を終わらせようとしていたエルピスだったが、近くに控えていた人物のうちの一人が王に直接意見を述べる。

「お兄様、そこら辺で一旦お辞めになってはどうでしょうか。エルピス殿も魔界からここまでお疲れでしょう」
「しかしだな……」
「ではエルピス様、差し出がましい提案ではありますが水一杯だけ私とお時間を作っていただけないでしょうか。
 その間にうちの宮廷魔術師にこれから行かれるであろう国へある程度事情説明の文を出させていただきます」

 誰かと思えばそれはこの国の第二王子だったようである。
 水一杯だけであればすぐに話を終わらせることもできる、それで他の国への連絡をしてくれるのであればエルピスとしては徳の方が多いだろう。
 それに彼が従っている話にも興味があったのだ。
 王の言葉に対して意見を述べる事が出来る他の王族というのは直径だと相当に珍しい。
 パワーバランスがいつどちらに傾くか分からないので、基本的に王は誰にも頼らず常の己の判断のみで動く。
 それを他人の、ましてや同じ血を持つ人物からの意見を採用したとなっては己の王の座も危ぶまれるだろう。
 エルピスの知っている中では互いに意見を交わしながら政を行うのはグロリアスたちくらいのものだ。
 であれば目の前の人物がよほどに優秀で王がその話を聞くべきだと思ったのか、もしくはそこにいるのは王という役割を持たされただけの傀儡だったか、どちらに転ぶのかそれを見定めてから次の国へと向かっても遅くはない。

「そういう事でしたら構いませんよ」
「すまんのぅ……エルピス殿も申し訳ない」
「いえいえ、文も出してくれるならやりやすいですし」

(これは弟による実質的な統治の方かな?)
 一瞬チラリとエルピスがレネスへと視線を送るが、彼女は興味がないのか視線をふらふらとどこかに止める事なくあてがう。
 そんなレネスを連れて別の場所へと──城の中庭、普段から王族がよく使っている場所だろうか──向かうと椅子に腰をかけてメイドが渡してきた水を受け取る。
 とんでもない大きさの容器が出てくることも考慮に入れていたエルピスだったが、出てきたのは極一般的な量の容器。
 口直しにほんの少しだけ水を口に含んでいると、エルピスを呼び出した第二王子は頭を下げる。

「まずは改めましてお時間を作っていただき感謝申し上げます。王でない私がこの場に立つ事をお許しください」
「いえ別に構いませんよ、軍事担当は貴方が?」

 エルピスとの条件に出した宮廷魔術師の使用権限、あれはいくら王族とはいえそれなりの地位を持つ人物でなければ許可されていないはずだ。
 どこの国でも魔法使いというのは重宝されているし、宮廷魔術師クラスなら国の力に直下すると言ってもいい、それを自由に扱えるのならそれ相応の地位にいる事は確実だ。
 軍事の長に王族がつく事は珍しくもない、エルピスの質問は比較的妥当なものだと言えるだろう。

「はい、私がこの国の軍務を任されている者です。
 兄は国民からも好かれる良き王ではあります。平時の王としての才能は近隣諸国でも有数のものでしょう。しかし戦時の王としては少々……」
「──嘘をつく必要はない。兄の事を誇っているのだろう? へりくだる必要などないだろうさ」

 突如としてエルピス達の会話に割って入ったのは、先ほどまで興味がなさそうだったレネスだ。
 交渉の場においてある程度お互いの立場を確立させるため、身内を卑下したりする行為はそう珍しくない。
 だがレネスはそれを良しとせず、第二王子はそんなレネスを見てどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。

「さすがに仙桜種様のお目は誤魔化せませんか。
 確かに兄の事は尊敬致しております、ですがやはり戦時の王の器ではない事は確か。
 なればこそ私は兄に泥を塗る愚鈍な弟と呼ばれようとも兄の為にこの国の舵を誤った方向に進めさせない必要があるのです」
「なるほど、その考えは面白い。それで君は自らの名声をかけて一体何を望むんだい?」

 己を犠牲にして何かを成そうとするものは少なく無いが、それでも確固たる意志のもとにそれを行える者は相応に少ない。
 いまや会話の主導を握っているのはエルピスではなくレネスと第二王子だった。

「我等小国連合は未だ一枚岩ではございません。
 戦争を経験した国は多いですがかつての大敗を嫌ってか消極的な国ばかり、強さを求める国こそが戦争時の正しい姿であるとは思いませんが、それでも踏み潰されるだけの国でいる事が正しい姿だとは思っていません。
 エルピス殿と仙桜種様にはその点で折り入ってたのみがございます、今回の件で我らの指揮をしていただきたいのです。
 そうした後に戦略顧問としてどなたかを我等の指揮役として配置していただきたい。
 もちろん報酬は当然のことながら最高のものを用意させていただきます、どうでしょうか」

 防衛策としてアルヘオ家を雇い入れる国が多い中で、兵士を鍛えてほしいという国も少なくは無い。
 亜人種によって指導をされた兵士は他の兵士に比べて柔軟な対応力を手に入れ、兵士としてもそれなりの強さを手に入れる。
 それは魅力的な事である、アルヘオ家との強い繋がりを軍部に作ることを許容するのであれば、だが。

「我が家から得た武力によって国をまとめ上げるということですか? それならやっている事は四大国とあまり変わりませんよ。
 後々の恨みを買っても問題ないと言えるほどこの国は広くないでしょう?」
「それ故の私でございます。戦争終結後の平和な世界では私の様な男は必要ありません、何なりと裁きを受ける覚悟です」
「裁きって……国のために努力しようとしている人が何故そのような」

 国の為に働く人物全員がより良い結果を求めて動くのだ、その結果より良いものが得られたのならそれを手にする権利ももちろんその人達にある。
 それを受け取ることを拒否し、己が罵られる結果になることすらも許容して行動できるのであれば確かに彼の言っていることは最善の手だ。

「国とは国民によって出来上がり、王が統治することによってその形を保つもの。
 民草は王の物であり、王は民草の希望であり象徴でなければ行けません。
 それを自国だけならばまだしも他国の王や民草までを欺き、己が手中に入れようとするのです。その程度は当然かと」

 第二王子の意識を変える事は不可能だろう、他国の人間であるエルピス達がそれを変える権利などどこにもありはしない。
 決意に染まった彼の表情はそれこそ高潔さを感じさせるには十分で、さわやかな笑みを見せながら彼は言葉を続ける。

「しかしエルピス殿にそう言って頂けたらそれだけで胸が空く思いです。この水一杯の価値は十二分に得られました」
「人とはそういうものだものな。なら私から頼んでおこう、仙桜種を一人派遣することくらいなら出来るだろう」
「なっ……よろしいのですか!?」
「その心が本心からのものである事は私も理解した、ならばその想いにこちらも応えてやろう。
 だがとりあえずはこの戦争、君達だけの力で乗り越えるんだ。
 それすらも出来ない様じゃとてもではないが仙桜種の教えに耐えられるとは思えない」
「分かりました。私が責任を持って国土防衛を完璧なものにして見せます」

 エルピスとしても頭の中でいくつかの手段を考えていたが、仙桜種が教師につくのであればそれが最も良い手段である事は間違いがない。
 彼等が人に合わせたレベルの技量を教えられるかは甚だ疑問ではあるものの、技量を持ち合わせているかどうかの話をするのであれば彼らはこの世界でもトップである。
 そうして幾つかの用件を決めた後に話し合いは無事に終わり、エルピス達は次の国までの移動をしていた。
 本気を出せば直ぐに着く距離、だが二人の時間を大切にするようにしてゆっくりと向かっていた中でエルピスはふと言葉を投げかける。

「師匠って凄いよね」
「いきなりどうしたんだ? 特にこれといって何もしてないと思うんだけど」
「いや、俺よりずっと立派な立ち振る舞いだったなぁと思って」

 先程の会話をしていたレネスの事を思い出してエルピスがそんな事をこぼすと、レネスは少し恥ずかしそうに頬をかきながら言葉を返す。

「それはあまり言いたくないが歳の関係もあるだろうさ。
 私はいままで数多の王を見てきた、その者達の立ち振る舞いを見て自分に取り入れているに過ぎない」
「それでも凄いと思うよ。あの国はどうなるのかな」
「とりあえずは最初の防衛戦闘を乗り切れるかどうか、そこにかかっているだろうね。
 どうせいまから魔界への防衛線の上を飛ぶんだろう? 手紙が届くまで少し時間もかかるだろうし見て回ろうじゃないか」
「良いですよ」

 足に軽く力をこめて街道から遥か上空へと飛び立つと、エルピスは大きな翼を広げる。
 両の手でレネスが落ちないようにしっかりと握りながら言われたままに防衛線の上を飛んでいくと、手にぶら下がっているレネスに対してエルピスは質問を投げかける。

「オーソドックスなのは土魔法を使った土壁を砦の様にしたものですね、威力は殺せるでしょうがこれじゃあ強度は足りてませんね」

 一部は石などを使って作られた防壁などもあるが、殆どは土魔法によって作られたであろう土壁であった。
 人間相手であるならまだしも魔族や魔物相手に有効的に作用するとはとてもではないが思えない。
 押せば崩れる程度の壁に頼りなさを感じつつ、魔法を有効的に使った建築ではこれが限界なのかなというのがエルピスの考えだった。
 土魔法を使用して壁に強度を持たせるには魔力が多く居る、長い間雨風に晒されても問題ないだけの壁を用意できているだけかなり優秀であると言ってもいいのかもしれない。
 エルピスが王国防衛戦用に作った土壁も強度はたかだが知れていたし、これ以上の性能向上にはもう少し別の魔法を作る必要性も考慮に入れなければいけないだろう。

「強度は必要ではない、必要なのは一瞬の隙さ。それに見た目より多くの罠を仕掛けている、それなりに数は減らせるだろうな」
「山や川をあまり活用していないのはむしろ向こうのフィールドだからですかね、人類種なら平地で戦った方がまだ得策なのは理解できますが」
「平地ならば逃げる時も何かと楽だからな。欠点としていえば一気に持っていかれる可能性も高いわけだが」

 山や川といった場所は魔物達の住処、人間にとっては自分達の領域とは正直言ってお世辞にも言えないところだ。
 だからこそお互いに十分な力を出せる平地という場所を選んでいるのだろうが、いくら守る側が攻める側に比べて楽ではあると言え純粋な力のぶつかりあいになれば一気に突破される可能性もないわけではない。

「まぁそれはここら辺を担当する仙桜種の方に頑張ってもらうしか無いのでは?」
「それはそうなのだがな、誰が担当になるかは結構大切だぞ。
 もちろん仙桜種はみな強いが地形を大切にしないものも多い、山ごと破壊する様な奴が担当になれば戦争が終わってからの方が大変だろう」
「結局のところ運次第ですか、まぁ頑張ってほしいところですね。さっきの人は俺としても結構良い人そうに見えたので」
「そうだな」

 戦争終了後の復興というのは中々に大変な物だ、エルピスは自分が王国防衛戦で暴れた後の後処理をしているからその大変さを理解している。
 学園などは関わっていないのでその大変さを把握する事は難しいが、セラがいても半年以上の歳月を要した辺りにその大変さが透けて見える。
 山や川が消し飛べばそれを生活の基盤としていた村は無くなるだろうし、村がなくなればその村を通っていた行商人は困るだろう。
 街道がなくなれば冒険者達は街の行き来が難しくなるし、水が来なくなれば必然的に住む場所を変えるしかない。
 地形が変わるというのはそれだけ他者の生活に影響を与えるという事であり、せめてこの国の近くを守る仙桜種が大規模な破壊をしない事を祈る事しかエルピス達にできる事はない。
 それからいくつかの国を巡り、防衛線の長所や短所についてあーでもないこーでもないと意見を交わしていたエルピスとレネスは最後の国への通達を終わらせていた。

「これで最後ですかね」
「魔界に面している国は少ないからな……そう言えば帝国には行かなくていいのか?」

 魔界に面している国が少ないのは単純に危険度が高いからだが、ソレでもソレなりの時間はかかってしまった。
 もうこれで良いだろうと考えていたエルピスに対し、だがレネスは残っている国のことを疑問に浮かべる。

「帝国ですか? あんまり行きたくは無いんですけど…」
「だがあそのも一応は魔界に面しているわけなのだから行かないわけにも行かないだろう。
 気持ちが分からないわけではないがな」

 少し呆れたような口ぶりのレネスが想像しているのは、第一皇女の事だろう。
 世界会議の会場での会話すら聞くことのできるレネスのことだ、エルピスと第一皇女との関係性を知っていても不思議ではない。

「いまの帝国は確か第一皇女と皇帝の間に強い確執があるのだろう? ならば帝国の元へと赴けば皇女会うこともあるまいて」
「そう言われるのであればまぁいいですが。アポとってないですよ? どうやっていきます?」
「正面突破しかないだろうな」
「分かりました、師匠向こうが手を出してくるまで手を出しちゃダメですよ?」
「もちろんだよエルピス。私からは手を出さないと誓おう」

 ニヤリと笑みを浮かべながらそう口にしたレネスは、言外に向こうから手を出してきたら暴れても構わないだろうと言いたいのだ。
 エルピスとしても向こうから戦闘行動を行おうとしてくる分には対処されても問題ない、防衛能力を落とすほどに暴れ回るのは問題だが多少暴れる分には問題ないだろう。
 帝都の中を影を縫うようにして走り回りながら、エルピス達は城の門へとたどり着く。

「たのもー! エルピス・アルヘオです、訳あってきたので開けてくださーい!」

 忍び込むのは難しい話ではない、だがわざわざエルピス達が正面からの接触を望んだのは会う相手を選ぶためだ。
 兵士達がエルピス達への対応をしてくれたのであれば、皇帝に取次をお願いすることも可能だろう。
 正式な手段で持って真正面から入っていったのであれば第一皇女も邪魔などできないはず。
 そう考えていたエルピスだったが少し待ってもうんともすんとも扉が動く気配ない。
 いくらエルピスが何度もこの城へと出入りしているとは言えいまは戦時中に近い状態、エルピスという異分子を入れるのは好ましくないと判断されてしまったのだろうか。

「うーん、さすがに飽きそうもないですね」

 次の方法を模索しようと考え始めたその矢先、門の横に備え付けられた召使い達などが出入りする小さな扉が音を立てて開く。

「──エルピス様、お待ちしておりました」

 そこに立っていたのはエルピスが共に踊りを踊った女性、帝国の第二皇女であり第一皇女の手先である。

「うっ、誰かと思ったら第二皇女様じゃないですか、もう二度と会わないつもりでいたのに」
「あらあら酷いですわねエルピス様、共に社交界でダンスを踊った中ではございませんか」
「エルピス? 私の知らないところでそんな事をしていたのか?」
「師匠ややこしくなるから事情は後で説明します。だからその刀納めて、本当にそれは危ない」

 嫉妬心からか刀を取り出したレネスに対してしまうように言いながら、エルピスは状況を整理する。
 第一皇女がこちらに接触を図ってきているのは間違い無いだろう。
 いまやこの城の中で第一皇女のことを手伝うのは元から第一皇女派閥に属していたか、利害の一致で協力関係を結んでいる人物だけだろう。
 だとすれば城勤めの兵士というのはそのほとんどが彼女達に取っては敵だ、城の門だというのに誰も見張りがいなかったり呼びかけに誰も答ええなかったのも単純に人払いをされてしまっていたのだろうと考えられる。
 それでも門を開くことになれば誰かが駆けつけてくるだろう、だが彼女に取って大事なのは誰が一番最初にエルピスに会ったかなのだ。

「姫様! 来客の対応をされては困ります!」
「あら、私のところにやってきた客人よ。私が対応して一体何が悪いというのかしら」
「現在この城は封鎖しております、いくら姫様のお客人とは言え部外者を、それもアルヘオ家の方を入れるとなると皇帝様が黙っておられませんよ?」
「大丈夫よ貴方は気にしなくても、私はお姉様と違って許されているもの。さぁ道を開けて」

 自分に対しての客人を無碍に扱うのか、それも皇帝から禁止もされていないというのに。
 そう言われてしまえば一回の城勤めの人間に出来ることなどたかだかしれている。
 やれることといえば後はその足で全速力で皇帝の元へと走り、エルピスがやってきたことを教えることくらいのものだろう。
 エルピスの予想通り駆け出していった兵士とは別に、落ち着いた様子の兵士が一人前に出るとエルピスに手を上げるように指示を出す。

「であれば失礼致しますエルピス様」
「ボディチェックって久々にされましたね、武器も預けた方が?」
「いえ、これは形式的なものでしかございません。
 最高位の位を持つ冒険者の方々に武器の有無はそれほど大きな問題でない事は一同理解しております。
 ですが規則は規則、申し訳ありませんがこれにだけは付き合っていただきます」

 声や立ち振る舞いからしてどうやら第一皇女派閥の人間らしい。
 彼に着いて詳しく調べることも出来るのだが、第一皇女となるべく関わる要因を減らしておきたいエルピスとしては彼との会話は長引けば長引くだけ損である。
 黙って頷き好きなようにさせていると、少ししてボディチェックは何事もなく終わる。

「ではエルピス様、どうぞ私の後についてきてください」

 エルピスが収納庫ストレージを持っていることくらいは知っているだろう、だからこそ彼は先ほどの行為を形式だけのものだと切って捨てたのだ。
 そういうところが第一皇女と利害の一致を生み出したのかと考えていると、ふと前を歩く第二皇女が口を開く。

「そういえばエルピス様、やってこられた理由は聞いておりますが我が国は既に魔界に防衛線を引いております。
 ですのでそれほど気にする必要はないかと思いますよ?」
「そうですか。でしたら帰っても?」

 出来るはずのないことを聞く、正直言って時間の無駄だ。
 だがエルピスの頭は理解していても身体が嫌がるのだ、そもそも帝国が魔界に対しての対策を取っていない訳もない。
 創生神に伝えられたことを伝えられた通りにこなし、最後に帝国が残った時点でどうせこうなることは分かり切っていたことだ。

「いえ、残念ながらそうもいきません。客人として招いているのですからすぐに帰られては私の名に泥がつきます。
 それでもエルピス様が帰るとおっしゃるのであれば止めは致しませんが」
「相変わらずですね」
「私達姉妹はよくそう言われます」

 けして誉めていないし誉められているとは思っていないのだろうが、それでも彼女は嬉しそうな笑みを浮かべる。
 よほど姉と同じように見られるのが嬉しいのだろうか、エルピスとしては何かにつけて妨害工作を行われ思い出すだけでも嫌な存在なのだが彼女に取っては敬愛する姉であるらしい。
 それからは特に会話もなく廊下を歩き招かれた部屋へと入ると、椅子に座るように指示される。
 応接室といったような風貌ではない、いまの第一皇女の立場的にそういった場所を使わせてもらえるとは思えないので、自室なのだろう。

「ではここでしばらくお待ちください。下着など盗まないでくださいましよ?」
「冗談きついですよ、彼女も横にいるのに」
「確かにそれほどの美貌を持たれる方と比較されては敵いませんね、人を呼んできますのでお待ちくださいまし」

 呼んでくる人など誰か考えるまでもない。
 さしづめ妹の部屋を訪れたらたまたまエルピスがやってきていた、そんなところか。
 言い訳として成立していないようにも感じるが言い訳という体裁を作れている時点で十分なのだろう。
 頬をつきながら大きくため息をついていたエルピスの横でニコニコと笑みを浮かべているのはレネスだ。
 なぜそんなに嬉しそうなのかとエルピスが目で問いかけると、レネスは嬉しそうに言葉を返す。

「聞いたかエルピス、それほどの美貌だと」
「師匠は確かに洒落にならないくらい美人ですからね、前世なら一生会うことすらないほどの美貌の持ち主ですよ」
「そうかそうか。もっと褒めろ」
「ちょろ可愛いですね師匠は。ちょろくて良いと思いますよ」
「…それは褒めているのか?」

 難しそうな顔をしながら顔をつかづけてくるレネスを押し返しながらこの後の展開を考えていると、コンコンと扉がノックされエルピスは背筋を伸ばす。
 なるべく表情を顔に出さないように、交渉の技能スキルが有効的に作用していることをしっかりと確認したのちにエルピスは入室を受け入れる。

「さてイチャイチャしているところ悪いですがお客人を連れてきました」
「久しぶり、晴人君……いまはエルピス君だっけ?」

 黒い髪に黒い目、顔立ちはどう見たってコチラの世界の人間のソレではない。
 明らかに転移者のそれ、エルピスが知る転移者の数はそれほど多くはないが全員の顔はしっかりと認知しているつもりだ。
 だがその誰とも違う顔、そんな彼女に対してエルピスは心のこそからの言葉をこぼす。
 表情を隠すと息巻いていた人間のソレと同じとは思えないほどに顔に表情を浮かべながら、エルピスは小さく呟くように言葉を返す。

「君は────ええっと……誰だっけ」
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

前世は最強の宝の持ち腐れ!?二度目の人生は創造神が書き換えた神級スキルで気ままに冒険者します!!

yoshikazu
ファンタジー
主人公クレイは幼い頃に両親を盗賊に殺され物心付いた時には孤児院にいた。このライリー孤児院は子供達に客の依頼仕事をさせ手間賃を稼ぐ商売を生業にしていた。しかしクレイは仕事も遅く何をやっても上手く出来なかった。そしてある日の夜、無実の罪で雪が積もる極寒の夜へと放り出されてしまう。そしてクレイは極寒の中一人寂しく路地裏で生涯を閉じた。 だがクレイの中には創造神アルフェリアが創造した神の称号とスキルが眠っていた。しかし創造神アルフェリアの手違いで神のスキルが使いたくても使えなかったのだ。  創造神アルフェリアはクレイの魂を呼び寄せお詫びに神の称号とスキルを書き換える。それは経験したスキルを自分のものに出来るものであった。  そしてクレイは元居た世界に転生しゼノアとして二度目の人生を始める。ここから前世での惨めな人生を振り払うように神級スキルを引っ提げて冒険者として突き進む少年ゼノアの物語が始まる。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!

yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。 しかしそれは神のミスによるものだった。 神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。 そして橘 涼太に提案をする。 『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。 橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。 しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。 さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。 これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

処理中です...